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    かけはし2013.年2月11日号

赤緑連合は大きな間違いを犯した


デンマーク

SAP、RGA全国大会に向け呼びかけ

ミカエル・ボス

 デンマークの同志たちは、反資本主義左翼結集の重要な勢力として、他の諸勢力と共同して赤緑連合の建設に力を尽くしてきた。この組織は二〇一〇年の総選挙で六・七%を得票し一二議席を得た。この選挙では中道右派から中道左派への政権交代も起きた。しかし新政権は、経済活性化を名分とした富裕層優遇税制改革などを理由に特に労働者の反感を買い、昨年六月には、最大与党の社民党の支持率が一六〜一七%にまで落ち込んだ。一方同時期赤緑連合は、新政権への明確な批判的立場に立つ労働者民衆の抵抗組織化を通して、一四〜一六%の支持率に達した。しかしその赤緑連合は今、今後の政治的進路を左右する重大な局面に入った。具体的には今年の国家予算への態度であり、多数派による賛成投票決定に対し、第四インターの同志たちは反対し明確な批判を明らかにした。この対立は今後五月の全国大会に向け大きな論争に発展すると思われる。以下に紹介するものは赤緑連合決定を批判するデンマーク支部の同志による論説。(「かけはし」編集部)

政府予算案承認
を多数派が決定


 一一月一一日、デンマーク政府と赤緑連合(RGA)は――別々の記者会見で――、彼らが二〇一三年国家予算に関し合意に達した、と公表した。第四インター・デンマーク支部のSAPは二週間後の全国会議で、先の合意をRGAが犯した大きな過ちとしてはっきり結論づけた。今回の予算は、二〇一一年九月に中道左派政権が権力を握って以来の二度目の国家予算だった。最初の予算もまたRGAによって支持された。最初の年の決定はほとんど何の論争も巻き起こさなかったとはいえ、今年は、党内に相当な反対が次第に広がることとなった。両方の場合、党規約が明記するように、この決定は全国指導部によって承認されたが、しかし今年はその票決は辛うじて一五対九だった。党の批判的メンバーは大きな論点として二つを押し出してきた。

失業問題での後
退は許されない


 一つの論点は失業給付の問題に関わっている。前政権は、労働組合管理の失業機構から手当を受け取ることのできる期間を制限することを目的に、失業給付に関わる法を改訂した。この改訂法は二〇一三年一月から発効することになっている。そしてそれは、特に労組、および二つの労働者政党、社会民主党(SD)と社会主義人民党(SPP)(注一)の党員たちと支持者から、怒りと数々の抗議行動を巻き起こすこととなった。
 何カ月もの間、失業者に職を用意するか、あるいは給付期間を延長するかといった提案は、国家予算に対するRGAの要求ではもっとも重要なものだった。時にそれは、交渉の余地のない要求とすら呼ばれた。しかし結局のところRGAは、はるかに実りの少ないものを受け容れた。党内の反対派は、最小限の回答をも下回るものを容認することで、党は抗議行動に打撃を与え、運動を築き上げる可能性を弱めた、と強く主張してきた。

新自由主義との
絶縁路線に背反


 RGAの賛成投票に反対するもう一つの論点は、選挙と新たな中道左派政権成立以前の、RGA二〇一〇年全国大会決定で定められた諸条件を今回の予算が満たしていない、ということだ。決議は、RGA並びに予想される政権交代に関する部分の中で、以下のように述べていた。
 すなわち、「社会的平等、連帯、持続可能性を基礎とした政策で前政権の諸政策を置き換える絶縁に進むよう、RGAは新政権にうながす。そのような絶縁を特徴づける予算はまた、われわれから賛成投票を受けるだろう。しかしわれわれは以下のような予算には、いかなる諸関係の下でも賛成することはない。その予算とは、
▼逆行を含み、
▼意味のある改善を含まず、
▼右派諸党と共に決定され、要約的に一年間の緊縮諸政策となっている、
といった予算だ」。
 予算支持に対する反対派は、この予算には勤労民衆や貧しい人々のいくつかのグループにとって削減が含まれている、と力説している。もっと重要なことは、この国家予算が実際に一年間の緊縮政策をまとめ上げている、ということだ。この政権の最初の国家予算を始めとして、大きな改革は、RGAの支持なしに、代わりに自由党と保守党の支持を得て採択されてきた。
 前述の改革は明確に、新自由主義的手法に基礎を置いている。それは、労働力の供給を高めること、失業者と職にある人々の間の所得差を広げることを狙っている。この全体的な手法に沿って、資本と高所得層は、勘定書のどの部分にも支払いを課されていない。それらの一つが税制改革であり、そこでは高所得に対する税が減税された。もう一つが社会保障改革であり、その改革は、不利な条件にある人々が国家が資金供与する職を得ることをもっと一層困難にした。
 その頂点として、社会福祉を改善し公共部門での職の創出を可能とするかもしれない積極政策に対し、予算の中にはいかなる余地もなかった――かつ、富裕層に支払いを課す要素もただ一つとしてなかった。
 RGAは予算交渉の中で、不利な境遇にある人々、並びに健康の問題を抱えている人々のための一定の救援策を獲得することに成功した。しかし全体方向を変えるものは何もなかった。予算には、緑の諸政策向けにいくつかの特別の資金供与が加えられた。そして他の分野でも一定数の小さな改善がある――RGAの提案の結果として――。しかし、RGA全国指導部が失業者に対する実質のある回答を欠いた予算への支持を受け容れた時に、この予算は大幅な改良を阻害していると、真剣に論陣を張る最後の機会が失われた。

より小さな悪の
選択に出口なし


 議員グループと全国指導部多数派は、自由党が予算交渉に参入した――予算向けの多数派獲得に関し政府を助けるつもりはないと長い間公言してきた後で――ことで戦術的に不意打ちを食らわされた、と力説した。
 これが議員たちと指導部を、政府は予算に関し自由党と合意する、と恐れさせた。指導部は有権者が以下の理由でRGAを批判するのではないかと恐れた。その理由とは、(@)RGAの交渉余地のない要求が政府を自由党の腕の中に追いやった、さらに(A)失業者のある部分向けの極めて部分的な回答に関する政府の申し出を党が拒絶した、というものだ。多数派のいくつかの部分は、RGAは、自由党との提携によるもっと悪くなる可能性の高い予算を阻止するために、今回の予算には賛成しなければならない、とすら主張した。それは、「より小さな悪」論だ。
 FIデンマーク支部のSAPは、一九八九年のその始まりからRGAの一部であり続けてきた。SAPメンバーは精力的にRGA並びにその青年組織であるSUFの建設を続けている。SAP全国会議は早くから、国家予算に関する合意の二週間後の週末に予定されていた。議題は素早く変更され、予算に関する声明の討論と決定に向け時間が作られた。
 その声明の標題は「国家予算に関する合意は大きな誤りだ」となっている。それは、予算支持のための諸条件は満たされなかった、と結論づけている。声明はさらに、深刻な戦術的過ちとして、職の保障要求の放棄を強調している――党はその時失業給付と職についてキャンペーンを行っていたが故に、先の支持はより一層深刻だった――。
 声明はRGAのすべての部分に対して、キャンペーンに対する彼らの参加を加速するよう訴えている――特に、政府に圧力をかけることを目的に、これらの要求をめぐって労組地方支部を動員することに挑むよう――。
 その上でSAPは、この決定を討論し、指導部に対する批判的声明を採択するよう、RGAの全地方支部に訴えている。
 SAPは、二〇一三年五月に予定されている次回RGA全国大会に向け、国家予算についての決定に関して否定的な総括を行い、今年無視された当初の諸原則を再確認するために努力することを約束している。代議員たちに向けSAPは結論的に、全国大会が新全国指導部を選出する際、国家予算投票への反対派にのみ投票するよう訴えている。(二〇一二年一二月七日)

注一)SDとSPPは、中道―自由党と共に政府を形成した。
▼筆者は、RGAメンバーであり、SAP(社会主義労働者党)指導部メンバーでもある。彼はSAP代表として、RGA創立に導いた交渉に参加した。一九九五年から二〇〇六年まで彼は、ジャーナリストとして、さらにRGAの議会グループ広報担当として活動した。(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年一二月号)
 

スリランカ

NSSPは自由と尊厳のために献身身した

アリヤラトネ・ガネゴダ

 ナバサマサマジャ党(NSSP)指導者のウィクラマバフ・カルナラトナ博士は、自由かつ尊厳が保たれた社会構造をめざし立ち上がり闘い続けると、また、女性、子ども、諸個人の保護と安全保障を、テロリズム、脅迫、差別、腐敗、レイシズム、そして宗教的ファナティシズムから解放された社会という形で確実にする、と力説した。
 彼が語ったのは、一月七日にコロンボのニュータウンホールで開催されたNSSP創立三五周年記念式典の折だった。この式典は、党指導部の七人委員会によって主宰された。
 彼は、NSSPは三五年前に作り出され、党を統制するプロレタリアートの指導部を確立するという急ぎの目標に基づき彼が指導者となった、と語った。大衆のための権力基盤を築き上げることは、労働者階級の闘争を共同体の全部門の闘争と複合的に結合させることによって可能となる。それ故われわれは、大衆の解放をめざすわれわれの幅広い闘争において、指導的地位を労働者階級のために空けてある。「専制的な一九七八年憲法が確定された際われわれは、それに反対して闘争し、最後は牢獄に入った。われわれは抗議活動を維持した。そしてあらためてその旗を掲げている」。
 いわゆるテロ防止法(PTA)が一九七九年に持ち出された際われわれは、棺をもって議会に出かけ、抗議行動を行った。われわれは国全体に向けて、PTAは民主主義の終わりを意味している、と宣言した。その当時ですらわれわれは政府の抑圧と対決して立ち上がった。
 またわれわれは、一九八〇年七月のストライキでも、指導的役割を引き受けた。国家の専制に反対する闘争をわれわれが行っていた時、NSSPは非合法化された。プレマダサ・ジュニア政府はわが党を禁止したが、われわれはわれわれの闘争を地下で継続した。
 われわれは常に国中で、民主的諸闘争すべてに参加している。われわれは常に、この国の労働者階級の福祉を守ることに関わっている。子どもたちの福祉と進歩は、国の教育システムに依存してきた。さまざまな諸政権は、国際的な諸勢力の誘導にしたがって、この国の無料教育システムを刈り込もうと挑んできた。そして今も挑んでいる。われわれは当時そのようなやり方に反対して闘った。今日もまたわれわれは、そのような動きに反対してまさに今闘っている。
 国際通貨基金(IMF)の誘導にしたがって国民の財を外国企業に譲り渡すパイプラインといった、さまざまな構想がある。われわれはそのような動きに反対してきたが、これからも同じように反対し続ける。
 マヒンダ・ラジャパクサ大統領は司法官と知識人たちを統制しようと試みつつある。これらの方策にもし彼が成功するのならば、この国全体は道化師の国であるかのように見えるのではないだろうか。政府は今、この政権にしか通じない理由で無政府的状況を生み出すべく試みつつあるのだ。
 タミール民族連合(TNA)議員であるM・A・スマンシランは、この国の左翼がその義務を捨て去った時に、NSSPがその政策にしたがって行動し続けていることは賞賛に値する、と語った。
 スマンシランは、この国のタミール人の諸権利を守るために始められたTNAの活動すべてを支持する点でNSSPが果たした役割に対し、生彩のあるすばらしい証拠をNSSPに授けた。
(二〇一三年一月七日)(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一月号) 


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