法務・警察官僚
の意図を代弁
一月一八日、法相の諮問機関である新時代の刑事司法制度特別部会(二〇一一年六月設置)で本田勝彦部会長(日本たばこ産業顧問)が取調べの全面可視化(録音・録画)に抵抗する法務省、警察官僚の意図を忠実に代弁する試案を提示した。治安弾圧体制の強化をめざす安倍政権下において法務省は、試案をバネに「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(一月二九日)として集約した。
特別部会は、大阪地検特捜部の押収資料改ざん・犯人隠避事件(一〇年九月)を通した検察機構の危機と社会的批判を収束するために可視化賛成・反対派の委員(裁判官、検察官、弁護士、警察、学者、民間人二六人、幹事一四人)によって構成し、表面だけでもバランスを保ちながら審議するポーズをとってきたが、安倍極右政権が成立したとたんに全面可視化に逆行する試案を出してきた。特別部会は、「論点整理」(一二年三月一六日)(新たな刑事司法制度/供述証拠の収集/客観的証拠の収集/公判段階の手続き/捜査・公判を通じた手続き)をまとめているが、結局のところ警察庁の「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」の全面可視化へのブレーキと人権侵害に満ちた捜査導入にむけた最終報告(一二年二月二三日)の実現にむけた加速化だ。
検察取調べを
すべて対象に
試案は、@容疑者の取り調べでの可視化については、「裁判員裁判の対象罪名で逮捕された場合は原則的に全過程の録音・録画を義務付ける」案と、「録音・録画の範囲を取調官の一定の裁量に委ねる」案を併記した。さらに容疑者以外の参考人については「一律に対象とする必要性は乏しい」として排除した。可視化の限定と裁量の両論併記という手法を用いながら、全面可視化の否定に踏み込んだと言える。
全面可視化派は、「検察の取り調べはすべて対象とすべきだ」と強く抗議した。委員の村木厚子さん(大阪地検特捜部郵便不正事件えん罪被害者)は「非常に残念な案で、強く反対する。裁判員対象事件は全体の三%に過ぎず、問題となった事件も裁判員対象外だった。現在の捜査機関の試行範囲よりも狭く、不十分だ」。周防正行さん(痴漢冤罪作品を撮った映画監督)も「一年半、一生懸命言ったことが何も伝わっていない。検察の取り調べはすべて対象とする案を入れるべきだ」と抗議した。宮崎誠委員(日弁連元会長)は、「(通信傍受など)捜査手法だけ強化され、捜査機関の焼け太りだ。録音・録画の範囲を『身柄拘束の全事件』にせよ」と反論した。
裁判員対象罪だけだと、例えば、昨年のパソコン遠隔操作冤罪事件では四人が誤認逮捕され、検察と警察が「自白」を強要していた権力犯罪が対象外となってしまうのだ。権力は、被害者に対して誤認逮捕について平謝りしただけで、四人に対する強引な誘導尋問のプロセスを可視化していなかったため、掘り下げた検証を具体的にできず、冤罪再発体質は温存されたままだ。デッチアゲ、人権侵害に満ちた取調べは、任意による取調べも含めてすべての事案で発生していたのであり、可視化を裁判員対象罪だけにするというのは検察・警察の冤罪再犯もやむをえないと言っているのと同じだ。
取調官の裁量に委ねるというのは論外だ。すでに取り調べの一部可視化は、検察庁、警察庁が取調べの自白部分、供述調書を被疑者に読み聞かせ、署名・押印させ、供述内容に間違いないと語っているような状況を録音・録画するという「よいとこ撮り」を実施している。これでは人権侵害に満ちた自白の誘導と強要、「拷問」に近い脅迫場面を記録せず、えん罪防止には程遠いものなのだ。
委員の大野宗横浜地検検事正は裁判員裁判対象罪限定に賛成したが、横浜地検は神奈川県警と一体でパソコン遠隔操作冤罪事件の共犯者だったことをもう忘れてしまったようだ。警察庁刑事局長の舟木馨委員も「可視化は弊害もあることを考慮すべきだ」などとどう喝した。取調官の人権侵害を繰り返していることをよく知っているからそれが明らかになってしまうことを最も恐れているのだ。本田試案は、権力の本性を全面開花させたのである。
朝日新聞(一月二六日)によれば、試案の可視化制限に対する批判沸騰をかわすために可視化範囲を「さらに部会で範囲のあり方について検討する」、参考人取調べも「必要に応じて検討に加える」と修正することを報じている。しかし「録音・録画の範囲を取調官の一定の裁量に委ねる」案は従来どおり維持した。あくまでも全面可視化にブレーキをかけたいのが本音であることを再演したにすぎない。
盗聴法適用範囲
拡大をもねらう
さらに試案は、部分可視化とバーターで新たな捜査手法導入として盗聴法の適用範囲拡大、会話傍受、司法取引の実現を目指している。
盗聴法の「通信傍受」の適用範囲は、薬物、銃器、組織的殺人、集団密航の四類型に限られているが、その範囲を振り込め詐欺や組織窃盗などに広げることを求めた。また、通信事業者の立ち会いや傍受記録の封印手続きの合理化・省略も提案している。
但木敬一委員(元検事総長 )は、特別部会一五回会議(一二年一一月二一日)で「私は,ここに出ております通信傍受法を国会に提出して、あえなく罪種を大分削られてしまった責任者である当時の法務省官房長であります。……通信傍受の罪種は,僕は無限定がいいなと本当は思っています」と発言し、適用規制を取っ払うことも含めて治安弾圧強化と監視社会の拡大を狙っていることを明言しているほどだ。
とりわけ警察官僚は、「会話傍受」(住居や車両内への秘匿による監視機・盗聴機の設置)の導入を強力に求めている。権力のデッチアゲストーリーに基づいて、犯罪謀議が行われる事務所、住宅であると断定されれば、住居侵入罪の成立を無視して合法的に隠しマイク・カメラの設置ができる超悪法の実現が狙いだ。憲法違反と違法捜査のやり放題の「会話傍受」法制化を許してはならない。
司法取引については、暴力団、企業など組織犯罪の捜査の事例を上げ、容疑者が共犯者(幹部、上司)の関与を供述するのと引き換えに起訴を見送ることが有効だと強調した。検察官と弁護士の協議、被害者の意向確認と合意制度も提示した。だがデッチアゲ事件化するための誘導尋問、ウソ供述の引き出しによる冤罪への危険性などの歯止めを具体的に示さない欠陥だらけなのである。
えん罪再発防止のためには、警察・検察の任意の取調べも含めた全過程の録音・録画の即時導入が最低限の前提である。さらに虚偽自白を生み出し人権侵害に満ちた取調べの温床である代用監獄の廃止、証拠の全面開示、弁護人立会権制度の実現、不当な勾留保釈制度改正、裁判所の各種令状乱発を止めさせることだ。全面可視化に敵対し、人権侵害の新たな捜査法導入を強行する本田試案を厳しく批判し、反動的な基本構想案を許してはならない。 (遠山裕樹)
|