10.24 「公務労働と教育政策」、「市政改革プラン」問う集会
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【大阪】南大阪平和人権連帯会議、大阪東南フォーラム平和・人権・環境、おおさかユニオンネットワークの呼びかけによる「『公務労働と教育政策』・『市政改革プラン』を問う」一〇・二四集会が一〇月二四日、エルおおさかで開かれ、労働者・市民二五〇人が参加した。
丹羽雅雄さん(弁護士/橋下維新の会と労働・人権問題を考えるネットワーク共同代表)が主催者あいさつ。
「天皇・大臣・国会議員・裁判官その他公務員等の憲法尊重と擁護の義務の解体を推進する安倍晋三、四月に発表された自民党の憲法改正草案に連動する形で、維新の会が結成された。あえて違法違憲の条例をつくり施行し、これを最後は立法化し統治構造をグレートリセットする。まさにクーデターであり民主主義の解体であることがだんだん明確になってきた。これは明確な国家改造であり民心の解体だ」。
「強いもの、大資本、投機資本がグローバルな競争に打ち勝つために、邪魔になる個人、教員・公務員・労働組合を疎外する。橋下市長は人権に値するものを嫌悪し、伝統文化に対する補助金を原則支出しないと明言した。私たちは、個別の攻撃に対しては徹底的に闘うが、たこつぼ的な運動は絶対にしない。横の連携をつくる。共通の課題に対し共同で闘う。自民のいう公益に対し、何が公共の価値なのかを明確に打ち出していく必要がある」。
丹羽さんはこのように語り、参加者の全面的な奮起を呼びかけた。
橋下政治の本質
理解した有権者
薬師院仁志さん(帝塚山学院大教授)が「今、大阪に起こっていること:その危険性」と題して講演をした(要旨別掲)。
講演の前に、大間原発の視察と函館市長との懇談を終え駆けつけた服部良一衆議院議員(社民党)から連帯のあいさつがあり、講演後五人からアピールがあった。
山口勝巳さん(自治労大阪府本部副委員長)は、「この一年は臥薪嘗胆の一年だった。交渉や法廷闘争で闘ってはいるが、なにをやっても既得権益を守るためにやっているようにマスコミからは見られ、社会的発言権を奪われている。橋下さんが無駄を省くというから支援したが、敬老の日の記念品は粗末になり、敬老パスはなくなった、無駄とは自分たちのことだったのかと言う高齢者の人たちの話も聞いた。橋下攻撃が何だったのかということがみんなに分かってきた」と語った。
補助金打ち切り
人権侵害に怒り
入れ墨調査での被処分者は自己紹介の後、「自分は回答拒否ではなく、白紙で出した。するとあらためて提出の職務命令が出た。これは、成立した職員基本条例に基づく初めての命令だった。これに対し、入れ墨の有無には応えず、調査の不当性や命令の違憲性を書いて提出した。全体で六人が戒告処分された。タバコ一本で処分、休憩前に喫茶店に入ったで処分、橋下は職員に恐怖政治をしいている。入れ墨調査無回答は五、六〇〇人いたといわれるが、上司の説得で減った。私は、大和田委員長(田中機械支部)がなくなる直前にされた講演を聴き、何かしなければと思った。一〇月二二日人事委員会に不服申し立てをした。人事委員会で勝って、橋下に謝罪してもらいたい」と述べた。
長崎由美子さん(朝鮮高級学校無償化を求める連絡会議・大阪事務局長)は、「連絡会は三月一日に結成した。現在大阪府・市で補助金が打ち切られている。補助金を出すための四条件に応えたら、さらにハードルを上げられた。九月二〇日大阪府・市を相手に訴訟を起こした。日本で最も多くの在日韓国・朝鮮人が暮らす大阪。補助金の支給を受けるのは権利だ」と訴えた。
米田弘毅さん(リバティおおさか・大阪人権博物館の火を消すな全国ネット事務局次長)は、「本来は人権博物館の職員が訴えるべきだが、今日は私が来た。存続を求める署名は一〇万人集まっている。近々ホールで太鼓コンサートをする予定だ。橋下市長にはもうこれ以上展示をいじられたくない。自主運営の道も模索している」と、支援を訴えた。
中野冬美さん(大阪の男女共同参画施策をすすめる会)は、「大阪市には男女参画センター・クレオ大阪が五つあるが、橋本市長は初め全廃を打ち出し、抵抗があって一館だけ残すに変わった。館で実施している事業は、相談事業、情報提供事業のみ残し、区役所・区民センターで実施するというのが廃止の理由だが、DV被害者、性暴力被害者、母子家庭の母などさまざまな困難を抱える人が訪れている。このような人にとってクレオ大阪は不可欠だ。他の場所では、二重被害を受けることが多いからだ。センターは、困難を抱える女性が集い、学び、闘うところだ」と、廃止攻撃と闘っていく決意を述べた。
最後に、大野進さん(南大阪平和人権連帯会議議長)が閉会のあいさつをし、「集会は今回が三回目だがその都度仲間が増えてきた。国政進出をする維新を大阪で断ち切りたい」と述べた。 (T・T)
薬師院仁志さんの講演から
民主主義の本質・意義
踏みにじる橋下市長
利害調整は
必要な機能
橋下市長のブレーン上山信一さんは、民主主義とは市場競争原理を政治に応用したもの、マーケティングシェアをたくさんとった人が勝つ、と言っているが、民主主義は手続きではない。歴史的に民主主義は、君主制・貴族制との対比で定義されたもので、全員による統治を意味する。ケルゼンの「デモクラシー論」によれば、民主主義国家、とりわけ議会制民主主義国家は、その本質上複数党派の存在に基礎を置く。政党を構成するさまざまな利益集団の自由な活動を通じて共同の意志が形成される。だからこそ、対立する集団の利害を調整して妥協させることができなければ、民主制は成立しない。このような妥協のない民主制は、その反対のもの、つまり独裁制に転化する恐れがある。今大阪で起きている状況がこれだ。
一人を選ぶ大統領・市町村長選挙、国民投票は、勝ち負けにしかならない。すなわち、少数派は敗者となり多数の専制になる。民主主義は国民を勝者と敗者に分断するための制度ではない。例えば、一八世紀にできた米国の大統領制は、当時の英国の行政権を独占していた国王をモデルにした。だから、米国には首相がいない。それでも、米国の下院は多数決だが上院は全会一致で議決される。今フランスでは、一九六〇年代前後のアルジェリア戦争の混乱中に導入された大統領制や小選挙区制が問題視されている。パリ市長は市議会の承認で決まる。直接選挙ではない。フランスの地方議会では、いくら得票しても議席は五〇%以上にはならない制度になっている。
少数者保護と
議会制民主主義
少数保護は議会主義デモクラシーのあらゆる近代憲法において保障されている基本権、自由権または人権、公民権の本質的機能である。数に比例した代表という民主政治の第一の原理、多数派だけでなくすべてのものを代表する代議制民主政治においては、少数諸派が適切に代表されることが民主政治の本質的な部分である。そのためには十分な議員が不可欠だ。議員定数の削減は非民主化をもたらす。平成の大合併は非民主化だ。先進国では議会が重視される。英国やフランスは人口は日本の約半分だが、下院定数は英国六四六人、フランス五七七人だ。米国では、ほとんどの州に上下院が置かれている。人口一三〇万人(大阪市の約半分)のニューハンプシャーですら下院定数は四〇〇人だ。フランス国民議会選挙(一二年六月)では、左派全体の得票率五一・二九%で三四三議席だった。
公共部門強化
が欠かせない
ちなみに、雇用における公的部門の割合を見ると、ノルウエー三〇%、スウェーデン二九%、フランス二二%(人口千人当たり九〇人)、ドイツ一一%だ。もちろん税金も高いが。フランスの場合、地方分権は公共部門の強化と一体で進められた。パリの面積は大阪市の半分以下で、人口は約八割強だが二〇の区を抱え市会議員は一六三人だ(大阪市は八六人)。フランスには、市町村(コミューン)が三六六八〇もある。民主制においては国家権力が最も民主的であるべきだ。この点日本では勘違いされている。重要なことを市民団体や国民投票で決めるのがよいという風潮がある。この延長上に、ボクが勝ったのだから、ボクが民意だという発想がでてくる。ヒトラーは首相になってから、たくさん国民投票をやり、独裁政治を行った。法は公的機関が守るべきだ。フランスでは、中小店を守るために日曜祝日は開店しない、バーゲンは日時まで国が決めている、労働時間はきちんと監督されている、非正規雇用ほど賃金的に優遇されている。いくら交通法規をつくっても、それを取り締まる人員がいなければ意味がない。みんなのための社会をつくるために公務員の労働がある。
橋下さんを知事に選び、次に維新に議会の多数派を与え、さらに維新の市長と知事を選んだことは市民の側の問題だ。私たち市民はどんな民主主義をつくろうとしてきたのか、考え直さなければいけない。選挙で勝った維新の意見だけが通るのは民主主義ではない。(発言要旨、文責編集部)
投書 「領土問題」への疑問
川島 透
二〇〇四年八月八日に五五歳で亡くなった右島一朗(高島義一)さんの『「北方領土」「竹島」「尖閣列島」 日本帝国主義の侵略と領土的野心』(新時代社)を読んだ。
このパンフレットは、「排外主義をあおりたてて怒りを外にそらし、国家主義的国民統合を強化する」ものとして領土ナショナリズムを批判している。また、「三つの「領土問題」のすべてにおいて、……
与党から社民党や共産党に至る帝国主義的「挙国一致」が形成されている」と批判している。 第一に、私たちは北方領土の問題をどう考えるべきか。われわれは、「アイヌ民族の意向と無関係に、「二島返還論」や「非武装返還論」「四島
…… 共同経営論」が一人歩きすること」にも反対する。「旧島民」が受けた被害は、アジアの戦争被害者が受けた戦争被害に対する戦後補償を日本政府が誠実に実行するなかで、償われるべきであろう」。第二に、私たちは竹島(独島)の問題をどう考えるべきか。「われわれは、日本帝国主義の独島略奪に反対する」。「「日韓共同管理」などの対案を日本側から提出することも誤りである。それは侵略と植民地支配の過去にほおかむりしたまま、日本の支配体制の目的を半ば実現しようとするものでしかないからである」。第三に、私たちは尖閣諸島(釣魚諸島)の問題をどう考えるべきか。「釣魚諸島は歴史的に疑いなく中国領であった」。「釣魚諸島の中国への帰属をあいまいにしたまま、「非軍事化」や「共同利用」を日本の側から持ち出すのも、もちろん誤りである。それは他国から盗み取ったものを、盗んだ側が「昔のことは水に流して仲良く使いましょう」という「強盗の論理」にほかならない。共同利用したいなら、まず返還し、その後に申し入れるべきであろう」。右島さんは、そう主張している。
私は、こう考える。一九五六年の日ソ共同宣言をもとにした日ロ平和条約をどう考えるかは別として、日ロ平和条約を締結すること自体には、賛成する。また、「北方領土と北海道においては、アイヌ民族の先住権が認められるべきだ」という意味の主張にも、賛成する。「アイヌ民族の国」に対する侵略を居直る人びとの主張よりも右島さんの主張を私は信頼するし支持する。北方領土と北海道は、「アイヌ民族の国」にするべきだ。だが、北方領土の問題と違って、竹島と尖閣諸島の問題は、私には分かりにくい。竹島と尖閣諸島は、日本が侵略戦争と植民地支配の過程で略奪したものだとしても、もともとは無人島だったのかどうか。無人島だったとしても、竹島は韓国の・尖閣諸島は中国のものであるべきなのか。それとも、侵略戦争と植民地支配の清算および天皇制の完全な解体とセットでなら、尖閣諸島の場合それプラス中国への返還とセットでなら、「竹島と尖閣諸島の民主的共同管理」の提案も認められるべきなのか。その点が、私には良く分からない。右島さんは亡くなってしまったが、『かけはし』派の人たちはその点をどう考えるのだろうか。竹島と尖閣諸島は、どうあるべきか。それが、問題だ。
右島さんは、述べている。「ドイツは侵略戦争に敗北した結果として旧東プロイセンをポーランドとソ連に分割された」。しかし、「現在、ドイツで東プロイセンの返還を要求しているのは、極右ファシスト勢力の一部だけである」。竹島と尖閣諸島が本来どちらのものだったとしても、日本は侵略戦争と植民地支配で迷惑をかけたのだから、竹島と尖閣諸島は日本のものだなどと主張するべきではない。そのように主張する人びとが日本に存在すらしないことに、私は疑問を感じる。
追伸。最近、「ブラザーフッド」という映画(カン・ジェギュ監督作品/二〇〇四年/韓国映画)を観た。戦争は、悲惨だ。私は、そう思った。
(二〇一二年一〇月一四日)
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