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    かけはし2012.年11月12日号

国家体制そのものが危機に


カタルーニャ

民主主義が脅かされている

バルセロナに戦車?

それはいつなのか

エステル・ヴィヴァス

 スペインの経済危機の深まりは、いくつかの州における独立への動きを高めさせ始めている。スペインは、フランコ独裁体制崩壊以後の国家体制そのものが問題とされる、深刻な政治的危機に入り込もうとしている。中でも、バスクと並んで、自決と独立の要求が歴史的に強い地域であったカタルーニャでは、今再び独立を掲げた闘いが力を強め、マドリードの政府との間に緊張が高まっている。以下は、その緊張がどのような性格の下に発展しようとしているのかを危機感をもって伝えている。(「かけはし」編集部)

自決権要求弾圧の意志赤裸々に


 「独立カタルーニャだと? 私の死体と他の多くの兵士の死体の上にか」。八月三一日、退役歩兵副官大佐のフランシスコ・アラマン・カストロが独立カタルーニャの可能性に触れたのは、この言葉をもってのことだった。そして彼は次のように付け加えた。すなわち「われわれはそれをたやすいものにはしないだろう。ライオンは眠っているように見えるとしても、それを過度に挑発することに人々の利益はまったくない。それはすでに何世紀にもわたって、そのどう猛さの十分な証拠を見せつけてきたからだ。これらの一般大衆は、彼らにいかに対決するかをわれわれが知っているとすれば、それほど堪え忍ぶものではない」と。
 何人かの政治家が用いてきた現在の饒舌において先のような公言は、われわれが「反民主主義」「一揆主義」「反システム」と呼ぶかもしれない唯一のものではない。九月一一日のデモ(注一)の後、UPyD(注二)のスポークスパーソンであるロサ・ディエズは、カタルーニャがその分離に資金を回すために中央政府の援助から費用を使用したとすればとして、カタルーニャの自治を凍結するよう政府に求めた。それをしのぐというわけではないが、代議士(マドリードで権力を握る国民党を代表する)でありかつEU議会の副代表であるアレホ・ヴィダル・クァドラスは、独立の歩みを抑え込むために、なるべくなら「市民防衛隊」からの准将を一人指名し「モソス・デ・エスクァルダ」(注三)を監督させるよう求めた。
 『エルムンド』新聞は九月二七日の論説の中で、カタルーニャにおける自己決定に関する住民投票を呼びかけた「アルトゥール・マスが始めた挑戦に対する」政府からの「刑事上の対応」を要求した。『エルムンド』は、「不法な住民投票呼びかけはいかなるものも投獄をもって処罰する」ために、刑法を修正するよう政府を強く促した。そして、その指導者がアレホ・ヴィダル・クァドラスとホセ・アントニオ・オルテガ・ララである過激な政綱グループである「再転換」は、良策として、そのような住民投票が行われることになるのであれば、政府は、憲法一六一条二項および一五五条一、二項を基礎として、カタルーニャを保護監督の下に置くように、と要求した。
 そしてそれですべてではない。軍の退役メンバーから構成されているスペイン軍隊協会(AME)は、カタラン大統領のアルトゥール・マスを「戦争評議会」を手段に脅しつけ、スペインの分解を進める者たちに、それらの者たちは「大逆罪」の科について軍事法廷の前で答えなければならないだろうと警告した。それ以上に何が必要だろうか! それは、CiU(注四)と同様に反体制ではない政党の指導者であり、特にラカイクサおよびアベルティ銀行とつながって金融権力に骨の髄まで絡め取られているアルトゥール・マスのような保守政治家がそのような反応を引き出す現在の情勢について、多くのことを語っている。雇用主の利益に反対し、同時に自己決定権の嘘偽りのない擁護者である左翼の誰かにその反応が及ぶ時、一体何が起こるのだろうか?

はがれ落ちた民主主義者の仮面

 上述したことに照らして、私は自分自身に一つの問題を問うている。このすべてが起きつつあるとするならば、例えばラテンアメリカの国では、それはどのように特徴づけられるのだろうか? BBCは、カタルーニャに張り付いた脅威と「移行期」(注五)に導入された「沈黙協定」との間をつないだ長い報告を発表した。そしてそれはまったく正しい。一九七七年の恩赦法は、フランコ体制下と内戦期間中に人道に反する犯罪に関わった者たちへの免責を保証した。これらの諸個人は今も存在し、彼らは今日、何の束縛もなしに再び頭をもたげつつある。
 日々悪化する危機とあらゆるところできしみを見せる足場をもって、ヒスパニックタイタニックがそのすべての岸で進水しつつある一つの時代において、それは、それ自身をあらわにしつつある体制の真の本性だ。そしてそのようなものが移行期の限界だ。その移行期は、何十年間もの間真実を見ることから人々を遠ざけてきたというほどに、天からの祝福となってきたのだ。
 不意に、「民主主義者」の仮面が彼らの顔からはがれ落ちることとなった。危機は少なくとも物事をはっきりさせる利点をもっている。
 彼らにしたがえば、民主主義は一定の枠組みを超えない限り良いこととなる。結果として、事を荒立てるすべての者たちは、それがこうした「フーリガン」的カタラン独立派であろうが、「危険な」S25活動家であろうが、素早く沈黙させられなければならない。それは、警察の突撃を映すテレビ放送のイメージだろうか? 何というスキャンダルか? 人々は怒れる者となるだろう、そして今以上にデモに決起するだろう。解決、それは、デモを行う権利や情報を得る権利の制限であり、こうしてビジネスは安泰となる。EU議会内国民党グループ代表のハイメ・マヨール・オレハ並びにマドリード政府代表者のクリスチナ・シフエンテスは、このことを十二分に理解してきた。

フランコ派との対決あらためて

 現在の危機は、経済的かつ社会的危機であるだけではなく、「移行期」、その「沈黙協定」そして今日われわれがもっているまことに心許ない民主主義システム、これらから生まれ出てきた国家モデルに疑問を呼び起こす、真に前例のない体制的危機だ。
 この混沌の只中でわれわれは、それ自身の未来を決定するカタラン民衆の権利から始まる、「移行期」の君主制のコルセットと衝突するあらゆる民主的要求を支持しなければならない。カタルーニャにおいて、そのような住民投票を誰が恐れているのか? その結果を受け容れる意志のない者たちだ。しかしながらわれわれは、マスに対するスペイン排外主義者の怒りがわれわれに、民主主義と自由の使者としてそのような政治家――政府において彼が唯一成し遂げたものは、社会的諸権利と富裕層に対する税を切り下げたことなのだ――を必要とさせる、というようなことをそのままにしてはならない。それとは逆にわれわれカタランは、マス、彼の旦那であるフェリプ・プイグ、そして彼らのチームを取り除いた時に、もっと良い人生を得ることになるだろう。
 歩兵副官大佐フランシスコ・アラマン・カストロは、現在の情勢は一九三六年のそれと似ている、と語った。それはまさに意志のこもった宣言だ。今日、その時と同様、われわれの民主主義、われわれの諸権利、そしてわれわれの未来は脅かされている。賭けられているものは重大だ。バルセロナの街頭にわれわれが戦車を見ることとなるのはいつだろうか? それは初めてのこととはならないだろう。しかし私が確かだと思う一つのことがある。つまり、人々が沈黙のまま留まることはないだろう。もっとも重要なことは、敵が誰であるかについて何らかの間違いを犯すことではないだろう。そしてわれわれは、下手くそに使い回しされたフランコ派と闘いながらも、カタラン民衆多数の利害は救済者アルトゥール・マスのそれとはほとんどまったく関係がない、ということを思い起こさなければならない。(二〇一二年一〇月四日)
注一)今年九月一一日、二六九の自治体によってバルセロナで三月一〇日に設立されたカタラン民族会議(ANC)の呼びかけの下で、自決権と独立を求め二〇〇万人近い民衆が行進した。
注二)ウニオン・プログレッソ・イ・デモクラシア(融和、進歩、民主主義)は、二〇〇七年創立の急進的ポピュリスト右翼の政党。断固としたスペイン民族主義を防衛している。
注三)ジャナラリタート(州政府)に責任を負うカタラン警察。
注四)コンヴェルジェンシア・イ・ウニノ(統合と融和)は、中道右派カタラン諸政党の連合(日本のメディア上では、カタルーニャ同盟:訳者)。
注五)一九七五年のフランコ将軍の死と一九七八年の「立憲君主制」を設立した新憲法採択との間の移行期間。(「IV」12年10月号)

イラン

経済制裁?

それは民衆への集団処罰だ

マリャム・ギラニ

 核開発疑惑を理由として、またその開発を止めるためと称して、イランに対する国際的な経済制裁が強められている。そしてこの「制裁」は、イスラエルによる戦争発動という脅しをも口実に、戦争に代わる平和的な手段だとも宣伝されている。しかしそれは、イラン政権ではなくむしろイランの民衆を苦しめ、政権を強化することにしかならない、以下ではこのように主張されている。(「かけはし」編集部)

 このところイランは、苛酷な制裁の下に置かれている。イラン原油に対するEUの禁輸策は今年七月一日に発効し、それが、二〇〇六年に発効していた米国と国連の経済制裁に付け加わった。
 この新たなEUの制裁は、イラン中央銀行とそこと共に活動している外国金融機関に対する米国の制裁強化と結びついて、制裁が引き起こした結果に苦しんでいる普通のイラン市民の生活諸条件をすっかり悪化させてきた。イラン通貨であるリアルの価値は半減し、インフレーションは劇的に上昇、イラン人の購買力は低下した。食料価格、特に果物、砂糖、肉類、さらに鶏肉のそれは急騰した。イラン人は今、三〇年前の戦争の年月そうしたように、補助金付き鶏肉を買うために、長い列をつくって待つよう強いられている。
 戦争に代わるものとして、またイランの核計画と権威主義体制を止めるために利用可能な唯一の手段として宣伝されたこの制裁は、以下のことをあらためて明らかにした。つまり、制裁は、罪のない市民に対する集団処罰の一形態以外の何ものでもない、ということをだ。これらの制裁は、米国やその西側の同盟者に不人気な権威主義政権を抑え込むために新たに見出された救済策などではない。二〇〇三年の米国によるイラク侵攻に先立って、イラクの市民たちは、米国が後ろ盾となった一三年に及ぶ数々の制裁の下で、恐ろしいほど苦しめられた。それらは、何百万人というイラク人たちの清潔な水や医薬品や生命に関わる技術の入手を拒絶したのだ。世界保健機構によれば、制裁の最初の四年間だけで、イラクの子供の死亡率は五〇〇%も上昇した。
 国際貿易と金融利用を阻止することは、それが普通の市民の日々の生活諸条件を荒廃させることほどには、イランの体制の存続に打撃を与えていない。闇市場は通例、合法的な市場の制限に根拠をもつものであり、そしてその市場は政治エリートによって高度に支配されている。
 制裁はイランに住むイラン人の暮らしに悪影響を与えているだけではない。それらは同時に「独特の」解釈に陥りやすいものでもあった。その解釈の下で海外に住むイラン人にも悪影響が及ぶこととなった。たとえば米国のジョージア州ではアップルコンピュータの販売店で、ペルシャ語を話す客はサービスを拒否された。オランダでは外相が、オランダ政府はオランダの諸大学と諸研究所で働くイラン人研究者やイラン人専門家の居住許可を更新しない、と発表した――EUの制裁が発効する以前に――。オランダ内外双方からの抗議を受けて、この政策は、石油、天然ガス、石油化学工業で働く研究者に適用されるだけと変更された。それは、「一定の知識」がイランに持ち帰られることを防ぐためのものとされた。しかしながらこの「一定の知識」の境界は厳密さを欠いたままにされ、他の産業部門で働く研究者たちは、個々の事例毎に彼らの法適用免除を証明するよう強いられている。
 制裁はたびたび、戦争に代わるものとして、またイランの政権を国際的要求への応諾に引き込むための効果的な方策として持ち出されている。しかしながら制裁の歴史は別のことを証明している。制裁はしばしば戦争への序曲であり、そればかりではなく、支配するエリートに対してではなく普通の民衆に対して仕掛けられた、それ自身で戦争の一形態でもある。イランの民衆は彼らの政権に対して、その創立の時代から闘いを続けてきた。彼らの基礎的生活諸条件を破壊し、情報や相互連絡や技術の彼らによる利用を阻止することは、彼らが今闘っている相手の体制を、ただ強化するだけとなるだろう。(一〇月二九日)

▼筆者はアムステルダムに住む歴史家であり、第四インターナショナルオランダ支部であるSAPメンバー。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年一〇月号



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