もどる

    かけはし2012.年9月24日号

新しい政治勢力の創出へ

9.8 「1%の世を、人々の世に」大阪でシンポジウム

民主・自民・維新と対決する
潮流に共同して挑戦しよう

 【大阪】九月八日、シンポ実行委員会の主催で「1%の世を、人々の世に。新しい政治の力を築こう!」が大阪市立中央会館で開かれ、一七〇人が参加した。
 最初に、近畿第三極呼びかけ人を代表して加来洋八郎さんが以下のようにあいさつした。
 「情勢は大きく変わってきた。民主党は新自由主義者が政権を握って、自公政権と何ら変わりのない、いやそれどころか、彼らがやらなかったことも含めてやり遂げる政権になってしまった。福島の原発事故を教訓とすることなく、大飯原発を再稼働し、どさくさに紛れて安保条項を含めた原発の維持・推進政策を明らかにした。そして今では、民・自・公が一緒になって消費税増税の法案を可決する事態にまでなってしまった。そのような情勢にあって、橋下・維新の会が全国政治に登場しようとしている。それをメディアももてはやしている」。
 「世界では、一%の富裕層の政治から九九%の民衆のための政治への運動が広がっている。日本でも脱原発運動が盛り上がっている。にもかかわらず、民・自・公や橋下・維新の会とは違う政治の流れを、私たちは国民に提起できていない。彼らに共通しているのは新自由主義の考え方だ。だが、それは既に破綻している。ギリシャやスペインだけではない。アメリカも苦境に陥って、力を減退させている」。
 「だからこそ、原発やTPPそして米軍再編を日本に強制し、アジアでの〈指導力〉を維持しようとしている。これらと対決する、あるいは違う政治を国民に見える形で提起することが私たちに問われている。自分の関わっている課題、と同時に新しい政治勢力をつくるという課題にも力を結集していこう」。

私たち自身が
問われている
 続いて、シンポジウム。コーディネーターの仲尾宏さん(京都造形大学客員教授)が「今の日本の困難な状況は、自分自身が問われていることだというのが私たちの共通の認識だと思う。では、これをどうやって政治の課題に結びつけていくのかが課題になる」とシンポの方向性を提起。まず、スピーカーが(1)自分の闘ってきた、あるいは関わってきた問題と政治について(2)新しい政治勢力をどうやってつくっていくのか、新しい政治勢力とは何なのか―について発言し、その後皆で討論していくという形で進められた。
 【(1)について】山元一英さん(全港湾大阪支部書記長)は「この間私たちは反対してきたが、(規制緩和と自由競争で)強い者が競争にうち勝ち、弱い者は淘汰される仕組みを国際的な枠組みの中でもつくろうというのがTPPだ。それを民主党は推進しようとしている。既成政党に対する不信感が強まる中で出てきたのが橋下・維新の会。ギリシャを始め多くの先進国では、責任を国民に転嫁(公務員削減、福祉後退)して緊縮財政を進めようとしているが、これを大阪でやろうとしているのが橋下だ。労組の側は、この攻撃に対して有効に対応できていない。この間、規制緩和が全国的に展開される中で、労働者の社会的・生活水準が大幅に低下している。規制緩和・構造改革に反対する戦線を、国民的課題としてつくり上げることが必要だ」と発言。
 続いて、原和美さん(9プラス25改憲阻止市民の会代表世話人)が次のように発言した。
 「私たちの市民の会が結成された二〇〇三年は、自殺者が五年連続三万人を超えた年、イラク特措法が成立して自衛隊が海外派遣された年だった。そこで、憲法九条と二五条を為政者に生かさせるということで、この超党派の会をつくった。(構造改革の小泉)政権の下で、労働者派遣法が改悪されて非正規労働者が増加し、賃金もどんどん下げられていった。一方で企業は何百兆円という内部留保を溜め込んでいったが、そのトップはトヨタで、ベスト10には事故の反省もない東電や平然と再稼動した関電も入っている」。
 「あの小泉の頃、〈自己責任〉が声高に語られた。が、自民党の新憲法草案・試案の中でも国防・社会的費用を負担する・家庭等を保護する義務という形で、〈自己責任〉が九条改憲と共に展開されている。そのような考え方こそが格差を肯定し、生活保護パッシングをうみ出しているのでは。しかし、経済一辺倒という社会に流されてきた自分たちの生活・生き方を見直そうという動きが、反原発運動などで始まっている」。

市民と労働者の
自由な自己表現
 次に、長谷川羽衣子さん(緑の党共同代表)は「事故の後、仲間たちとNGO(e―みらい構想)を立ち上げ活動してきた。最初は労組や政党とは一緒にできていなかった。が、オール京都でやろうと宗教・労働・政治団体すべてに声をかけ、一緒にデモができる枠組みをつくることができた。それが三月の円山公園での六千人の集会・デモだった。大飯の地元の人たちは、原発・再稼働は不安だが、雇用・仕事を考えると認めざるを得ないと言っている。その大飯町で『廃炉後の経済』というテーマで講演会を開き、住民と一緒に町の今後のことを考えた。再稼働寸前の大飯アクション・トンネル封鎖にも参加したが、今までとは違う層の一般の市民が非暴力で抵抗できたのだと思う」と語り、さらに続けて「首相官邸前のデモも同じように市民が中心だ。@今後も、このような誰でも参加できるデモが必要だ(労組の旗が前面に立っているのは入りにくい)Aデモの受け皿となるような新しい政党が必要だ。―こうして緑の党の結成に参加することにした。原発事故を受けて立ち上がった若者や女性そして小さい子どもを持った母親たちの受け皿になれると思う」と発言した。
 さらに、服部良一さん(衆議院議員)は「小選挙区制では少数政党は勝ち目がないので、必然的に二大政党に収斂され、保守vs保守になる。だから第三極を、というのが私たちの思いだった。が、衆議院議員になったのは政権交代の時で、いきなり与党(第一極)の立場になってしまった。この五年間の様変わりは大変なものだ。今度の通常国会では、問責決議(民・自・公による消費税増税を批判)に自民党も賛成するというマンガみたいなこともあったが、七日に脱原発法(賛同議員は百数人)を議員立法(『生活』・社民党など)で国会に提出した(継続審議)。その国会は、領土問題のように『国益』で一つにまとまって(翼賛化)いく危険なところがある。国会議員の役割として、イラク戦争にただ一人反対した米国議員バーバラ・リーさんのように、一人でも反対する姿勢が大切だろうし、国会で少数者の声を代弁する役割も担っていると思う」と語った。


反原発運動に
どう取り組むか
 【(2)について】山元さんは、まず長谷川さんの発言(デモと労組の旗)について、市民と労働者が各々自由に主張・表現でき、そしてデモは一緒にできるよう、例えば各々のスペースをもつなど、課題にすべきだと主張。そして、TPP反対と橋下・維新に対する闘いの重要性を強調しながら「新しい政治勢力は、@生活を守る(雇用の確保、消費税反対、福祉の充実)A脱原発・自然エネルギー政策の推進B新自由主義(規制緩和など)に反対C安保に反対(沖縄等の米軍基地撤去)、アジアの平和確立―で合意できるのではないか。もうすぐ選挙があるが、(政党要件を充たしている)社民党が中心となって、様々な勢力が結集できる統一戦線的な形の政党づくりをやってほしい」と語った。
 続いて、原さんは「社会党時代に労組活動を経験したが、その頃は賃上げなど生活権を求めた闘いが政治と結びついていた。社会党は労組の要求を汲み上げ国会の中で実現していき、それを労組にバックしていくという、運動と政治の繋がりがあった。しかし今はマニフェストブームもあって、〜をしてくれそうな政党に期待するという風潮があるのでは。一人ひとりが、自らの生活権を賭けて闘うことが原点、それを取り戻すことが大切だ。原発事故では誰も責任を取っていない、なのに推進すべきだという。政治の状況は悪いが、あきらめたら次の何ものも生まれてこない。私たちのための政治勢力が必要だ」と発言した。
 長谷川さんも「(社民党には期待していたが)今回の京都市長選挙では、明確に脱原発を主張していた共産党候補を支持した。労組が旗を立てることに反対はしていない。旗を立てる人・立てない人・仮装する人など多様性があるから市民たちも参加できる。だからこそ京都の六千人の集会・デモも成功した。社民党も緑もそれ以外の市民も並列であってこそ、多様性があってこそ多くの人たちが投票してくれる、そのような勢力になれると思う。山元さんの@〜Cは『緑』の政策と全く同じだし、社民党の理念とも変わることはない。まだ緑はヒヨ子だが、これからもいろいろ学んでいきたい」と語った。
 そして、服部さんも「維新の会は第三極ではない。一か二極の政界再編―保守再編の中にいるだけだ。では、第三極とは何か、政治の理念をはっきりさせるべきだ。野田政権は酷い政権だが、鳩山政権がなぜ潰れたかは検証してみる必要がある。普天間問題で潰すためにアメリカが動いた。検察も使って、鳩山・小沢を締め上げた。政界再編も、そのようなアメリカの政策の中であるだろう。今、(民主党の中も含めた)日本のリベラル派(憲法擁護派)は最大の危機に陥っている。そして、政界(社民党も含めて)は大変複雑な動きをしている。だからこそ、第三極の政治理念は何なのかをしっかり考えながら、私たちのネットワークをつくっていく必要がある」と発言した。

安保と原発が民
主主義を歪める
 この後、会場からは次のような発言があった。
 「安保と原発が日本の民主主義を歪めている。日本の民主主義は勝利したことがない。反原発運動をやり抜いて民主主義を」。
 「労組は、(電力会社の補完物となった)電力労連を解体する闘いをすべきだ」「(反原発運動をしてきた立場から)五四基を止められなかったことを反省している。具体的には反原発を政治課題にできなかったこと、広がりを欠いた運動だったことだ。結果、原発が社会的・経済的に構造化されてしまった。しかし、負のもの(燃料のウラン採掘、放射性廃棄物)を弱者に押し付けて成りたっているのが原発。福島の事故でその矛盾が顕在化し、政治がなかったことも暴露された。今後は、中央と現地での様々な人々の大衆運動を大切にしながら、政治の課題として闘っていくべきだ」。
 「労組として、反原発・反基地の闘いをやってきた。ところで、労働者派遣改正法が、私たちの要求を無視して可決された。(金のある電力労連はその必要がないだろうが)私たちは、自分の職場外の労働者であっても、どんなに小さなことであっても悩み・苦しんでいる時は、日常的に相談を受ける活動もしている。電力労連や『連合』とは違って、昔の総評のように様々な政治課題も闘っていきたい。社民党は党名を変えてもよいから、大きくグローバルな政党になってほしい」。
 「(一〇代だが)連合には怒りをもっている。かつてのイタリアの『オリーブの木』やドイツの『赤緑連合』は共通のシンクタンクを持って法案作りをやっていたと聞く。社民党は新社会党と選挙協力をしたが、緑の党とはどうなのか。社民党=労働者の党は古いので、もっと開かれた党になってほしい」などの意見が出され、議論された。
 最後に、河村宗治郎さん(近畿第三極呼びかけ人)が「下手をすると、彼(橋下)の言う通り一八〇を超えるかも知れない。そうすると衆議院四八〇の中で、憲法改悪に直結する三二〇を超える可能性がでてくる。目の前の危機に対して、社民・新社・緑・労働者・市民の統一戦線をつくりたい」と閉会のあいさつをし、シンポジウムは終わった。(努)

 

投書


「おおかみこどもの
雨と雪」を観て

川島 透

 「精神障害者」で無職で父を亡くした人間が映画館で映画なんて観るのは、ぜいたくではないか。幻聴ではないが、そんな圧迫感を感じる。「精神障害者」の施設の職員さんにそういったら、職員さんは「映画館で映画を観ることは、別にいいと思いますよ」といってくれた。そこで、気晴らしに、父が二月に亡くなった後、初めて映画館に映画を観に行った。障害者割引で一〇〇〇円で観た。
 今回観たのは、「おおかみこどもの雨と雪」というアニメ映画(細田守監督作品/二〇一二年/日本映画)だ。花(宮アあおい)が好きになったのは、狼男(大沢たかお)だった。花は、雪と雨という子どもを産む。狼男の彼に死なれた後、花は田舎に引っ越して、子どもたちを育てていく。この映画では、そういう話が描かれている。
 この映画は、マイノリティとその関係者が差別社会(日本社会)の中で生きてゆくことの苦労を描いている。この映画では、カミングアウトのシーンが二回出て来る。カミングアウトは、マイノリティが差別社会の中で生きてゆく時にぶつかる問題だ。例えば、「精神障害者」は、就職のための面接の時に、オープンとクローズのどちらかの方法を選択しなければならない。オープンとは面接で「精神障害者」であることを明らかにすること、クローズとはそれを隠すことを意味する。何故そのようなことが問題になるのか。それは、「精神障害者」が差別されているからだ。ただし、恋愛などの場合は、クローズというわけにはいかないかも知れない。たしか、「GO」という映画(行定勲監督作品/二〇〇一年/日本映画)の中でもこの問題が描かれていた。
 雪と雨は、やがて「狼として生きていくのか、人間として生きていくのか」を選択しなければならなくなる。在日外国人と日本人の子どもが外国人として生きていくのか、日本人として生きていくのかを選択するのと同じように。この映画の中で、自然の中を走り回る花・雪・雨の親子を見て、狼人間もいいんじゃないか、と思った。マイノリティが差別されずに生きていくことが出来る世界を作り出さなければならない。そう思った。
 二月に父が亡くなった。私の両親は、父の親や姉と妹たちにひどい目にあって来た。私が通っていた共同作業所は、メンバーが差別的で、私にはなじめない。私には、恋人も友達もいない。私は、とても孤立している。孤独を感じる。でも、この映画を観たせいで、この映画を観た感想を投書することが出来て良かった。そう思う。
  (2012年9月2日)


もどる

Back