アメリカ
派手な大統領選の足下で進む真実
民主主義の拡張が必要なその時
正反対のものが強要されている
ディアンヌ・フィーリー |
投票日まで二カ月を切り、米国大統領選がマスメディアに大きく取り上げられることが多くなった。富裕層優遇か中間層支援か、小さな政府か大きな政府かなどと、争点も焦点化されている。しかしその争点も実際は言葉だけとの見方は相当に広がっていて、メディアも、前回に比べ有権者の関心は低調と付け加えざるを得ない。本紙でも六月一八日号で、空前の金権ぶりを始め現実の運動を史上最低と評した現地からの報告を紹介した。以下に紹介する論考では、米国の独特の選挙制度を含め、持ち上げられることの多い米国民主主義の、空洞化と大資本による乗っ取りという実態を具体的に取り上げている。(「かけはし」編集部)
今や企業のカネが圧倒的に支配
ひどく独裁的な諸国では、選挙が行われればそれはしばしば強奪される――あるいは基本的に、前もって決まっていた結果を正統化するための計画的動員だ――。それが米国では違っている――企業の候補者が勝つことを保証するものは、不正投票の代わりに、登録手続きと運動の性格となる――。
米国では、民主主義の形式的手続きは神聖なものとして保たれているかもしれないが、実質は消え失せつつある。
全国規模の公職をめざし運動する者たち――特に上院議員、しかし今では下院議員も同様に――は、人口のますます狭まる層の出身となっている。それは、自身が金持ちか、運動のために企業のカネを引き出す能力をもつ連中だ。二〇〇八年に下院の議席を獲得する平均コストは一四〇万ドル、上院の場合は八五〇万ドルにのぼった。当時大統領の候補者だったバラク・オバマはその選挙サイクル中、七億四五〇〇万ドルも調達した。二〇一二年の大統領選に対してはそれだけで、TV広告総額が二〇億ドルに達すると見積もられている。
二〇一〇年の二つの最高裁決定は、「シティズンユナイテッド判決」と呼ばれるものだが、企業、労働組合、裕福な諸個人に対して、運動への資金供与に関する制約を取り除いた。政治行動委員会(PAC)の資金は特定候補者ではなく課題に関してのみ支出可能、という以前の要件が外された。決定はさらに、調達され候補者に投じられることを可能とする総額上限をも取り除いた。候補者のキャンペーンとPACのそれとを分離するものはただ一つ、想定上そこに協調はない、ということだ。つまり候補者は、スーパーPAC(その影響力が巨大化しているPAC:訳注)に対して、「求めたり、示唆したり、同意したり」してはならない。
今われわれが目撃していることだが、これらの急速に成長するスーパーPACが二〇一二年の選挙サイクルを支配している。全部で八〇五のグループが、八月末までに三億五〇〇〇万ドルを受け付けたスーパーPACを抱えている。ミット・ロムニーと提携しているスーパーPAC、「われわれの未来を取り戻せ」は、ニュート・ギングリッチ(共和党右派の同党古参下院議員、大統領選候補者指名の予備選に立候補しロムニーらと争った:訳注)攻撃のためにアイオワ州だけで、想定四〇〇万ドルを投じ、スーパーチューズデー(予備選の帰趨を決する山場と言われている:訳注)以前に早くも、一七〇〇万ドルを支出した。このスーパーPACは共和党全国大会の開会以前に、約八二〇〇万ドルの調達を終えていた。オバマ大統領と提携するPAC、「米国最優先」は、二二〇〇万ドル近くを調達した――SEIU(国際サービス従業員労組)からの大枚の寄付を伴い――。
AFL―CIOのPAC、「労働者の声」は、二〇一一年に三七〇万ドルを、AFL―CIOの金庫から二二〇万ドルを集めた。二〇一二年の大統領選と議会選に際して諸労組は、二〇〇八年の実行額に対して二〇%増の、約五億ドルを投じると見積もられている。今年労組はもはや民主党の歩兵とはならない、AFL―CIO会長のリチャード・トルムカはこのように請け合っているものの、公共部門の労組の団体交渉権に対する右翼強硬派の攻撃は、彼らが立場を逆転させるよう導いた。しかし先のような総額が企業の関与と比べればちっぽけなジャガイモである限り、民主党に労働組合をつなぎ止めることも、労働者の諸権利に対する政治的攻撃を止めるものにはほとんどならないだろう。
PACに何百万をも提供する一方で、多くの企業は、抜け穴、助成金、さらに海外のタックスヘイブンを使うことにより、連邦税の支払いを逃れることができている。USPIRG(米国とカナダで活動する公共の利益に関する調査・研究を目的とするNPO:訳注)による最新研究は、連邦税をまったく払わないでいながら、ロビーイングに年約二億五〇〇〇万ドルを支出した、三〇の「フォーチュン500」(米国の雑誌『フォーチュン』誌が年一回発表するリスト、全米上位五〇〇社がその総収入に基づきランキングされる:訳注)企業を特定した。
反動的登録制度が貧困層を排除
「ピュー・センター・オンザステイツ」(国策に関連する事実情報を超党派で収集し公開しているデータベース:訳注)によれば、個々の州が使用している(有権者)登録システムは「ずさんであり、費用がかかり、非効率」だ。少なくとも適格な五一〇〇万人が登録されないまま放置されている。登録されている人の中では、記録の八分の一はかなりずさんだ。諸々の州は本来は、現在可決されつつある登録をもっと難しくするあらゆる種類の反動立法に代えて、カナダが用いているような電子登録を通して、手続きを近代化するために努力していなければならなかった。そうすれば有権者は、いったん有権者名簿に載れば、記録の点検が可能となり、(登録データの)確実な持ち運び可能性を通じて、自分の記録の最新化が可能となるのだ。
八分の一の人々が二〇〇八年と二〇一〇年の選挙の間に移動したこと、そして若者の中ではその比率がもっと高いことを前提とすれば、持ち運び可能性は、二一世紀の有権者登録にとっては鍵となる必要条件だ。二〇〇八年の大統領・連邦議会選挙それだけでも、登録に関係する諸問題が理由で二二〇万票が奪われた。
過去一〇年われわれは、非居住の「不正」を阻止するという名目で有権者の権利を締め上げる一〇〇〇件にものぼる法案が、四六の州議会に持ち込まれるのを見てきた。投票に資格のある二一〇〇万人以上の人々は、政府発行の写真付き身分証明書を所持していない。この事実にもかかわらず、一五の州は(登録にあたって)それを求めている。ここには南部の四州(アラバマ、ジョージア、サウスカロライナ、そしてミシシッピー)が含まれ、これらの州は今、これらの法が効力をもつまで、投票権法第五章の下での裁可を待っている。写真付き身分証明書(ID)をもっていない人々はもちろん、路上生活者、貧困層、高齢者であり、ほとんどはしばしば有色人種だ。要するに彼らは、貧困の故に不利な立場に置かれているのだ。「正義のためのブレナンセンター」は、五五〇万人のアフリカ系米国人が必要とされる証明資料をもっていない、と見積もっている。
最近になって、五つの州が事前投票を制限し、二つの州が「当日」登録を取り止め、三つの州が登録運動を制限した。フロリダでは、フロリダ女性有権者同盟が彼女たちの登録運動を一時停止した。新法が登録ボランティアを威嚇し、処罰をも匂わせているからだ。いくつかの州は投票所数を減らし、ウィスコンシン州にいたっては、有権者登録が行われる場であった自動車登録事務所の数すらも減らした。
選挙偽装を容易にする選挙人団
選挙人団はいつも、大統領選における米国の「奇怪な制度」であり続けてきた。五〇の州の各々は、上院議席数に応じて等しく(各二)、プラス下院議席数に応じて、さらにコロンビア特別区(連邦政府所在地で連邦直轄地、一般的にはワシントンDC:訳注)に三の選挙人票をもち、その総数は五三八となっている。主な米植民地であるプエルトリコの住民は市民でありながらも、大統領に対する投票権をまったく得ていない。そして各々の州の選挙では、選挙人の票は勝者総取りとなっている。
近年の選挙では、この異様な仕組みが結果をいつもねじ曲げたわけではなかった。しかし以下の二つの大統領選挙は露骨に盗まれた。まず一九六〇年、リチャード・J・ダレーの機構がジョン・ケネディにイリノイ州を取らせるためにシカゴの選挙を操作し、二〇〇〇年には、ジェブ・ブッシュのフロリダ州政府が兄のジョージ・ブッシュのために選挙を盗むため、有権者登録抑圧策、票の数え直し操作、そして最高裁の介入を使った(二〇〇四年にもオハイオがブッシュのために盗まれた、と広く疑われている)。
選挙人団という仕組みは今日、もはや古風で趣のあるものなどではなく、本当に危険なものとなっている。現代の洗練された世論調査技法や技術を使うことで、帰趨を握る「接戦州」は特定可能であり、探知不可能な電子投票機の不正、「有権者ID」法、また選挙全体を盗むための似たようなものを通して、まさに十分な選挙人票を盗むことが可能だ。われわれが二〇〇〇年にフロリダで見たように、わずか二、三〇〇〇票で違いをつくり出すことができるのだ。
強制でもない限り、一億人以上が投票する一般投票を基礎に全国的な選挙を盗み取ることは、基本的に不可能だろう。しかし選挙人団という時代錯誤は現代の技術と組になって、盗みを証明する可能性をまったくあるいはほとんど封じた上で、これを可能にしている。選挙人団という仕組みはすぐに廃止されなければならない――しかしこれは不可能に近い。というのもこれは、四分の三(五〇の内三八)の州議会による承認を必要とする憲法修正を要件とするからだ――。
大衆的投票は低調なほどいい!
アフリカ系米国人とラティーノの共同体の重みを人口数の比例とはかけ離れて弱めているもう一つの法的装置は、メイン州とバーモント州を除くすべての州による重罪を宣告された者たちに対する投票権の否定――永久的か一時的かいずれかの――だ。アフリカ系米国人の男は全国平均の七倍、アフリカ系米国人の女は四倍の比率で、しばしば非暴力の薬物に関連した罪状で有罪判決を宣告されている。その下ではクラックコカイン関連は、他の薬物違反と比べ一〇〇倍も厳しく扱われるのだ(その後これは一八倍の厳しさに軽減されたが、すでに判決を下された者がその件を見直されることはなかった)。
事実上米国は世界で、以上のことが日常茶飯事である唯一の国だ。一一の州は、権利回復のために申請手続きを何らかの形で必要とすることをもって、重罪宣告を受けた人々から投票権を奪っている。バージニア州は薬物関連違反あるいは暴力事件で判決を受けた者たちに五年間の待機期間を適用している。その一方アリゾナ州は、再度の違反で重罪判決を受けた者たちを永久に除外している。出所時点で自動的に権利が回復する一三の州やコロンビア特別区の場合でさえ、この情報が広く知られているわけではない。現在、成人人口の二%以上になるおよそ四七〇万人の米国人が彼らの投票権を奪われている。これにはもちろん、個人を超えた影響がある――それは、元囚人が暮らす共同体の力を弱めている――。
新しい国勢調査の数字が発表される一〇年ごとに、州議会は、連邦下院議員と州議会議員に対して選挙区割りを引き直す。合衆国の始まり以来この過程は、権力の座にある党に報償を与える源となり、この現実を映し出す言葉として、「ゲリマンダー」を思い起こさせてきた。多数を占める州議会の数を共和党が増やした二〇一〇年の選挙結果を前提に、区割り引き直しはある種の戦闘となった。提案された選挙区は、政治的、地理的境界にしたがうものではなく、全般に現職を利している。
この引き直しは特にマイノリティーの投票権を守る上で、あるいは薄める点で決定的だ。たとえばいくつかの州では、黒人とラティーノの有権者はいくつかの選挙区にまとめられ、それらの有権者が二、三の「安泰な」議席を確保する結果となっているが、しかし全体としての代表性を表現する機会はより小さくなっている。他の事例では、黒人あるいはラティーノの共同体は、政治的代表性における彼らの機会を最小化するよう分割されている。市民権のための諸組織は、代わりとなる地図を提案してきた。そしてこれらの問題を解決するために、投票権法の下で訴訟をも提起してきた。
ミシガン州での引き直しは、アフリカ系米国人のための「安泰な」二議席を取り上げるもくろみの中で行われた。そして予備選挙において一つが除かれた。
活気に満ちた政治的民主主義は、投票権を拡張することに関わっているはずだ。女性たちは、全国レベルで選挙権を勝ち取る以前にあってさえ、地方や州のレベルでしばしば票を投じていた。少なくとも統治の地方レベルで、なぜすべての住民が投票に関与してこなかったのか? 辛うじて選挙民の三分の一を超える人々が投票している誤った選挙手続きに代えて、参加と政治過程の拡張が目標でなければならない。
それと対照的に、ヘリテージ財団や「全米議員交流評議会(ALEC)」のような保守派シンクタンクの創立者であるポール・ウェイリッチが語るところによれば、「私は全員が投票することは望まない。選挙は民衆多数派によって勝ちを得るものではない。それはわが国の始まり以来あったためしのないものであり、今もない。事実の問題として腹蔵なく言って、選挙におけるわれわれの影響力は、投票する大衆が少なくなるにしたがい上昇する」。
二大政党制が民主主義を殺す
これらすべての既成の仕組みはもちろん、米国の選挙が二つの「主流」――すなわち資本家政党――の候補者間で行われるという事実によって、一層ひどくされている。米国のシステムでは、もし人がどちらの選択も好まないのであれば、どちらの候補者が「よりマシな悪」と見えるかにしたがい票を投じるよう強要されていると感じる。それでもしばしばよりマシな悪は、もっとひどい悪と同じような新自由主義的課題を遂行するのだ! それとは異なる政党は、正当な候補者から「票を取り上げている」として酷評され、メディアから閉め出されている。
選挙過程を広げることには、候補者だけではなく課題を決定する有権者の権利も含められるべきだろう。それは、九九%がその利害を代表する党を建設できた場合に、主流とは異なる諸政党からの競争参入を勇気づけると思われる。そのような進展は選挙に対する企業の資金供与を止めさせ、メディアの視野をさまざまな観点へと広げるだろう。それは、共同体に奉仕しない者を取り除くことを可能とするための有効なリコール方法を制定するだろう。そしてわれわれは、「勝者総取り」システムに代えて、候補者に順位をつける「即時決選投票」システムに移行(たとえば)できると思われる。これは有権者に、有権者の見方を反映する候補者に投票する余地を与える。人は、もし第一位の候補者が勝ちをとれないのであれば、次にリスト上の二番目に進むことになる。
もっと良い制度は、主張と考えの広がりが選出される可能性をもつ比例代表制(PR)だ。PRの背後にある基本原理は、有権者と政治的集団は社会内部に彼らがもつ実際の強さに比例して代表をもつに値する、というものだ。そこでは、一人が選出される勝者総取りとは対照的に、何人もが、したがって共同体の観点の多様性をもっとよく反映しつつ奉仕する。
しかし、二党システムの独占を打ち壊すことは、権力にある諸政党の、あるいはそれらの資金的スポンサーの利益ではない。それゆえそれは簡単には達成されないだろう。投票者は候補者を選出するだけであり政治的優先性と予算を議論し整えることはないという事実は、われわれが今もっている政治的民主主義の範囲の狭さを照らし出す。
地方では自治の破壊が進行
ウィスコンシン、オハイオ、インディアナ、そしてミシガンで近頃州知事が、右派のシンクタンクが開発した苛酷な法に署名した。その中でもっとも反民主的なものは、ミシガンの公共法第四号であり、それは、財政的な問題に苦しんでいる市、町、郡、学校区に支配権を持つ緊急管理者(EM)を指名する権限を知事に与えている。地方自治体の資産税徴収能力を引き下げている住宅の抵当流れ問題、そして市や町に流れ落ちる連邦と州の資金供与の急激な切り下げがもとで、ミシガン州のほとんどすべての地方自治体は問題を抱えている。
EMはいったん指名されれば、団体協約を変更したり拒否したりする、また公共サービスを外注し、資産を売却し、賃金や選出された公職の職務を凍結し、部局を解散させることさえ行う権限をもっている。換言すれば知事は、その俸給が学校区や自治体によって払われることになっている、また訴訟を起こされた時は、州司法長官によって合法的に代理されることとなる、そのような独裁者を指名する権限をもっているのだ。
リック・スナイダー知事は、ベントン、ハーボー、エコース、フリント、ポンティアックですでに指名されたEMと並んで、自治体との同意協定を交渉する州出納官を抱えていた。この協定によってデトロイト当局は、彼らの権限を代行する財政委員の指名に同意した。これらの権力引き渡しによって、ミシガンのアフリカ系米国人の半分以上は、地方レベルでの自治権を奪われた。
しかしながら私は、EM法を二〇一二年一一月に州民投票にかける(大統領選投票と同時に、多くの州ではさまざまな問題に関する州民投票が行われる:訳注)運動に参加した。われわれは、二一万六〇〇〇人の署名をもって新しい段階に入った。州民投票の公認を得るには三カ月を要した――公認された時に、問題の法は凍結となる――。州当局は、その時法は、権限がもっと小さい緊急財政管理者を規定している以前の法に戻る、と主張している。われわれの多くは、この三月にEM法が通過した時点で以前の法は失効した、と信じている。
世論を獲得する戦闘は一一月の州民投票を中心に闘われるだろう。EM法を支持する人々は、デトロイトやフリント、ポンティアックといった他のすたれた工業の町をとんでもない廃墟のように描き出している。われわれはわれわれのカネを浪費した。われわれは、無責任で腐敗した公人を選出した。もちろんこれまで、多くの腐敗があった。しかしそれもまた、このシステムに仕組みとして組み込まれたやり方だ。問題は構造的だ。すなわち、都市の中心部が荒廃に任せられてきた一方で、軍事予算は膨張し、歳入を市や郡と分け合うミシガンのような州には、比例的にわずかのカネしか回らなくなっているのだ。
EM法は私有化、外注、また公共サービスやまともな職の取り止めを通して地方政府を再編成しようとするもくろみだ。この企業よりの課題設定は、政治的民主主義と九九%が必要としているサービスを切り下げることを追求している。われわれが正反対のもの――民主主義の拡張――を必要としているその時にだ。一層の解雇と一%への一層の権力集中を意味している緊縮策を求める訴えの代わりに、われわれは、質の良い職に優先性を置き、企業エリートよりも労働者に力を与える経済的民主主義を必要としている。
仕事をなくし設備を撤去することを企業に許す代わりに、今ある職場と共同体に装備を引き渡す場合にのみそれらが去っても良い、ということがなぜできないのか? 真に必要とされているもののために、労働者と主な共同体に再び力を発揮させよう。右翼がそれで話題に上がる職の創出計画がもっとも汚い化石燃料の採掘と輸送に関わるものだけ、ということは異様なことではないのか? 彼らの職の創出計画は、ジャック・ベニーのジョークを思い出させる。それは武装した強盗にホールドアップさせられ「いのちかカネかどっちかを選べ」と求められた人が、「それを考えるために一分くれ」と答える人の話だ。(二〇一二年八月二八日)
▼筆者は社会主義フェミニストであり、『アゲンスト・ザ・カレント』編集者。部品製造職場を退職した自動車労働者であり、USW(全米鉄鋼労組)二三五支部のメンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年九月号)
【訂正】本紙前号(9月10日号)1面上の図説明『オスプレイ配備の欠陥』を『オスプレイ配備の危険性』に、同3面「架橋」欄最下段15から16行「キャスティングボード」を「キャスティングボート」に、それぞれ訂正します。
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