【大阪】「住み慣れた土地を離れたくないと願う村人達は、村からわずか一`しか離れていない土地に移転することを決めました。それは、原発と隣り合わせに暮らすことを意味しています。しかし、移転予定地に立てられた看板の未来予想図には、子ども達が遊ぶ観覧車があって、ファーストフードのチェーン店やディズニーのお店が立ち並ぶ夢のような街が描かれていました」「村人達に浸透している原発の『安全神話』。
それは日本からもたらされたものでした。タイアン村のリーダーNさんは、二〇一〇年にニントゥアン省原子力調査団として日本の原発を視察し、その安全性を確認したと言います。そして、予定地のリーダー達を招待して、彼らに原発の安全性を吹き込んだのは日本の原子力産業に携わる企業の面々でした」と映画のナレーターは静かに語る。
福島の原発事故について、ベトナムの現地の人々には正しく知らされていない。経済成長が著しいベトナムでは電力不足で、二〇三〇年までに一四基の原発が計画されており、既にロシアが(潜水艦と抱き合わせで)二基、日本が(後で見る「丸ごと」方式で)二基受注している。野田政権は、電力独占と原発産業を延命させるために、多くの反対の声を押し切って再稼動を強行し、破廉恥にも原発輸出を推し進めようとしている。七月一四日、上映&講演会『ベトナム原発輸出、いまベトナムで何が起きているのか?』が東山いきいき市民活動センターで行われた。主催は「ODA改革ネットワーク関西」。
輸出への動きは
自民党時代から
最初に、冒頭で紹介したドキュメント映画『忍び寄る原発〜福島の苦悩を輸出するのか〜』の上映があり、それを監督した中井信介さんが、ベトナムでの印象を次のように語った。「ベトナムに行って、現地の人々が原発の危険性について余りにも知らない・正しい情報が伝わっていないということに驚いた。ベトナムには地震も津波も少ないので福島の事故のようなことは起こらない、と政府の役人や村長から説明を受けている。こちらから説明すると、不安がり、質問してくる。(いくらか補償金を貰って)立ち退きさせられるのだが、政府に反対しても仕方がない、と諦めてもいるようだ。また、原発によって、地域が都市のように発展することを期待している若い人達もいる。地方(原発予定地)では正しい情報が伝わっておらず、一方都市では正しい情報が伝わってはいても発言できないようだ」。
続いて、伊藤正子さん(京都大学・ベトナム現代史)の講演。ベトナムへの原発輸出の動きは、自民党政権の時から始まっており「民主党政権になると、『丸ごと輸出(原子炉建設・運転・保守・燃料確保・低利融資などをセットにして)』を経済成長戦略の重要な一つに位置づけ、アジアの国々への原発輸出に力を入れるようになった。政府系・国際協力銀行等が融資し、電力九社と原発メーカーが出資する会社・国際原子力開発が事業の中核となる」。まさに官民一体だ(これに原発関連の大労組も加わる)。「とりわけ、ベトナムへは(ODAもそうだが)原発にも異様な入れ込みをしている。円高で、ベトナムの債務は膨張している。ホーチミンの商工会議所の人が、共倒れするのではないかと言っていたぐらいだ。
二〇一〇年、菅首相が訪越して日本が原発二基受注(レアアース開発のパートナーも日本に決定)した。二〇一一年、福島の事故でストップしていた原発輸出を野田政権が再開。九月、原電(日本原子力発電)がベトナム電力公社とFS(導入可能性調査)を契約し、現地で開始した。この費用は日本の税金で二〇億円だが、全くの非公開となっている」。一二月、国会は多くの市民達の反対の声も無視して、ベトナム・ヨルダン・ロシア・韓国との原子力協定を承認した。そして、伊藤さんはベトナム現地での実際の体験をふまえ「日本が一兆円で原発を建設しようとしている所が、ニントゥアン省(あまり観光開発されていない。相対的に貧しい)のタイアン村。ここは、南シナ海に面した人口約二〇〇〇の農漁村。少数民族のチャム族(自分達のチャンパ王国をベトナム王朝に滅ぼされた歴史を持つ)が多い。
一方向的情報操
作等多くの問題
昨年一二月、グエン・タン・ズン首相が自らニントゥアン省に乗り込み、説明。首相は、ホーチミンからの高速鉄道・道路の建設などを宣伝、最後に原発も付け加えた。この時の様子をテレビで観たが、ニュースが終わると日本の原発宣伝のビデオ(ベトナム語字幕)をずっと流し続けていた。村にはネット環境はなく、テレビが唯一の情報源になってしまう。村から帰る時、ある人にベトナム語に訳した『福島事故後の惨状』の資料を渡すと食い入るように見ていた。
原発立地では何が問題となるか。@ウミガメの産卵地やサンゴ礁がたくさんある国家公園に重複・隣接した場所A港湾建設や温排水による生態系への影響B村人の生計や漁業への影響C津波(近くのフィリピンは地震が多い)の被害。過去に八bの津波を経験(チャム族の村に『津波の神様』が祀られている)、人々は津波を脅威に感じている」を挙げた。大事故があれば、インドシナ半島全体が汚染されてしまう。メコン川と共に生きてきた人々と生き物の命を奪うに等しい。
さらに、伊藤さんはベトナムの政治状況にも触れながら「ベトナムは共産党による情報統制が強い。民主的な討議も難しく、国策に反対すれば弾圧される。一方ネット環境のない地方の住民には偏った『安全神話』が浸透していく。政府は『過去にフタをして未来を見よう』をアメリカだけでなく日本にも適用し、日本の常任理事国入りも支持している。日本からの借金もスムーズに返済している(今後はわからないが)。また、中国との領土問題でも利害が一致している。日本にとっても都合のいい国なのだろう。このように、ベトナムの国と原発をめぐっては多くの問題点がある。何よりも、悲惨な原発事故を起こしてしまった日本が、自国の問題解決もできないのに輸出するのは許されない」と語った。
この後、明らかにされていない「原発事故が起こった時の補償」や「使用済核燃料の問題」などについて意見交流があった。モンゴルは、自国産のウランであれば、後を受け入れると言っているようだ。困難な状況の中で、ベトナムの人々も少数ではあるが原発輸出反対に立ち上がっている。どのように連帯していくのか、問われている。
(努)
投稿
不当逮捕に抗議すると共に、勾留を断念させた関係者の尽力に感謝する
抑圧を許さず、脱原発に向けた非暴力の行動をさらに強化しよう
7・29被逮捕者
私は、七月二九日の脱原発・再稼働中止を求める国会大包囲行動に参加し、公務執行妨害容疑で不当逮捕され三日後に釈放された二人の内の一人です。本紙の紙面を借りて、当日の行動に対する警察の過剰かつ不適切な規制と私たち二人の不当逮捕に対する抗議、並びに見守り弁護団を始めとする連日の心のこもったバックアップに感謝を明らかにします。
また、最終的に検事に勾留請求を断念させた力が、本質的には高まる一方の広範な脱原発の声と、その自立的で自制された非暴力の巨万の行動がある種の道義的な力も含めて無言の内に権力に加えている圧力であることを考えた時、昨年以来全国津々浦々で自らの意志で運動に立ち上がり共同のネットワークを発展させ共同の行動へと発展させてきたすべての人々に敬意を表すと共に、今回の弾圧を超えて私も、脱原発を確かなものとするための共同の闘いを率先して引き受けてゆくことを明らかにします。
その立場からここでは、現在の脱原発運動が体現している民衆的正統性の具体的な姿を示す一助としても、当日私が経験したことの一端を伝えたいと思います。
私はかなり以前から仲間と共に原発の問題を地域に訴える活動を行ってきた者として、当日も地域の仲間と共に参加しましたが、漠然と国会を囲むヒューマンチェーンのどこかに参加しようというものでした。しかし日比谷公園から国会に向かう途上からすでに混雑がひどく、警察の誘導にしたがって進む以外にありませんでした。その結果たどり着いた先が国会正門に向かい合う歩道上でした。 しかしそこは到着した時から大変な混雑になっていました。実はそこがメインの会場だったのであり、私たちが到着してまもなく、国会議員を始めさまざまな人が発言を始めました。もっともあまりの混雑で、発言はまったくと言ってよいほど聞こえませんでした。それもあって、私たちは混雑を避けるために、横断歩道を越えてさらに先の歩道に出たいと思っていました。それは周辺の人も同じだったようです。が、どういうわけか警察は移動を阻止し、そのためあちこちから警察への抗議の声が上がっていました。
しかしその間にも後ろから人波がどんどん押し寄せ、現場の混雑は輪をかけてひどくなっていきました。後ろから押し寄せてくる人波も警察の誘導を受けているはずです。ところがその先では同じ警察が移動を阻止するという、実に理不尽なことが起きていたのです。
いずれにしろ状況は次第に危険を感じさせるものとなり、周辺でも明石の事故のようになってはまずいとの声が出始めていました。それもあって、既に点火されたキャンドルも多くなっていたのですが、火を消せと声を掛け合ってキャンドルも消されました。何かの拍子に衣服に火が着けば大変な事故になると予想されたからです。
ここに居合わせた人々は、私たちのような小グループは別として、互いにはほとんどが見ず知らずの人たちです。しかしその人たちが、原発ヤメロの思いの共有だけを信頼して、誰の指示を待つこともなく互いを気づかい自制心と忍耐をもって秩序を保っていました。いわば闘いの中で生まれる民衆の自治であり、その点で一連の脱原発運動は大切にすべき貴重なものを生み出しつつあるように思います。
それと対比して警察の対応はひどいものであり厳しく非難されるべきです。人の移動を説得力ある理由もなく阻止する措置の不当性に加えて、前述のように混乱しているばかりか、人々の安全に配慮するという観点をまるで欠いたものでした。要するにそれは、もっぱら主権者である市民の抗議の行動を封じ込めることに特化したものと言わなければならず、まさに正当性を欠いた対応です。
この状況の中で人々はやむなく、国会正門に突き当たる車道側にあふれ出したようです。「ようです」と書くのは、後ろの方にいた私にはその始まりがまったく見えなかったからです。いずれにしろ日曜日の夜であり通行する車両も少ない中、それは合理的な選択だったと思います。
ともかく私は横断歩道を渡る人の動きが見えたので、少しは混雑が緩和できるとほっとした思いで横断歩道上に出て先に向かおうとしました。その時国会正門方向から一団の警官がものすごい勢いで殺到してきました。警察マイクでの通告などはなかったので、彼らが何をしたかったのかは分かりません。いずれにしろ激しく押される中、そこにいた人たちも勢い押されまいと踏ん張りました。その時に私の前にいたひとりの若い警官が突然「公妨」と叫び私につかみかかりました。周囲の警官たちも条件反射のように私をつかみ結局私はそこで逮捕となったわけです。
検事に見せられた送検書類には、「オウと声を上げ棒状のものを握った拳で前頭部を殴打」との、件の警官の「証言」が印されていました。もちろん私には「殴打」の記憶はないし、その必然性もありません。ただ私はのぼり旗をもっていたので棒状のものを握っていたことは確かです。件の警官は顔の間近に旗のポールが近づいたので「襲われる」と錯覚したのかもしれません。あるいは「国会突入」などという先入観があったのかもしれません。しかし結果を見れば明らかですが、当日そこにいた人々は、そのような無意味なことは誰も考えていなかったと思います。いずれにしろ明らかな不当逮捕です。
結果として私は警察署で二日間取り調べを受けることになりましたが、先のような逮捕状況ですから調べる内容も大してないまま過ぎ、最終的に釈放されました。ただ逮捕当夜は、翌日午前三時まで取調べ室に置かれました。後でこれは大変不当なことだと教えられました。
ここに印した今回の経験を通して私は、現在の脱原発運動に主張と行動双方を貫いた高い正統性が刻み込まれていることを改めて実感しました。その対極に政府や財界を含む既成エリートの正統性喪失があります。私たち二人のお粗末な不当逮捕を含む今回見られた警察の対応の混乱と自信のなさはその結果と言えます。原発温存勢力を包囲し打ち砕くために、そのことをはっきり確認し、人々の自律性を尊重した非暴力の共同をさらに発展させるために力を合わせたいと思います。
コラム
テレビとネットの共存? ロンドン五輪が始まって一週間、当初は「タクシー運転手が五輪専用レーンで抗議デモ」とか「住宅街のミサイルは逆にテロの標的になりかねないと訴えるデモ」など五輪の裏側を伝えるニュースも流れていたが、いざ競技が始まるとメディアはメダルの話題一色。それもアテネや北京五輪の時よりも数倍も多く同じシーンがこれでもか、これでもかと流れる。とりわけメダルラッシュが続く水泳のフィニシュシーンや勝ち進むサッカーのゴールシーンは、各局が競い合うようにニュースだ速報だといって一日一〇回も流す有様。この結果、電通総研や博報堂の調査によるとサッカーの試合を全く見ていない人でもテレビニュースなどで一日三〜四回は見ている計算になるという。
なぜこうした現象が起きているのか。それはテレビがデジタル化され、BS・ケーブルテレビなどでチャンネルが増え、視聴率争いが激しくなったことが大きな要因だという。それに拍車をかけているのが「若者」のテレビ離れ。今回のロンドン五輪はツイッターやフェイスブックといったソーシャル・ネットワーキングサービス(SNS)で各競技が本格的に生中継されている。北京五輪でSNSを利用した人は五%前後であったものが今回は約一六%にも達し、二〇歳代に限れば三〇%をはるかに超えているという。これまではテレビ局が選んだ比較的人気種目だけが視聴者に押しつけられてきたが、スマートホンやタブレット端末の普及によってどこにいてもどの競技種目でもリアルタイムで見ることができるようになり、一層「若者」のテレビ離れが進むと見られている。
「テレビとネットの共存」を掲げるテレビ局の本音は危機感であり、ネットに負けないための試行錯誤。例えばバドミントンで上位チームが失格し日本チームがメダル争いになるとライブでなくても放送することが強制され、アーチェリーで予想外に決勝に進めば脅迫されたかのようにその試合を追わざるをえない。さらにイギリスと日本の時差が加わり、放映料金の半分を占めるアメリカ時間が試合開始時間を縛り、「これでもか」現象がつくられる。暑さによる睡眠不足の上にテレビ局の勝手な「試行錯誤」を押しつけられるのはご免こうむりたい。
商業五輪と呼ばれた一九八四年のロサンゼルス五輪で登場した放映権料は四半世紀の間に九倍にもはね上がり、逆にそれまで一八%前後もあった視聴率は九二年のバルセロナ以降一〇%に後退している。ロンドン五輪の二一〇〇億円の放映権料の半分をアメリカNBCが払い、日本のNHKと民放が組んだジャパンコンソーシアムが三二五億円を支払っている。この「カネ」の重圧が「これでもか」現象の核心である。商業主義と国威発揚の国家主義に毒された「五輪」が行き先を求めて彷徨し始めているのが「ロンドン五輪」である。くれぐれも寝不足にならないように。
(武)
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