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    かけはし2012.年8月6日号

産業化の論理によって維新体
制の人権侵害の責任を避ける

不法査察、龍山惨事…パク・クネの沈黙

  3月13日に釜山で行われた地域民営放送招請の討論会に参加したパク・クネ前セヌリ党非常対策委員長は、「パク・チョンヒ政権時節に苦労した民主化の人士たちに、まず会ってみる考えはないのか」という記者の質問に「産業化の過程で本意ならずも犠牲となった方々に常々申し訳ないという気持ちを持ってきた。その方々に私が謝罪を申し上げる」と答えた。それ以前にもパク・クネはこの問題に何回か言及したことがあるが、「私が心から謝罪を申しあげるのは、民主化のために純粋に献身した方々なのだが、また別の部類の勢力が存在しており、それらは親北の仮面を被り国の転覆を企図した人々」であって、「これは明らかに間違ったものではないのか。これが混同されれば心底から民主化のために献身した人々に対する侮辱」だと語りもした。

法を云々しつつ責任回避

 ところで2007年1月23日、「人民革命党(人革党)再建委」事件の関連者たちに裁判所が最終的に無罪を宣告したにもかかわらず、彼女はそれに対して沈黙をもって一貫した。その後も「人革党問題は不幸なことであり、亡くなられた方々に対して気の毒に思う」としながらも「裁判所が正反対の2つの判決を出したのであり、それならば何が真実なのか。歴史的真実は1つだけではない。今後、歴史が明らかにしてくれることを望む」と語った。
 結局、パク・チョンヒ政権のスパイでっちあげの事実を認めることはできないという話だった。すなわちパク・クネは民主化関連人士たちの弾圧については「本意ならずも」被害を受けることになったので申し訳ないという意思を表現したが、人革党の件については過去の裁判所と現在の裁判所の判決が相反しているがゆえに「歴史に委ねよう」と語る。今日の覆った判決は信頼しがたいし、人革党再建委関連者たちは単純な民主化運動家ではなく左翼関係者であるがゆえに、自身がいかなる謝罪の意見を表明する理由もない、と考える。
 正修奨学会についても同様の態度を堅持した。正修奨学会は「チャンムル」(偽計、脅迫その他の犯罪行為によって不当に取得した他人の財産・物件)だというムン・ジェイン民主統合党常任顧問の反撃に対して「これが『チャンムル』で法に反しているものならば、とうの昔に終わりになっていたことだろう」と言い、法的に問題がない、との態度を固執した。
 2007年6月、真実和解委員会が「プイル奨学会の献納=チャンムル化=事件は中央情報部によって強制的になされたもので、正修奨学会は献納された株式を国家に原状回復し、国家はその財産を原所有者に返還せよ」と勧告したけれども、彼女は「ノ・ムヒョン政府が正修奨学会をどうにかしようとしたが、(その言い分が)事実ではないことが明らかになった」として真実和解委員会の結論をノ政府の意図だと規定した後、パク・チョンヒ政権がプイル奨学会を強制で奪ったものではないと反論した。
 ところでソウル中央地裁民事17部は、プイル奨学会の設立者である故キム・ジテ氏の遺家族が正修奨学会と法務部長官を相手に出した返還請求訴訟で「キム・ギテ氏が株式を寄付するに先立って中央情報部釜山支部長が拳銃を携えてきて脅し、関税法違反などで軍検察が拘束起訴した後、寄付承諾書に捺印した後で公訴を取り消した事実」などを挙げて「キム氏が国家の強圧によって5・16奨学会に株式贈与の意思表示をしたことが認められる」と明らかにした。裁判所が返還請求の消滅時効が完成したと判断したのは残念なところではあるが、パク・チョンヒ政権が強制で奪った点は明白に認めた。それにもかかわらずパク・クネは、自分は既に正修奨学会の理事長ではないので言うべきことはない、と語る。
 キム・ジョンイン前セヌリ党非常対策委員は、野党などがパク・クネ前委員長に維新体制についての謝罪を要求しているのは一種の連座制であって、行きすぎた政治的行為だと批判した。はたして、そうだろうか。パク・クネが自然人パク・チョンヒの単純な生物学的娘であるにすぎず、アボジ(父)パク・チョンヒの政治的遺産から完全に自由な存在であるならば、その発言は正しい。パク・クネは母ユク・ヨンス女史の死亡後、ある程度ファースト・レディとしての役割も行った。もちろん当時の政治的決定に介入することのできるほどの年齢帯ではなかったがゆえに維新体制のすべての政策に対して責任を取る位置にいてはいない。
 だが果たしてその時節の5年の青瓦台(大統領府)の経験とパク・チョンヒの娘という位置が有力な大統領候補である彼女の今日を作ることにおいて最も決定的要因だったという点を誰が否認できるだろうか。彼女がかつてのインドのインディラ・ガンジー、パキスタンのベナジール・ブット、ミャンマーのアウンサン・スーチー、フィリピンのコラソン・アキノなどと同じようにアボジの後光を負って政治的に有名になった女性の隊列にいるということは余りにも明白な事実だ。相続は受けて負債は背負わないという言葉は成立し得るのだろうか。

米国の「付随的被害」連想させる


 前述の討論会で彼女は「民主化」の代わりに「産業化」だとハッキリ表現した。それはわが国の歴史には国家の樹立と産業化の歴史だけがあるのであり、民主化の歴史はないという1950年代の極右の思考方式と一緒だ。すなわち維新の時節は産業化の時代だったのであり、その時節の国家暴力による被害者たちは産業化の犠牲者だという話だ。
 権力の執行は正当だったが、その過程で心ならずも被害を受けることになったということなのだが、産業化の時代であることに固執している彼女の態度は、米国が自国の空中爆撃や地上軍の作戦過程で第3世界の民間人らが被害を受けた事実を指して言うときに主として使用する「付随的被害」(collateral damage)を連想させる。それは典型的な加害者の概念だ。軍事作戦は正当で合法的だったが、その過程で意図しなかった被害が発生した、という言い方だ。
 はたしてそうなのか。維新時節に数千人の学生や罪なき民間人らが緊急措置や反共法の鉄鎖にかかり苦難を被った。そのうちの相当数は民主化運動に加担した学生ではなく、何にも知らないどこにでもいる労働者、農民、普通の市民たちだった。2007年、真実和解委員会は緊急措置違反の容疑で起訴された589件の事件をすべて調査したが、そのうち282件(48%)は飲酒中の会話や授業中にパク・チョンヒや維新体制を批判したケースに該当し、最も多かった。
 維新反対、緊急措置解除要求のデモ、ビラ製作のような学生運動関連事件よりも、はるかに多かった。「マッコリ保安法」だと言って、酒を飲んでいて腹立ちまぎれに「パク・チョンヒは武力で権力を握った」と悪態をついて捕まり監獄暮らしとなって、そのことで家庭は破壊され人生がメチャメチャになった人間は1人2人ではない。これらすべては政権によって「本意ならずも」被害に遭ったのではなく、政権の意図と企画による被害者だった。
 その痕跡は今なお続いている。一部の人々は裁判での再審決定によって復権もし、補償を受けもしたけれども、失われてしまった血縁は決してよりをもどすことができなかったし、1度崩れ去った人生は復原できなかった。憲法裁判所で既に違憲判決が出た緊急措置が、よしんば彼女がそれほどに強調している「法」としての資格を備えていたとして、緊急措置の施行は産業化といかなる関連があるのか。

日本にも責任を問えない?

 人々は維新時節の国家暴力として人革党再建委、全国民主青年学生総連盟(民青学連)事件ばかりを主として論じるが、実際には北韓(北朝鮮)に抑留されて思想教育を受けたとの理由で、スパイでっちあげの犠牲の羊となった拉北漁夫、あるいは北韓に1度行ってくればそれ以前のすべての前科を帳消しにしてやるというウソの約束にだまされて非人間的な訓練や処遇に耐えなければならなかった北派工作員など、民主化はもちろん産業化とは全く何の関係もなしにパク・チョンヒ政権の犠牲の羊となった数千、数万人のやり切れない民衆が存在した。パク・クネをはじめとして、パク・チョンヒの遺産の甘い汁を享受している人々、当時、立法・司法・行政部の要職にあった人々は、この被害者たちに膝を折って百拝謝罪しても、まだ足りない立場だ。
 これらすべての事件の最終命令者にして指揮者だった人物はパク・チョンヒだ。よしんば少数の人々だったとしても、罪なき人々に血涙を流させた度しがたい暴力体制の中心にいた人間が、公式の謝罪や反省もなしに大権(大統領の権限)を握ると言っている国家とは3流の国家ではないのか。実際にアボジの後光によって政治的に成功した前述の女性たちが活動した国は、すべて韓国より少なくとも民主化においては立ち遅れている。
 ところで、このすべての事はパク・チョンヒが行ったことであり、自らはその過程でいかなる決定権も行使しなかったのだから責任の取りようがないという発言は、はたして妥当なことだろうか。正修奨学会と法的にいかなる関連もないのだから、現理事長に引退せよと言う資格はないという発言は説得力を持ち得るのだろうか。世間の評価によれば、正修奨学会の実際の価値は数兆ウォンを上回る。このカネから生じた付随的力と影響力とは何であり、今日のパク・クネははたしていかなる点において正修奨学会の力を自分の政治資産とみなしているのか。パク・クネは理事長として在職していた1995年から2005年までの10年間、2億5千万ウォンほどの年俸を受け取ったという。
 周囲のこれといった支援も受けられずに困難な時節を味わわなければならなかった時に彼女を経済的に支えてくれ、活動を可能にしたのは、ほかならぬ正修奨学会であったし、知られていない彼女の幾多の私的組織の数々、現在、彼女の最も重要な組織的基盤は正に正修奨学会出身の4万人と、はたして関連はないのか問う必要がある。即ち、パク・クネの現在の政治的基盤の重要な部分を正修奨学会が提供したが、不幸にもそれは父親パク・チョンヒが事実上、強奪して娘に渡してくれたものだった。よしんば正修奨学会が社会的に還元されるとしても10年間、理事長として在職した彼女の経歴は残る。
 日本の戦後世代は韓国や中国が過去史の反省を要求すると、なぜ父や祖父の世代のことで我々が責任を取らなければならないのか、問う。ところで、これについて高橋哲哉・東京大学大学院総合文化研究科教授は、日本人としての責任がある、とキッパリ言い切る。彼が強調する日本人とは、血統としての日本人ではなく、政治共同体の構成員としての日本人だ。政治共同体の構成員であるすべての日本人、つまり戦後世代のすべては日本国家が国民に与えるさまざまな恵沢の受恵者だというものだ。そして主権者として日本の政治に参与しているがゆえに、決定の過程に責任を持った主体だ、というものだ。
 ソ・ギョンシク東京経済大学教授もこの点を強調しつつ、もしも日本の若者たちが過去の世代の責任を取らないと言おうとするのであれば、まず植民地支配によって得ている既得権を放棄し、パスポートを破り捨て、国民としての特権をかなぐり捨て、自発的に難民となる姿勢を示さなければならない、と語る。政治共同体の1個の構成員にもこのような責任があるのに、かつて権力の核心にいた人間の責任については、これ以上、何を言う必要があるのだろうか。

彼女の時計は依然として70年代


 パク・クネは大選を前にして維新の被害者たちに百拝謝罪をし、正修奨学会を社会に還元しなければならないが、だからといって彼女は決して自身が手にしたおびただしい相続の恵沢に見合う責任の領分を完全に清算することは困難だ。
 パク・クネが迫り来る大選の有力な大権候補なのだから、実際にもっと重要なのは維新時代の国家暴力に対する彼女の観点、そして今、政府が進めている暴力への彼女の観点だ。民主化の人士に対する暴力はやるせないけれども「左翼」を処刑したのは正当だという考えは、彼女の思考が1970年代の維新時節の時代にとどまっていることを物語っている。これは彼女が、なぜ自らも総理室による民間人査察の対象になっていたのにその不法査察に対して沈黙によって一貫しているのか、またソウル龍山の惨事などイ・ミョンバク政権下で振るわれた暴力に対して一切、発言しないのか、を説明してくれる。
 労働者・貧民らの生存のための抗議を不法として追い立てて弾圧するやり方や、いわれなく罪なき人々をテロ犯、左翼、従北として追い立てて殺したり政治的に葬るのは、依然として正当だと考えているからだろうか。そのようなことを指示して、父親のように国家の安保と秩序の維持のために不可避だと語るつもりなのか。自身が執権しても、そのようにやっていくということのだろうか。(「ハンギョレ21」第919号、12年7月16日付、キム・ドンチュン/聖公会大社会科学部教授)

【訂正】前号(7月30日号)8面下段の見出し「蔚山事件の真実」を「龍山事件の真実」に、同1面の紙面案内を「龍山事件の真実」に訂正します。

 


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