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    かけはし2012.年7月9日号

ババ・ジャンらの即時釈放を

6.27パキスタン大使館に申し入れ行動

獄中での拷問・虐待をやめろ


大使館員と面談
し書簡を手渡す
 六月二七日、アジア連帯講座は東京・南麻布のパキスタン大使館に対し、ババ・ジャンらギルギット地方の五人の活動家(フンザ・ファイブ)、ならびに二〇一〇年七月のパキスタン第三の都市、ファイサラーバードの繊維労働者のストライキ闘争で「工場への放火」という罪状をデッチ上げられ、総計で五〇〇年(!)の投獄という超重罪判決を受けた九人の労働組合リーダー(ファイサラーバード・ナイン)の即時釈放、獄中での虐待停止を求めて申し入れ行動を行った。
 われわれが午後四時、パキスタン大使館に近づくと、多くの警察官がわれわれをさえぎり、「行動は一回につき五人が慣例だ」「所持品を見せろ」などと不当な言いがかりをつけてきた。当然にもわれわれはそうした規制を拒否し、大使館の前で横断幕を広げ、事前の約束通り、代表が大使館に入って二等書記官と面談して申し入れの趣旨を伝えるとともに、パキスタン政府宛の書簡を手渡した。ナディム・バプティ二等書記官は、「日本の人からのそうした申し入れについては歓迎し、政府に伝える」と答えた。
 申し入れ終了後、パキスタン大使館前で「政治犯の即時釈放を!獄中弾圧をやめろ!パキスタンの人びとと連帯して闘おう」のコールを上げた。

「テロリスト」と
してデッチ上げ
 二〇一〇年一月に起こったフンザ峡谷地方の地滑りで大きな被害を受けて家屋や土地を失った住民の運動を支援して闘ったことにより、パキスタン労働党(LPP)のギルギット・バルチスタン地域(北部山岳地帯)のリーダーの一人ババ・ジャンら五人の活動家(LPPならびにその青年組織である進歩青年戦線のメンバー)が二〇一一年八月に治安当局によって逮捕された。
 この事件は、二〇一一年八月に地滑り災害の被災者である住民たちが政府ならびに地方当局に対し、被害の正当な補償を求めて交渉のため地方行政府の建物の前に集まったことに端を達している。住民たちの抗議に対して治安当局は発砲し、二人が殺された。怒った住民たちは治安部隊と激突し、地方行政府の建物の一部を占拠した。この行動を支援したババ・ジャンら五人に対し、治安警察は「テロリスト」だとして逮捕し、投獄したのである。
 それだけではない。今年四月、ババ・ジャンらは極度に劣悪な獄中での食事(乾パン程度)などへの抗議を組織したかどで拷問を受け、外部との連絡も遮断され、生命の危険すら危ぶまれる状況に陥っていた。これに対して、パキスタン人権委員会は獄中での人権状況を憂慮する声明を出した。ババ・ジャンらに面会した弁護士によれば彼は手の指をへし折られ、顔面に深い傷を負っており、凄惨な拷問を受けたことは一見して明らかだった。
 LPPをはじめとするパキスタンの仲間たちは、連帯行動を国際的に呼びかけ、六月二〇日〜二七日には各国のパキスタン大使館に向けて申し入れ、大使館前でのピケットなどが展開された。

国際的キャン
ペーンの展開
 この日の行動は、同様に二〇一〇年七月のパキスタン中部パンジャブ州ファイサラーバード(人口二六〇万人)の繊維労働者の賃上げを求めるストライキ闘争で、「工場への放火」をでっちあげられた九人の活動家(ファイサラーバード・ナイン)が「反テロ法」で実に総計で懲役四九一年という超重罪判決を受けたことへの抗議、即時釈放のための闘いとしても行われた。
 今やアフガニスタンでの帝国主義による「対テロ」戦争の主戦場ともなっているパキスタンでは、ムシャラフ軍事独裁体制の崩壊後もパキスタン人民党(PPP)政権の汚職・腐敗によって政情不安定が深刻化し、首相の失職とともに、ザルダリ大統領体制の統治能力の崩壊が進行している。この中で一方では軍部による「反テロリスト」名目での労働運動、社会運動への暴力的弾圧が吹き荒れ、他方ではパキスタン・タリバン運動などの宗教的原理主義勢力による公然たる人権侵害、テロも拡大している。
そして米国の無人機による越境空爆や、昨年の米特殊部隊による首都イスラマバード近郊でのオサマ・ビンラディン暗殺作戦などによって、民衆の間での反米感情もいっそう高まっているのだ。
 この日、世界では日本、オーストラリア、フランスでパキスタン大使館への行動が取り組まれるとともに六月二〇〜二七日の連帯週間を中心に、インドネシア、インド、スリランカ、デンマーク、ドイツ、米国などでさまざまなキャンペーンが展開された。また六月二七日、パキスタンのラホールでは「フンザ・ファイブ」の釈放を求めるデモが繰り広げられた。
 なお前日の六月二六日夜には、ババ・ジャンらの弁護士からパキスタン労働党のファルーク・タリク宛に「ババ・ジャンらの保釈許可が下りるという連絡が裁判所から来た」との電話が入った。「フンザ・ファイブ」の残りの四人に対しても、近々保釈許可が下りるという。これは国際連帯運動がもたらした成果である。しかし刑務所当局は、ババ・ジャンが「待遇改善を求めて刑務所内で暴動を組織した」として保釈を拒否している、とのことである。
 なおパキスタンの「ババ・ジャン釈放キャンペーン」からは、日本での行動について「フンザ峡谷での政府開発援助に巨額の資金を出している日本、そしてフンザへの観光客が多い日本で、こうした行動が取り組まれたことの意義は大きい」というメッセージが寄せられている。   (K)

緊急要請

「フンザ5」を釈放せよ 「ファイサラーバード9」を釈放せよ パキ スタンの政治囚に公正な措置を

アジア連帯講座

 
 私たちは貴国の人権状況に深い憂慮を抱いています。私たちは、労働運動、人権運動にたずさわっているパキスタンの友人から以下の情報を得ています。
 アメール・カーン、アミール・アリ、ババ・ジャン、イフティラル・フサイン、ワシド・ミンハスの五人は、フンザ峡谷で人権と勤労民衆の権利のために闘ってきた政治活動家ですが、彼らは逮捕され、留置所で殴打され、現在、バルチスタン・ギルギットの監獄に収容されています。
 この五人には死の危険が迫っています。五人の活動家は、警官や軍の情報部による殴打や拷問で負傷しており、十分な治療が行われるべきです。とりわけババ・ジャンは軍情報部員による残虐きわまる拷問により、重傷を負いました。彼らは適切な治療も受けておらず、弁護士や家族との連絡もできない状況にあります。
 なぜ彼らは逮捕され、一○カ月以上も拘留されているのでしょうか。彼らの罪は何でしょうか。彼らはテロリストではありません。
 彼らは二〇一〇年一月一〇日にフンザ峡谷のアッタバル湖地域を襲った土砂崩れの被害者を支援する活動に取り組んでいました。この災害により六〇〇〇人が家を失い、二万五〇〇〇人が行き場をなくしています。災害の被災者たちは昨年、八月一一日に補償を求めてデモを行いました。しかし地域当局は、このデモに発砲し二人が殺害されました。
 「フンザ・ファイブ」は被災者の要求を支援し、この見捨てられた人びとへの注意を全国に喚起する活動に携わっていたのです。しかし地域行政当局の対応は、彼らのこうした憂慮に応えるのではなく、彼らをでたらめな嫌疑で逮捕・投獄し、拷問し、生命を危険にさらすことだったのです。
 私たちは「フンザ・ファイブ」の即時釈放を求めます。
 さらに私たちは、ファイサラーバードの労働組合活動家へのきわめて厳しい弾圧と刑罰についても憂慮しています。
 ファイサラーバードの繊維産業労組は、二〇一〇年七月に最低賃金の引き上げを要求してストライキを組織しました。この要求は正当なものでした。労組の要求は、政府が議会で予算説明の際に述べた労働者の基本給引き上げの約束を実施せよ、というものだったからです。しかし繊維産業の経営者たちはこの要求を拒否し、暴力団を雇ってストライキ中の労働者に発砲したのです。労組員の一部は、この衝突で負傷しました。
 ストライキ終了後、四人の組合指導者が二〇一〇年七月に逮捕され、四カ月後にはさらに二人が逮捕されました。警察当局によれば、彼らはストライキ闘争中に工場に放火したテロリストだというのです。しかしこれは完全にでたらめです。もし彼らストライキ労働者が工場に放火したのなら、なぜストライキの三日後に工場の操業再開が可能になったのでしょうか。
 彼ら六人の労組指導者には、反テロ法によって総計四九一年(!)という途方もない重刑判決が下されました。さらに今年になってから新たに三人が労組活動家が同じ件で逮捕されています。彼らは「テロリスト」ではなく、労働者とその家族たちの生活と権利を守るための正当な活動を行ってきた労組活動家です。
 私たちはこの九人の労働者の即時釈放を求めます。
 私たちは、このわれわれのメッセージをパキスタン政府に伝えることを駐日パキスタン大使に要請するものです。
   2012年6月27日

6.21 反安保実が防衛省申し入れ行動

南スーダンPKO自衛隊2次隊
派遣をやめろ直ちに撤退しろ

 六月二一日、反安保実行委員会は一月二九日の南スーダンPKO自衛隊第一次派遣に抗議する対防衛省デモと申し入れに続き、翌日の南スーダンPKO二次隊第二波派遣(一一〇人)に反対する申し入れ行動を行った。
 六月一九日には「PKO協力二〇年記念切手」が発行された。自衛隊の現地支援活動などを図柄にしたものだ。それほど自衛隊PKOは「当たり前」になっている、ということなのか。
 二〇年前、連日「議面前」集会に多くの人びとが参加して「PKO海外派兵反対」「自衛隊海外派兵反対」の声を響かせた記憶は、それでも現在の市民運動の中になんらかの形で引き継がれている。しかし、恒常化したPKO海外派兵、それも明らかに米軍のグローバルな軍事戦略に実戦的に組み込まれ、「積極的PKO」という武力行使を容認するものへと変質してきたPKOへの自衛隊の参加を、系統的に批判する闘いの重要性に比して、現実の運動がきわめて不十分なものであることは明らかだ。
 現在、南スーダンとスーダンの間では、両国の国境付近に集中する油田収益をめぐって両国がたがいに空爆を繰り返すなど、事実上の戦争が、四月以後始まっている。防衛省は「戦闘地域は自衛隊の派遣地であるジュバとは五〇〇キロ以上離れている」ことを理由に、自衛隊の活動に影響はない、としているが、南スーダン国内においても部族間の対立による武力紛争、飢餓と難民の拡大が報じられている。「道路整備」などの自衛隊の「復興支援活動」が、武力行使に転化する可能性もありうる。
 それ以上に石油資源やレアアースなどの資源戦略と結びついたPKO派兵の意図を、米軍のグローバル戦略を肩代わりする自衛隊の役割との関係で批判していく必要がある。ソマリア沖「海賊」対策を名目にした自衛隊派兵、ジブチでの基地建設、さらにイランの「ホルムズ海峡封鎖」を想定したジブチのP3C部隊の派遣の計画と、南スーダンPKO派兵が連動することも考えられる。
 反安保実行委員会は、そうした観点から南スーダンPKOへの自衛隊参加を中止し、即時撤退を求めて、防衛省に申し入れ書を提出し、抗議のシュプレヒコールを上げた。    (K)


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