映画紹介
監督ジム・ローチ/英・オーストラリア合作
『オレンジと太陽』
貧困・児童虐待・人種差別の連関問う |
英豪両国首相
が議会で謝罪 映画『オレンジと太陽』は、二〇一〇年に制作されたイギリス・オーストラリア合作の映画で、イギリスからの子ども移民をあつかっている。監督はジム・ローチで、これが第一作目。彼の父は『大地と自由』などで有名なケン・ローチだ。
この映画の迫力は、なんといってもこれが実際にあった話、しかもつい最近まで行われていた政策を扱っているということだ。主人公のマーガレット・ハンフリーズは女性で、実在の人物。ソーシャルワーカーとして働いていた。この映画が制作されている最中の〇九年一一月、オーストラリアの首相が正式に国会議事堂ホールで謝罪し、映画がオーストラリアで撮影中にイギリス首相は議会で謝罪した。つまり三五〇年にわたり続いた子ども移民政策について、この映画が両政府の謝罪を引き出したのであった。それほどに強い衝撃力を観客に与える映画ではあるが、展開されるストーリーは比較的淡々と進んでいく。
孤児や貧困家庭の児童たちは、移民を目的に設立された団体の手で集められ、受け入れ先のカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ローデシア(南アフリカのジンバブエ)にイギリス移民として送り出された。この政策は一六一八年から一九七〇年まで続き、移民の子どもの数は一五万人にも及ぶという。
その活動には、キリスト教のゥ宗派も関与していたという。
垣間見える大
英帝国の本質
この移民は、子どもたちによりよい生活環境と明るい未来を与えるという「人道主義的」な目的と、本国と白人植民地の絆を強めるという目的で行われたといわれる。大英帝国の本質の一面が垣間見られる。
研究者の説明によると、受け入れ国では男の子は農場での肉体労働者として、女の子は家事奉公人としての労働が期待されていた。一九世紀後半から二〇世紀前半の期間が子ども移民の全盛時代で、この間、大部分の子どもはカナダに送られた。その数は、約一〇万人と推定されている。
子ども移民には児童虐待などの悪評が絶えず、カナダ移民は廃止された。カナダに代わる受け皿となったのが、オーストラリアだったという。批判を承知で受け入れた理由のひとつは、オーストラリアが白豪主義を採用し、白人の血統をもつ移民を強く望んだからだといわれている。イギリス(とマルタ)からオーストラリアに送られた子どもの数は約七〇〇〇人。そのうちの半数が第二次大戦後の子ども移民だった。
解説によると、ローデシアでは、厳しい人種差別の影響で、移民の子どもの多くは白人支配層に融合した。ニュージーランドでは里親に預けられたため、大きな問題は起きなかった。ところが、オーストラリアでは移民の子どものほとんどは施設に預けられた。そこに問題があった。
虐待された
子ども移民
オーストラリアへの子ども移民を創始したのは、フェアブリッジ協会で、ここに慈善団体やカトリック教会などが加わった。子ども移民は英豪両政府の管理下にあったが、取り仕切っていたのは民間団体で、受け入れ施設もこのような関係団体が運営していたという。
オーストラリアで虐待を受けた子どもは、イギリスからの子ども移民だけではなく、両親や養父母から政府によって強制的に引き離された先住民の子どもがいた。経済的な問題で両親から引き離されたりして、施設に預けられた子どもの数は、五〇万人に達するといわれている。子ども移民で自分の子どもを手放した母親は、子どもが英国人の養子になって国内にいるものと信じ、まさかオーストラリアにいるなどとは夢にも思わなかった。子ども移民の時代に、ロンドンのオーストラリア・ハウスには連日移民を希望する人たちが長蛇の列をつくり、総数は一〇〇万人以上だったという。オレンジと太陽は、戦後のイギリスに住む貧しい人びとにとってあこがれの象徴であったという。
移民としてオーストラリアに送られた男性は「今も覚えているのは、英国の孤児院にいたとき、スーツを着た男が来て言った、『豪州はいいところだぞ、毎日太陽が輝いて、君は白い家に住み、馬に乗って学校に行き、毎日オレンジをもいで食べる』と。僕が黙っているとその男は、『ママは死んだ、あきらめろ』と。それで……」と、だまされて連れてこられたことを述懐する。
埋もれていた歴史に光が
ソーシャルワーカーとして働くマーガレット・ハンフリーズは、養子に出された人たちを支援するトライアングル会を主催している。会の帰りにある女性に「私が誰なのか調べてほしい」と訴えられる。ノッティンガムの児童福祉施設にいた四歳のとき、たくさんの子どもたちとともに、船でオーストラリアに送られたと言い、自分がどこの生まれなのか、母親はどこにいるのかもわからないという。最初は信じられなかったが、調査を始めるとやがて、同じような子どもたちが何千人にも上ること、親が死んだという偽りの情報を信じて船に乗った子どもたちさえいたことがわかる。マーガレットは市の社会福祉委員会の協力で、二年の調査期間と調査の財源を得て、新聞に広告を出し、単身オーストラリアへ。そして、オーストラリアとイギリスを往復する日々が続いていく。オーストラリアでは、相談に来る人びとの長い列。その中には、施設にいた頃虐待を受け、今でも心を病んでいる人たちがいた。関係者は誰も組織的に事実を隠し、真実を証言しようとしない。のみならず、マーガレットを妄想にとりつかれた人間として、社会から排除しようとする。オーストラリアにいたときのこと、子ども移民に関わった協会の神父の苦悩に同情しマーガレットを疫病神のように思っている暴漢の男性信者に襲われそうになり、マーガレット自身もPTSDで苦しむが、夫の支援で回復していく。現在もマーガレットは夫と共に児童移民トラストを設立し、情報提供を続け、リサーチサービスを行っているという。
映画が語る
「真実の力」
事実の重みの前では、多言することが無意味になる。移民の人道的目的もさることながら、人種主義が根底にあることに深いため息をはかずにはおられなかった。深い印象を与える場面がある。イギリスからの移民船の波止場を連想するような海に突き出た桟橋(?)の風景、この先には本国イギリスがあることを暗示しているのか。母親と再会を果たしたレンが子どもの時に育ったビンドゥーン(修道院の付属施設?)。砂漠の中に偉容を見せて立つビンドゥーンの風景、周りには見渡す限り民家はない。ビンドゥーンの食堂の椅子に座っている神父たちに対峙して座るレンとマーガレット。その部屋の凍り付いたままの空気。今にも粉々に壊れそうになりながら、微妙なバランスを保っているその情景。
映画は、社会が真実を知ることが強靱な力に転化するということを深く意識させてくれる。 (津山時生) 6.2〈ポスト5・5〉脱原発討論会
参加者各自にヒント
となる提案や意見交換
六月二日、東京の文京区男女平等センターで「〈ポスト5・5〉脱原発討論会―再稼働をどう止めるか」が行われた。eシフト(脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会)と福島原発事故緊急会議が共催した討論会には六〇人が参加した。
この討論会では「再稼働」問題に焦点をあてて、具体的な行動提案を導き出すため、参加者が一〇人ほどのグループに分かれて議論するという形をとった。テーマは@[電力供給]原発推進派の“電力不足論”くつがえすアクション(提案:竹村英明さん)A[安全性]推進派が延命させようとする「安全神話」を打破するアクション(提案:杉原浩司さん)B[地元との連携]原発立地の人びととの連携を強めるアクション(提案:アイリーン・美緒子・スミスさん)。
討論の中では、抵抗力のある自治体をどう作っていくか、揚水発電や自家発電の活用、電力消費を減らす暮らしなど、一人ひとりの経験に即した提案や、「再稼働」反対の訴えの方法など、参加者それぞれにとってヒントとなる意見交換がなされた。
(K)
コラム
震 災 肥 り 五月末から続々と大企業の二〇一二年三月期の決算が発表されている。純損益の黒字額では自動車・電機などの輸出企業が後退し、一〇年以上も税金を逃れてきた金融機関がバブル崩壊とリーマンショックから立ち直り、三菱、三井住友、みずほの三メガバンクがトップ三、悪どく労働者の「生き血」を吸っているNTTが第四位。
驚いたのは、日本生命、第一生命などの生保大手八社が揃って大幅に利益を上げ、アメリカンファミリー、アクサ、ソニーなどの外資系・新興生保も軒並み利益を伸ばしていたこと。生保はバブル崩壊以降、株安や人口減少で契約数が伸び悩み企業合併などを繰り返し、縮小したパイを分け合い業界が維持されているというのが私の理解であった。加えて昨年は三・一一東日本大震災に見舞われ、多くの人が犠牲となり数え切れない程の家屋が崩壊・流出した。この結果各保険会社は未曾有の保険金の支払いに迫られ、経営危機に直面する企業も出て来るだろうと思っていた。事実、損保はタイの洪水で巨額の保険金を支出した。だが私の浅はかな考えとは反対に、生保各社は空前の利益を上げているのだ。
「明治安田生命は、保険料の運用利回りが支払いを約束した利回りを下回り、保険会社の持ち出しになる『逆ざや』を二〇年ぶりに解消」「三井生命も株式評価損などの繰り越し損失一五〇〇億円を解消し、一三年三月に配当を再開」「外資系や新興生保の主要五グループも、医療保険などの売れ行きが好調で、収入を伸ばした」という具合。
なんとこの利益をもたらしたものこそ「三・一一」なのだ。業界の説明を聞いてみよう。「東日本大震災の保険金支払いが震災直後の見込みより少なかったため、多めに用意していたお金が戻ってきたことです。多い社では一〇〇億円超、利益を押し上げた」。「多めに用意した金」とは保険各社がいざという時のために上級保険会社などに掛けていた保険の払い戻し金である。上級保険会社から受け取った額が、保険に加入していた被災者に支払った額より多かった結果「一〇〇億円超」の利益となったというのが実態だ。
日本では損保だけではなく生保の「災害特約」の中心は火災であり、次が水、地震と津波はごく一部の人しか加入していない。まして原発事故による被曝や避難に対する保険は存在しない。ここに生保各社が利益を上げた構造がある。この「火災特約」が一挙に伸びたのは阪神淡路大震災直後からだという。そして今回も「三・一一」以降、将来に不安を感じた人たちは阪神大震災後と同じように新規・特約を問わず一挙に保険加入し、保険業界の利益を押し上げたのである。生保全体は調べようがないが、明治安田生命だけで銀行窓口での売り上げは前年度よりも六割、二兆四五〇〇億円も増加している。
「震災肥り」というか「火事場泥棒」ともいえる保険会社の増益は、人びとの「不安」と表裏一体であり、「大災害」が保険会社を支えているというのはなんとも皮肉である。
(武)
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