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    かけはし2012.年11月5日号

エリート家族支配露骨に拡大

フィリピン

現情勢に関する若干の覚書

人々は著しい困難を抱えた

アキノ政権かそれとも反対勢力か

リチャード・ソリス

 以下に掲載するのは、最近のフィリピン情勢についての第四インターナショナル・フィリピン支部(革命的労働者党―ミンダナオ)の同志リチャード・ソリスが書いた覚書。出典は「IIREマニラ・ニューズレター」六号(二〇一二年一〇月)。ソリスはこの文章の中で、前アロヨ政権の汚職・腐敗に満ちた政治への民衆の批判を背景に二〇一〇年の大統領選挙で勝利したベニグノ・アキノ三世の政権が、反民衆的で特権家族の世襲政治に向かっていることを、現アキノ政権の内務・自治省長官を務めた故ジェス・ロブレドとの対比で強調している。ジェス・ロブレドはルソン島南部のナガ市長だった当時、NGOや住民組織の市政への参加を促進する政治を推し進め、高い評価を得ていた。またこの覚書は一〇月七日に合意された政府とMILFの和平協定や、サイバー犯罪防止法の危険な本質についても批判的に分析している。(「かけはし」編集部)

 

ピープルズ・パワーおおう暗雲


 今年八月中旬、内務・自治省(DILG)の前長官ジェス・ロブレドが突然亡くなった。彼の死は、真の奉仕と責任感を通じて改革と「良き統治」を達成するやり方について、ベニグノ・アキノ(愛称:ノイノイ)大統領の全政府機構に強い注意を喚起することになった。
 ロブレドのようなタイプのリーダーシップは、リーダーシップの見本である。上述した資質は、四〇年前の戒厳令とファシスト体制の暗黒の日々に戻るあらゆる兆しを阻止する、と決意した善意の人びとと個人だけが内面化できる、エドゥサ1(訳注:一九八六年二月、不正選挙に抗してメトロマニラ・マカティ市のエドゥサ通りを中心に街頭を占拠し、マルコス独裁を打倒した民衆決起。二〇〇一年、エストラダ大統領の政権を崩壊させたエドゥサ2に対してエドゥサ1と呼ばれる。このエドゥサ1民衆決起で現アキノ大統領の母が大統領の座に就いた)精神の活性化である。ロブレドは、彼の生涯を通じて、いやそれよりもさらに彼の死によって、こうした資質を全国民に示したのである。
 ちょうど中間選挙(二〇一三年)に向けた候補者資格証明登録期間が締め切られたことが、参考になる。
 フィリピンの政治に参入する人びとが一九八七憲法に規定された反世襲原則をものともせず、家族ぐるみでそれを果たそうとする時期はこの国の歴史にはなかった。しかしこれまでのところ、政府は規則やガイドラインを立法化しないという単純なやり方で、憲法による委任を実施してこなかった。それが政府内の政治家たちの世襲制にもたらす自己破壊のためである。それは端的に言って、グローバル資本主義との密接な目くばせの関係にある経済的エリートたちだけではなく、エリート政治家族と軍閥によっても支配されているわが国の政治のあり方なのだ。
 フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)の間で予備的和平協定が調印された。この協定では双方の代表団が、バングサモロと呼ばれる新自治政治体(NAPE)の創設に合意した。かれらはその区域と権力・資産配分を計画する一五人からなる移行委員会を創設する。これは少なくとも双方の代表にとってはきわめて歴史的なことだが、現段階では民衆にとって静止した映像のままである。この協定に関して民衆の意向を問うための一般投票が行われると約束されている。
 そして現在、大統領は、政府が破壊的だと見なす電子テクノロジーを使用する者を、誰であっても罰することができるサイバー犯罪防止法の公布に署名した。多くの人びとはこれを電子的戒厳令だと言っている。
 上述した情勢展開の中で、サイバー犯罪防止法の役割を、大統領がわが国民に告げている「直線道路」の走行と結びつけることができる。実際、わが国は、わが民主主義の最悪の時期よりももっと悪い大統領の道に踏み込む兆候を示している。

政治からの民衆排除の道再び


 ジェス・ロブレドの突然の死は、彼の家族にとってだけではなく、全国民にとっても大きな損失である。彼は、DILG長官としての活動を始めたその時からエドゥサ精神を体現していたからである。ノイノイを政権の座につけたこうしたダイナミックな精神は、長きにわたって無視され、忘れられてしまった。彼は大統領の党(政府与党)に所属していたにもかかわらず、憲法上、DILG長官の下に置かれるべきフィリピン国家警察(PNP)が、指導権限を死ぬまでジェス・ロブレドに与えず、主要な省庁の長官としての全面的な忠誠を得られなかったのは、彼のこうした奉仕の精神によるものだった。
 そして彼が亡くなる前、彼はノイノイが最も信頼していた人物(ノイノイの代理人であり、大統領によってPNP担当に任ぜられていた人物)を巻き込んだ汚職事件の調査をしていたところだった。さらに最悪なことは、DILG長官の役割は二〇一三年の中間選挙において決定的に重要であるため、彼は更迭されようとしているという有力情報があったことだ。そして彼は亡くなった。
 大統領と内閣の動きと関心は、ロブレドが生きていた時には彼が示したサインとはまったく逆のものだった。ロブレドの生涯の歩みに対して民衆がはっきりと示した高い評価は、大統領と内閣を驚かせた。彼らがついに熱心にロブレドとの同一性を得ようとつとめたのは、そのためである。彼らすべてが、ロブレドが埋葬される場所まで彼の遺体に付き添った。
 中間選挙が近づくにつれて、彼らは故ロブレドの「シネラス・リーダーシップ(シネラスとは普通の人びとの履物)」やその他の価値を、彼ら自身の構想のために見習わせた。しかしその後、そうしたやり方が本当に自らの内部から生み出されたものではないために、彼らは、良きリーダーシップの特性を簡単に忘れ去った。とりわけロブレドに関してメディアが流す情報がごく稀になると、そうなってしまったのである。こうした政治家たちは、彼らがロブレドと自分を同一視することで望んだもの――まさにロブレドの通夜(八月二四日〜二七日)の時点で行われた世論調査で示された高い人気――をすでに手に入れていた。
 ロブレドは死に至るまでの二年間、彼のポストを堅固なものにしていなかったが、ロブレドに代わったマル・ロクサスはたった二日間で彼の地位を確固たるものにし、地方政府とフィリピン国家警察の双方を支配することになった。
 こうした状況はファシスト独裁政治の時代にも起こらなかったことだ。政治的・経済的権力は完全に逆行的なものとなり、民主主義は見え透いた形で退化させられた。
 民衆的人気を得て選出された大統領が、こうしたことが起きるのを認めるのは考えにくい。あるいは彼に人気があるから、おそらくこうしたことも簡単に行えると思うのだろうか。
 フィリピンの政治が、かわるがわる支配している数少ないエリート――かれらはこの国の経済をも支配している――によって支配されているのは、すでに確立された事実である。この支配と経営は、国を支配してきた階級によってなされてきた。現在、この種の政治は過去のものになろうとしている。今や、この国を支配・経営するのはエリート家族(階級ではなく)となるだろうからだ。
 普通の人びとが参加できる政治に残された場所があり、それは一九八七年憲法の立案者が土地に関する基本法の中に謳ったものだが、そうしたものはエリートたちによって接収されてしまった。わが国の周辺部に追いやられている人びと(農民、労働者、漁民など)の代表者が入ることを保障する政党リスト法は、周辺化された人びとを排除するものとなり、堕落させられてしまった。議席のための政党候補者リスト、そして中間選挙(二〇一三年)に立候補しようとする人びとは、自分たちの家族を指名しており、かれらはすべてエリート出身である。
 わが国の政治における世襲家族の拡散現象は、反民主主義的な統治の現れである。それは民衆/選挙民が、自らの候補者を選ぶことを制限しているからだ。エリート家族たちはメディアをふくむ資産を支配しており、したがって民衆は伝えられた決定しか得られない状況に置かれている。

和平協定―どこから、また誰に

 この文章の初めの部分で言及したように、ノイノイ(ベニグノ・アキノ現大統領)は、和平会談のホスト国であるマレーシアのクアラルンプールで政府とMILFの代表団が予備的和平協定に調印したと、記者会見で発表した。「バングサモロ法的行政体」(BJE)設置が双方の代表(当時の政府は前政権)によってまさに調印されようとした時(二〇〇八年八月)、最高裁はそれにストップをかけた。だれもその内容を知らず、その交渉と協定を討論した人びとが闇の中に置かれている、という理由による。それから四年以上が経過した。最高裁は最終的に、いわゆる協定が憲法違反だと宣言した。この時に調印されようとしていた協定は、当時、「祖先の土地に関する合意メモ」(MOA―AD)と呼ばれ、協定が及ぶ地域はバングサモロ法的行政体と呼ばれた。
 双方の代表がまさに調印したばかりの現在の文書は、「バングサモロと呼ばれる『新自治政治体』(NAPE)に関する予備的協定」という名称である。調印したとされる協定は、ラナオ・デル・ノルテ州(ミンダナオ島北西部)の五つの地方、一つの市、六つの自治体、ミンダナオのさまざまな県と町にまたがる七三五の村から構成される新たなムスリム・ミンダナオ自治区(ARMM)に及ぶものであり、その中枢地域は二〇〇八年のMOA―ADと同じである。また、代表団は一五人からなる移行委員会を作り、それが権力・資産の配分などについての協定の詳細を討議することになると発表された。このプロセスは、関連地域の住民の声を聞く一般投票によって終わる。
 その一方、大統領は、彼がお気に入りの友人を、失敗に終わったARMM(ムスリム・ミンダナオ自治区)構想の知事代行に任命した時の法あるいは約束を無視してきた。同じ知事代行が、同じ地位につく候補者証明に登録された。任命された者が、任命されたポストから辞任するいかなる兆候も存在しない。あまりにも明白なことがある。任命された彼は、その地位を彼の敵対者に対して利用するだろう。大統領が任命した代行職は、二〇一三年の選挙に代行は立候補しないという大統領と故ロブレド長官の宣言にもかかわらず、ARMMの知事選競争に立候補する理由としてノイノイを利用してきた。再びここでも説明責任という問題が現れてくる。ここでは、ARMMがなぜ失敗したのか、そして確実に失敗するだろうという理由を探し出す必要はない。
 大統領は明らかに、新しい法制度的実体――バングサモロへの直線道路を切り開く誰かを必要としている。この課題は、今やARMMの住民、そしてこの地域の外部の住民の名において始まった。
 この期間、モロの人びとはバングサモロにおけるフィリピン国民と呼ばれることを利用し始めるべきである。バングサモロ協定の下で国家は一つのままであり、バングサモロの住民をふくめてすべての住民が「フィリピーノ」と呼ばれるという点については、ノイノイはきわめてはっきりした立場をとってきた。とりわけミンダナオでの歴史的事実は、このプロセスを、不可能ではないにしてもきわめて困難にすることが分かるだろう。

政権の方向映す電子的戒厳令


 大統領がサイバー犯罪法に署名した時、彼はわが国を事実上の独裁体制に投げ込んだ。インターネット、ソーシャル・ネットワーキングなどの情報テクノロジーの進歩を利用する人びとは、言論・情報の自由を実践する時、正当な手続きを奪われることになるだろう。大統領府の連中がお好きではないことをインターネットに論文や記録として書きこんだら、サイバー犯罪防止法に違反する名誉棄損として告発され得るのであり、さまざまなわが国の刑法違反事案としても告発され得るのだ。しかしサイバー犯罪叩きは、正当な手続き抜きに人びとからさまざまな表現素材をブロック、排除することで、誰からでも情報を排除、剥奪する事態をただちにもたらし得るのだ。それは事実上の裁判官・執行官として機能し得る。
 さまざまな人生を歩む人びとの圧倒的にネガティブな反応は、大統領や政府の人間が法律を精巧に作り上げた時、自分たちの意見は何も聞かれなかったということだ。それは、かれら(民衆)は私たちの雇い主なのだから、彼(大統領)のすべての行為について民衆の意見を聞くという約束とは正反対だ。
 一方、情報自由法案(FOI)は、上下両院の趣旨説明以後、一歩も進んではいない。これはノイノイ政権がどっちの方向に導こうとしているのかを、はっきりと示している。

道は前政権と平行、もっと悪く

 大統領の任期は、六年間の半ばにさしかかっているが、彼の不人気な前任者(アロヨ前大統領)とははっきり異なった「直線道路」を歩くという彼の言葉が何を意味しているのか、定義できた人はどこにもいない。道は前政権と並行しており、最悪になるだけだ。
 二〇一三年の中間選挙は、二〇一六年の大統領選挙とノイノイと彼の政府への民衆の態度を問う住民投票になっている。人びとは、アキノ政権か、それとも反対勢力を選ぶのか著しい困難を抱えている。政権にアイデンティティーを持っている人でもそうなのだ。
 わが国の政治的機構は民主主義の成長を妨げている。エドゥサの精神を現在の政権に見出すことはいっそう難しくなっているが、民衆がノイノイを選んだ理由は、過去の政権を変え、かれらの誤りを正すことにあった。ノイノイは自分の人気を誤解し、反民主主義的決定に許可証を与え、民衆が彼につき従うことを期待した。彼の「直線道路」は日々明らかになっている。それはエリートにとっては「天国への道」であり、周辺化され、奪われ、抑圧されたわが国の人びとにとっては「地獄への一本道」なのだ。

(「IIREマニラ・ニューズレター」六号、二〇一二年一〇月より)



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