10.19集団強かん事件 オスプレイ配備抗議
「本土」でこそ反基地の声を
大阪・米領事館で怒りの集会 |
【大阪】一〇月一九日、沖縄県で一六日に起きた米兵による集団強かん事件とオスプレイ配備に対する抗議集会が米国総領事館前で開かれ二〇〇人の市民が参加した。
呼びかけたのは、沖縄意見広告運動、辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動など五団体。集会は準備過程で起きた強かん事件に対する抗議も併せて行うことになった。関西生コン支部の西山さんが進行役をつとめた。
つのる悲しみ
空しさと怒り
最初に服部良一衆議院議員(社民党)が次のように発言した。
「このニュースを聞いたとき、怒り・怒りを通り越した悲しみとむなしさを感じた。数年前横須賀で米兵に強姦されたジェーンさん(オーストラリア人)から電話があり、いてもたってもいられなくて沖縄に行き、沖縄の人々と交流したことを聞いた。加害者は米国に逃げ帰ったので、ジェーンさんは追っかけて米国まで行き犯人を探し出して、裁判を起こしている。数年前に北谷町で女子中学生に対する米兵の強かん事件が起きた。強かんは自己申告罪だが、中学生は裁判に耐えていくことができないと被害届を出さなかった。沖縄の怒りと悲しみを共有しともに闘っていきたい」。
「この関西で私たちは何ができるのか真剣に考えていきたい。オスプレイの件についても、いまさら言うまでもないが、市街地の上は飛ばないとか言っていたがすべてウソであることがわかっったし、騒音も従来のヘリコプターの三倍・四倍にもなることがわかった。米国政府はどこまでわれわれをバカにするのか。これに対してものがいえない日本政府とは一体何なのか。本当に厳しく糾弾していかなければならない」。
韓さん(辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動)が発言し、「毎土曜日大阪駅前でビラまき・署名活動を九年間続けてきた。でもその成果は何だったのかと自分を責めるときもある。沖縄では、普天間基地に対する抗議行動が続いている。本土では、米軍によって安全が保障されていると思い込む一方で、基地を沖縄に押しつけてきた。この日本本土に住んでいる私たちこそが米軍基地をなくす闘いをしなければ行けない」と訴えた。沖縄の高江と辺野古につながる奈良の会は、日本政府に対する抗議を訴えた。
真剣に差別と
闘いぬこう!
続いて、星川さん(しないさせない戦争協力関西ネットワーク)は、「二週間ほど前にもオスプレイ配備の件で申し入れをし、ハワイでは市街地の低空飛行訓練は住民の反対により中止されたにもかかわらず、日本にもってきたことに抗議した。米国の日本に対する差別的な扱いがこの度の強かん事件として現れた。ここには米国による民族差別があると感じている」と述べ、同時に一〇月二八日に予定している「戦争あかん!基地いらん!関西のつどい」への参加を呼びかけた。
辺野古に基地をつくらせない東大阪の会、止めよう戦争兵庫・阪神連絡会、軍事基地と女性ネットワークと連帯のアピールが続いた。
山元さん(全港湾大阪支部)は、「核抜き本土並み返還といわれた七二年沖縄施政権の返還後も、治外法権を認めている日米地位協定により米国の日本に対する姿勢は変わっていない」と述べ、地位協定の改正あるいは軍事同盟ではなく平和条約締結の必要性を訴えた。戸田ひさよしさん(門真市会議員)は、全国の自治体の議会で尖閣諸島・独島関連の排外主義的領土決議が相次いでいる状況を述べ、この動きと断固闘うことを表明。続いて、管理職ユニオン、関西合同労組大阪支部、AWC京都、岩国・労働者反戦交流集会実行委員会と連帯のアピールが続いた。
最後に、呼びかけ五団体名での抗議文を読み上げ行動を終えた。この後、参加者は関西電力本社前の集会(関電デモ)に合流した。
(T・T)
10.13岩国に連帯しよう 関西集会
今、止めよう 基地拡大強化
――田村順玄市議が講演
【大阪】一〇月一三日、「岩国に連帯しよう!10・13関西集会〜今、とめなければ!オスプレイ配備・米軍住宅建設・岩国基地大強化〜」がエル大阪で開かれた。主催は同実行委員会。
最初に、垣沼陽輔さん(全日建連帯労組近畿地本)が「オスプレイが配備されることは、沖縄では三年以上前からわかっていた。しかし、日本政府はアメリカから聞いていない・よくわからないと言いつつ、誤魔化してきた。そして岩国に、さらには沖縄に強行配備した。その沖縄で、岩国で反対の闘いは盛り上がっている。最終的には日米安保条約の廃棄になるだろう。岩国で起こっていることを学んで、一一月の現地集会を成功させたい」と主催者あいさつした。
愛宕山米軍住宅
とオスプレイ
岩国でのオスプレイ陸揚げ・配備阻止闘争の報告(記録ビデオを使って)の後、田村順玄さん(岩国市議・リム・ピース共同代表)は次のように語った。
「オスプレイが沖縄に飛び立った後、岩国に対するマスコミの対応はまるで潮が引いたようだった。記事にも出てこない。これが岩国の実態だ。三月二三日、愛宕山が防衛省に売却された。これだけでも大事件で、『守る会』にとっても大変なショックだった。ところが、五月になると、話題は一変オスプレイに変わっていった。六年前の住民投票の時もそうだった。全国のマスコミが岩国に結集したが、その時だけ。その後は忘れ去られていく。と、同時に既成事実が一つひとつ積み重ねられていき、基地機能が強化されてきた。それでも闘い続け、一定の歯止めをかけてきたように思う」。
そして、「海兵隊は八年後、オスプレイを二四機沖縄に配備すると言っています。それは丁度、岩国基地の拡張工事が完成する頃。岩国が大変重要なオスプレイの訓練基地となることは間違いないでしょう」と自ら書いたチラシ(二〇〇〇年五月五日付け)を紹介しながら「このチラシの記事を書いた後またも大きな事故を起こして数年運用が中止になり、開発するか・配備中止かの大論争になった。三年程計画が中止になり、その後本格的な運用そして製造が始まった。米軍は当初からそのような計画を持って、進めてきたのだ」。
「岩国市長は(岩国には一〇日〜二週間ぐらいなら)とたかをくくっていたが、フロリダで事故が起こると態度を変え、反対の態度を取るようになった。しかし、森本防衛大臣が二度目にやって来た時、公開協議が終わると人払いして会議室で密談をしている。すべてが芝居だったと思う。県知事も口裏を合わせて、『すべて国の責任でやってもらう』としか言わないようになった。七月二三日、多くの反対の声も無視して岩国への陸揚げ。そして試験飛行が始まったが、市街地上空を飛ぶなど日米合同委員会の約束事項を破って続けられた」。
「一〇月一日、沖縄へ。ただし、一二機のうち三機は岩国に残った。それらはまともに試験飛行すら出来ない程重症だった。慌てて部品の取替え・試験飛行などして、最終的には六日に沖縄に飛んで行った。沖縄までの飛行時間は、最初の九機が二時間少しだったが、後の三機は二時間半以上だったようだ。公表できない、何か異常があったとしか思えない。沖縄でも早速訓練が始まっているが、日米合同委員会のルールもないに等しい。毎日、違反飛行が繰り返されている。政府は安全宣言をした」。
「だが、しかし米軍にとっては(例えば)『市街地上空を飛ばない』はもともと定義にない。パイロットはマニュアル(実物を紹介!)通り飛ぶだけだ。こんなあやふやな、でたらめな約束をもって私たちの頭の上を飛ぶことを容認している民主党政府は絶対に許せない。やがて、本土での低空飛行訓練が始まる。政府は具体的なことを公表していないが、明らかになれば全国から火の手が上がるだろう。私たちにとっては反撃のチャンスになると思う。(オスプレイは近いうちに落ちるだろう。一二機のうち三機がだめだった―四機に一機はだめ―欠陥率二五%なのだから)」。
済州島海軍基地
阻止闘争に連帯
講演の後、「ユニオンぼちぼち」の代表から済州島・カンジョンの海軍基地建設阻止闘争との交流の報告があった。さらに、全日建連帯労組近畿地本、全港湾大阪支部、京都ユニオン、しないさせない戦争協力・関西ネットワーク、阪神合同労組の参加者アピール、岩国署名と岩国支援キャンペーンの呼びかけ、と集会は続いた。
また、服部良一さん(衆議院議員)も「岩国は極東で第一の巨大な海兵隊基地になろうとしている。沖縄・岩国・カンジョンの連帯を強め、共にがんばっていこう」と力強く発言した。最後に、「アジア共同行動」・「岩国・労働者反戦交流集会実行委員会」から一一月二三〜二四日の岩国行動への参加要請があった。 (努)
10.14沖縄と被災地・東北を結ぶ集い
山城博治さんを招いて
反基地と復旧・復興の連動へ
【宮城】十月一四日、仙台市で「沖縄と被災地・東北を結ぶ集い」が開催された。山城博治さん(自治労沖縄県本部副委員長、沖縄平和運動センター事務局長)が講演した。
山城さんはオスプレイ配備と訓練の強行に対する闘いのなか、被災地での集会にかけつけた。主催した宮城全労協は冒頭、そのことに感謝し、沖縄と東北が培ってきた連帯を発展させていきたいと集会の趣旨を述べた。
山城さんは一泊二日の厳しい日程のなか、講演と交流、津波被災地の視察を重ねた(注。山城さんが沖縄に戻った翌日、県民女性への性犯罪によって米兵が逮捕された)。
運動の先頭に
立つ市民たち
講演で山城さんが強調したのは主に次の三点だった。
第一に、「ソ連崩壊」後、日米政府は双方にとっての「新たな脅威」を探し、「中国主敵論」を採用することで日米軍事同盟存続の理屈付けを行った。沖縄はその要である。日米のそれぞれの思惑は必ずしも一致しておらず、たとえば辺野古の新基地計画は、米側にとっては「有事の際の発進基地・前線基地」であり、日本側は南西諸島最大の戦略基地だ。しかし、いずれにしても日米政府の沖縄政策は「沖縄の立場」とは到底あいいれない。
「一木一草尽きるまで」「玉砕して果つるまで」と日本が命じ、二十万人が死んだ。軍は市民を守らないことを沖縄は知っている。だから、尖閣問題を持ちだして、最大の抑止力だとオスプレイ配備を強要するという手法は、沖縄には通じない。逆に「沖縄戦の再発を許さない決意」が反対運動を支え、発展させている。そのことを政府も「本土」も理解すべきである。
第二に、運動の先頭に市民が立っている。県民世論が無視され、知事が上京して申し入れても政府は動かない。そのことが県民の怒りに火をつけた。
抗議行動の最中、「腕をもがれ、足を失っても闘う」というメールが、山城さんに送信されてきたという。「労働組合の動員ではない、市民たちの、とくに高齢者たちの、ひるむことのない決意」が、警察や米兵と対峙したゲート前にみなぎっていた。
第三に、沖縄は今日の政治状況は、ふりかえれば二〇〇四年の辺野古海上基地建設阻止闘争以降の流れの中にある。米日政府の沖縄差別・支配の政策が続く限り、沖縄では「自分たちでやっていく」という気運が高まっていくし、その闘いも新しい局面を迎えざるをえないだろう。
山城さんは最後に、オスプレイは必ず大惨事をもたらすと指摘した。沖縄での飛行(「地形飛行」)は低空飛行であり、衝突・接触事故のリスクはいたる所にある。しかも、運行上の安全合意なるものはすでに破られている。一方、本土訓練では山脈に沿った地形飛行が繰り返されるだろう。
大震災発生から間もない時期、沖縄から糸数慶子参議院議員と地方自治体議員らが被災地に入った。集会決議は、沖縄からの支援・激励を振り返りながら、「『福島第一原発事故による東京電力と国の仕打ちは、沖縄が強いられてきた苦難の歴史と重なる』という指摘を私たちは共有し、復旧・復興に向っていく」と結ばれている。
なお講演・質疑に続いて、被災地の状況報告と要請がなされた。復活しつつあった宮城県内の牡蠣、とくに「松島湾」産が、九月の歴史的高温によって深刻な打撃を受けた。浜では復旧・復興の懸命の闘いが続いている。
(一〇月一七日、宮城・八木)
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