10.13 さようなら原発集会in日比谷
生命と尊厳のために政治を
変えることが必要なのだ
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会場から溢れる
六五〇〇人結集
一〇月一三日、さわやかに晴れた秋空の下で「さようなら原発集会in日比谷」が開催された。七月一六日の一六万人集会以来、三カ月ぶりの「さようなら原発一〇〇〇万人アクション」の集会だ。会場の日比谷野外音楽堂はギッシリ満杯で、座席に座り切れない人が通路や後方のスペースにもあふれ、一部は会場の外でデモ出発まで待機するほどだった。参加者は六五〇〇人。
午後一時半からのオープニングコンサートでは、Yaeさんの澄み切った、しみいるような歌声に人びとが聞き入った。午後二時から集会。主催者あいさつに立った鎌田慧さんは、JAグループ(農協中央会)が一〇月の総会で脱原発方針を確立したことの意義を強調し、さらに大間原発に対して一人で闘い続けた熊谷あさ子さんの遺志を、娘さんの小笠原厚子さんとともに継承しようと呼びかけた。
落合恵子さんのメッセージが紹介された後、高橋哲哉さん(哲学者、東大大学院教授)は「人の生命と尊厳を尊重するような政治」を実現するために日本の政治を変えていくとともに、原発事故発生当時、SPEEDIの情報を握りつぶし、ヨウ素剤の配布も渋った福島県の政治も変えていかなければならない、と訴えた。高橋さんはこうした福島県の姿勢が、今年九月の甲状腺調査で福島の子どもたちの四三%にのう胞や結節(しこり)が発見される、という事態を招いていると批判した。
福島と大間から
怒りをこめて
福島からは「子ども福島ネットワーク」の森園かずえさんが発言。森園さんは@福島原発告訴団の呼びかけAふくしま疎開裁判支援B原発被災者生活支援法の制定、について訴えるとともに「今年は昨年にも増して福島では虫の声も弱々しいし、赤とんぼの姿も少ない。自然界の異変を感じさせる。福島原発事故は収束などしていない。東京が比較的安全と言えるのは被曝労働に携わっている人のおかげだということを、ぜひ知ってほしい」と訴えた。
大間原発工事再開反対の緊急アピールを「あさこハウス」の小笠原厚子さんが行った。小笠原さんは「もし母(熊谷あさ子さん)が止めていなかったら、福島原発事故が発生した時に大間は運転していただろう」と語り、建設工事再開阻止を訴えた。
大江健三郎さんは、一九三〇年代の困難な時期に魯迅が書いた「世界は私とともに滅ぶことはありえない。だから希望は世界にある」と書いたことを紹介しながら、「だが今では世界が滅ぶことはありうる。将来、子どもたちが生きていける世界を作ることは私たちの義務だ」と語りかけた。
そして魯迅の「故郷」から「思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」を引用し、「あくまで原発を作ろうとする政府の姿は私たちへの侮辱だ」と糾弾した。
閉会のあいさつは城南信用金庫理事長の吉原毅さん。吉原さんは「商工会議所は中小企業の連合体ということになっているが、原発に賛成している商工会議所の代表は東芝出身だ。実際のところ原発はもうコリゴリという経営者も中小企業の中には多い」と語った。
デモは幾つもの挺団に分かれて日比谷から常盤橋公園まで三・五キロの道のりを進んだ。デモの先頭に立った大江健三郎さんは、自ら引用した魯迅の言葉を実践し、全行程を最後まで歩き続けた。なおこの日、札幌では大間原発建設再開と泊原発再稼働に反対する集会が一万二千人の結集でかちとられた。 (K)
10.10 脱原発をめざす女たちの会・院内集会
「あさこハウス」を支えよう
大間原発を作らせない運動を
危険きわまる
フルMOX炉
一〇月一日、電源開発(Jパワー)は青森県下北郡に位置する大間原発の工事再開を強行した。「新規原発建設はしない」にもかかわらず、「すでに工事を着工した原発を完成させる」という野田政権のでたらめな方針に基づくものだ。
大間原発は世界に類を見ない改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)と言われるもので、フルMOX燃料が使用可能。ウラン燃料に比較して核分裂反応の出力上昇の早発と増大が懸念されており、運転制御の困難性が指摘されている。さらに緊急時の制御棒やホウ素の効果減少、放射性毒素の増大など、事故が起こればその危険性はさらに増大する。しかも敷地内に活断層が走る可能性も専門家から指摘されている。大間原発は一九八二年に計画が決定されたが、炉心建設地近くの住民が反対したため工事着工は二〇〇八年にずれこんだ。
多くの住民が建設に反対していたが、ほとんどが切り崩され、地権者一五七人中一五六人が売却に応じ、あくまで建設反対を貫いたのは熊谷あさ子さん一人だった。熊谷あさ子さんにはヤクザを使った脅し、車にひかれそうになるなどありとあらゆる卑劣な攻撃がかけられた。しかし彼女は屈しなかった。そこで電源開発は炉心の位置を二〇〇メートル移し、彼女の土地が原発敷地外になるように計画変更せざるをえなかった。
炉心予定地から一〇〇メートルの近さにある熊谷あさ子さんの土地にあさ子さんと娘の小笠原厚子さんはログハウスを建てた。炉心から一〇〇メートルしか離れていない、文字通り目と鼻の先だ。二〇〇六年五月に熊谷あさ子さんが亡くなった後、小笠原厚子さんは、そのログハウスを「あさこハウス」と名付け、母親の意思を伝える反対運動の足場にしようとしている。
熊谷あさ子さん
の闘い引き継ぐ
一〇月一〇日、参院議員会館で「大間原発の建設即時中止を! 緊急院内集会――小笠原厚子さんを迎えて」が開催された。主催は脱原発をめざす女たちの会。緊急の呼びかけにもかかわらず会議室は満員となり、予定数を超えたため議員会館の入館証が足りず待たされた人や、床に座ったり、立ち見の人も出るほどだった。参加者の八割以上は女性だった。
最初に脱原発をめざす女たちの会が八月二日〜三日に行った大間・六ヶ所ツアーの様子が写真で紹介され、経過報告を女たちの会の亀永能布子さんが行った後、経産省への申し入れから駆けつけた小笠原厚子さんが報告した。
「大間は新設でも増設でもない。設置許可はすでに下りているから工事再開に問題はないという。しかし炉心の位置をずらした上で、以前の設置許可を通すことで問題はないのか」と、小笠原さんは電源開発と国のずさんなやり方を批判するとともに、電源開発の卑劣な脅しに怒りを燃やした。
国会議員からは福島みずほさん(社民党党首)、高橋千鶴子さん(共産党、参院議員)、姫井由美子さん(「国民の生活が第一」、参院議員)が発言し、大間原発建設再開に強く抗議した。
行動提起では、一〇月一七日の電源開発への抗議行動、あさこハウスへの支援などが呼びかけられた。
(K)
10.8 オスプレイ配備撤回させよう
沖縄の闘いと呼応して
「風船と凧のパレード」 一〇月八日、東京渋谷で沖縄の普天間基地へのMV22オスプレイ配備に抗議する「風船と凧の渋谷パレード」が行われた。同日、普天間基地ゲートおよびその周辺で行われる予定の「オスプレイは出て行け!風船・たこ揚げ大会」に連帯して取り組まれた。
主催はオスプレイの沖縄配備に反対する首都圏ネットワーク。約三〇〇人が参加した。デモの先頭には、巨大なオスプレイの模型が掲げられ、渋谷のビル街に「オスプレイ配備をやめろ!」のコールとともに、不安定な低空飛行を行うオスプレイの姿が実演された。
カネと差別で
基地を固定化
一〇月六日、整備不良で岩国基地に残っていた三機をあわせた合計一二機のMV22オスプレイが沖縄・普天間基地に配備された。普天間基地のゲート前に座り込み抵抗を続ける沖縄の人々は、沖縄県警による強制排除に対しても非暴力不服従で断固たる意志を貫き通した。
九日には沖縄の仲井真弘多知事と宜野湾市の佐喜真淳市長が野田佳彦首相と面会し、オスプレイの配備見直しや全国分散配備を要請。垂直離着陸モード(ヘリコプターモード)で市街地上空は飛ばないという日米合同委員会の合意は、沖縄の人々の怒りをあざ笑うかのように、配備直後に反故にされた。
仲井間知事の抗議に対して野田首相は「合意が順守されるようフォローアップしたい」などとうそぶき、「普天間飛行場の早期移設を含む基地負担軽減、沖縄振興にはこれまで以上に取り組みを強める決意だ」と述べ、従来どおり、日米軍事同盟の維持と引き換えに、カネと差別で沖縄に基地を固定化し続ける政策に変わりはないことを明らかにしている。
同日、森本敏防衛大臣は会見で、「訓練移転その他、沖縄以外のところに負担を分かち合ってもらう必要がある」として全国知事会に対して、一部の訓練の沖縄県外への移転について要請する意向を明らかにした。一〇月一一日現在も沖縄での訓練は続いている。
伊江島補助飛行場やキャンプ・シュワブへの飛来訓練が目撃され、東村高江では最も近い住宅から約四〇〇メートルの距離にある既存ヘリパッドを使用した訓練が強行された。ヘリパッド移設工事に反対し、約五〇メートル離れたテントで座り込んでいた住民への威嚇である。北部訓練場内にあるヘリパッドにも降下するのが目撃されている。
低空飛行訓練を
全国で阻止せよ
沖縄の人々の命と尊厳を人質にとって「全国でも訓練を受け入れろ」という日米両政府による恫喝に対して、訓練の一部移転などではなく、オスプレイ配備そのものへの反対、普天間基地の無条件撤去、辺野古新基地建設と高江ヘリパッド建設阻止を、沖縄の人々とともに強く訴えなければならない。
日米安保のない沖縄と日本、そして東アジアは可能だ。全国での連続した取り組みに参加しよう。 (H)
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