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    かけはし2012.年10月15日号

原発の不都合な真実はもう隠せない

インド反核運動

ネーライ・ジャインとのインタビュー(上)

「安価・クリーン・安全」は嘘だ!!

人々は自らの力で情報を収集し吸収


 本紙九月一七日号に、インド南部タミル・ナドゥー州のクダンクラム原発に反対する住民の運動にインド政府が「治安妨害罪」を適用して大弾圧をかけている記事を掲載した。九月一〇日には、住民の抗議デモに対して警察が発砲し、一人が死亡する事態が引き起こされた。ここに掲載するのは、インドの反核運動の現状と背景についてのより詳細なインタビューである。第四インターナショナルのアジアの活動家たちのメーリングリストに投稿された記事からの翻訳である。なお九月二五日には、クダンクラム原発反対運動から招待されて現地を訪れようとした「ノーニュークス・アジアフォーラム」の日本人メンバー三人にチェンナイ空港で「反原発運動に参加している」という理由で入国拒否・国外送還されるという不当な弾圧がかけられている。(「かけはし」編集部)

国を売りに出し「核大国」へ


 インドの反核民衆運動は、ここ数年勢いを増している。クダンクラム原発に抵抗し、六〇〇〇人の「治安妨害」罪違反、五三人の投獄を含めて五万六〇〇〇人以上がでっち上げの告発を受けている南インド・イディンタカライ村の女性、男性、子どもたちの勇敢な闘いは、核エネルギーに反対する民衆運動を際立たせている。
 ネーライ・ジャインはマハラシュトラ州プネー市の社会運動活動家グループ「ロカヤト」の呼びかけ人であり、同グループは全インド反核運動全国連盟(NAAM)の一員である。電力技師の養成を行っているジャインは、『核エネルギー:地獄のテクノロジー』(Aakar Books,Dehli 2012)の著者である。
 B・スカンタクマル(スリランカの活動家)がジャインに以下のインタビューを行ったのは二〇一二年九月五日だった。その五日後にクダンクラム原発に燃料棒が注入され、抗議行動の中で一人の漁民が射殺され、数十人が負傷した。この闘いはチェンナイ、コインバトレ、エローデ、トーツクディなどタミル・ナドゥー州全域にストライキや抗議の運動を巻き起こしている。

――今、インドで核エネルギーに反対する民衆運動が高揚している背景はどこにあるのでしょうか。

 インド国民会議派が主導する政権は、原子力エネルギーの大規模な開発を進めており、それは安価で、クリーンで、安全であり、わが国のエネルギー需要を解決すると主張している。
 原子力エネルギーの拡大は、二〇〇八年の印米原子力協定に続くものだった。インド政府は米国と協定で手をつないだことの見返りに、米国から一五〇〇億ドル相当の原子炉、設備、その他の物資を購入することに合意した。インドのマンモハン・シン首相の特使シアム・サランは、米国の企業がインドからの軍事物資の注文で数十年間にわたって利益を上げることも約束した。これは、米国が法を改正し、一九七四年の核実験以後禁止されていた原子力に関する商売をインドに認めたことへの報酬だった。
 米国は、原子力供給国グループ(NSG)――ウランや核テクノロジーを輸出する四五カ国の連合――と交渉し、インドが核拡散防止条約(NPT)に調印していないにも関わらず、民間の原子力貿易に関与する権利の制限条項をインドに適用しないことを認めた。そのかわりにインド政府は、NSG諸国に対して各国の企業がインドで有利な契約を結ぶことを約束した。このことは、インドの指導的新聞「マハラシュトラ」に掲載された記事の中で、インドの前原子力エネルギー庁長官アニル・カコドカルが率直に認めている。
 これが、インド政府が西側の原子力エネルギー企業に門戸を開放したことの本当の理由である。国を売りに出した後、インド政府は、いまや「経済大国」になった上に「核大国」になったと誇らしげに主張している。

原子力導入に競争入札はない

 インド政府は、二種類の原子力発電所を設置している。
 一つ目のグループは、輸入された原子炉を沿岸地域に設置するものであり、それは世界最大級のプラントになるだろう。「原子力パーク」と呼ばれるものがグジャラート州(ミシビルディ)、マハラシュトラ州(ジャイタプール)、タミル・ナドゥー州(クダンクラム)、アンドラ・プラデーシュ州(コヴヴァダ)にある。西ベンガル州にもう一つのプラント建設が提示されたが、強力な民衆運動がそれを止めており――少なくとも今のところは――、その計画はおしまいになるかもしれない。オリッサ州のマルカンディ(パチ・ソナプール)にも原発建設の計画がある。
 皮肉なことに、インドのエリートの自由市場のレトリックにもかかわらず、これらのプラントのどこにも競争的入札は存在していない。その代わり、政府はこうしたプラントを異なった外国企業に割り当てている。原子炉契約の期間に関する交渉以前に価格協定はすでに締結されているのだ!
 フランスの企業アレバがプラントを建設しているジャイタプールでは、九四〇ヘクタールの土地を二三〇〇家族から手に入れた。土地を所有している人びとは売却を拒否していた。そこで政府が立ち入り、土地を「公共的目的」のために収用することを認めていた英植民地時代の法律に訴えて、強制的に用地を手に入れたのだ。インドの首相は原子炉の価格を問われて、価格の問題は「なお交渉課題だ」と答えた! こうした異常な手続きは、不正取引の疑惑を浮上させている。アンドラ・プラデーシュ州とグジャラート州のプラントは、米国の企業であるGE日立とウエスチングハウス社が建設することになっている。他方、タミル・ナドゥー州のクダンクラム原発は、ロシアの企業であるアトムストロイエキスポートが建設している。
 プラントの別のグループは、四つの小規模原発が建設されるゴラクプール(ハリャナ州)とチュトカ(マディヤ・プラデーシュ州)のような内陸部にインド政府が建設する、国産のプロジェクトだ。インド単独では小規模プラントを建設する能力しか持っていない。
 沿岸地域の四つの「原子力パーク」に建設される原子炉は巨大な規模であり、それぞれ一〇〇〇〜一六〇〇メガワットの電力を生みだす。それぞれ一六五〇メガワットの電力を生みだすことになっている六つの原子炉を建設中のジャイタプール原発は、世界最大の原発施設になろうとしている。ここに作られるEPR(欧州加圧水型原子炉)は未検証の設計であり、世界のどこでもまだ稼働していない。

歴史を引継ぎ運動は新しく発展

――インドでは原子力は新しいエネルギー源ではないのに、最近になって原子力エネルギー反対の運動が大規模に拡大しているのはなぜでしょうか。

 インドは以前から原子力発電所を持っていた。二〇の小規模な原発があり、そのほとんどは二二〇メガワットの発電量で、国内の六カ所に位置している。インドの最初の原発はムンバイ(旧称ボンベイ)に近いタラプールに、一九六九年に設置された。
 インドの反核運動は非常に長い歴史がある。この運動はとりわけケララ州において強力で、反対が強かったためケララ州には原発が建設されなかった。ケララ州の住民は、建設提案がなされた二つの原発計画を撤回に追い込んだ。他の多くの原発建設も、強力な反対運動に見舞われ、この運動では警察の暴力によって抗議行動参加者たちの命が奪われた。しかし、インターネット以前の世代の間では、またインドのメディア(ラジオとテレビ)が国家の統制下にあった時には、こうした闘争の情報はほとんど伝わらなかった。今、全国的かつ国際的な注目を集めているのは、情報・通信テクノロジーの進歩のおかげであり、また人びとの間で原子力エネルギーの危険性への注目が増大したことを通じて運動が強力になっているためだ。
 したがって現在の反核運動は、こうした以前からの運動の継続として見なされるべきなのだ。現在の指導的活動家の多く、たとえば原子力科学者のスレンダ・ガデカル博士や、原子力エネルギーに反対する民衆運動(PMANE)のS・P・ウダヤクマル博士は、この一〇年〜二〇年にわたって活動しており、原発に反対するかつての闘争にも参加していた。
 付け加えるならば、全国で反核運動の強化・拡大に貢献している幾つかの新しい要素が存在している。インドの沿岸地帯に建設予定の原発の規模が大きいこともその要因である。それは国際基準から見ても巨大であり、原子炉は現在のものの五倍から八倍になる。さらに論争ぶくみのアレバ社などの外国企業の性格、そうした企業の安全性にかかわる実績などである。
 たとえば英国、米国といった原発推進国家でさえ、アレバ社のEPR炉の設計について重大な保留をしており、自分たちの国でそうした型の原発を建設することに許可を出していない。クダンクラムで建設中のロシアのVVER―1000原子炉も、よりましなものではない。原子力産業のチアリーダーである国際原子力機関(IAEA)でさえ、これらの原子炉が西側の安全基準に合致していないことに憂慮を表明している(西側の基準がすばらしいなどと言いたいのではないが)。こうした原子炉の規模が巨大であるがゆえに、その危険性はさらに大きくなるのであり、原発事故の結果は破滅的で、想像もできないほどのものになる。明らかにこうした問題が現在の闘いの激化につながっている。
 さらに何年にもわたってますます増えてきた情報量が、原子力エネルギーの危険性を人びとに浸透させていった。ウラン鉱山や現存する原発の近隣地域への原子力エネルギーの影響も良く知られるようになっていった。そこには、今や公共的知識となった独立的調査機関によるものもふくまれる。ガンによる死亡や、障がいを持った赤ん坊の出生、その他の放射能が引き起こす健康問題、たとえば若者の間での老人病、生殖能力に関する問題、自然流産なども大きく増えている。
 漁村は荒廃している。かつて七〇〇隻の漁船を持っていたタラプールでは、今も残っている漁船はわずか二〇隻である。新しい原発に反対して闘っている人びとが、こうした古くからの原発を訪れた。たとえばジャイタプール地域の住民は、タラプール周辺の村落の住民を訪れた。そこでかれらは、原発による健康問題に気付いた。その結果、さらに多数の人びと、そして国内の異なったさまざまの地域の人びとが、こうした闘いに加わるようになっている。
 最後にフクシマの悲劇(二〇一一年三月一一日、日本)が、民衆の反核感情に大きな影響を与え、運動の論議を強めることになった。フクシマの悲劇の以前においてさえインドでの反核運動は、著名な原子力科学者を引用して、「世界中のどこかで新たな原子炉の事故が起きるのは時間の問題である、原発は本来的に事故を起こす傾向があるから」と語っていた。

推進宣伝は徹頭徹尾ご都合主義

――クダンクラム原発はスリランカから二五〇キロしか離れていません。しかしフクシマ事故の後でさえ、スリランカの原子力エネルギー局の責任者は「原発は最も安価で安全な発電方式だ。……核事故の可能性はきわめて稀だ」と強調しています。

 原子力産業が行っている最も強力な宣伝文句は、原子力エネルギーは地球温暖化問題の解決策だというものだ。原子力エネルギーは安価でもなく安全でもないという事実は別にしても、それは実際のところ「グリーン」でもない。原発それ自身が温室効果ガスを排出しないのは事実だ。しかし原発を、それ単独で評価することはできない。ウラニウムの核分裂による電力の産出は、核燃料サイクルとして知られる大規模で複雑なプロセスに依存しており、原子炉はその一部にすぎない。そして核燃料サイクルの全段階において化石燃料が大量に使用されるということが事実なのだ。
 核燃料サイクルは、ウラン鉱石の採掘から始まる。次にウランが濃縮される。濃縮されたウランは、それから原発の中で核分裂反応を起こす。原発は大量の放射能廃棄物を生み出し、それは何千年もの間、安全に貯蔵されなければならない。そして最後に、四〇年から六〇年の耐用期限が終われば、原子炉は廃炉にされなければならない。
 この過程全体において大量のエネルギーが消費され、大量の化石燃料が燃やされる。たとえば原子炉の建設それ自体が、大量のセメントと鉄鋼を必要とする。そして鉄鋼とセメントの製造過程で、大量の温室効果ガスが排出される。そして最悪の部分は、原子炉内で作りだされる核廃棄物が何千・何万年も貯蔵されなければならない、ということだ。つまりそれほど長期間にわたって、廃棄物は放射能を排出し続けるのである。明らかに廃棄物の安全な貯蔵は、大量のエネルギーを浪費する――それがどれだけの量なのか誰も知らない。
 原子力推進派の宣伝は、都合良く核サイクル全体のことを忘れ去り、原子炉それ自体にだけ焦点を当てていることだ。したがって原子力エネルギーは「グリーン」でもなければ地球温暖化危機の解決策でもない。

エコシステムの除染はできない

 最も危機的な問題は、原子力エネルギーが全く安全ではないということだ。ウランから電力を作り出す過程、すなわち核燃料サイクル全体――ウランの採掘、それに続く精製と濃縮、そして原子炉――において、放射能があらゆる段階で大気中に放出される。この放射能の人間への影響は致命的である。それはガンを発生させる。生殖遺伝子を変化させ、その結果、障がいを持った子どもが生まれ、さらにそれ以外の多くの病気を引き起こす。
 原子炉自体について考えてみよう。原子炉内部のウラン核分裂のプロセスは、自然にはもともと存在しない二〇〇以上の新しい放射性物質を作り出す。合成されたウラン燃料は、もともとの放射性物質よりも何十億倍もの放射能を発生する。通常の一〇〇〇メガワットの原発は、ヒロシマ型原爆一〇〇〇発の爆発によって放出されたものに等しい量の放射能をふくんでいる。
 原子炉の中で作られるこうした放射性物質は、数秒から数千、数万年にまで広がるさまざまの半減期を持っている。実施されているあらゆる安全措置にもかかわらず、一定量の放射性物質の大気への漏えいを防止することは不可能である。一定量の漏えいを避けることはできない。これらの物質はガス状の形態で、原子炉が排出する蒸気とともに外に漏れ出す。実際のところ、原発は限定的な(「許容しうる」)量の放射能を排出することが公式に認められている。
 こうした物質は周囲の環境に散らばり、何百年、何千年も放射能を出し続ける。それは水、土壌を汚染し、不可避的に食物連鎖の中に入り込むだろう。
 現在、原発は約四〇年から最大限六〇年の運転の後に廃炉となる。しかし放射性物質は環境システムの中に何千年、何万年も残りうるため、原発の近辺に住む人びとは数え切れないほどの世代にわたって、原発の痕跡がなくなった後でも放射能による被害を受けることになる。
 このプロセスなしですますことができないことを強調すべきだ。放射能はわれわれが呼吸する大気、われわれが飲む水、われわれが食物を耕す土壌の中に存在しているからである。われわれのエコシステムを除染する手段など誰にも知られていない。人類にとっての唯一の選択は、いっしょにこうした地域から逃げ、そこを放棄することなのだ。

答えのない核廃棄物の貯蔵管理

 核廃棄物の問題に戻ろう。一〇〇〇メガワットの原発は、一年間に三〇トンの放射性廃棄物を生み出す。したがって、たとえば一万メガワットのジャイタプール原発は、六〇年間の最大稼働期間中に一万八〇〇〇トンの廃棄物を生み出すことになる。この廃棄物は、人類が知っている中で最も有害な物質である。たとえばその中で一%はプルトニウムであり、その半減期は二万四〇〇〇年である。したがってそれは二〇万年にわたって放射能を残すものになる。プルトニウムはきわめて発ガン性が強く、吸入すれば一〇〇万分の一グラム以下で肺ガンを引き起こす。核廃棄物は、あまりにも放射能まみれであり、人間はそれに近づいたり、操作することができない――それはロボットによって取り除くしかないのだ。
 それでは、このように人間が接触できない核廃棄物をどのようにして貯蔵するのか。これほど破壊的で、これほど高温で、これほど高濃度の放射能を排出する物質を、どのようにして貯蔵するのか。二〇万年はさておき、二〇〇年であったとしてもどのようにして核廃棄物を安全に貯蔵するのか。廃棄物が貯蔵されるコンテナが二〇〇年でももつということを、どのようにして保障できるのか。材料科学には一〇〇年の歴史しかない。そして二〇〇年間もつと主張するこうしたコンテナを作るとしても、どのようにしてそれがわかるのか。
 世界中で、現在実際にやっているのは、廃棄物を原発に近い場所の中間貯蔵施設――それが巨大な冷却プールであろうが、乾燥貯蔵キャスク(樽)であろうが――に溜めることであるのは、そのためだ。そしてこうした貯蔵施設のどこでも漏出が起きている。数え切れないほど多くの世代にとって環境は汚染されているのである。もちろん、時間とともに漏出量は増大し、放射能レベルも増大する。

原発は元々事故を起こしがち


 最後になるが、大規模な核事故の可能性について考えよう。原発は本来的に事故を起こす傾向がある。多くの原子力科学者は核テクノロジーによって事故は起こらなくなると保障することはできない、と強く主張してきた。核事故の事実は、著しい破局である。それは何万、何十万もの人びと(最小限に見ても)に、そして覚えておいてほしいが、何千年にもわたって被害をもたらすからだ。したがって、こうした事故はたった一度であっても、人類にとって許されるものではない。
 チェルノブイリ原発事故(一九八六年四月二六日、現在のウクライナで)は、地球の半分に被害を及ぼした。二〇〇九年にニューヨーク科学アカデミーが発表した研究によれば、この事故で放出された放射能が引き起こした病気のために、一九八六年から二〇〇四年までに全世界で一〇〇万人が死んだとされている。この数字は、今後も増え続けるだろう。
 フクシマの場合には、多くの放射能が海中に拡散したため、より大きな悲劇は回避された。しかし核事故が起きた場所から約二四〇キロ離れた東京での最近の調査では、フクシマからの放射能は、数百万人が住み、働くこの都市を汚染したことが示されている。欧米の独立した科学者たちは、福島原発事故の直接の結果として、むこう三〇年間で日本において少なくとも一〇〇万人のガン患者が発生すると見積もっている。放射能は日本から世界中に広がった。追跡調査では、それはスイスやアメリカでも発見された。
 旧ソ連や日本よりもはるかに人口の多いインドは、ボパールのガス惨事(一九八四年一二月二〜三日にマディーヤ・プラデシュ州のボパールで起きたイソシアン酸メチルガスの漏出事故で、少なくとも二万人以上が死亡し、約五七万人が負傷したと考えられている)にも対処できず、被害者のリハビリの必要に応えることもできなかった。インドは、そしてこの点ではスリランカにも関わる問題であるが、どうして核事故に対処することができるのだろうか。
(つづく)

 


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