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    かけはし2012.年5月28日号

堅固な闘争隊伍を維持し
市民の支持を勝ち取ろう

放送社のスト、第2ラウンドへ

  「燃え尽きかけていた炎に油を注いだ。キム(インギュ)社長、今回の決定についてずっと後悔することになるだろう」。
 悲壮さを期待したのは判断の誤りだった。4月23日夕刻7時、ソウル汝矣島の韓国放送(KBS)本館前に三々五々、キャンドルを持って集まった新労組(全国言論労組韓国放送本部)の組合員らの上気した顔からは不思議な活力が感じられた。ドキュメンタリー局所属のあるPDは「キム社長が、むしろありがたい。まかり間違えば頓挫しかねなかったストの雰囲気に、思いもよらなかった転換点を作ってくれた」と語った。3日前、会社の人事委員会が新労組の公正放送推進委員会幹事のチェ・ギョンヨン記者を解雇したことをめぐって行った発言だった。チェ記者はこの日で49日目を迎えた韓国放送のストに関連して、会社側から解雇通告を受けた最初の組合員となった。この日のキャンドル集会には、いつもの2倍以上も多い350余人の組合員が集まり、その場を守った。

野圏「放送法の改正へ」
 
 翌日の4月24日にはドラマと教養番組の制作を総括している責任PD16人など、各部署のチーム長22人がチェ記者の解雇に反発して部署の長を辞退した。チーム長級幹部の70%に該当する規模というのが新労組側の説明だった。4月25日にはロシアのモスクワ、中国の北京、上海、ドイツのベルリンなどに駐在している特派員6人が会社側の解雇決定を批判する声明を出した。キム・ヒョンソク新労組委員長は「ストが50日を超えたのも奇跡に近いが、時間が経過するほどにエネルギーが大きくなっていることが我々としては、より驚くべきこと」だと語った。
 4・11総選挙が与党セヌリ(旧ハンナラ)党の過半数確保で終わり、気勢が削がれるようだった放送社のストが新局面を迎えている。経営陣の無理な懲戒措置が組合員らの公憤を引き出し、19代国会の開院を前にした野党が言論労組や市民団体と連帯して政府・与党を相手に本格的な攻勢の刃を研ぎ直しているのだ。4月25日、国会の来賓食堂で開かれた言論団体、市民・社会団体代表との懇談会で、民主統合党と統合進歩党は放送社のストの事態解決のための行動に積極的に踏み出すことで意思を統一した。
 これらの人々が採択した共同発表文には?19代国会の発足と同時にイ・ミョンバク政権の言論掌握真相究明のための聴聞会と国政調査の推進?公営放送、通信社の民主的かつ独立的な社長選出制度を作るための放送法およびメディア関連法の改正?野党と市民社会、言論団体の代表が参加する共同政策協議会構成などの合意事項が盛り込まれた。
 民主党言論正常化特委委員長の資格で懇談会に出席したキム・ジェユン議員は「19代国会開院の前提条件として聴聞会と国政調査を掲げることにした」「間もなく編成される院内代表団に、このような内容を正式に提案する」と語った。統合進歩党のパク・ウォンソク当選人も「19代国会の開院と同時に聴聞会と国政調査を始められるようにしなければならない」「セヌリ党が拒否する場合、野党は開院のための院構成に協力してはならない」と語った。

労組「国会にのみ頼りはしない」

 問題は与党の態度だ。セヌリ党は総選挙の前から放送社のストに対して「自主的に解決すべき問題」として距離をおく戦略を取ってきた。放送社のストが選挙の争点として浮上する場合、青瓦台(大統領府)や大統領側近らが主導した言論掌握を傍助・庇護してきたという責任論に巻き込まれかねないという憂慮のためだった。選挙の結果が与党の圧勝で終わった後には、野党の勝利を前提にスト戦略を組み立ててきた労組の気勢が遠からず削がれるだろうという楽観論が支配した。
 けれどもイ・ミョンバク政府の言論政策の最高責任者だったチェ・シジュン前・放送通信委員長が収賄容疑で検察の捜査を受けることとなり、選挙の結果に萎縮していた放送社の労組も戦列を再整備し、政治圏・市民社会との共同対応に乗り出して雰囲気が反転した。セヌリ党関係者は「19代国会の開院を前にした状況にあって、放送のちぐはぐが長期化することに政権党が負担を感じないと言えばウソになる」と語った。
 政治圏の内外では大統領選を狙っているパク・クネ非常対策委員長としては、どんな形ではあれ決断を下さざるをえないだろうというのが衆論だ。4月24日、野党と言論労組、市民団体懇談会での参加者たちが「イ・ミョンバク政権の放送掌握とMB落下傘社長の不正、不道徳性に対してセヌリ党が直接、立場を明らかにし、責任ある収拾に乗り出せ」と圧迫したのも同じ脈絡だ。
 放送社各労組が心配している状況は、19代国会で聴聞会や国政調査が行われたとしても社会的耳目を集められないまま、うやむやにまとめられる場合だ。何よりも自社の社長らが出席し、野党議員らの集中追及を受けるという困惑する状況を放送各社が生中継する可能性は低い。放送社のストに敵対的な主流保守の各新聞が聴聞会の報道に積極的になる理由もない。文化放送労組ムン・ソヒョン代弁人は「聴聞会のような国会戦略にのみ期待をかけ、狼狽するような状況に出くわす可能性も、いくらでもある」「結局、勝敗は内部の闘争の隊伍をどれほど堅固して持ちこたえるか、そして経営陣の不道徳性をどれほど効果的に暴露しぬけるか、にかかっている」と語った。

両放送社労組は共同野宿闘争

 韓国放送と文化放送の労組は5月を総力闘争の期間として設定し、集中闘争を展開するとの構想だ。野党や市民社会との共助を強化する一方、総選挙を経つつ、あいまいになっていた両労組の連帯闘争も再開することにした。このための「陣地」が再び築かれた。スト52日目の4月26日、韓国放送新労組は「韓国放送を占領せよ」(オキュパイ・KBS)のスローガンと共に、ソウル汝矣島公園周辺にテント47棟を建てた。当初、新労組はテントによって韓国放送の社屋周辺を取り囲もうとしたけれども、あらかじめ配置された警察の妨害によってままならなくなると、汝矣島公園に場を移した。韓国放送新労組はこの日、全国から上京してきた組合員500余人が参加する中で組合員総会を開き、「第2のストライキ闘争」を決議した。5月2日からは文化放送労組と共同で野宿闘争を続ける計画だ。
 無期限野宿闘争のための「塹壕」が固いアスファルトを突き破って深く掘り固められた。記者やPDたちは「野戦」「野外生活」に強い。(「ハンギョレ21」第909号、12年5月7日付、イ・セヨン記者)

記者の「資格」を問う

真実の追求と権力監視の「責任」ゆえに闘い続ける

 将来、ジャーナリズムに従事することを夢見ている「メディア受験生」にとって韓国放送(KBS)ほどに魅力ある言論社もそう多くはない。恐れを知らずに権力を批判し、歪曲されない情報を伝えたい欲望を持った彼らにとって、韓国放送はあきらめることのできない「チャンスの国」だ。毎晩9時、自らの肉声を通じて社会的真実と向き合うだろうという想像は、韓国放送の記者を夢見ている人々が共有しているビリッとくるロマンだ。そうでなくては、この国の幾多ある人材が他のチャンスをなげうってまで韓国放送の門を叩くわけがない。
 4年前の冬、韓国放送の公募合格を確認した時の私もまた同じだった。自分の姿を冬の間中ずっと誇らしく思っていたが、いざ新入社員を迎えた韓国放送は殺伐たることこの上なかった。一晩中、警察署を回りながら先輩たちから休む暇もなく虐待を受ける厳しい訓練を、実に2カ月も耐えなければならなかった。今は「ヌーンサーラム(雪だるま)記者」でスターになった同期のパク・テギ記者はそのころストレスに耐えきれず、シーンとした夜明けに警察署記者室の壁に向かって大声で喚きちらしたりもした。予想外の冷たい仕打ちに戸惑う記者のひよっこたちに、先輩たちはこれが一人前の記者になるプロセスであることを絶えず思い起こさせた。
 真実を追求し権力を監視しなければならない厳しく重い義務を遂行しようとするならば、必ずや通過しなければならない成長の過程なのだと説明した。「KBSニュース○○です」というリポートの結語、いわゆる「バイライン(byline)」を読むことが、いかなる社会的責任を担保しなければならないのか、往年のメディア受験生たちはそのようにして骨身にしみるように体得した。

厳しい鍛錬後に迎えた戸惑いの現実
 けれども残酷なまでの時間を耐えぬいた後に迎えた現実は、さらに一層、戸惑うものだった。特に現場で出会った市民らの軽蔑混じりの視線を、私をはじめひよっこ記者たちはおよそ理解することができなかった。ノ・ムヒョン前大統領の逝去直後、故人の焼香所を取材していてののしりを浴びて追いだされたかと思えば、胸倉をつかまれてほおを殴られもした。集会やデモを取材するのに先立ってENGカメラに付いている韓国放送のロゴ・マークをはがさなければならないという惨たんたる状況も味わわなければならなかった。意欲や覇気は、むしろ余計なお荷物だ。「チャンスの国」韓国放送が、ある人々にとってはのろいの対象となってしまったけれども、理解しがたいこの極端さを誰も明快に説明してくれることができなかった。
 天よりも高いかのごとき先輩たちでさえ恐がって部長やデスクは沈黙を守り、彼らの沈黙は私が身の程もわきまえぬ疑問を抱いているのではないのかという自己検閲へと結びついた。鉄壁の城のようにびくともしない視聴率を想起させつつ、韓国放送を批判している人民たちをむしろ批難する先輩も何人かはいた。そうやって自分の疑いの念をむりむり抑えつけて現実に適応して行ったその頃、キム・インギュ社長が就任した。

「忠実な会社員」
になった先輩たち
 「イ・ミョンバクの言論特補(特別補佐官)」だと言われるチュ・ホングル氏が頼った人物が公営放送の社長になってしまったという不条理にあきれてしまったものの、先輩らの沈黙は破れなかった。遠からず鬱憤の炎が燎原の火のように燃え広がることを期待したが、沈黙は思ったよりも堅固だった。(光州の)5・18に沈黙しチョン・ドゥファンを讃揚していた人物を「ずばぬけた政治部記者」だったと紹介するという信じがたい発言が、ある先輩の口からよどみなく出てくるという状況だった。公募採用1期記者の華麗な帰還を喜び、自慢げな言及も頻繁に聞かれた。
 ここまで来ると、卑怯だと思っていた記者たちの沈黙が実際には自発的な協力だったのだということに目覚めざるをえなかった。彼らは新しい社長に素早く適応する機敏さ、新体制の中で引き受けた自分の役割に忠実に服務するという愛社心に基づいて行動していたのだ。後輩たちの悲憤慷慨は不届きだとし、露骨に不快感を表しさえした。放送記者が忠誠を誓うべき対象は「放送社」ではなく「テレビジョンを見守っている人々」だという、放送ジャーナリズムの基本を忘れ去った張本人らが報道局の沈黙を主導していた。そして彼らは私に厳しいほどに記者の本分を教えた「先輩中の先輩たち」だった。
 韓国放送の記者として生きてきてから今年で4年目の私は今なお、青二才の記者だ。いかに物覚えが悪いとは言え、修習時代にあれほどに厳しく叩き込まれた職業教育を忘れるわけがなかった。記者は真実を追求し、誰よりも市民に忠実であらねばならないし、権力に対する独立した監視者の役割を果たさなければならないという社会的責任意識が、それだ。この最小限の常識を忘れなかったならば、昨今の状況に沈黙を守れというのは到底、不可能だ。キム・インギュ社長が直接選んだ、入社して1年にもならないぺえぺえのジャーナリストたちが、そしてたった今職業教育を終了した人々が、ただ1人の例外もなしに社長退陣を叫んでいる現在のストライキ以上に、韓国放送の現実を痛切に告発する事例がどこにあるだろうか。
 韓国放送が恥ずかしくてストに合流したという新米記者に、「私は20年以上も、1度たりとてKBSを恥ずかしいと思ったことはなかった」と一喝したある先輩の姿に、言いようのない悲しみを感じる。彼もまた初年兵時代には歯を食いしばって厳しい修習教育を耐えたであろうし、自身の影響力や責任を反すうしながら一人前の記者になっていく過程を経たことだろう。
 またそれよりもっと以前には富貴栄華を保障する他のさまざまな職業を拒んだまま、ひたすら記者になることだけを渇望した純粋な記者志望生だったことだろう。けれども歳月が流れた今、彼にとっては「忠実な会社員」以上の存在感を見いだすことはできなくなった。彼の姿は今や記者というよりは、ある言論社の局長や本部長、社長あるいは国会議員になりたい、この国のすべてのエセ記者たちの自画像なのかも知れない。

真実の追求と権力批判のための資格
 韓国放送のニュースは今日も見た目には何の問題もなさそうに放送されている。報道局には思ったよりも多くの「会社員」たちがストとは関係なしに勤務しているからだ。反面、外では「事態を解決する行為」をすることなしには自愧感に耐えられないという、また別の会社員らが社屋の周辺をぐるぐる回っている。あるいはまた報道局の中で沈黙デモをやりながら同僚たちに「会社員」ではなく「記者」として存在することを訴えている。
 歳月がいくら流れたとしても、自身がなぜこの職業を選択したのかを忘れない人々だ。厳しい修習教育を受けた理由が、ただただ真実を追求し、権力を批判する資格を得るためだったということを覚えている人々だ。4年目の記者である私がストライキをやめられない理由でもある。(「ハンギョレ21」第909号、12年5月7日付、チョン・ヨヌク/韓国放送記者)

【訂正】本紙五月一四 日号八面「統合進歩党」の二段目、右から二二行目の獲得総議席数「17」を「13」に訂正します。


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