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    かけはし2012.年5月21日号

投獄中の活動家に死
の脅威が迫っている

パキスタン

緊急アピール

ピエール・ルッセ/
ダニエル・サバイ

 パキスタンで住民の人権を守るために闘ってきた活動家が厳しい弾圧にさらされ、殺害される危険すら否定できない状況に置かれている。この非道な事態に対し呼びかけられている国際救援キャンペーンを以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

拷問され連絡が遮断されている


 パキスタンのヒマラヤ地方「北西領域」のギルギット・バルチスタン地方における五人の政治囚の運命に関し、われわれは先週、特に警戒を要する情報を受け取った。
 四月二八日朝、これら五人の政治囚は、警察と治安機関要員によって激しく殴打され拷問された。彼らは、これらの負傷に対し、何の処置をされることも、医師に診てもらうこともないまま、少なくとも一週間放置された。それは、彼らに乾パンしか食料が与えられないことを確かめるよう求めた裁判所の命令を侵犯するものでもあった。そして彼らは不法に、常習犯用に用意された監獄に移された。われわれが恐れなければならないことは、この移送の目標が他の囚人によって彼らを殺害させること(囚人同士のけんかという形で)、そうすることで、当局に直接の責任が及ばないことにある、ということだ。
 問題の五人の政治囚はパキスタン労働党(LPP)並びに進歩的青年戦線(PYF)のメンバーだ。彼らの中で最もよく知られたメンバーであるババ・ジャンは、この三月に開催された最新の大会で、LPP全国委員会に再選されたばかりだった。
 この囚人たちは、先の四月二八日の攻撃以来連絡を遮断されたままにある(彼らの弁護士さえ彼らには面会できない)。それゆえ情報を集めることも困難になっている。もっとも新しい情報によると、ババ・ジャン、イフティカール・フセイン、アミール・アリが重傷を負っている。
 ババ・ジャンは一見して、指二本を折られ(手も折られている可能性がある?)、顔には深い傷を負い、侮辱を与えるために頭をそられている。他の二人、アメール・カーンとラシド・ミナスの負傷はそれよりは軽い。彼らは、ギリギッド市にあるツィルフィカラバード厳重管理刑務所に移送された。
 パキスタン人権委員会(HRCP)は、五月四日にコミュニケを発した。その中でHRCPは、受け取った情報(それによれば、少なくとも五人の活動家は拷問を受けた)を、「極めて憂慮する」ものと見ている。コミュニケは懸念をもって、「数カ月獄中にある」五人の活動家は、「貧弱な食事と獄にある囚人に課された控訴事実伝達の遅れに抗議したことを理由に、極めて過酷な取扱いを受け続けている」と記している。委員会は、「活動家たちに対する虐待に強く抗議している」。また「五人の政治囚に対して、基本的人権と正当な手続きが拒否されてはならない」、「彼らの拷問に責任のある者たちは、その調査の間停職にされるべきであり、罪があると分かった者たちは法の下で罰せられなければならない、と要求している」。最後に委員会は、「ギルギットの恐るべき情勢を強硬な軍事的対応への極度に頑なな固執によってさらに悪化させることを、政府は止めるべきだ」と結んでいる。
 HRCPは五月七日、連邦と ギルギット・バルチスタンの当局に手紙を送るように、という「緊急アピール」を発した。

政府の失政追及への報復的弾圧


 HRCPが述べるように、五人は、「二〇一〇年一月に起きたアタバードの地滑りを理由とした強制移住の犠牲者のために抗議したことを問われ、投獄された」。この破壊的な地滑りは、フンザ峡谷で起きた洪水によって引き起こされた。二〇一一年八月警察は、関係家族すべてに約束の援助を渡すべきだと要求するデモ隊に発砲し、一人の少年を、次いで彼を守ろうとかけつけた父親を殺害した。この殺人は当地に紛れもない蜂起を巻き起こした。ババ・ジャンとLPPそしてPYFは、これらの事実を全国に知らせる上で極めて活発な役割を演じた。そして彼らが治安機関からしつこく探索された理由こそこれだ。ババ・ジャンは、身を隠しつつ、もし発見されるならば秘密裏に予告なしに処刑されるだろうとの恐れをもちながらも、二〇一一年九月いっぱい、先の任務に身を捧げた。

抑圧激化の底にある現在の背景

 進歩的な労働組合活動家が拷問された所は、ギルギットだけではない。カラチで最近七人の紡織産業労働者に起きた事例でもある。彼らの罪は、経営者のテロ下に置かれている職場に労働組合を作ろうとしたことだった。そしてこれらの事実は、労働組合諸組織、EUの代表者、また反拷問キャンペーンからの国際的抗議を呼び起こした。パキスタンでは、西側をも含んでわれわれが他の多くの国々でも見出すことだが、社会運動を犯罪と見なす政策がある。しかしこの政策はこの地では、極度の社会的、宗教的宗派主義、並びに国家的暴力という状況の中で実践されている。活動家たちは、恐るべき反テロリズム特別法体系の前線に無理矢理引きずり込まれ、ねじ曲げられた罪状(恐喝、殺人、……)で告発されている。現存の当局と抑圧部隊は、処罰を受けることはないという感覚を(不幸なことに十分な根拠をもって)もっている。
 進歩的運動すべては脅迫の下に置かれている。LPPに近い農民組織や労働組合の指導者たちは現在、ギルギットだけではなく、パンジャブやシンドでも抑圧を受けている。抑圧は広がりつつあり、活動家たちの生命を脅かすほどにまで進み、彼らの一定数はここ二、三年に殺害された。たとえば、オカラ軍農場の農民活動家、あるいはファイザラバードの紡織組合の活動家がその例だ。

連帯を示すことが緊急に必要だ


 われわれは、労働者、農民の、民衆的かつ政治的な進歩的運動に対するこのテロ政策に行動を起こさなければならない。パキスタンの活動家たちはわれわれの連帯を必要としている。今日最も急を要することは、ギルギットの五人の拘束者のいのちを守ることであり、反テロリズム特別法体系以前のすべての裁判に終止符を打つこと、そして即刻の無条件釈放を求めることだ。彼らに対するこれ以上の暴力は決して認められず、それに責任のある者たちは裁かれるべきだ。
 パキスタン自身の中ではLPPとPYFによって、多くの抗議行動が呼びかけられてきた。パキスタンとギルギット・バルチスタンの当局が、ババ・ジャンと彼の同志たちに起きることに責任が及ぶと分かるように、連帯が国際的水準でも極めて素早く示されることが非常に重要だ。
 さまざまな連帯の取り組みがすでに起きている。オーストラリア、アメリカ(急進的なエコロジーネットワークの参加と共に)、スリランカなどだ。欧州でも、注目を集める議会のレベルで最初の行動が準備されつつある。われわれはこれらの働きかけについては今後報告するだろう。
 われわれは、連帯を広げより多くの働きかけが行われるよう、今緊急アピールを作成中だ。それらの働きかけには、パキスタン大使館に対する手紙、代表団、またピケットなど、またメディアを通して広げられる情報の発信、連帯ネットワークに宛てられる警戒警報、人権諸組織の声明などが含まれる。
 われわれはあらためて極めて急いで状況を報告するだろう。また、その戦士たちを防衛し彼らの家族を支援するためにLPPが必要としている財政的連帯も呼びかける。

読者のみなさんへ。私たちもカンパを呼びかけます。「パキスタンカンパ」と明記して、新時代社の郵振口座に送ってください。新時代社:00290―6―64430

▼ダニエル・サバイは、NPAメンバーであると共に第四インターナショナルのメンバー。IVアジア通信員の一人であり、「アジア左翼オブザーバー」(http://daniellesabai.wordpress.com/.)というブログも開いている。
▼ピエール・ルッセは、特にアジア連帯に関わっている第四インターナショナル指導部メンバー。NPAメンバーでもある。

イギリス 

ギャロウェイ(レスペクト)
    下院補選に勝利

ソーシャリスト・レジスタンス


 二〇〇三年にイラク戦争に反対して労働党を離れた元労働党議員のジョージ・ギャロウェイが、北イングランドの町、ブラッドフォードで議会に再選された。われわれは、彼とレスペクト党のこのすばらしい勝利を歓迎する。
 既成政党に投票した者は、一〇人に四人しかいなかった。それは、保守・自民(現連立政権を構成する二党・訳者)並びに歳出削減と戦争という彼らの政策に対する拒絶だけではなく、それらと闘う点における労働党の小心さに対する拒絶でもあった。それは高度に多文化的な社会における一〇年近い戦争推進、他の民衆の諸国に対する占領、貧しい者を身代わりにして犠牲にする政策、そしてイスラム敵視、これらに対する拒絶だった。
 それが思い起こさせるものは、英軍部隊にイラクで闘わないよう呼びかけたことが理由でジョージ・ギャロウェイが労働党から除名されたことに続く二〇〇四年一月のレスペクトの船出後、この党が大いに受け取った巨大な潜在力をもつ選挙上の反響だ。
 それはまた、労働党の左に本気で挑む運動を作り上げるための、レスペクトに開かれたもう一つの大きな好機だ。二〇〇五年総選挙においてギャロウェイがベスナムグリーン・ボウ選挙区でオオナ・キングに敗れた後、また南バーミンガム選挙区でサルマ・ヤクーブが得た大衆的支持にもかかわらず、そのような運動を作り上げることにレスペクトは失敗した。労働者階級の代表性という問題に取り組む党の必要性は今日、二〇〇四年当時と同じほど強い。
 ソーシャリスト・レジスタンスのメンバーはこの数年レスペクトのメンバーだった。われわれは、英国内の最も貧困な共同体でレスペクトが勝ち取った支持を、幅広い基盤を持ち民主的な左翼の党へと発展させようとしてきた。レスペクトは、選挙運動期間だけではなく通年的に活動する党として機能しなければならない、われわれはこう主張してきた。われわれはレスペクトを力づけ、勤労民衆の必要に取り組む綱領を発展させようとした。このようなことがらは、緩やかなネットワークや専権的なトップダウンの決定作成過程を基礎にしては達成不可能であり、ただ十分に民主的かつ広範な基盤を持つ党を基礎としてのみ到達できる。われわれは経験に基づきそのように確信する。その方向における新たな進路を設定するよう、われわれはレスペクトに強く働きかける。

▼ソーシャリスト・レジスタンスは、スコットランド社会党、社会主義連合、レスペクト党の再編を支持した英国のマルクス主義者によって、二〇〇二年に創立された。二〇〇九年六月、その支持者は組織を第四インターナショナル英国支部として再確立した。(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年四月号)
  


コラム

原発が止まった日


 五月晴れの空に、脱原発の風がさわやかに吹き抜けた。五月五日。芝公園に集まった人々は、国内「原発ゼロ」の日を祝って、心をひとつにした。
 私は忘れない。昨年の「3・11」と福島原発事故から続く激動の日々を。事故直後には、列車の運行本数が制限され超満員。自転車で勤務先に通った。駅のエスカレーターは停止し、長い階段を上がった。冷え過ぎのエアコンが苦手な私は苦にはならないが、無謀な節電を強いられた高齢者には、暑さで命を落とす犠牲者も出た。
 職場では、お茶を入れる保温ポットが撤去された。蛍光灯が間引きされ、薄暗い室内での作業を強制された。日勤体制は切り崩され、昼夜交代制が復活した。いつ起こるかわからない「無計画停電」に、対象地域の住民は翻ろうされた。
 震災に便乗したリストラ、賃下げ、解雇が横行し、労働組合は受忍した。すべては国と電力資本が、メディアを巻き込んで展開した電力危機キャンペーン、節電大号令のせいである。
 京大助教の小出裕章氏は、「電力不足」のウソを告発し、「自分はそれに呼応した節電はしない」と言い切る。かたや意識的な人々のなかには、「これを機に生活を見直そう」などと、したり顔で唱える者がいる。私は思わず閉口する。電力を浪費するような暮らしぶりの活動家など、いったいどれほどいるというのか。
 「思いやり予算」を享受する在日米軍は、夏休みに本国に帰る際、日本に戻って来る時のために、クーラーをつけっ放しにして部屋を出ていくという。沖縄の基地外米軍住宅の広さは、一戸一〇〇uを超えている。震災で家を失った人々が住む仮設住宅は一世帯二〇数u。この落差は何なのか。未曾有の災害に対応する政府の発想など、しょせんこんなものなのだ。
 小出氏は、節電を仕掛ける側の、動機の不純さを問題にしているのだ。彼は研究室ではエアコンをつけない。自宅にはエアコンがない。晴れていれば自転車で通勤し、雨なら歩く。車は使わない。誰かに強要されてそうするのではない。自分の意思で実行する。そこがポイントだ。
 鎌田慧さんは、「利権のための、利権による、利権の原発。原発はまるで押しかけ用心棒の暴力団。よくもだまして勝手放題、莫大な利益をあげてきたもんだ。目覚めた市民は後戻りしない」(東京新聞・5月8日)と要約した。まったく同感だ。
 さて。同紙による集会参加者数は四〇〇〇人。「警視庁調べ」とある。まてよ。主催者は五五〇〇人と発表したはずだ。私は首をひねったが、やがて思い当たった。横断幕は「さよなら原発GOGO」。五月五日とGOGOをかけ、参加者数までが五五〇〇人。語呂合わせの演出だとしたら、ここまでやるか。思わず苦笑した。       (隆)


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