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    かけはし2012.年4月16日号

「全面可視化」導入に抵抗し
人権侵害の捜査手法を正当化

「捜査手法・取調べの高度化を図るための研究会」報告批判

治安水準の維持
こそが前提条件


  警察庁の「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」(2010年2月発足/国家公安委員会委員長主催)は、取調べの全面可視化へのブレーキと人権侵害に満ちた捜査導入にむけた最終報告をまとめ(二月二三日)、松原仁国家公安委員長に提出した。
 報告の冒頭にとりあえず「近年、真犯人の存在により人違いであることが明らかになるなど、警察の取調べの在り方が厳しく問われる無罪事件等が続き、警察捜査に対する国民の信頼が大きく揺らいでいる」などと危機感の吐露から始めている。ところが「治安水準を落とすことなく取調べの可視化を実現するため」というポーズをとりながら「委員の間における意見の隔たりが大きい論点も少なくなかったことから、結論を一つにまとめることは困難を極めた」が「大きな方向性を示す」ことができたと「自慢」する。その正体は、以下のように警察官僚のシナリオ通りに両論併記の手法を駆使しながら全面可視化導入の「失速と後退」へと導こうとする意図が見えてくる。

密室の取調べ
を維持したい


 第一に報告は、取調べの可視化の対象犯罪として、「全ての事件を録音・録画制度の対象とすべきかどうかについては、現時点で意見の一致は見ていないが、少なくとも、まずは裁判員裁判対象事件を対象とすることが適当であろう」とした。つまり、裁判員裁判対象事件以外の身柄拘束事件、微罪事件等は、警察署の密室の取調べで行うから、権力の裁量によっていつでもデッチ上げが可能になる危険性がある。
 そもそも代用監獄制度を前提にした論議の欠陥がここには内在している。報告は「『えん罪』防止」の取組みなどと繰り返し言っているが、最初からそのインチキが明らかなのである。あげくのはてに「取調べの全過程を録音・録画の対象とすべき」の意見に抵抗して「録音・録画の実施・不実施は、捜査機関が個別具体的に判断する仕組みとせざるを得ない」との意見を押し出し、「このように、録音・録画を捜査機関の義務とすべきか否かについては、意見が分かれたところである」と強引に集約してしまう。要するに、アリバイ的に「録音・録画の試行を実施すべきである」と言うのだが、権力の本音は、密室下において人権侵害、脅迫などの拷問に近い取調べを行い、取調官に都合がいい「よいとこどり」の維持なのだ。
 「知的障害を有する被疑者に係る試行の在り方」では「可能な限り広く録音・録画を実施すべきである」としたが、決して弁護士立会い権の制度化、義務化について掘り下げることはしない。可視化のみだけでは「知的障害」者のえん罪が再犯されるのは必至だ。

被疑者の虚偽
供述処罰化とは

 グローバルな派兵国家建設の一環である新たな治安弾圧体制の構築のために研究会は、報告の第二の柱として「捜査手法の高度化」で以下のような人権侵害捜査の導入を提示している。
 報告は、「治安水準を維持していくためには、客観証拠による的確な立証を図ることが可能となる捜査手法を不断に検討する必要がある」ことを強調し、だからこそ「捜査手法の高度化」は「取調べへの過度の依存を排し客観証拠を的確に収集する必要性は極めて高い」有効な捜査法と主張する。つまり、全面可視化よりも「捜査手法の高度化」が必要であり、「引き続き検討する」とワンクッションつけながら押し出している。
 その魂胆が最も現れているのが、黙秘権や弁護権を否定する「被疑者・被告人の虚偽供述の処罰化」(捜査段階又は公判における被疑者・被告人の虚偽供述・偽証を処罰する)であり、「黙秘に対する推定」だ。
 この制度は被疑者・被告人が黙秘権を行使したら、その報復として権力に都合がいい事実のデッチ上げが可能という超反動の手法だ。報告は、「今後、取調べの可視化の拡大や被疑者・被告人側の意識の変化によって、黙秘する被疑者が増えることも考えられることから、検討の余地がある」と敵対表明し、わざわざ「不合理な弁解、黙秘及び否認をすることにより不利益を受けることは当然」という意見まで紹介する始末だ。さすがに「憲法上の自己負罪拒否特権等との問題」について、すなわち黙秘権を否定する違憲性が成立しているため「整理する必要があるため、引き続き、検討が必要である」とまとめた。だがその本音は、なんとしてでも実現するために「決意表明」することにある。
 「DNA型データベースの拡充」は、外国事例を動員して「犯罪予防等を目的」のために「捜査が終了した事件の被疑者や有罪確定者等からDNAを強制的に採取し得る制度」制定をステップにして、対象を一般化しようとしている。個人情報であるDNAを国家権力が一元的に管理し、個人のプライバシー権、自己情報コントロール権侵害の合法化だ。民衆支配の強化の危険性を暴露していかなければならない。
 「通信傍受の拡大」は、すでに政党、市民運動、活動家なども含めた広範囲にわたって行われているにもかかわらず盗聴の「実施件数が年間で20件から30件程度」とウソ報告し、「年間で数千件以上に上る諸外国に比べて著しく少なく、通信傍受制度は十分な機能を果たしているとは言い難い」から組織犯罪に限られている現状を改悪せよという意図が明らかだ。「憲法により保障されている通信の秘密」との関係で「安易に緩和すべきではない」という意見を紹介しつつ、「通信傍受の実効性を担保し、より効果的・効率的な運用を図るためには、通信事業者の協力義務の在り方、技術的な問題を解決するための措置、令状発付の迅速化方策、傍受によって得られた所在情報の捜査への利用等についても、法律上の措置も視野に入れ、速やかに検討を進めることが望ましい」と結論づけている。
 民衆管理のための盗聴監視のすすめだ。「通信事業者の協力義務の在り方」にまで触れているように警察官僚にとって盗聴拡充合法化は統治能力の強化のために欲しくてしようがない手段なのである。

盗聴・盗撮の
技術的高度化


 この延長にあるのが、「会話傍受」だ。目的のために事務所等の住居不法侵入を認め盗聴器・盗撮カメラをセットしたり、対象者の言動などの盗聴や盗撮の合法化である。「米国やイタリアでは、通信傍受と同じ枠組みにより会話傍受が可能となっている」から日本も導入せよと号令をかけ、「組織性の高い犯罪における謀議の捕捉、密行性の高い犯罪における実行行為や事前・事後行為の捕捉、短期間での携帯電話の交換等の通信傍受への対抗手段に対応する必要性等が挙げられた。また、暴力団事務所や振り込め詐欺の拠点等に対する捜査に有効と考えられるといった点を考慮すれば、導入を検討する余地はあると考えられる」とした。
 対象を暴力団事務所等をあげているが、過去において政党、市民運動事務所等で盗聴器が発見されている。つまり、公安政治警察の盗聴・盗撮行動は「既成事実」として白々しく違法行為の合法化を主張している。こんな身勝手な権力の暴挙を許してはならない。
 「仮装身分捜査」は、潜入捜査、おとり捜査の拡充だ。公安政治警察では常套手段として行っているが、「個人の意思の制圧や身体・財産等への制約が想定されず、人権と衝突する側面が比較的少ないと考えられる」とわい曲し、「その実効性が向上されるという観点からも検討することが望ましい」とまとめた。「話し合ったただけで罪にできる」共謀罪制定とセットであることは間違いない。
 さらに「捜査手法の高度化」は、被告人を「自白」誘導し、デッチ上げが可能な手段として量刑減免制度/王冠証人制度(捜査などへの貢献度合いに応じて刑の減免制度)/司法取引(自己負罪型・捜査協力型)、/刑事免責(自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪立証の証拠としようとする制度)/証人を保護するための制度も「引き続き検討」するとした。
 また、捜査段階における文書提出命令/事業者等のデータベースに記録されている情報の適切な期間の保存/捜査機関による事業者の各種データベースへのアクセスなども同様に「検討」扱いにした。

新たな治安弾圧
体制を許さない


 研究会の最終報告は、三月一六日の法制審議会(法相の諮問機関)「新時代の刑事司法制度特別部会」の「論点整理」(新たな刑事司法制度/供述証拠の収集/客観的証拠の収集/公判段階の手続き/捜査・公判を通じた手続き)が公表されることを見すえ、警察庁イニシアチブを確保するために明らかにした。
 続けて警察庁は、ダメ押しで「捜査手法、取調べの高度化プログラム」(三月二九日)を公表し、「取調べの録音・録画の試行の拡充」に触れながら、「最終報告に盛り込まれた捜査手法の検討」を埋め込み「協議、検討を進める」ことを宣言している。報告の反動性は明白だ。警察官僚は、取調べの全面可視化導入よりも「捜査手法の高度化」を優先し新たな治安弾圧体制作りを目指している。
 警察の任意の取調べも含めて全過程の録音・録画の即時導入せよ。人権侵害に満ちた取調べの温床である代用監獄の廃止。証拠の全面開示、弁護人立会権を認めろ。民衆に敵対する報告の反動性を暴露し、権力の野望を打ち砕いていこう。
       (遠山裕樹)

3人の死刑執行に抗議する

死刑廃止条約の批准を求めるフォーラム90

 三月二九日、東京・広島・福岡の各拘置所で三人の死刑が執行された。二〇一〇年七月、千葉景子法相の下で行われた二人の死刑執行以来、一年八ヶ月ぶりに小川敏夫法相が行った執行命令に強く抗議する。非人道的な死刑制度の廃止に向けて世論を動かそう。死刑廃止フォーラム90の声明を転載する。
                                (編集部)

 本日(3月29日)、松田康敏さん(44歳:福岡拘置所)古澤友幸さん(46歳:東京拘置所)上部康明さん(48歳:広島拘置所)に死刑が執行されたことに対し、強く抗議する。
 2010年7月27日から1年8ヶ月間、3人の法務大臣によって、死刑執行停止状態が継続され、法務省内では、死刑の是非を巡って勉強会が続けられてきた。そして、この勉強会がきっかけとなって、死刑制度について政府や国会だけでなく、広く社会一般に議論が広がることが期待されていた。
 しかるに、小川敏夫法務大臣は、十分な議論もまったくないまま、検察・法務官僚に指示されるままに勉強会を終了させ、死刑を再開した。これは、官僚主導を廃し政治主導の政治を目指すという民主党政権のマニフェストに真っ向から反するものであって、およそ許されないことである。
 また、就任後わずか2ヶ月間しか経過していない段階での十分な記録の検討もされないままの拙速を極めた執行であり、慎重のうえにも慎重でなければならないという法務大臣の職責を放棄するものであって、強く非難されなければならない。
 小川法務大臣は、死刑執行後の記者会見で、「刑罰権は国民にある。国民の声を反映するという裁判員裁判でも死刑が支持されている」と述べたが、これはまったくの誤りである。死刑の是非は、国民の支持・不支持によって決められるものではない。民主主義の理念と人道主義のもとに高度な政治的な判断によって決められるべきものである。
 上部さんは、一審の段階で心神耗弱の精神鑑定が出されていた。松田さんも知的に限界級と鑑定されていた。いずれも責任能力の有無について、死刑の判決の是非が問われていたケースである。とりわけ、松田さんの場合は、弁護人に再審請求を依頼し、弁護人もその準備に着手していた。上部さんは、再審弁護人との接見において秘密交通権が保証されていないことに対して、これを違法として国賠訴訟を提起したこともあった。死刑執行は当然に回避されるべきケースであった。
 死刑には犯罪抑止の効果はなく、また、被害者の救済や社会の平穏にも資するものではない。死刑は人道と民主主義に反する。
 私たちは、死刑の廃止を願う多くの人たちとともに、また、小川法務大臣に処刑された松田さん、古澤さん、上部さんに代わり、そして、死刑執行という苦役を課せられている拘置所の職員に代わって、小川法務大臣に対し、強く、強く抗議する。
  2012年3月29日

フクシマ原発事故
一年にあたって

ニュージーランド/D・M


 私は、日本での恐ろしい地震と津波一周年にあたって、メールを送りたいと思います。
 今日(三月一一日)、オーストラリアのメルボルンで反核集会があり、「インターナショナル・ビューポイント」に掲載されたJRCLのKさんの文章(One Year after Fukushima Nuclear Disaster)を オーストラリアとニュージーランドの左翼の人々に配布しました。
 ニュージーランドの国際主義社会主義組織(ISO)を代表して、JRCLのすべてのメンバーに連帯を表明するとともに、昨年、友人、家族、愛する人々を失ったすべての人々に、哀悼の意を表します。
 災害後の原子力緊急事態と家を失った人々の絶望、そして破壊のひどさは、自民党であれ、民主党であれ、日本の支配階級の道徳的・政治的破産を示すものです。
 反原発運動の成長は、未来が日本の労働者のものであり、日本革命的共産主義者同盟が表現する解放の政治に未来があることを示しています。
 日本の労働者階級万歳! JRCL/NCIW万歳! 原子力産業をぶっとばせ!

 連帯をこめて

 


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