全原発の運転を止めろ いのちを守れ
福島現地の行動と連帯し政府・
電力企業の巻き返しSTOP |
東電本店前で
アピール行動
三月一一日、東日本大震災・福島第一原発事故から一周年にあたり、東京でもさまざまな行動が取り組まれた。午前一一時から、〈フクシマ事故から一年、「もう原発はいらない!」3・11東電前【大】アクション!〉が東電前アクション!の呼びかけによって行われ、一三〇人以上が参加した。ロイターをはじめ海外のメディアがたくさん取材に訪れた。
呼びかけ人が「@東電は加害者としての責任をとことんとれAもう原発を動かすなB企業としての生き延びるための見苦しいそろばん勘定をやめろ」と行動の趣旨を述べた。尼崎でJR西が引き起こした尼崎事故の責任追及やアスベスト問題と闘っている仲間が「京都では昨日六〇〇〇人で集会を成功させ、大阪でも一万人集会を行っている。大飯原発の再稼働を許さない」と訴え、これから郡山の集会に参加することを表明した。たんぽぽ舎は「原発は安い電力料金ですむという神話を逆手にとって電力料金を値上げしようとしている。こんなウソがあるか。事故の責任をとれ」と迫った。
福島原発事故緊急会議の木村さんは「大飯原発3・4号機のストレステストを行った。三月一三日に第五回の原子力安全委員会があり、さまざまな問題が指摘されているにも関わらず、稼働しても安全であると結論を出すだろう。これを認めない傍聴活動をしよう」と呼びかけた。
イタリア人の反原発活動家のアンジェロさんが「世界中の目があなたたち見ている。怒って下さい。これは人間の問題だ」と訴えた。江東区竪川での野宿者強制排除と闘う仲間が経過の報告と支援を訴えた。また、もんじゅの仕事についたことのある原発労働者が四次下請けで働き、正規職員の半分の給料であった劣悪な条件を述べ、当時から原発を解体しなければならないと闘ってきたことを報告し、参加者から大きな拍手を受けた。新潟市からやってきた仲間から東電柏崎・刈羽原発を動かすなの訴えなどがあった。
鳴り物や歌での訴えなどさまざまな工夫に満ちた行動が午後一時頃まで行われた。東電柏崎・刈羽原発が三月二六日に定期検査に入り、原発が止まる。残るは北海道の泊原発のみになり、これも四月末には定期検査に入るということで、原発ゼロの日が近づく。再稼働阻止のために3・26に東電前アクションを行うと呼びかけがあり、全体で確認して行動を終え、次の行動へ参加した。
一万人以上が
都心をデモ行進
午後二時から、日比谷公園中幸門に集まり、「3・11東京大行進〜追悼と脱原発への誓いを新たに〜」が首都圏反原発連合の呼びかけで行われ、一万人以上が参加した。
首都圏反原発連合、3・11再稼働反対!全国アクション、さよなら一〇〇〇万人署名運動、いわきアクションママの会、ドイツ緑の党の連邦議員、中沢新一さんなどの発言が行われた。ステファノ・トドラさんが追悼の歌を披露し、東日本大地震の行った午後二時四六分に一分間の黙祷を行い、犠牲者の追悼を行った。午後三時からデモが出発したが、一時間経ってもまだ最後尾のデモが出発できず、日比谷を一周してきたデモ隊と合流する程の人の集まりであった。外国人の参加や若者・女性の参加も目立った。
(M)
国会ヒューマンチェーンが成功
警察の不当規制をはねのけ
続々と押し寄せる人の波
どこが最後尾な
のかわからない
東日本大震災と史上最悪の福島原発事故から一年目に当たる三月一一日、福島郡山市での「原発いらない!福島県民大集会」を筆頭に、日本全国で、脱原発、再稼働ヤメロ、の大きな叫びがこだました。
東京でも、都内各地でさまざまな取り組みが行われたが、それらの最後として、午後五時からの「原発ゼロ!国会囲もうヒューマンチェーン」と午後六時からの「首相官邸前アクション」が行われた。主催は「3・11再稼働反対!全国アクション」。
事前の予定では、午後四時社会文化会館前集合、そこから国会へ、という手順になっていた。午後四時過ぎ、押しかけた右翼の宣伝カーが口汚くがなり立てていたが、そんなものは無視し簡単な集会が開かれ、社民党の福島みずほ党首、福島原発事故緊急会議被曝労働プロジェクトチームの代表などから発言を受けた。時間が迫る中その時までにここに集合していた参加者はその後すぐ国会に向かった。ところが実は、都内各地の取り組みに参加した人々は直接、続々と国会につめかけていた。すでに国会周辺には、どこが最後尾なのか分からないほどに人の列が続いていた。
この日の警察の対応は極めて横暴なものだった。何の法的根拠も示さず、国会敷地に接する歩道への立ち入りを遮断し、首相官邸から議員会館前を通る歩道も通行させない。主催者の厳しい抗議にも一切応じない。国会包囲はやむなく、国会敷地を周回する広い道路を挟んだ外側からのものとなった。
キャンドルの灯
がともされた
しかしこのような警察の妨害を笑うかのように、ヒューマンチェーンへとつめかける人波は、日比谷公園方向から、また周辺の地下鉄駅から途切れることなく続いた。国会周辺には何重もの人垣がつくられていった。国会が事実上包囲されていることを参加者の誰もが実感した。連れだって少人数ずつ参加していると思われる若者たちがかなり多い印象を受けたが、それもこの日の特徴と思えた。
しかし国会敷地は広大、この人垣の中では全体がどうなっているのか、正直皆目分からない。一帯が暗くなる中、主催者が配り歩いていたキャンドルに火が灯され、その明かりが点々とはるか先へ連なっていることだけが確認できた。そうこうしているうちに、ハンドマイクを手にした主催者スタッフが人垣に沿って歩きながら、一万人以上の参加で国会包囲が事実上完成した、と参加者に知らせた。参加者の実感はあらためて確認されが、さらに何かする時間はなかった。
警察の無法な規制に加え参加者の多さもあいまって、予定時間が大幅に超過していた。この後すぐ首相官邸前アクションが呼びかけられ、ヒューマンチェーン参加者のかなりの人が首相官邸方向に移動、官邸に続く歩道も長い人波でぎっしり埋められた。
首相官邸前で
要請アクション
参加者有志が何人か発言する内に官邸から係官が到着、行動は直ちに、再稼働ヤメロ、全原発廃炉の要請へ移った。全国アクション実行委員会、さらに浜岡、泊、伊方、玄海、そして福島の各原発現地からの、もう原発を動かさず廃炉にしろ、との痛切な思いのこもった七通の要請書、要求書が各々読み上げられ、先の係官に直接手渡された。そして参加者は、東電アクションの仲間の音頭による、再稼働ヤメロ、すぐ廃炉のコールを力の限り首相官邸に叩きつけこの日の行動を締めくくった。
日本の支配層の原発再稼働の意志は明白だ。その策動は焦りもあらわに激しくなっている。しかし、彼らの信用、「権威」が今や地に落ちていることも明らかだ。彼らにはまさに大義がない。そしてその対極に、この日の行動を作り上げた人々の静かなエネルギーがある。再稼働阻止、全原発停止の実現、そして廃炉へ、さらに声を高め広げそれを現実のものにしよう。(谷)
バイバイ原発きょうとに6000人
多様でエネルギーあふれる
原発NOの集会とデモ
三月一〇日、円山公園で「バイバイ原発3・10きょうと」の集会・イベントが開催された。
アイリーン・美緒子・スミスさんをはじめとする一四人の呼びかけによる実行委員会の主催で、京都のさまざまな運動を代表する一三九団体と一六六人の個人が賛同に加わった。
メイン集会が始まる午後二時には会場の円山野外音楽堂は満員。開会前の歌・踊り・鬼剣舞のアトラクションで、すでに盛り上がっている。会場の外に続々と労働組合や市民団体の集団が集まるが、入りきれない。
日本でもよう
やくこの日が
黙祷、主催あいさつに続いて、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんのスピーチ。「今日はこんなにたくさんの人が集まってうれしいが、あまりにも遅かった。……放射能管理区域、つまり原子力を扱うことを職業とする人以外は入ってはならない危険な区域が広がっている。……、私は非力だけれども、あきらめずに、自分がやるべきことをやりたいと思っている」。小出さんは、一九八六年のチェルノブイリの事故の後、オーストリアのウィーンで行われた原発反対のデモを思い起こし、人々が動員されたわけでなく一人一人が自分の思いを表すために集まったことに感銘を受けたことを語った。オーストリアは、すでに完成していた原発を一度も運転することなく廃炉にすることを決定している。人々が自分の意思で原発を止めようと思ったらできるのだとそのとき確信した。そして日本でも「ようやくこの日が来たと思う。力を合わせ、一人一人の個性を発揮して、原子力を廃絶したい」と締めくくった。
次に「さようなら原発一〇〇〇万人署名」京都の会の石田紀朗さんが大飯原発再稼働に反対する緊急の行動への参加と、一〇〇〇万人署名の成功を訴えた。
各地からのメッセージ、参加している国会議員の紹介(共産、民主、社民から四人が参加)に続いて、「制服向上委員会&橋本美香」のライブ。原発に反対するメッセージをはさんで「原発さえなければ」と「脱・原発の歌」の二曲で、若者の率直な思いを伝えた。
新しい一歩を
踏み出す実感
集会決議の後、「ウィ・シャル・オーバーカム」の大合唱の中、デモに出発。鳴り物、仮装、風船、デコレーション、二台のトラクターまで登場する賑やかなデモが延々と続き、最後尾のサウンド・デモが公園を出発するまでに一時間かかった。週末の四条通、河原町通りは観光客やショッピングを楽しむ人たちでにぎわっている。
若い人たちは「こんなに人が集まったのは初めて」、全共闘・反戦青年委員会の世代と思われる人たちは「こんなデモは何十年ぶりだろう」。おそらく六〇〇〇人近い。共産党系の労働組合や諸団体の大結集が目立つが、党派の垣根を超えた一体感と、新しい一歩を踏み出しつつあるという予感にあふれた集会・デモだった。 (KH)
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