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    かけはし2012.年2月6日号

郵政期間雇用社員の65歳
一斉雇い止めは違法だ!

「65歳解雇裁判支える会」結成総会



一万四千人に
雇用契約不更新
 一月二五日東京・神田公園区民会館で、「郵政非正規社員の『定年制』無効裁判を支える会」の結成総会が開催された。
 二〇一一年九月に日本郵政は、「期間雇用社員が六五歳を超えた場合には原則として雇用の更新を行わない」とする就業規則を理由に、全国で一万四〇〇〇人の期間雇用社員を一斉に雇止めをした。しかしこのような規定は、採用時には説明すらされていない。単に年齢だけを口実に、非正規社員の雇用契約を更新しないとする郵政事業株式会社に対して、五人が原告となって反旗を翻し地位確認と未払い賃金の請求、損害賠償請求裁判を起こした。

三点にわたり
不当性を指摘
 弁護団の長谷川弁護士が、この雇止めの違法性を追及する裁判の三つのポイントを説明した。
@ 公序良俗違反
 正社員と比較して期間雇用社員には昇給もなく、まして退職金も支払われず、厚生年金も少額である。一方非正職員には通常、定年は観念されず、労働能力がある限り働き、労働に不適切と判断された場合に契約更新されず雇い止めとなった。六五歳以上であっても、原告たちには経験と熟練したスキルがあり、期間雇用者に定年制を当てはめることは合理性を欠き、一律に雇用契約上の地位を奪うものである。
A 雇用対策法違反の年齢差別
 雇用対策法第一〇条では、「……募集及び採用について、……その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない」とし、年齢制限を禁止し、例外事由として「期間の定めのない契約」を挙げている。その逆を言えば、有期雇用契約の場合には、年齢に関係なく、応募した労働者の技能などで採用の可否を判断すべきということだ。さらに会社側が根拠とする就業規則は、雇用対策法一〇条に反して違法・無効である。
B 解雇権濫用
 原告らの有期雇用契約は、長期間にわたって反復更新されてきた。にもかかわらず、就業規則の年齢規制について周知されていなかったことを、会社自身が認めている。原告らは雇用の継続を前提として生活設計を組み立てており、原告らの雇用契約は、期間の定めのない契約と実質的に異ならない。解雇権行使が社会通念上相当であると認められない場合は、権利の濫用である。

全国運動で年
齢切り撤回を
 非正規労働の問題が深刻化するなか、「非正規を一方的に年齢で切る」やり方を許せないとして、けんり総行動を闘う仲間たちにより「65歳解雇裁判支える会」が結成される運びとなった。
 会の代表には平賀健一郎さん(中小労組政策ネット事務局長)が就任し、「郵政を社会的に包囲し、六五歳解雇を撤廃させる全国的な運動をつくろう!」と呼びかけた。
 支援労組からは、郵政産業労働組合の広岡委員長が「経営責任による赤字を、労働者へ押し付けている」と批判。キヤノン偽装請負で、同じく非正規問題と闘う阿久津真一さん(キヤノン非正規労働者組合)をはじめ、首都圏なかまユニオン、N関労、全石油昭和シェル労組、東京管理職ユニオン、東京労組などから連帯メッセージが送られた。また電通労組の日野正美さんからは、一年契約更新を受け入れなければ六〇歳で定年とする会社側に対して、継続雇用を求める闘いについて報告された。
 最後に会場へ駆けつけた原告は、「公社時代には、いつまでも働いてよいと言われた。しかし民営化後に定年規定が設けられたのに、さっぱり教えられなかった」と憤り、「自分を奮い立たせて、死ぬまで頑張っていきたい!」と、二月九日の第一回公判へ向けての決意を表明した。
(大望三)

読書案内

直野章子著/平凡社新書/840円+税

『被ばくと補償』

被害を切り捨てる論理


被害の区分化
と序列化批判
 見慣れている図や言葉だから、次のように指摘されると、忘れ物に気付かされたような気持ちになった。同心円の図と「被爆者」あるいは「被曝者」という言葉についてである。「同心円のイメージは、原爆被害を『広島』『長崎』という場所に閉じ込める役割も果たしてきた」こと。著者の言う通り、確かに原爆被害者は全国にいや、朝鮮半島をはじめ世界の国々にいる。もう一つは「原爆被害者を『被爆者』と名付け、原爆被害を放射線被害という枠組みに閉じ込めてきた…」「被害の範囲を定めて境界線を引き、多種多様な被害の様相を一つの尺度で序列化すること」も。これらは福島第一原発事故についても言えるからだ。ちなみに、この著書のタイトルは『被ばくと補償』である。

受忍論の根底
にあるものは
 著者は、〈はじめに〉で「被爆者と同じように、原発事故の被害者も補償を拒否される可能性がある」「…被害をもたらした加害者が保護され、原発制度が生き延びる可能性も高い」、だからこそ被爆者運動の歴史から学ぶことが大切だと、主張する。
 よく知られているように、原爆被爆者には、政府は戦後一〇年以上何の援護策もとることなく、放置していた。一方で、あの悪名高きABCC(現在の放影研)の「治療なき調査」は、日本の科学者も協力して積極的に行われた。そして、放射性降下物はなかったとし、被爆者の苦しみを拒否した。また、広島と長崎に原爆を投下したマンハッタン計画にかかわった科学者たちによってつくられたICRPも、核兵器・原発大国の利益を守るため、「科学」の名を被せた虚構の情報をたれ流してきた。政府も、これを「基準」にして内部被爆を否定し、認定制度を通して、被爆者を切り捨ててきた。著者は、被爆者の運動を、このような「科学」による選別と、もう一つ重要なのが「受忍」の強制に対する闘いだったとする。「規範論として発展してきた受忍論の前提にあるのは、国家のためならば国民がその命をも犠牲にして当然という考え方だ」。戦争という非常事態では、国民皆が等しく犠牲となったので、(原爆も空襲も)我慢―国家補償はしない、ただし、旧軍人・軍属とその遺家族は別!―する義務がある、ということだ。

「我慢」強要する
「がんばろう」宣伝
 三・一一以降、ABCCの系譜を引く「科学」者たちが、今度は福島で、「健康調査」の名のもとに、同じことを繰り返そうとしている。また、政府・東電・「科学」者たちはこの間、マスコミを動員し、原発事故という非常事態を理由に、ICRPの何の科学的根拠もない「許容量」で我慢=被爆を強いてきた。彼らは一貫して事故を隠し、あるいは過小評価してきた。人の命より原発推進体制を守ることの方が大切なのだ。?がんばれ東北、がんばれ日本≠フ大合唱は、そのような「受忍論」を覆い隠しているのではないだろうか。福島県いわき市市議で脱原発福島ネットワーク世話人の佐藤和良さんが、被曝者援護法制定のための取組みについて報告していた(昨年秋の大阪での集会)。読みながら思い出した。   (努)



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