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    かけはし2012.年2月13日号

普天間基地即時返還の闘いを

沖縄米軍基地

「日米合意」に風穴が開いた

野田政権は沖縄の総意に基づく対米交渉へ


パッケージ案
は撤回された


 二月五日公示、二月一二日投票の沖縄県宜野湾市長選を前にして、沖縄米軍基地をめぐる政治情勢に重大な変化がもたらされようとしている。米軍再編に関する二〇〇六年の「日米合意」の柱である、「普天間基地に代わる新基地(辺野古沖)の完成と移転の完了を待って在沖米海兵隊八〇〇〇人のグアム移転を行う」といういわゆるパッケージ案の見直しが米政府から提示されたのである。
 オバマ政権が打ち出した米軍の新戦略は、深刻な財政危機の中で在外米軍基地の整理を推進しつつ、グアム、ハワイなどの太平洋地域の「在外領土」の基地機能を強化しようとするものである。ベトナム、フィリピンなどをも組み込みながら中国の海洋戦略と対決するための機動的かつ柔軟なアジア太平洋重視の軍事態勢がそれである。オーストラリア北岸のダーウィン豪軍基地に米海兵隊員を常駐させ、その数を二五〇〇人にまで増強させようという方針はその現れである。在沖米海兵隊兵力のこれら地域への分散配置も構想されているのだ。
 こうした「柔軟・機動的」な新米軍戦略にとって、「県内移設反対」で一致した沖縄民衆の闘いによって辺野古新基地建設が阻止され、米海兵隊のグアム移転が進まない状況を突破することが緊急の課題になっていた。米議会が二〇一二会計年度予算から、在沖海兵隊のグアム移転費用を全額削除したことは米政府・軍部の危機感を強めた。
 そこで「不動のもの」とされた二〇〇六年「日米合意」を見直し、辺野古新基地建設と切り離して海兵隊のグアム移転を先行的に開始することを、米政府は日本政府に「通告」したのである。これは「辺野古新基地建設案」が事実上破たんしていることをオバマ政権が事実上認めたことにほかならない。

勝利の展望が
切り開かれた


 二月四日付の「沖縄タイムス」紙は「米、辺野古断念へ」と一面トップで打ち出し、「崩れた日米合意」「県民総意 扉開く」「財政難米が決断」などの大見出しが躍った。同記事は述べている。
 「在沖米海兵隊のグアム移転計画をめぐり、米国防総省が米議会との水面下の交渉で、米軍普天間飛行場の、名護市辺野古沖への代替施設建設を断念する意向を伝達していたことが三日、分かった。同飛行場の移設・返還については日米間で協議をやり直す見通し。複数の米議会筋が本紙の取材に対して明らかにした」。
 「米上院のレビン軍事委員長(民主)とマケイン筆頭委員(共和)、ウェッブ外交委員会東アジア太平洋小委員長(民主)は、昨年5月、在沖海兵隊のグアム移転計画について、巨額を要するため必要性に疑問を提示。『計画は非現実的で実現不可能』と述べ、普天間飛行場の名護市辺野古への移設を断念し、米軍嘉手納基地への統合の検討を含めた現行計画の見直しを米国防総省に要請していた」(「沖縄タイムス」電子版、二月四日)。
 この「米、辺野古断念へ」の衝撃的で重要な記事を、日本のマスメディアは一様に無視している。そればかりか「(普天間)基地固定化の懸念」とかいった否定的なトーンに貫かれている。しかしここで確認しておかなければならないことは、政府やマスコミが沖縄の人びとや日本の民衆に対して「変更不可能」と思い込ませようとしてきた「新基地県内移設」の日米合意が、完全に「変更可能」であることが当事者の米国政府によって明らかにされたことである。一五年におよぶ辺野古住民を先頭とした不屈の闘いが、それを手元に手繰り寄せてきたのである。
 もちろん楽観はできない。日米両政府は「辺野古新基地建設」の建前を当面崩そうとはしないだろう。「辺野古新基地建設断念」ということになれば「危険な普天間基地がそのままになってしまう。それでもいいのか」という脅しがかけられるだろう。しかし沖縄の民衆は、この機会をつかんで「普天間基地の即時無条件撤去」の闘いを強めようとしている。それはまた沖縄からすべての米軍基地を撤去させる展望に大きく道を開くだろう。
 「本土復帰」四〇年の今年、いまこそ沖縄民衆を孤立させない日本の労働者民衆の闘いをさらに大きく作りだそう。米軍「グアム移転費用」の支出停止、米海兵隊「ローテーション」費用負担拒否、「思いやり予算」全廃を要求しよう。

日米の軍事植民
地支配打倒へ!


 「日米合意」の見直しが進行する中で、この間、沖縄の人びとを蹂躙する防衛省沖縄防衛局の植民地支配者としての傲慢きわまる姿勢が、沖縄の人びとのヤマトへの怒りをさらにかきたてている。田中聡沖縄防衛局長(当時)の「レイプ」発言と更迭、一二月二八日未明午前四時に真部朗防衛局長の陣頭指揮で県庁守衛室に持ち込まれた辺野古アセス調査書、そして真部が宜野湾市長選に向けて同市に住民票を持つ職員や同市在住の親戚がいる職員に対して行った投票誘導の「講話」などなど。
 一九九七年一二月の辺野古基地建設の是非を問う名護市民投票において、当時の那覇防衛施設局職員が総がかりで「市民投票で賛成を」と戸別訪問して圧力をかけたことは、名護市民をはじめとする沖縄の人びとの記憶に深く刻まれている。
 そこに見られるのは、まさに米日の共同軍事植民地の行政・軍事機構としての沖縄防衛局の姿である。真部沖縄防衛局長、田中防衛相はただちに辞任せよ。
 いま「日米合意」・「辺野古新基地」見直しの中で、「辺野古環境アセス報告」を全面的に廃棄することは、きわめて当然の要求だ。そして高江ヘリパッド建設のための工事強行、普天間基地へのオスプレイ配備を阻止するためにともに闘おう。
 「日米合意」の見直しから、「合意」そのものの廃棄へ! 日本の労働者民衆は、野田政権に対して「普天間基地即時返還・辺野古新基地建設断念」のために毅然たる「交渉」を行うよう要求する。
     (二月五日 純)


一坪反戦関東が防衛省行動
高江米軍ヘリパッド建設を
断念せよ、工事再開許すな


住民への暴力
的敵対やめろ
 一月三〇日、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックは沖縄・東村高江の米軍ヘリパッド工事着工の中止と建設断念を求める対防衛省申し入れ行動を行った。
 一月一七日から、防衛省・沖縄防衛局は、高江ヘリパッド工事着工を再開した。その際、沖縄防衛局は重機のアームを振り上げて抗議する住民を威嚇したり、住民の近くで大音量の拡声機を使って嫌がらせを行った。騒音は七五デシベル、時には八〇デシベルを超えるほどのものであり、住民は耳栓をしてこの「音の暴力」に耐えたが、しばらく頭痛に悩まされることになった。
 昨年六月、米軍は普天間基地への垂直離着陸機MV22(オスプレイ)の配備を公式に発表した。高江のヘリパッドがオスプレイの訓練場(オスプレイパッド)になることは明らかとなった。沖縄県議会はオスプレイ配備反対を決議した。昨年九月、国頭村議会が、つづいて一二月には東村議会もオスプレイの配備に反対を全会一致で決議した。一時は高江ヘリパッド建設をやむをえないとして受け入れた東村議会の今回の決議は「オスプレイの配備で今以上に被害が増すようであれば、高江のヘリパッド移設工事も看過できない」として、高江ヘリパッド建設そのものに反対する姿勢を打ち出した。
 普天間基地の「県内移設」にもオスプレイの配備にも反対することが、全沖縄の意思となっていることが明確になっている以上、高江ヘリパッド建設強行は決して許されることではない。沖縄防衛局による工事の再開は、追いつめられた防衛省、沖縄防衛局、そしてその背後にある米軍の焦りの表れだ。

ヘリパッドNO
は県民の総意だ
 午後六時半から東京・市ヶ谷の防衛省前で行われた集会では、高江の住民の会からのメッセージが紹介されるとともに、山城博治さん(沖縄平和運動センター事務局長)からの携帯電話によるアピールが寄せられた。さらに「沖縄を踏みにじるな!緊急アクション(新宿ど真ん中デモ)」から二月一五日の防衛省抗議デモの呼びかけが行われた。また竪川河川敷の野宿者排除に抗議して駆けつけた「辺野古に基地はいらない!京都行動」の仲間もこの行動に参加し、京都で毎週行われている街頭宣伝活動について報告した。
 上原成信さん(関東ブロック前代表)は普天間の一坪反戦地主として発言した。上原さんは、山内徳信参院議員を団長とする沖縄からの市民訪米団の活動を報告し、米議会の四人の議員が「沖縄の基地をもうなくしたらどうか」と訴えている、と語った。
 一坪反戦地主会関東ブロック、「沖縄を踏みにじるな!緊急アクション」、日韓民衆連帯全国ネットからの申し入れが防衛省側に手渡され、「高江ヘリパッドを作るな!」「辺野古に基地を押し付けるな」のシュプレヒコールが寒空に響きわたった。   (K)


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