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    かけはし2012.年1月16日号

野圏は再編、与党も波動待ち
アン院長は第3勢力の新党か

4・11総選挙で耳慣れた党名はない?


 現在、最大の政治的懸案は韓米自由貿易協定(FTA)だ。けれども、さまざまな政治勢力はその先の来年4月の総選挙に向けてあわただしく動いている。
国会や与野党本部などが集まっているソウル汝矣島では各種の新党設立が乱舞している。ひょっとしたら、もう5カ月も残っていない4・11総選挙では現在、耳慣れた諸政党の名前を見ることができないかも知れない。

アン周辺人事の動向

 野圏は勢力再編が本格化した。民主労働党と国民参与党、進歩新党脱党派の統合連帯が11月17日、進歩3者の統合に合意し、「進歩統合政党」ができる見通しだ。3つの軸が合わさるけれども事実上、旧民主労働党にユ・シミン代表をはじめとする国民参与党勢力が合流した形態だ。
 進歩統合政党が作られるとともに、「革新と統合」が主導してきた汎野圏大統合政党の構想はつまずきを見ることになった。「革新と統合」や民主党などは、これまで政派別の独立性が保障される連合方式の統合を強調し参与党と進歩陣営にボールを投げた。当分は力を失うことになった。
総選挙前に進歩統合政党と合流する可能性を開いてはおくけれども、民主党を中心としてムン・ジェイン、ノ・ムヒョン財団理事長とイ・ヘチャン元総理など参与党を除いた親ノ勢力とキム・ギシク「私が夢見る国」共同代表などの市民社会勢力、それに韓国労総が結合する形態の、進歩が抜けた「民主統合政党」が不可避となった。
 「進歩統合政党」と「民主統合政党」は年末ごろに予定される政党大会を経て、それぞれ「進歩」と「民主」が入った新しい名前を手にするものと見られる。ハンナラ党と1対1対決の構図を作って野圏が勝利し、来年12月の政権交代の基盤を固めるという目標は同じだが、経路は互いに異なって設計している。革新と統合は、出身勢力が独自的政治活動をしながら総選挙では国会での交渉団体の構成(20議席)レベルの議席確保のために配慮すると提案したけれども、進歩諸政党は結局のところ選挙連帯戦略を選択した。
 民主統合政党と進歩統合政党、それにノ・フェチャン、シム・サンジョン、チョ・スンス前・元代表らの脱党後のホン・セファ元〈ハンギョレ〉企画委員が新代表となって組織をとりまとめている進歩新党などが、総選挙で複雑な方程式を解かなければならない。地域によっては10・24江原道・麟蹄郡守補欠選挙でのように、野圏連帯の失敗によってハンナラ党が漁夫の利を得る結果も生み出しかねない。
 進歩統合政党や民主統合政党は厳密に言えば新党とは言いがたい。既存政党の連合あるいは基本骨格に新しい柱を重ねあてた形だからだ。無党派や中道層を基盤とした第3勢力の支持を受けているアン・チョルス・ソウル大融合科学技術大学院長を中心に政党が作られれば、それは新党と言える。政治圏ではアン院長の現実政治への参加を時間の問題だと見る傾向が強い。11月14日の株式寄付(注)を通じた社会貢献を政治参与へのシグナルだと解釈する。来年12月の大統領選に直行するのか、それとも4月の総選挙で何らかの形であれ自らの影響力を発揮するかなどの問題について、疑問符で残しただけだ。
 アン院長の周辺人事の中で「青春コンサート」の企画者でもあったポムニュン師僧はアン院長中心の新党創党に積極的なことで知られていたけれども、アン院長が総選挙以前に独自的な政党を作って政治に跳び込む可能性は高くはない。わずか数カ月前の「社会貢献」が新党に向けた政治的手順だったのかという批判が火を見るよりも明らかな道を、アン院長がたどることはないようだ。

与野党がラブコール

 興味深いのは与圏と野圏のいずれもがアン院長の迎え入れに努力を払っていることだ。革新と統合の常任代表を兼ねているムン・ジェイン、ノ・ムヒョン財団理事長は11月7日、国会担当記者たちとの懇談会で、アン院長の汎野圏への合流のために直接、乗り出すとの意思を明らかにした。ムン理事長は「可及的速やかに、来年4月の総選挙以前から共に行動できたならば、と思う。いずれ遠からずこのような我々の気持ちをアン院長側に伝えてアン院長の見解を聞き、会うことができるかを打診していく。アン院長の現在の支持度が続くならば、わが陣営の代表選手になり得るということを認めなければならない。私も努力するし、支援していく」と語った。
 ハンナラ党の大統領選走者の1人であるキム・ムンス京畿道知事も積極性の面ではひけをとらない。キム知事は11月15日、米国でのワシントン特派員たちとの懇談会で「ハンナラ党がアン・チョルスのような人を迎え入れるためにはパク・クネ(パク・チョンヒの娘、ハンナラ党大統領選の第1走者と言われてきた)前代表が既得権を放棄しなければならない」と語った。彼は「アン院長は私より10倍以上もハンナラ党にふさわしい人物だ。アン院長がハンナラ党を批判したことがどれほどあるか。私は彼よりも10倍以上も批判した」とも語った。
 普通、広域団体長(道や、ソウル特別市、釜山など広域市の長)たちが外国訪問して特派員たちに会えば、自らの海外訪問の成果を説明するのに熱中し、国内政治の話は添えもの程度というのが相場だが、この日は決心でもしたかのように「パク・クネ批判」と「アン・チョルス迎え入れ」の主張で一貫した。
 ここに保守と進歩を併せる「大中道主義」政党を構想中のパク・セイル韓半島先進化財団理事長も1枚、加わった。パク理事長は〈ハンギョレ〉とのインタビューで「国を心配しているさまざまな人々に会い意見を聞いており、12月には創党するかどうかを決定することになるだろう」「アン・チョルス院長とも大同団結すべきだ」と語った。パク理事長は中道を標ぼうしているけれども、最近の彼の言動を見ると、極右保守に近い。
 アン・チョルス院長は自らの意志とは無関係に迎え入れの対象として論じられているだけに、彼に責任を問うには難しい側面がある。ややもすれば、進歩改革陣営と保守陣営の両方からラブコールを受けているのはアン院長の理念的スペクトルがそれだけ広いという長所ともなり得るだろうが、裏返せばアイデンティティがあいまいだという短所にもなる。アン院長の政治的態度は「反ハンナラ(『現執権勢力が韓国社会で政治的拡張性を持っていることに反対する』)、非民主」と要約することができる。
ただ、韓国社会が進むべき方向について総論的な見解を語ったことはあるけれども、一部の経済分野以外には各論は不透明な状態だ。ソウル市長補欠選挙の原因となっていた無償給食問題に対して、また最近の自分の株式を寄付しつつ低所得層の社会的・経済的不平等に言及したものの、無償教育など福祉にかかわる懸案に関して明瞭な意見を述べたことはない。

保守再編はどうなるのか

 現存している政党の中で最も長い歴史を持っているハンナラ党(1997年11月創党)は存続するのか。韓米FTAの局面が終われば、ハンナラ党には「刷新の波動」が待っている。イ・ミョンバク大統領の色彩を消して刷新する過程で、親イ・ミョンバク系と親パク・クネ系―刷新派連合の葛藤が高まる見通しだ。一時は「パク・クネ新党説」が膨れあがるほどに両者の溝は深い。ハンナラ党外の「パク・セイル新党」もこのような流れと無関係ではない。従ってハンナラ党を含む保守勢力も再編される可能性が大きい。本格的な政治の季節がのっしのっしと近付いてきた。(「ハンギョレ21」第887号、11年11月28日付、キム・ボヒョプ記者)

 注 アン院長は11月14日、自らが所有するアン・チョルス研究所の持ち分の半分を寄付し、低所得層青少年の奨学金などのための社会貢献事業に使用するとの計画を発表した。寄付の意思を明らかにした当時の株式の価値では実に1500億ウォンに達する額に相当する。

財閥が嫌がる憲法条項

急成長は政府の効率化追求と
一部企業への資源集中の産物


経済秩序と
憲法119条
 「大韓民国の経済秩序は個人と企業の経済上の自由と創意を尊重することを基本とする」(憲法119条1項)。
 「国家は均衡ある国民経済の成長ならびに安定と適正な所得の分配を維持し、市場の支配と経済力の乱用を防止するとともに、経済主体間の調和を通した経済の民主化のために経済に関する規制と調整をすることができる」(憲法119条2項)。
 「自由経済」に関する包括規定である1項は1987年の第9次改憲論議当時に野党であった統一民主党が強く主張した。「経済上の自由と創意を尊重」する対象に、既存の「個人」のほかに「企業」を追加した。パク・チョンヒ、チョン・ドゥファン式の「官治経済」の弊害をけん制しようとする意志が込められたものだが、以降、財閥企業が勢力を無限拡張する憲法的根拠となった。
 反面、「経済民主化条項と呼ばれる119条2項は民主正義党の憲法改正委員であるキム・ジョンインが立案を主導した。全国経済人連合会などは、この条項に強く反対した。当時、大統領役をしていたチョン・ドゥファンもこの条項を削除または緩和しようとする腹づもりをほのめかした。大資本の執拗なロビーが実を結ぶところだった。その時、キム・ジョンインが「策」をろうした。「閣下、企業の力が強くなれば、あらゆることに口をはさみ長びきかねません」。すると財界7位の国際グループを空中分散させた張本人である「軍人チョン・ドゥファン」が、いきなり怒り出した。「何だと。しようがない、あえてそのままだ」。
 119条2項は、そうして生き残った。ナム・ジェヒ氏の本〈極めて私的な備忘録〉にはキム・ジョンインが明かした同条項の立法趣旨が、以下のように引用されている。「韓国経済は1962年の第1次経済開発5カ年計画以降、80年代半ばに至るまで資本主義の歴史において前例のない圧縮成長を実現した。圧縮成長は自由市場経済によって成し遂げられた産物ではない。これは政府が経済成長の効率だけを強調し、一部の大企業集団に資源を人為的に集中配分することによって可能だった。この過程で財閥グループという巨大経済勢力が誕生することとなった。

大資本が廃止
を求める2項
 経済発展の初期には経済勢力が政治勢力に対して圧倒的に劣勢だ。けれども経済勢力は持続的な経済成長と共に次第に拡大し、経済だけではなく経済力を基盤にして政治・社会に実質的な影響力を行使するところとなり、こうして政治勢力を圧倒することになる。このような状況にあって政治勢力が社会調和のために経済勢力をけん制するための方法として制度的装置を設けることなれば、経済勢力は資本主義の自由市場経済という名分を押し出して抵抗する。
 この場合、韓国のような現実にあっては経済勢力は言論、法律家などを総動員して憲法訴願(訴訟)というやり方で政治勢力の意図を霧散させようとして最大の努力を尽くすだろう。結果は、政治勢力は挫折するほかはなく社会調和は実現され得ない。これについての歴史的事例は、フランクリン・ルーズベルト米国大統領がニュー・ディール政策を法制化しようとした時、米国のさまざまな利益集団が違憲訴訟を提起し、これを大審院(最高裁)が受けいれたことに見いだせる。憲法第119条2項は、このような事態が発生することに対する安全弁を用意したものだ」。
 大資本と保守言論は、その後でも改憲論議があるたびに119条2項を「廃止の第1順位」に挙げ、厳しく攻撃した。なぜか。この条項がなかったならば、サムスン・グループが違憲訴訟を提起していた金産分離法に憲法裁判所の違憲決定が下されることもあり得た。大企業の横暴から中小企業を保護しようとする「相生法」、路地裏の商圏にまで食い込んだ大型マートから在来の市場や零細自営業者を保護しようとする「SSM法」の立法根拠も、まさに119条2項だ。119条2項は経済的弱者の楯だ。
 遂に民主党の「憲法119条・経済民主化特別委員会」が「経済民主化のための43の政策課題」を発表した。大資本の横暴や国家の無気力によって窒息死の危機に追い立てられた憲法119条2項に生命の息吹きを吹き込む社会的論議の触媒となることを望みたい。

 蛇足:現行憲法119条は、以前よりも後退した側面がある。「企業の自由」を明文化しただけではなく、維新憲法と5共憲法でも手を出せなかった制憲憲法84条の「すべての国民に生活の基本的需要を充足できるようにする社会正義の実現と均衡ある国民経済の発展」を図るという不変の基本的条項を弱めさせたからだ。6月抗争によって追い出した軍部独裁の位置を資本の独裁が自分のものにできるように後門を、こっそり開いておいたものだったのだろうか。(「ハンギョレ21」第887号、11年11月28日付、イ・ジェフン/編集長)

 【訂正】本紙二〇一二年一月一日号9面の投稿「ベトナム派兵を拒否した脱走兵」の欄の本文1段9行目キン・ジンス(金鎖洙)を(金鎮洙)に訂正します。

 


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