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    かけはし2012.年1月16日号

街頭に語らせよ!

ロシア 声明

新しい独立した政治勢力の
創出で勤労民衆のロシアへ

ロシア社会主義運動


 エネルギー資源価格高騰をもてこに強固に築き上げられたと思われていたプーチンの権威主義体制がほころび始めた。昨年一二月四日に行われた下院選の不正に対し、人々の怒りが一挙に噴き出し、それが公然とした大衆的街頭行動へと発展したのだ。今年予定されている大統領選第一回投票でのプーチン指名も、今では不確実視されている。この流動的情勢に対するロシアの急進的左翼の観点と対応を伝えるものとして、以下の声明を含め三本の記事を掲載する。(「かけはし」編集部)

変革への権利が宣言された
 
  この二〇年間で最もうんざりさせるような選挙運動は、体制側の壊滅的なモラル的敗北をもって終わった。「統一ロシア」(プーチン―メドベージェフの与党)がドゥーマ(国会)で圧倒的多数を獲得するのか、それともLDPR(ロシア自由民主党)や「公正ロシア」と政権を共有しなければならないかは、ほとんど問題ではない。問題となっているのは、安定性へのあらゆる祈りや、あらゆる巧妙なシナリオや不正投票にもかかわらず、ロシアの民衆が変革への権利を声高に宣言したということである。
 今回の選挙は、「詐欺師と泥棒の一党」として体現された政治システム全体への不信任を力強く示すことになった。停滞と絶望という息が詰まるような雰囲気のただ中で、何かしら新しいものが空気の中に感じ取られた。それはあっという間に過ぎ去る雪解けなのか、それともアラブの春なのか、あるいは二月革命なのか。
 今後われわれは、社会の活動的な部分から見て人気のない、正統性を欠いた旧体制に直面することになる。この体制は、ますます多くの問題を抱えるにもかかわらず、古いやり方での統治を企てることが避けがたいだろう。他方、われわれは詐欺師と泥棒の徒党を嫌悪する巨大な数の大衆を観ている。さらにこうした民衆は、一二月四日に公然と政権に恥をかかせたのであるが、それは再びひどくだまされることになるだけなのだ。最後にわれわれは、完全にまがいもので無能力な「組織的」反対派、人々が「あいつら以外ならだれでも」という原則に従って投票した反対派、その選挙での成功がかれら自身にとっても「凶報」であるような反対派を持っている。

妥協以外の策のない「野党」


 組織政党の一部は体制の一部分として「統一ロシア」とのブロックあるいは連合を形成しようとするのは疑いない。唯一の疑問は、かれらがその代価という問題を解決できるかどうか、ということである。「統一ロシア」の最高幹部会書記のセルゲイ・ネベロフはドミトリー・メドベージェフと声を合わせて、同党がロシア自由民主党や「公正ロシア」との戦略的連合を形成することを勘定に入れている、とすでに述べた。彼は「これで真に真剣な討論が行われる……議会になる」と語った。「野党は敵ではない。野党は代替的な意見、違った意見を持っている人々だ。そしてもしこの意見が一定の問題で(われわれと)一致したならば、大歓迎だ。われわれは協力する用意がある」と「統一ロシア」中央執行委員長アンドレイ・ボロビョフは述べた。彼は、警察がモスクワやペテルスブルグの街頭で不正選挙に抗議しているデモ参加者を殴りつけていたとしても、リベラルな腕を伸ばしているのだ。
 「政治は妥協の技術であり、異なった政治グループ間の均衡を見出すことを可能にする技術である」と「公正ロシア」のニコライ・レビチェフ議長は投票の数時間後に外交的宣言を行った。「ウラジミール・プーチンは社会的不公正の克服の必要性について語った。われわれもこの言葉に同意するが、すべてはどういう方法が提案されるかにかかっている。もしその方法がわれわれにそぐわないものだとすれば、連合することはない」。したがって、「詐欺師と泥棒の一党」は公正ロシアと同じ目標を追求しているのであり、その方法にいささかの違いがあるだけだということになる。おおいに結構。われわれは次に何が起きるかを見ることにしよう。
 国会の自由民主党会派のリーダーであるイゴール・レベデフは、もっと正直であり、どのようなイデオロギー的脚色もぬきにして率直な取引にたずさわっている。「われわれは会話と合理的対話の用意があるが、それは引き立て役としてではなく対等なパートナーとしてである」。

社会的利害を表現できる闘争へ


 このような「野党」がいるなかで、勤労民衆は自らの生活におけるいかなる進歩的変化も期待すべきではないことは明らかである。ロシア連邦共産党をふくめてこうした政党の歴史には背信以外のなにものもなかった。国会や地方議会に進出した共産党や「公正ロシア」リストに属する一握りの労組活動家や社会運動活動家は、かれらが属する政党の政策の本質的要素に影響を与えることはできないだろう。かれらができる最大のことは、オレグ・シェイン、オレグ・スモーリンなどの人々が以前の国会で行ったように、議会外での運動に支援を与えることである。真の労働組合や市民運動が弱体であり、抑圧的治安勢力が拡大している時に、こうした活動は副次的だとはいえ重要である。
 いまや街頭が政治闘争の舞台にならなければならない。ロシアがグローバルな反資本主義運動の場となるのか、それとも再び無関心と停滞に沈み込むのか。「奴ら以外の誰でも」への投票は、社会的利害をはっきりと認識した闘争に置き換えられるべきだ。新しい、独立した政治勢力が古い、腐敗した政党に置き換えられなければならない。左翼がそうした勢力になることを望むのならば、行動する党にならなければならない。われわれは、ブルョアジー、それと分離することのできない寄生的官僚との簡潔・明瞭な闘いを行い、「ロシア型政治」として知られる醜悪な茶番劇に権限を委託してきたカネ持ち連中に反対し、移民排斥のレトリックから政治的資本を引き出した民族主義的ポピュリズムと対決しなければならない!
 「ロシア社会主義運動」は訴える。「みんな街頭へ出よう! 勤労民衆のロシアを!」。
 諸君の要求は次のようなものであるべきだ。

不正選挙の結果を取り消しにしろ!
弾圧を止めさせよう。警察と軍隊は民衆の側に立て!
大統領、政府は退陣せよ!
連合政権反対、野党と「統一ロシア」の協定反対!
すべての政党と社会運動が参加する自由選挙を!
集会・デモ行進・ストライキの自由を!
無料の教育と医療を、連邦法八三条などの反社会的法律の執行を停止せよ!
銀行、石油・ガス資源の国有化を!
進歩的税制を、カネ持ちに危機のツケを支払わせろ!
消費物資の価格統制を!
職場の労働者管理を、経営と利益配分に労働者を参加させろ!
革命―民主主義―社会主義!

▼ロシア社会主義運動は、第四インターナショナル・ロシア支部の「社会主義運動フペリョード(前進)」とCWI(労働者インターナショナルのための委員会、英ミリタント派系の国際組織)ロシア支部だった「社会主義レジスタンス」が二〇一一年に合同して結成された組織。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一一年一二月号)

今やロシアの歴史における
新たなページがめくられた

イリヤ・ブドレイツキス

「詐欺師と泥棒
の党」の失墜


 一二月一〇日の土曜日は、ロシア社会にとってまさしく歴史的な日だった。さまざまな評価によれば、モスクワで開かれた集会には五万人から八万人が結集した。それは一九九〇年代初頭以来、最大の街頭行動だった。同日、数千人を集めた同様の行動がロシアのすべての大都市で行われた。この運動は西欧にまで到達し、各大使館の前では国を出た離散ロシア人たちがピケットを組織した。
 政権の側は、ほんの一週間前には自分たちが深刻な問題に直面することになろうとは想像することもできなかった。国家ドゥーマ(議会)の選挙キャンペーンは、今や誰もが知っていることだが、権威主義的政治モデルである「指導された民主主義」の規則にしたがって行われた。そのモデルは現憲法が採択された一九九三年に、当時のエリツィン大統領によってその基礎が据えられたものだった。
 この一〇年間にウラジミール・プーチンと彼の見習い弟子は、住民のほとんどが完全によそよそしい違和感を抱くあきあきするような見世物へと政治を変えてしまうことに成功した。ほとんど人びとに承認されていない七つの政党が議席を得るために闘ったが、ケーキの一番大きい分け前は「統一ロシア」(プーチンの政党)になることはあらかじめの結論だった。この党は国家構造とロシアの資本主義大企業の双方への独占権を持っていた。その人気が急降下しているこの官僚的モンスターの勝利を保障するために幾十万人(実際には幾百万人!)もの公務員が動員された。投票操作、選挙委員会の活動のあらゆる可能なメカニズムに依拠してそれが行われた。
 政権への不満の広がりが、「統一ロシア」に批判的立場を取ると見なされた政党への大量得票として表現された。幾百万人もの有権者が「統一ロシアでなければどの政党でもいい」という原則を適用した。こうしてかれらは共産党や中道左派の「公正ロシア」に投票したのである。一二月五日の朝に投票結果が発表されると、国中に怒りが渦巻いた。「統一ロシア」は得票の五〇%を獲得したが、実際の人気は激しく落ち込み、住民の間ではこの党は「詐欺師と泥棒の党」として知られている。野党の観察者が刊行した報告は、四分の一近い投票用紙が、権力の座にある政党に有利に書き換えられたと暴露した!

すべては以前と
同じではない


 ロシア人は、個人が侮辱され、愚弄されてきたという感情を持っており、それはますます明白になっている経済危機の結果の上に、まぎれもない貧困と社会セクターの民営化が積み重ねられたことによってもたらされている。
 一二月五日、民主化を呼びかける政治グループがモスクワで組織した集会に七〇〇〇人以上が参加した。「公正な選挙を!」の要求は、ただちに「プーチンは退陣せよ」のスローガンに取って代わり、集会の終わりには警察と集会参加者の間で暴力的衝突が起こった。数日のうちに衝突が広がり、より強力になり、若者たちは社会的ネットワークを通じて市の中心で無認可の行動を行おうとした。かれらは警察によってぴったりとつきまとわれ、暴力的に解散させられた。
 一二月九日の金曜日にはモスクワとサンクト・ペテルスブルグでのこうした行動で一〇〇〇人以上が逮捕された。そして一二月一〇日の土曜日には、不満のレベルが頂点に達した。この日起きたことは、すでに現代ロシア史における亀裂のポイントとして見なすことができる。一九九〇年代初頭以来初めて、一〇〇万人にのぼる人々が街頭で行われた生き生きとした政治行動に参加したのである。
 この政治的活動においてわれわれはすでに、思想の闘争と、三つの勢力――民主主義者、ラディカル左派活動家、民族主義者――間で演じられたオルタナティブの闘争を観察することができる。思想の闘争は、誰もが自ら課した任務、すなわちプーチン体制の打倒と初歩的な政治的な自由の再確立、を背景として持っている。
 この新しく生まれた運動の展望は不確かなものである。しかし、いずれにせよ、すべては以前と同じではない。われわれは、以前と比べて反資本主義左翼が大きな役割を果たすであろう歴史の新しい時期に踏み入ったのだ。

▼イリヤ・ブドレイツキスは、ロシア社会主義運動の指導的メンバー。本紙二〇一〇年四月五日号に「かけはし」編集部による彼とのインタビューを掲載している。
(「インターナショナル・ビューポイント」二〇一一年一二月号)

 


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