|
福島・柏崎原発の全面廃炉を
避難・除染・賠償の責任を取れ
|
切実な訴えを
東電にぶつけた
一二月二八日、「原発いらない福島の女たち」は一〇月二七日から二九日までの経産省前座り込み行動に続き、東京電力本社前で年末「御用納め」申し入れ行動を行った。
一二時前から、この日上京した「福島の女たち」は東電本社前で福島原発災害によって住民に放射能被ばくを強制し、安全な生活を奪い去りながら、責任を取ろうとせずに延命を図る東電への批判の声が渦巻いた。参加者は首都圏の支援者を含めて二〇〇人以上に達した。
「福島の女たち」の要望内容は以下の通り。
1 福島県議会が行った福島第一原発及び第二原発(全一〇基)の全面廃炉の決議に従い、事故を起こさなかった六基についても廃炉とすること。併せて、二〇〇七年の新潟県中越地震の際、放射能漏れ事故を起こした柏崎刈羽原発についても全面的に廃炉とすること。
2 東京電力の責任において、避難を求める被害者に対しては避難ができるようにすること。また、除染についても、事故を起こした当事者である東京電力がすべての費用と人員を負担してみずから実施すること。
3 被害者に対し、完全な賠償を行うこと。なお、完全な賠償とは、原発事故が発生しなければ必要とならなかったすべての費用を一円残らず賠償することをいう。
4 東京電力及び社員、退職者の手で賠償のための基金を創設すること。
5 福島第一原発の現状について、常に真実を明らかにし、公表し続けること。
この申し入れに対して東電側は人数を限るなど不誠実な対応に終始したが、福島から上京した女性たちを中心に、東電本社前の行動は二時間にわたって続けられた。その後、経産省テント前ひろばに移動して集会。
経産省テントの
前で交流集会
テント前広場では福島から上京した女性、首都圏に避難した女性や子どもが次々に発言。郡山市議の駒崎幸子さんは、一二月一六日に「ふくしま集団疎開の会」による「避難の権利」のための仮処分申請が福島地裁郡山支部で却下されたことを批判し、控訴して闘うと訴えた。さらに避難した子どもたちの避難先での公立保育所への入所を求める訴え、給食の安全を求める「安全・安心アクション in 郡山」の女性のアピール、有機農法を営む農家の女性たちも発言。郡山市議の蛇石郁子さんは三月一一日の「東日本大震災・福島原発事故一年」の日に郡山市で行われる福島県民集会の案内を行った。いわき市出身の講談師の神田香織さんもともに東電の責任を追及し、原発をなくすまで闘おうと連帯のあいさつ。
この日の行動は、二〇一二年の脱原発の闘いにつなぐ大きなステップとなった。 (K)
2012春闘始動、全労協討論集会 財界と真っ向から対決して
人間らしい生活取り戻そう
復興連帯春闘
として闘うぞ
一二月一七日、東京で「全労協12春闘討論集会」が開催された。人々に苦難を背負わせたままの東日本大震災と東電福島原発事故、世界的な経済危機、そして日本を含めて世界的に普遍化する政治の機能不全と流動化、これらの折り重なる危機に立ち向かうことのできる労働者運動が求められている。その中で、集会には今春闘を復興連帯春闘として闘うとする方針が提起された。具体的には以下のスローガンが柱として掲げられた。
?12復興連帯春闘勝利!人間らしく生活できる大幅賃上げを勝ち取ろう!
?東日本大震災被災地の復興と「脱原発社会」の実現に全力をあげよう!
?貧困・格差社会反対!
非正規労働者の権利確立、均等待遇を実現しよう!
?沖縄・普天間基地即時返還――辺野古新基地建設反対!
?JAL不当解雇撤回!
整理解雇判例法理の破壊を許すな!
?「国民生活第一」を投げ捨て、原発推進・増税・TPP参加の野田政権糾弾!
?パート・派遣・外国人労働者などの非正規労働者、未組織労働者の組合加入を実現し、闘う春闘の大きな拡がりを作りだそう!
その観点から集会は、第一部、「震災復興にどう向き合うのか……私たちの任務」と題された亀谷保夫東北全労協事務局長の講演、柚木康子JAL不当解雇・支える会事務局長の特別報告、第二部、春闘方針討議という形で進められた。
亀谷さんは、救援から復興支援に至る闘いとそこで浮かび上がっている課題について(本誌昨年一二月五・一二日号参照)、またその課題をめぐる闘いを宮城県に対する申し入れも含めて始めていることを、決意と共に報告した。合わせて来たる三月一一日の闘いについて、この日は現地の被災者にとって、鎮魂の日、復興の日、そして脱原発の日という三重の意味をもつことを特に指摘し、この三つを対立させずに一体的に取り組むことに意を注ぐ必要を強調した。
柚木さんはJAL闘争の重要性を改めて強調し共に闘うよう訴えた。共に発言に立ったCCU原告団の仲間からは、今進められている日本航空再建が安全を危険にさらしているとの、強い危機感が吐露された。
労働者の力で社
会的規制力再建
春闘方針は中岡全労協事務局長から提起された。中では特に、自己利害の保守以外の行動を放棄することで折り重なる危機を一方的に深刻化させるだけの財界と真っ向から対決する闘いが呼びかけられ、一%に独占されたものを九九%の側に取り戻すために、ストライキで闘う必要が強調された。この提起は、都労連、国労、全国一般全国協、全統一、郵政ユニオン、電通労組、昭和シェル労組、大阪全労協、神奈川県共闘・がくろう神奈川と、各組合代表による、外国籍労働者を含めた非正規労働者の闘いとの実践的連帯、最賃闘争、労組弾圧の新たな波に対する闘い、一〇〇〇万人署名と被曝労働規制を軸とした脱原発の闘いなど、各々の具体的闘いの紹介を交えた、闘いによる社会的規制力の立て直しをめざす決意表明で応えられた。
大阪全労協事務局長の高橋さんは、直前に闘われた大阪府知事・市長同日選の経験に触れ、橋下・維新の会との対決に向け労働者の新しい共闘が進んでいることを報告、それらを土台に西日本春闘討論集会を開催し闘争態勢をさらに固めると決意を述べた。
危機のとどまることのない深まりの中で、現実の変革が、人々にとってかつてないほどに切実なものとなっている。それを橋下のような右翼ポピュリストに利用させてはならない。変革を自らの闘いによって引き寄せる可能性を人々に知らせる上で、労働者運動の再建はまさに焦眉の課題だ。今集会で幕を開けた全労協の12春闘を、そこに向け一歩でも近づく闘いとするために力を尽くそう。
(神谷)
読書案内
鎌田 慧 著 岩波現代文庫 (上)一〇八〇円+税、(下)一三六〇円+税
『六ヶ所村の記録』(上・下)
――核燃料サイクル基地の素顔
資本の野望を打ち砕く
「生きた参考書」になる
原子力施設集中
する下北半島
青森県・下北半島には、いくつもの原子力関連施設がある。東通村には、東北電力の原発一基が定期点検中のほか二基が計画中であり、東京電力の原発一基が建設中、二基が計画中である。当初、「下北原発」の名で二〇基もの原発建設が構想されていて、多くの人々を引き剥がすようにして広大な土地が買収された。
また、大間町には、電源開発の原発が建設中である。これは、プルトニウムとウランを混合したMOX燃料を使い、「もんじゅ」に次ぐ危険な原発といわれている。
原子力船「むつ」の母港も、陸奥湾に面した大湊港、次いで津軽海峡に面した関根浜におかれた。放射能漏れを起こした「むつ」は廃船となったが、その「燃料廃棄物取扱棟」は関根浜に残されたままである。
そして六ヶ所村には、核燃料サイクル基地がある。各地の原発が出し続ける使用済み核燃料からプルトニウムとウランを取り出すとともに、残りの「核のゴミ」を「一時的に」貯蔵する施設である。放射能が環境中に出てこないように数百年にわたって管理する「最終処分場」のめどが立たない以上、「一時的」とは詐称としかいいようがない。実際、活断層が縦横無尽に走る日本のどこにもそのような場所がないことは、地質学の世界では常識になっている。
六ヶ所村には、さらに加えて、五七〇万キロリットルの国家石油備蓄基地がつくられ、苦難のなかで開拓された大地は、石油タンクの大群の下敷きにされてしまった。
農民の暮らし
を引き裂いて
これらは、どのようにしてつくられていったのか。鎌田さんが取材を始めたのは、一九七〇年三月。以来、何度となく下北半島各地に足を運んでさまざまな人から聞き取りをし、それをまとめて岩波書店から刊行したのが一九九一年。次いで一九九七年、その後の取材分を加えて講談社文庫版が出され、昨年一一月に、その後の取材分が補強されて岩波現代文庫版が出された。実に四〇年にわたる聞き取りが収められたわけである。この本にも、体ごと渦中に飛び込んで取材する「カマケイ流」が貫かれていることは、いうまでもない。
「むつ小川原開発」は、県知事、地元不動産会社、中央財界、通産省(現経産省)官僚、自民党県組織、地元メディア、利権に群がるさまざまな連中によって画策され、「国家的事業」として喧伝された。全体プランをあいまいにしたまま、「むつ製鉄」「原子力製鉄所」「原子力コンビナート」などが、まことしやかに語られ、不動産会社は先を争って土地の買い占めに走った。
この地に暮らす農民の多くは、中国「満州開拓」の引き揚げ者。過酷な自然条件のもとで再び開墾にいそしみ、ようやく暮らしのめどが立とうかという頃だった。農民たちは、あるいは札束で頬を叩かれ、あるいは地縁・血縁にくさびを打ち込まれ、買収に応じなかった農地のまわりをフェンスで囲まれ、警察のでっち上げ逮捕で脅され、ズタズタに引き裂かれて土地から追い立てられていった。漁民もまた、法令を無視したやり口で「漁業権放棄」を決めたことにされた。こうして、ほとんど無人の地と化した地に、冒頭に記した原子力関連施設などがつくられていったのである。
この経過を、鎌田さんは、そこにかかわった一人ひとりの人の肉声が聞こえるようなリアリティをもって綴る。そして、「核燃料サイクル建設の野望は、八四年にはじまったのではなく、六九年当時の開発計画にすでにあった」と結論づける。
反原発闘争に立ちはだかる「敵」とその策略をとらえるうえでも、「味方」の弱さと強さを知るうえでも、さらには行政と手を結んで人々の事情の違いに食い込み、「震災復興」の名のもとに巨大開発を押しつけようとする資本の野望を打ち砕くうえでも、この本は、「生きた参考書」となるだろう。 (岩)
|