体制の崩壊は深く進行している
日朝国交交渉再開への努力を
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二〇一一年一二月一九日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のメディアは予告していた正午の特別放送で金正日国防委員会委員長の急病死(同一七日)を伝えた。本年二〇一二年には強盛大国の大門を開くとしていた金正日はその年明けを待たずに急死した。一九七四年に金日成の後継者に決定して以降、さらには金日成死去後に総書記に就いて以降合わせて三七年間、軍事をもてあそび、独裁をほしいままにして北朝鮮の多くの人民を塗炭の苦しみに追いやり続けてきたその最高責任者が死去したのだ。北朝鮮メディアは同時に「偉大な継承者」「党と軍と人民の偉大な領導者」として金正恩を紹介した。一方でこうした事態に備えての世襲後継体制の準備も〇八年に金正日健康悪化の兆候が顕在化して以降に慎重に進められてきたのも事実である。世襲後継者の金正恩は父金正日が祖父金日成死去に際して三年間の喪に服して表舞台に立つのを控えてきたように、当面は後見人の党や軍の幹部らと絶対的指導体制確保のために内政面で時間を割くことになるだろう。だがそこに待ち構えているのは「経済や政治のマヒが始まると思う。いろいろな現場で特に経済の分野で物事を決断できない、判断できないという状況が出てくる」(北朝鮮問題ジャーナリスト・石丸次郎さんの指摘)という局面だ。この二年間の北朝鮮の動向を振り返りながら金正日死去後の北朝鮮のこれからをみていきたい。
この二年間を
どう見るのか
金正日が死去するまでのこの二年間に北朝鮮は内政、外交、軍事において大きな動きを見せてきた。二〇一〇年九月には久しく途絶えていた党代表者会を開催して金正日国防委員長の世襲後継者に三男の金正恩をすえ、また同年五月と八月、昨年五月と八月の四度にわたり金正日が病躯を押して連続して訪中しその意図、真意については様々な憶測を呼んだ。
途絶えていた米朝協議も昨年末から水面下での接触が再開されている。そして金正恩の世襲後継公然化から二カ月後の二〇一〇年一一月には韓国の大延坪島(テヨンピョンド)に対して突如として砲撃(一七〇発)を加えて韓国の軍人、民間人ら数十人を殺傷し多くの家屋の破壊をほしいままにした。こうした流れの中で北朝鮮は金正日の死に直面することとなった。
度重なる訪中が
示唆するもの
金正日の訪中はこの二年間で四度に及んだ。〇八年に倒れて以降の病躯を押しての連続訪中には金正日の切実な願いが込められていたのだろう。警護要員五〇〇人を従えた訪中車列の後尾には救急車を手配していた。「共和国の最高の尊厳」である金正日が礼の限りを尽くしての行動に出て中国と直接に交渉したかった課題とは何か。メディアでは大規模な食糧支援、経済支援の要請であると度々伝えられたが、そうであれば一度の訪中の後に首相級閣僚や実務官僚の派遣で事を運ぶのが中朝間のこれまでの処理方式であった。
金正日自身の専権領域にある後継体制、そして軍事に関する課題での交渉が行われたと推測するのが理にかなっている。老境にさしかかった金正日の最後の仕事は一つには金王朝の盤石の後継・世襲体制の確保、二つにはそれを保証する最先端の軍事技術体系の整備以外にない。この二点を金正日は中国にそしてロシアに求めた。
西欧留学での自由を謳歌し加えて軍歴も党歴も無きに等しい金正恩による後継体制確保がいまだいばらの道にあることは金正日自身が承知していた。国内での後見人には党や軍の側近幹部らを充てたものの国際的にはやはり中国とロシアの認知と保証を得るしかない(いざという時の亡命先ということをも含意して)。
後継者金正恩については北朝鮮メディア自身がCNC(コンピュータ数値制御)など最先端技術に精通したIT時代の申し子として称賛してきた。金正日死去後に軍の最高司令官に就いた金正恩にとっては、更新期を過ぎた老朽化著しい旧式装備の戦車やミサイルをかき集めた平壌での仰々しい軍事パレードの外観的威容で虚勢を張る高齢化した軍首脳部らの感覚とは相容れない。ハイテク化した近代戦がステルス戦闘機や無人攻撃機そして超音速兵器、大型地中貫通爆弾などへと進化していく中で、後継者としての金正恩はそれらに対抗可能な最新の防御システムの導入を渇望してきただろう。
後継者のこうした意を汲んだ金正日の連続訪中と訪ロの二つめの目的は、交渉の成否がどうあれ最先端軍事技術供与の獲得にあったことは明らかだ。一連の金正日訪中訪ロには軍幹部らも同行していたが核と軍事をもてあそぶ金正日の要求に中露が快諾しなかったことだけは確かだろう。
大延坪島砲撃
をふりかえる
この数年間の南北朝鮮の北方限界線海域での軍事衝突の全体像をとらえるには、まずこの十年来の中国漁船団の南北朝鮮海域への相次ぐ接近と侵犯、そして漁業被害の拡大という実態に留意しなければならない。
韓国領海域への中国漁船団の侵犯は年々急増し海上での衝突で韓国、中国双方に死傷者を出す事態に至っている。北朝鮮領海域では押し寄せる中国漁船団に零細漁民たちが対抗するすべもなく、北朝鮮当局が有料で自国領海内漁場を中国に提供しているといわれている。中国漁船団は南北朝鮮が警戒し神経質になっている点に付け込んであえてこの両海域に接近して漁獲をほしいままにしている。「北の脅威よりも中国の密漁が深刻だ」(大延坪島漁民会会長の談)。
こうした中国漁船団の進出が南北朝鮮双方の領海意識を刺激してきたことが北方限界線領域での南北の衝突の引き金ともなっている。そして北朝鮮軍は大延坪島砲撃の暴挙にうってでた。その意図は何なのか、弁解の余地のないリスクを冒してまで得たいものとは何だったのか。
韓国軍部、駐韓米軍が即座に反応して三八度線が一気に緊張状態に入ることは北朝鮮軍部にとっては織り込み済みのことだった。当初は金正恩後継体制固めを内外に誇示する挑発行動ともみられていたが、今日の時点から振り返ってみるとその意図はこの「非常事態」を中国指導部に見せつけること、「金正日による軍の統制にも限界がある」というフィクションを演出して軍事面での支援を渋る中国指導部に揺さぶりをかけることにあったとも推測できる。
こうした意味では金正日の連続訪中と大延坪島砲撃はメダルの表裏の関係にあるといえるだろう。砲撃事件から一周年の日には米日の沈黙とは対照的に中国外務省は南北双方の冷静対応を呼びかけており、金正日の軍事挑発に最も神経質になっていたのが中国であることを明らかにした。中国は二年前から北朝鮮と隣接する東北三省の重点開発に乗り出し、また北朝鮮・羅先の港湾利用権確保とそのインフラ整備などにも巨額の投資を行っている。この地域での安定確保は絶対的国益となっているのだ。
「北朝鮮には二度と戦争をさせない」というのが朝鮮戦争休戦以降の中国の一貫した基本方針であり、金正日はその逆手をとって金正恩後継体制への中国の経済・軍事両面での支援拡大を求め続けてきた。中国に揺さぶりをかけようとした金正日のこうした軍事挑発を後継者金正恩が継続すれば中国は一歩踏み込んだ対応を取らざるをえなくなるだろう。
強盛大国路線
の破綻を自認
この一〇年間、新年恒例の北朝鮮メディア三紙(労働党、青年同盟、人民軍の各機関紙)新年共同社説は自画自賛の決まり文句のオンパレードであることに変わりはないが、特徴的な同じフレーズが繰り返されてきた。「…の土台が築かれた…」「…を正常化することを優先的に…」「…を刷新する闘いを…」「…を改善完備することに全力を…」「…規律を徹底的に守り…」等々。大言壮語の中にも率直な表現をちりばめて厳しい現状をうかがわせてきた。
そうした中、昨年一月には「国家経済開発一〇カ年戦略計画」(内閣決定)という長期経済計画が打ち出され、かつての第三次七カ年計画(一九八七―九三年)とその後の緩衝期(九四―九六年)設定以来の経済再建指針として注目された。だがその内容は「インフラ建設、農業、電力、石炭、燃料、金属などの基礎工業と地域開発」の執行機関として「国家経済開発総局」を新設、主要プロジェクトを朝鮮大豊国際投資グループに委任し同グループが投資の誘致、資金確保に当たるというもの。だが投資誘致や資金確保についての経済的裏付けも乏しく軍事偏重の閉鎖的経済体制のもとでは机上のプランに終わるしかない。
今年二〇一二年に強盛大国の大門を開くとして、昨年は平壌では学生までフル動員して高層アパートなどの建設ラッシュが続き、中国との経済協力地域の開発、中国からの観光客の急増などの一時的勢いは見られたものの設定した二〇一二年の後に訪れる停滞局面に備える必要がある。かつてソウル五輪に対抗して一九八九年に世界青年学生祝典開催のために膨大な資金と労働力をつぎ込んだ後に経済停滞が一気に加速して今日の経済破綻に至ったような危機の局面がそれに続くだろう。
本年の新年共同社説ではこれまでの「強盛大国の大門を開く」というフレーズが「強盛復興の全盛期」へと「復興」という語句に何度も言い換えられている。そして本年も「強盛大国建設の焦眉の課題」が「食糧問題の解決」にあるとされ「電力生産正常化」「石炭供給の保障」が例年同様に訴えられていることからも強盛大国路線からの転換・修正を余儀なくされていることがうかがえる。
自壊の進行と
市場経済化の波
「北朝鮮の経済は全面的に崩壊しつつあり警戒する必要がある。崩壊すれば国境線はどう引くことになるか」(中国の党・政府内での最近の論議事項としてメディアが伝える)。「崩壊の勢いが加速している。最終的に北朝鮮は現在のような形では存在しないだろう。二〇年代になると北朝鮮が韓国の統制下に入るまで国際社会の監視下で臨時政府が樹立されるだろう」(ロシア科学アカデミー傘下の世界経済・国際関係研究所が昨年九月にロシア政府に提出した報告書)。
「北朝鮮崩壊」説は中露両政府の関心事項ともなりつつあるが、この先に北朝鮮の崩壊があるのではない。すでに自壊のプロセスはより深く静かに進行している。破たんした配給システムのなかでこの一〇年間に北朝鮮の民衆は自立・自活のための経済ネットワークを必死の思いで築き上げてきた。当局の監視を逃れて小規模な闇市として始まった市場経済の芽は北朝鮮全土に拡大し、これまでは取り締まり弾圧してきた当局者はそれが不可能と悟るや一転してありもしない許認可権を盾にして市場経済への寄生と利権あさりに乗り出している。見方を変えれば押し寄せる市場経済化の波に労働党も軍も飲み込まれつつあるというのが今の局面だ。
北朝鮮内部からの通信を伝える『リムジンガン』最新号(一一年五月号)では北朝鮮のマヒする鉄道網に代わり党や機関に頼らない民衆の発意で長距離バス網が全国をカバーしていくまさに需要と供給のシステム形成が生き生きと報告されている。車両を大量に保有している党や軍の末端機関はそれが禁止行為であると知っていてもそれに経済合理性があると知るや進んで車両を提供し市場経済化の波に参入している。かつてソ連邦末期のノメンクラツラ官僚たちが国有財産処分の利権に寄生して資産家に転身していったように、カンボジアの末期ポルポト派軍閥たちが支配地域の鉱物利権に寄生したように、北朝鮮の党も軍も市場経済化の波の中で利権への寄生に乗り出しているのが実態だろう。幾多の紆余曲折を伴うだろうけれどもこうしたプロセスそのものが現在進行形の「北朝鮮の崩壊」なのだ。
中朝関係の今
後を予想する
近年になって中国の対北朝鮮経済進出が指摘されているがすでに九〇年代に北朝鮮経済の疲弊と破たんが進行するのに比例して中国による経済的進出と包摂が始まっていた。政治的臭覚をもってそのことを早くから察知していたのが金大中であり、一二年前の歴史的南北首脳会談とは北朝鮮を自己の経済圏に組み込もうとする中国に対する金大中の牽制であり、韓国主導による南北統一推進を内外にアピールすることに実質的狙いがあった。
金正日死去後の中朝関係については中国がこれまで以上に後ろ盾となってより緊密化していくとの見方が大勢だが、それは双方が経済協力を名目に打算を秘めた応酬に移行していくことを意味する。
中国は北朝鮮の民族的自尊心に慎重に配慮しながらもその地政学的位置、豊富な鉱物資源の埋蔵に着目して国策である東北三省の開発戦略に連動させていくだろう。北朝鮮は事業活動を担う労働党と軍が開発利権をめぐる確執を交えながらこの動きに対応していくことになるだろう。
中朝は昨年までに日本海に面する北朝鮮北部の羅先港の共同開発に合意し中国は国内から同港への交通網整備から送電確保までインフラすべての開発に巨額の資金をつぎ込んで着々と工事を進めている。その勢いから中国は「北朝鮮が韓国領になる前」に既得権益を確保(港湾の一〇年間といわれる使用権)しようとしているとさえ指摘されている。
一方で中朝は国境地帯鴨緑河流域の中州にある二島(黄金坪島・威化島)を工業団地として共同開発することでも合意して昨年六月には華々しく着工式典まで開いたがこちらはその後の工事は一向に進んでいないといわれる。工団の運営方式を巡って統制権確保を前提とする北朝鮮側と弾力的運営を希望する中国側との「立場の差は根本的」(中国政府)で工事の早期再開は難しいといわれている。中国は東北三省の開発と連動させるために巨額の資金を投入しているのであり国益に適わない事業には応じない姿勢を明確にしている。
北朝鮮では国有とされる基幹産業自体の停滞が進行する中で党と軍が事業活動に乗り出してそれぞれが独自の領域を形成しており、その占有する利権をめぐる確執をどう統制していくかは金正恩と側近グループの命運を左右しかねない難題となるだろう。
再開される
米朝間協議
北朝鮮は昨年から水面下での米朝協議を再開し、食糧支援協議から核と濃縮ウランをめぐる協議に移行しようとしている。金正日死去直後にも協議は継続されており、当面はニューヨークでの国連代表部接触で内容が詰められていく。米オバマは「核拡散に関する北朝鮮によるいかなる行動に対しても断固たる措置をとる意思がある」としたうえで「中国が朝鮮半島の緊張緩和や核拡散防止でパートナーになりうることを目の当たりにしてきた」(昨年一一月のオーストラリア議会演説)とし、中国による対北朝鮮牽制力を期待しながらの協議進行を示唆した。
後見人の張成沢
と軍部について
金正恩独裁体制を支える側近とされる張成沢(チャンソンテク)国防委員会副委員長は、金正日亡き後の中国とのパイプ役でもあり、また韓国、日本その他の西側各国をも訪れた経歴のある国際社会を肌で知る労働党の幹部(組織部長)である。世界の中で北朝鮮の位置を客観的に見極めることのできる数少ない人材でもあり、その意味では西欧留学歴のある金正恩の重要な後見役になりうるし、むしろ北朝鮮にとっては金正日よりも張成沢を失うことのほうが人材的損失は大きかったといっても過言ではない。
北朝鮮軍部については従来強硬で好戦的なイメージで見られてきたが、実際には軍事に無知な金正日の「戦争ごっこ」に振り回され、同調させられて軍としての実質を形骸化させられてきたというのが実態に近いだろう。一昨年の党代表者会で無名に近かった金正日と同世代の李永鎬(次帥・六九歳)を軍参謀総長として金正恩の側近に充てたことはそれ以外の高齢化した軍の老幹部たちへの「名誉ある引退」への引導とも受け取れる。
北朝鮮の核開
発の実態とは
北朝鮮の核開発は周辺諸国にとっての危険因子ではない。それは二三〇〇万人の北朝鮮人民自身に降り注ぐ禍に他ならない。核開発を弄んできた金正日が死去することによってしのびよる核惨事・核自爆が回避されることになればそれは北朝鮮人民にとって幸いだ。だがこのことは米中ロの核保有大国が六カ国協議で北朝鮮の核開発、ウラン濃縮活動の放棄を迫ることを正当化するものではない。
「対等」と「同時行動」を原則としてきた北朝鮮の外交スタンスは正当であり米中ロがまず先行して核軍縮のプロセスを明示することが六カ国協議再開の前提条件とならなければならない。北朝鮮の相次ぐミサイル発射実験は周辺諸国によって正確に監視・解析されており、結果としてはその威力を誇示するどころか開発レベル自体が問題視されている。その実態は飛距離だけにこだわって日本上空を通過したものもあれば北朝鮮近海で落下したものまであり、精度測定など論外のレベルにあることを自己暴露しただけの実験にすぎない。金正日の死去によって北朝鮮の核開発にブレーキがかかるとすればそれだけでも北朝鮮を取り巻く外交局面はガラリと好転することだけは間違いない。
南北関係は
どうなるか 一昨年一一月の北朝鮮軍による大延坪島砲撃・島民殺傷という弁解の余地のない暴挙によって南北関係は協議再開の道を断たれた。北朝鮮メディアは金正日死去後にも韓国・李明博政権批判を強めているが実際には金正恩後継体制固めのため「南を相手にする」政治的余裕はない。
日朝国交交渉
再開のために
当面は米朝高官協議再開に注力し、南北関係打開の動きは一二月の韓国大統領選、翌年の新政権発足という政治的タイミングを待つことになるだろう。
日朝は〇八年福田政権時に拉致被害者の再調査委員会設置などで合意して協議が再開されようとしたが、直後に福田が政権を投げ出して交渉再開への糸口は再び閉じられて今日へと至っている。
一方で金剛山観光韓国人観光客射殺事件で南北関係が悪化する中、北朝鮮メディアは日朝交渉再開に関しての日本の動きについては批判一辺倒ではなくて肯定的動きについても紹介しており、対話再開の窓口が閉ざされているわけではない。金正恩後継体制発足を国交交渉再開の「仕切り直し」の機会としてとらえ、政府であれ、民間であれ知恵を出し合い工夫を凝らして対話再開の道を探っていかなければならない。
巨視的視点に立って北朝鮮のこれから、朝鮮半島のこれから、北東アジアのこれからを展望しよう。
(荒沢 峻)
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