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    かけはし2012.年1月1日号

社会を立て直す反転への跳
躍台として絶対に職場に戻す


JAL不当解雇撤回総決起集会




来春の判決で
勝訴をもぎとる
 昨年一二月三一日 に強行された不当な指名解雇からほぼ一年の一二月六日夕刻豊島公会堂を会場に、『勝ち取ろう勝利判決!戻ろうあの空へ!』をスローガンに、「12・6JAL不当解雇撤回総決起集会」が開催された。主催はJAL不当解雇撤回国民共闘。
 不当解雇撤回を求めた提訴に対して今年一月から東京地裁で始まった裁判は、来春にも判決が予想されている。従来の常識からかけ離れた大晦日の解雇強行から始まり、経営の最高責任者自らが「必要ではなかった」と証人尋問でもくり返す、それほどの異常な解雇だ。しかしその異常さが仮に裁判でも容認されたりすれば、その異常さが当たり前のことにされるのだ。それが労働者の権利全般に与える影響は計り知れない。
 今回の日航経営による指名解雇は、その異常さを当たり前に変えさせることを明確に意図して、つまり日本の労働者総体に及ぶ権利の剥奪の狙いがこもった象徴として強行された。JALの経営破綻を格好の「好機」とした整理解雇四要件外し、もの言う労働組合つぶしの不当労働行為はその意味で、日本の大資本の意を体した反民衆的挑戦に他ならない。
 この挑戦はたたきつぶされなければならない。そのようなものとして、解雇されたJALの労働者を職場に取り戻さなければならない。そこに向けた第一段として、幅広い連帯の下に圧倒的な世論の包囲で来春勝訴を勝ち取る、本集会はそのための共同の取り組みに向け意志一致を勝ち取る場として設定された。

意気込みを示す
新しい試みの構成
 集会はその意気込みを示すように、新しい試みを盛り込んだ構成の下に進行した。
 まず幕開けは、音楽集団、荒馬座による腹をえぐるような和太鼓の演奏。すさまじい早打ちのリズムが、冷たい雨をついてかけつけた労働者の体と心に熱を運び入れた。
 集会の山場には、当該の労働者が自ら演者を努めた寸劇。片山管財人と稲盛会長の証人尋問の一場面、客室乗務員の搭乗前ブリーフィング、搭乗クルーのブリーフィング、さらに出発前機体トラブルをめぐる整備士と乗員のやりとりとテンポよく場面転換しながら、今日本航空の現場で進んでいる寒々しい実態の一端が、ユーモアと会場の後ろからかけられた当該の合いの手を交えて再現された。職場に何としても戻らなければとの解雇された労働者の思い、そのために問題を自ら進んで訴えようとの思いの伝わる力のこもった熱演に会場も湧いた。
 この寸劇を挟む形で、大黒作治全労連議長による主催者あいさつを皮切りとする、当該の思いを受け止め、彼女、彼らを職場に戻す共同した運動を自らの闘いとして作り上げようとの決意を込めた発言が、さまざまな分野から続いた。それらは共通に、この不当解雇に張り付いた前述した反民衆的挑戦を共にはね返す決意と連帯を、各々の角度から表明するものでもあった。
 たとえば元朝日新聞記者の竹信三恵子さんは自らの取材経験に基づいて、もの言う労働者の排除がいかに社会を劣化させ、沈滞させるかを語った。そしてだからこそこの不当解雇をはね返すことを通じて、人を切ることが当たり前になりつつある社会を反転させるきっかけを作ろうと呼びかけた。
 航空安全推進会議議長の玉池史郎さんは、福島原発事故を取り上げながら、安全への取り組みが現場から消される社会の危険性を強調し、そうはさせない闘いとして解雇された労働者を取り戻そうと訴えた。
 そして国民共闘会議からは一〇〇万筆を目標とした公正判決を求める要請署名が、支える会からは財政的に闘争を支える会員集めが、数々の発言を行動に集約するものとして提起され全体で確認された。

原告団がユーモ
アたっぷりに
 集会の締めくくりは原告団の決意表明。壇上に勢揃いした原告団を背に、まず客乗原告団の内田妙子団長が、直前に行ったILO要請を報告しつつ闘いの手応えを語り、必ず職場に戻ると結んだ。次は乗員原告団の山口宏弥団長。例によってユーモアたっぷりに、今離陸寸前、行く手には乱気流、場合によっては滑走路閉鎖もあるかもしれないが、あらゆる事態に対応して安全に着陸する、と決意を語った。閉会あいさつは全労協の金澤壽議長が受け持ち、多様な人々に広げることを特に意識しながら先の行動提起を実践しようと呼びかけた。合わせて、集会には約七〇〇人の参加があったことも報告された。集会は最後まで新しく、CCUの若手組合員の音頭によるスローガン、団結ガンバロウの唱和を終え帰る参加者は「翼を下さい」に送られた。少なくない参加者もまた足を止め共に唱和した。
 労働者派遣法に現れた逆流を挙げるまでもなく、JALをめぐる来春の判決にも楽観は許されない。今集会での行動提起に応え、多くの闘いと結ぶ幅広い連帯を支えとする闘いを共に作り上げよう。その発展を背景に来春の勝利をもぎ取り、長く続いてきた労働者の権利剥奪攻撃への反転としよう。      (谷)

 

大阪労働者弁護団・公開学習講座

現代社会を読み解き「未来への指針」を多方面から討論

 【大阪】大阪労働者弁護団の公開講座が一一月二二日、エルおおさかで浜矩子さん(エコノミスト・同志社大学大学院教授)を招いて開かれた。
 在間秀和弁護士が開会のあいさつをし、「浜さんは、一ドル九〇円台の時五〇円になるといわれた。まさかと思うことはいずれ起こるといわれたが、今まさにその方向に進んでいる。私は今、東横インの争議にかかわっているが、この会社は価格競争に勝ってきた。しかし、ここだけに労働条件を守らせるだけではダメだ。地域社会のことを重視していかなければいけない」と述べ、労働組合が社会的なことに目を向ける必要性を強調した。

自己犠牲を覚悟
で差し出すこと
 そして浜さんが講演をした(別掲)。この後質疑応答が行われた。
 @いま公務員バッシングへの激しい攻撃がある。君富論ではどう考えたらいいのか。
 (民間労働者と公務員では互いにアドバイスできることが多い。手当の仕組みや経営と闘うときのやり方それぞれを共有していく。違うもの同士を比べると参考になる。一カ月間公務員と民間を入れ替えてみるとか。「あんたの靴で歩いてみよう一マイル」だ)。
 A大王製紙の会長はカジノで金をばらまいた。よいことではないが、あれはあれで社会には役に立つことをやっているのか?
 (一定の問題意識をもち、自己犠牲を覚悟で差し出すことでなければだめだ)。
 Bギリシャの労働者は年金や賃金引き下げに抵抗している。先が見えていないと君富論に立てないと思う。ギリシャの労働者も先のことが見えているからあれだけ闘っているのでは。ギリシャの将来はどうなるのか。
 (このままいけば、ユーロ圏の崩壊だ。ギリシャがどれほどだらしないかとは関係なく、元々きちんと準備できないままユーロ圏ができた。その設計が間違っていた。ギリシャはユーロ圏に入ることで借金できるようになった。投資家は、ギリシャはあぶないけれど、ユーロあげて支援するだろうと考えていた。一九九〇年の統一ドイツを一人歩きさせないためにユーロ圏をつくったが、いま経済側からの逆襲が始まっている)。
 C現在の閉塞感の中で、二〇〇兆円の埋蔵金を使えばいいとか、公共事業を拡大すればという声があるが。
 (どちらも間違っている。公共事業をやるのは昔のやり方。必要なのは分配政策の転換だ。中央で撒くのではなく、地域中心で貧困スポットをターゲットにして分配をする。成長戦略はいらない。成熟政策がいる)。
 D君富論は、個人対個人ならわかるが、対国・企業だとどうするのか。
 (いわれているのはよくわかるが、結局根底には人間の営みがある。国益という言葉は麻痺をさせるものだ。まさかを超えて上のベールをはがせば、見えてくる。それができなければ、人類は滅亡しても仕方がない)。


開かれた小国の
イメージが重要
 Eマスコミなども自由貿易はいいものだという前提で報道しているが、本来のあるべき姿は?
 (対抗的なイメージで還元型社会とか、地産地消、地域通貨などがいわれるが、それでは閉鎖社会になってしまう。必要なのは開かれた小国のイメージだ。外に向かって開かれていれば豊かになる。強国に吸収されると思いがちだが、そうではない。西欧には例が多い。オランダ・スイス・ベルギー・デンマーク、シンガポール。日本の地域がそれぞれ小国的な立場でやればいい。本来の自由貿易の原則は、戦前の相互主義(相手の諸国と同じだけという意味)の反省から自由・無差別・互恵を原則にした)。
 F新自由主義がはびこっているが、強者・権力者は君富論に立てるのか。労働者は自らの要求を掲げなければいけない。日本政府は、なぜ持っているドルを売って震災復興資金に当てないのか。
 (強者のことは、言われるとおりだ。労働者についてもその通りだ。自分の立場がはっきりしていないと君富論はできない。雇用を人質にしていては闘えない。言うことは言わなければいけない。全面的譲歩は君富論ではない。ドル売りの件で政府が考えていることははっきりしている。ドルを売ると円高になるからだ)。
 G開かれた小国論の反応はどうか。
 (自分の学生、といっても年齢は高いが、いいなという反応が多い)。
 質疑応答に十分な時間をとったので、話はおもしろかった。大川一夫さん(大阪労働者弁護団代表幹事)のあいさつで閉会した。
 若干の感想を追加する。講演と質疑は興味深い内容であったが、反資本主義の立場からは浜さんの意見はどのように評価されるのであろうか。あるいは、反資本主義は現在の経済状況に対しどのような政策を持つべきなのだろうか。(T・T)

浜矩子さんの講演から

必要なことは分配を増やすこと
 
経済は成長、競争、
分配の正三角形だ
 人間の顔をした経済という言い方がよくされる。この言い方自体に現代社会の問題がある。経済は元々人間がするもの。現在、経済学は数学化しバランスが崩れてギクシャクしている。バランスのある経済は、成長・競争・分配の三つを頂点とする正三角形だ。ところが、現在は競争の辺を長くすることで、それに引きずられて成長も実現しようという政策だ。分配がしわ寄せを食らって、人々の貧困化が生じている。つまり、デフレの姿だ。これはグローバルに存在している。
 分配のベクトルを再強化するにはどうすればいいのか。一八世紀の経済学者アダム・スミスの国富論にならってワンフレーズでいうと、僕富論から君富論へだ。何を考えているのかわからないのが労働組合だ。
 現在は国と国、労と使、人と人、が誰も僕富論だ。これを続けていると互いに共倒れになり、最後は誰もいなくなる。TPPは僕富論そのものだ。例外なき貿易自由化に対してイエスかノーかなのか。そうではない。TPPは例外なき貿易不自由化だ。枠の中だけの自由化だ。自分たちだけのために囲い込む。自由貿易協定というネーミングにまやかしがある。TPPは地域限定排他協定という僕富論だ。もともと小さな国同士がつくった小さな枠を、米国が出てきてハイジャックしたのがTPP。
 
課題は僕富論から君富論への転換
 最近の米国は急速に僕富論に傾斜している。オバマ大統領は就任演説で世界に開かれた米国を掲げ、子どもじみた振る舞いからの決別(この文句は聖書に出てくるパウロの「コリント人への手紙」にある)を宣言した。ところが今年の一般教書演説では、「これからは雇用はすべて米国内で生まれなければならない。教育は米国の若者だけのためのものだ」といった。これは、例外なき自由化とは無関係で、独り占めの論理だ。
 君富論の具体的なイメージとは、国と国なら国産愛用ではなく、それぞれ他国のものを買うこと。企業間なら、トヨタ社員は日産の車を、日産社員はトヨタの車を買う。同志社大は立命館大のために、立命は同志社のためにということ。労使ならどうか。今とは違う解決策が出てくる。君富論的契約をするというとこと。
 死に至る流れを変えようとするなら、賃金と金利を上げればいい。三角形の態をなしていない今、難しいことを考えず、今やっていることの反対を考えればいい。労働者が賃上げをしなくなったことは、非常にマズイ。僕から君への転換をやらなければ永遠の暗闇だ。皆さん、私と契約を結んで、この会場を出たら君富論の普及活動をしてほしい。(発言要旨、文責編集部)

 


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