以下の報告は、十一月十九日に東京で行われた「加藤博さんの北朝鮮難民救援活動報告集会」(主催・平和事務所、連合通信社)での加藤さんの発言要旨を編集部の責任でまとめたもの。NGO「北朝鮮難民救援基金」事務局長の加藤氏は中国の大連で活動中の十月三十日に中国公安当局(安全局)に拘束され、不当きわまる厳しい取り調べの後十一月六日に国外退去処分となり活動半ばでの帰国を余儀なくされた。中国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)間の国境地帯近辺での北朝鮮脱出難民やNGOによる救援活動の実情の一端を知る上で貴重な報告だ。(荒沢)
中国安全局による脅しと暴力
中国安全局の脅しは怖かったです。「ここ(長春)は北朝鮮の国家保衛部要員がたくさんいるところだ。われわれ安全局は彼らと密接に連携している。あなたを秘密裡に跡形も残さずに北朝鮮に渡すことも出来る」という脅しが私には一番効きました。私が直接話したこともある人の中には脱北してきた後にここで捕らわれ北朝鮮に送り返されて処刑された人もいるのです。
取り調べでは誰に会ったか、その人数、名前、そして何を話したかを執拗に聞かれました。容疑については一言も告げられず、「中国国内法を犯したことはすべてわかっている」と言うばかりでした。彼らは私がスペイン大使館駆け込み事件の主謀者だろうと疑っていたようです。
たしかに私はこの事件に関わりました。事件後にメディアに対して、駆け込んで亡命を希望している人たちの声明を発表する仕事を担当していました。しかし中国国内各地に分散している人たちを北京まで引率し大使館に駆け込ませるという全一連の行動を外国人である私が出来るはずもありません。中国国内の実情に詳しくないととてもこんなことは出来ないのです。
中国警察は最近、居民身分証チェックを厳しくし携帯ノートパソコンで瞬時に身分確認できるシステムをとっています。中国語ができるか否かをまず調べられます。そして瀋陽での日本領事館駆け込み事件でもそうですが、中国の地方の田舎から厳しい検問を逃れながら突然大都会にやってきて右も左も何もわからないなか、武装警察官が厳重に警備する外国公館に幼い子供を連れて駆け込み亡命を図るなどと言うことがいかに危険な大冒険であるか、どれほどの決意を必要とするかを考えてほしいと思います。
厳しい取り調べが四日間続いた後に彼らは「日中友好の精神で寛大に処理することになった」と言い始め、食事になんとビールを添えてお祝いのため一緒に飲みましょうなどと言っていました。そして取り調べを受けてわかったのですが、彼らは公安関係の団体・個人に関する分厚いファイルをもっており、私に尋問してその記載内容を確認しているようでもありました。そして最終的に五年間入国禁止の国外退去処分になり日本に送還されることになったのです。所持金やメモ類、カメラなどは没収され、「中国の国内法によって処理した」と言うばかりでした。
私は無事帰ってこられましたが、去る八月に捕まった若い韓国の活動家は未だ拘束されたままですし、中国国籍者に対してはもっと厳しく、暴力をふるわれ骨折するなどの被害に遭っています。
「難民はいない」と言う中国政府
「国内に北朝鮮難民というのはいない」というのが中国の公式的立場で、北朝鮮からの難民は単なる不法入国者であるから送還されても罰せられることはないと主張しています。しかし実際には送還されると罰せられており、中国もその批准国である国際難民条約では迫害される「おそれのある場合には送り返してはならない」とあるのだから難民として保護すべきです。
一部にあれは「飢餓難民だ」「経済難民だ」という指摘がありますが、送還されて罰せられている事実に照らしてもそれは当たらないと思います。中国では昨年四月に北京で治安問題の工作会議が行われて以降「厳打整治」というスローガンが打ち出され、中朝国境近くの在中国の朝鮮族の住む地域では難民情報の密告奨励のたくさんの布告が出されている状況にあります。
国際難民条約の精神に基づいて人道的立場からこうした難民を支援することは間違ったことではありません。また静かな環境の中で中国のこうした難民政策の変化を待つのも一つの方法だとは思います。私たちの主要な活動は医薬品などの支援にあります。過去二年間では毎月コメ五トンを供給しており、保護している人員は約三百人で今回は冬服三百着を用意していました。北朝鮮の国内の人に食糧を届ける独自のネットワークを持っています。
子どもたちに教育を保障する仕事も
北朝鮮政府を通すと本当に必要な所へ援助物資は届きません。国際援助活動を行っている世界食糧計画(WFP)などはモニタリングを行って配布状況を確認しているなどと言っていますが、実際にはWFPのモニタリング終了後に、北朝鮮社会を末端で統制している人民班によって「兵士として前線で活動している息子たちに愛国米を送りましょう」として配布後直ちに回収されてしまい、これには誰も反対できないというある難民の証言を得ています。
北朝鮮の咸鏡(ハムギョン)道に二十カ所の拠点を作り、朝鮮労働党の地方レベルの支部長クラスの中にも私たちに協力的な人がいます。彼らも食べ物を求めて越境してくるのです。また国境警備隊員ですらもが腹をすかしているのが実情なのです。
次の私たちの活動として北朝鮮から逃げてきた子どもたちに最低限の教育を保障する仕事があります。こうした子どもたちはすでに家庭が崩壊しているケースもあり、もう北朝鮮には戻れないという事情もあります。優秀な子どもも多く、在中国の朝鮮族の学校の試験で首席となる子もいます。これまでは朝鮮族の学校に通わせることが出来たのですが、中国政府の「厳打整治」方針が出されてからは不可能になり、以降は定年退職した教員を雇って教えてもらっています。
他には日本による里親制度のプログラムもあります。北朝鮮に連れ戻された経験のある子供たちは、「鼻に針金を差し込んで引っ張られた」「火であぶった高温の鉄棒を足に押しつけられた」など、北朝鮮当局による虐待について証言しています。
定住促進のためのプログラム
定住促進のためのプログラムも行っていますが容易ではありません。難民の人たちは北朝鮮で育ち長く暮らす中で身につけてきた固有の価値観があり、これが摩擦の原因になったりもします。
「何か利益があるから助けてくれるのだろう」という発想があり、試行錯誤しながらも違った社会システムの中で自立を促していくプログラムを作っています。座布団カバーを作りこれを日本で一枚五百円で販売すると現地ではこれでコメ十ntが買えます。山の斜面を借りて果樹園を作り経済的自立を図るというプログラムもありましたがこれは中国の公安当局に摘発されてフイに終わりました。
また第三国への移住プログラムもありますがその実情には厳しいものがあります。日本から帰国運動で北朝鮮に渡った後に北朝鮮を脱出した人には子どももいます。彼ら彼女らは「父母が生まれた国に帰るのに理由がいりますか」と言いますが「じゃあ帰ってきなさい」とは必ずしも言えない。まず日本語が出来ないと日本にきても仕事がない、五十歳すぎまで北朝鮮で育った人にはあまりにも厳しすぎます。
次にまた新しい動きが必ずある
しかし韓国であれば整った定住プログラムがあります。そしてメディアの方に言っておきたいのは、私たちとしては帰国定住した人のことは絶対に公表できない事情にあると言うことです。報道する側としては矛盾を感じるでしょうが現時点では公表は出来ません。もし判明したりすれば北
朝鮮国内にいる家族、親類縁者にまで害が及びます。北朝鮮の国家保衛部員には日本に派遣されている者もいます。彼らは朝鮮総連をも調査しています。このことを忘れないでいただきたい。金正日は拉致事件を自ら認めました。これは大きな動きであり、次にまた新しい展開が必ずあると思います(ここから後は質疑応答での発言)。
石丸次郎氏(ジャーナリスト)の難民十万人説はむしろ抑制された数字だと思う。北朝鮮で村に当たる末端基礎単位の 里で平均六割の人がいなくなっているという情報から推すとそれぐらいの数字にはなります。現在は東アジアでの難民支援の枠組み作りについてだれがイニシアチブをとるかという局面にあり、かつて九万三千人の帰国運動を行った日本政府にも責任があると思う。拉致事件被害者帰国問題では政府方針を明確にしていますが、難民支援枠組みづくりでのこうした政府の対応の可能性に期待します。
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