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ブラジル大統領選挙 ――              かけはし2002.11.18号より

ルラの勝利とPT(労働者党)の危機

ジョアオ・マチャド・ボルゲス


 十月二十七日に行われたブラジル大統領選の決戦投票で、PT(労働者党)のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバが総得票の六一・五%を獲得し、カルドゾ現政権与党が推すジョゼ・セラに大差をつけて勝利した。ルラは金属労組の活動家として軍部独裁体制に対する労働者階級の闘いの先頭に立ってきた。この反軍政闘争を基盤とし、農民・先住民族とも結びついて形成されたPTは、社会民主主義から毛沢東主義者、カストロ主義者、トロツキストにいたる様々な潮流をふくんだ複数主義的左翼政党として国際的にも大きな注目を集めてきた。その中で有力な位置を占めているのが第四インターナショナルを支持するDS(社会主義的民主主義)潮流である。しかしグローバル経済の中でブラジルが直面する危機の深さ、債務返済の圧力はルラ新政権が取りうる政策の幅を限定的なものにする。PT主流派の右傾化も進んでいる。PT、とりわけ党内左派にとっての正念場である。以下の文章は、十月六日の第一回投票直後に書かれたもの。



 予測に反して、ルイス・イナシオ・ダシルバ(「ルラ」、労働者党〔PT〕の大統領候補)は、十月六日に行われたブラジルの大統領選挙の第一回投票では選出されなかった。世論調査では、少数の例外を除けば、彼は第一回投票での勝利に必要な有効投票の五〇%プラス1を獲得しそうだ、ということになっていたのである。
 さらに、勝利が確実になればなるほど、ルラはいっそうより広範で新たな支持を、候補擁立を見送った他党や大企業家の双方から得ようとする方向に傾いた。著名な銀行家や大金融企業のトップは、ルラ候補への支持や、少なくとも共感を表明した。報道機関は、彼ら企業家の一部は将来の政権の経済チームに加わるよう依頼された(PT指導部から)、と報じた。
 そして、活動家と支持者の動員のおかげで選挙運動の最終日にピークを持ってくるPTの伝統は、希望をかきたてるものだった。
 しかし、ルラは第一回投票では勝利しなかった。九九%開票の段階で、彼は有効投票総数の四六・五%、投票総数の四一%となる約三千九百万票を獲得した。かくして彼は政府与党の候補者であるジョゼ・セラと、第二回投票に進まなければならなかったのである。セラの得票は約千九百五十万票で二三・二%。つまりルラの半分である。
 もし世論調査が現実にかなり近いものだと認めるなら――そしてその通りのように思われるが――、ルラへの支持は選挙戦の最終段階で伸びず、実際にはいささか後退したのである。これをどう説明すればいいのか。
 第一に、十月三日に行われた、選挙運動の終わりにあたっての主要大統領候補のテレビ討論が与えた影響である。ルラは、彼のアドバイザーたちが作成した「市場調査」の戦略にしたがって、他の候補との衝突を回避した。彼は、直接的で繰り返し行われた質問に向かって、どのような提案に対しても賛成か反対かを明確にすることを避けたのである(彼は以前、自分のムードは一種の「平和と愛」だ、と宣言していた)。彼は決まって、問題は複雑であり、「社会全体の討論」を通じて解決されるべきだと回答した。それが与えた印象は、困難を恐れる候補というものだった。
 第二に、今回、勝利の可能性があるにもかかわらず、PTの大衆動員の伝統ははるかに弱くなっていた。ここ数年、PTの運動への参加は後退していた(それは、党がますます「職業的」な機構の手に握られるという変化を伴っていた)。今回、動員の後退はさらに際立っていた。ルラとPT指導部多数派が導入した変化は、不信をもって見られた。自らを社会主義者と規定していた党活動家たちが、政府が大企業経営者と密接に協力し、銀行家に友好的な態度を取り、IMFとの協定を尊重することに責任を持つなどといった予測に、情熱を持たなかったことは理解できる。
 ルラ自身は、こうした諸困難を間接的に認めていた。サンパウロで行われた選挙運動の最後の集会の一つにおいて、彼は「PTの活動家たちは、私が党の綱領を実行しようとしているということに安心できる」と語った。こうした保証は、他の運動ではまったく不必要なものだった。
 いずれにせよ選挙の第二ラウンドは、ルラにとってより有利なものになるだろう。彼は大きな差をつけてスタートしているし、他の主要候補(PSB〔ブラジル社会党〕のグロンティニョ、PPS〔社会主義人民党〕のシロ・ゴメス)の支持を受けるだろう。〇・五%の得票という失敗に終わったPSTU(統一社会主義労働者党、モレノ派潮流のトロツキストグループ)もおそらくルラを支持するだろう(PSTUの失敗は、ルラが第一回投票で当選するための「有効投票」の圧力によって、部分的に説明できる)。
 さらに重要なことは、この選挙がフェルナンド・エンリケ・カルドソ政権とその新自由主義政策への反対投票によって、有権者の巨大な意思を示したことである(それは、政府与党候補のセラが、自らを変革のための候補と押し出そうとしたことにも示される)。
 他方、選挙の勝負は見えたと考えることは間違いである。第二ラウンドで「平和と愛」戦略を維持することは、いっそう難しいだろうからである。
(筆者のジョアオ・マチャド・ボルゲスは経済学者で、PTの社会主義的民主主義潮流〔第四インターナショナル派〕全国調整委員)
(「インターナショナルビューポイント」02年11月号)

ブラジル各級議会・自治体選挙でPT左派が前進

連邦議会選挙ではDS(第四インター派)が十議席


 ブラジル連邦を構成する州のレベルで行われたさまざまの選挙でPTが収めた成果は、得票における一定の上昇傾向があったとはいえ、かなりの程度差異のあるものだった。喜ばしい驚きもいくつかあった。ジョゼ・ニニュイノ(PT左派と考えられている)が州知事候補者となったサンパウロ州では、有効得票の三二%以上を獲得した(同州でPTが獲得した最高記録である)。こうして彼は二一・三八%を獲得した右派候補パウロ・マルフを破り、初めて第二回投票に進出した。一部の州ではPT候補の成績は、予想よりも良かった。
 しかし一部には心配な結果もあった。州政府がPTの看板商品だったリオグランデドスル州では、タルソ・ジェンロ候補が第二回投票に進出したが、得票率は三七%に過ぎず、他方、右派候補のリゴットが四一・一七%を獲得した。
 PTは小さな州であるアクレ州(ペルーとの国境に近いブラジル北西部にある。ジョルゲ・ビアナが再選)とピアウイ州(北東部の州。ここでは権力乱用で解任された前知事の支持を受けた)では、第一回投票で知事選に勝利した。
 下院議員・上院議員選挙に目を移せば、PTは、多くのところで連合を組んだ相手である自由党に譲歩したために、目を見張るようなものではなかったが議席を増やした。最後にわれわれは、PT左派の成績に注目すべきである。左派が、自分たちが全く同意しなかった全国政治方針に従わなければならなかったことを考慮すれば、それはかなり良いものだった。
 簡単な状況を示せば、PTが当選させた七十〜八十人の連邦議会議員の中で、最近の候補者選出のための党内選挙で社会主義的民主主義潮流(PT内の第四インター支持派)が支持したリストに加わっていた者は十人であり、議員数の一五%への増加である。(社会主義的民主主義潮流の支持者の中には、リオグランデドスル州の現副知事ミゲル・ロセット、ポルトアレグレの前市長で現州議会議員のラウル・ポント、アラゴアス州選出上院議員のエロサ・エレナが含まれる。)またパラ州から、アナ・ジュリアが上院議員に選出された。全体として党内左派は連邦議会議員の約三〇%に達し、以前よりも高い比率となった。(ジョアオ・マチャド・ボルゲス)
(「インターナショナルビューポイント」02年11月号)
                                        


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