「開かれたドグマティズム」を
もって世界変革の戦略を模索
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読書案内
ダニエル・ベンサイド 著 湯川順夫 訳 つげ書房新社 3800円+税
『21世紀マルクス主義の模索』 |
周知のように、ダニエル・ベンサイドは、昨年一月に死去したフランスの革命派マルクス主義思想家である。四三二頁におよぶ本書には、多様な切り口がある。その「さわり」の部分を、許された紙幅の枠内で紹介し、本書の「案内」としたい。
二世紀におよぶ階級闘争の歴史的射程のもとで「現在」をとらえようとする
ベンサイドは、毎年数冊のペースで書籍を著し、雑誌や新聞に論文を書き、インタビューや講演を引き受けてきた。本書は、膨大な量にのぼるこれらの論文等の中から、二一世紀の世界変革を考えるうえでとりわけ重要と思われるものを選んで編集した論文集である。
それぞれの論文は、ここ二十数年の間に書かれている。そこでは、一九九一年のソ連邦の自壊以降の世界をどのようにとらえ、そこからプロレタリア革命の展望をどのように実践的に再構築するのかが問われた。この問いに、ベンサイドは、第二次大戦後という枠組み、あるいはエリック・ホブズボームの言う「短い二〇世紀」の枠組みを超えて、一九世紀と二〇世紀の二世紀におよぶ階級闘争の歴史的射程のもとで取り組もうとする。
とりわけ「一八四八年」と「一八七一年」は、全体を貫く下敷きのようになっている。一八四八年といえば、マルクスとエンゲルスによる『共産党宣言』が刊行され、共産主義思想が明瞭な姿をもった妖怪となって登場した年である。また同年、マルクスの『フランスにおける階級闘争』に総括されているフランス二月革命をはじめとするヨーロッパの革命的激動があったが、それらはプロレタリアートを推進力とするブルジョア革命として終息していくことになった。
一八七一年といえば、マルクスをして「本質的に労働者階級の政府であり、横領者階級に対する生産者階級の闘争の所産であり、労働の経済的解放をなしとげるための、ついに発見された政治形態」と言わしめた七二日間におよぶパリ・コミューンが出現した年である。一方、その崩壊のあと、ドイツの急速な工業化とともに増大した産業労働者がドイツ社会民主党のもとに結集し、第二インターナショナルの形成へとつながっていくことになった。
このような一八四八年と一八七一年を念頭においておくと、本書を理解するうえで大きな助けになるだろう。
ちりばめられた多岐にわたる重要テーマ
本書は「教科書」のようにではなく、「論争の書」として書かれている。しかもそのテーマは、相互に関係しあった多岐にわたるものになっている。主なものを列挙してみよう。
?一九八九年のベルリンの壁の崩壊と一九九一年のソ連邦の自壊をどのように歴史的・政治的に規定するのか? そこからどのような政治的方向づけを持とうとするのか?
?新自由主義者は、共産主義・スターリニズム・「レーニン主義」を等式でつないで一九一七年のロシア十月革命はあらかじめ崩壊する宿命を背負っていたとし、「もうひとつの世界」など絵空事だとする。「悔い改めたスターリニスト」も同様に、スターリニストをやめるとともに、恥知らずにも共産主義思想を放擲してしまった。では、「レーニン主義」とは何なのか? 十月革命とは何であったのか?
?プロレタリアートの独裁は、マルクスによってどのように提起されたのか? 何のために国家権力を獲得しようとするのか? 獲得した国家権力をもとに私有財産と国家の廃絶へと進んでいくために、何が現在的に求められているのか? そこでのヘゲモニー概念を、どのように実践的に再構築するのか?
?マルクスにおいて「政治」は、どのようにとらえられていたのか? 「市場」に支配され、消滅しつつある被抑圧者の政治を、どのように再構築しようとするのか?
?階級闘争は消滅してしまったのか? 労働者階級をどのように現在的に再定義するのか? さまざまな社会運動と階級闘争はどのような位置関係にあるのか? そこでの資本の役割は?
?エコロジーやフェミニズムなど、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキーなどにおいて明確になっていなかった課題に、現在のマルクス主義者はどのように取り組むべきか?
本書では、さらにさまざまなテーマが、いくつかの論文にまたがって論じられている。全体を横断しながら、内容の一端に立ち入ってみよう。
十月革命に対する「革命の中の反革命」としてのスターリニズム
十月革命は、「革命かそれとも純粋民主主義かではなく、力を伴う二つの解決策のあいだの、すなわち革命かそれともコルニーロフの軍事独裁やそれに類似する体制かのあいだの選択であった」(五三頁)。それにつづく白衛軍とその国際的同盟者たちとの内戦は苛烈を極めた。一九二〇年末にようやく内戦に勝利したが、ソヴィエト・ロシアは極度に疲弊しきっていた。しかも、待ち望んでいたヨーロッパ革命は、ついにやってこなかった。
そこで、復興をめざす論争や対立があったが、二〇年代と三〇年代とのあいだには、オルタナティヴをめぐる対立から非和解的な対立へという「断絶」があったことを、ベンサイドは強調する。すなわち、「ミハイル・ゲフターの重要な問題提起――十月と強制収容所とのあいだの『連続した歩み』なのか、それとも『政治的・モラル的に明確に区別される二つの世界』なのか――に対して、スターリニズムの反革命性を明らかにする分析は明確な答をもたらす」(七五頁)。それは「革命の中の反革命」(九三頁)であり、「時間の逆転でも過去への回帰でもなく、いまだかつてない歴史的形態の創造であった」(八九頁)。
そして、「ずるずると持続するテルミドールが革命を食いつぶし、……ベルリンの壁の崩壊とソ連邦の崩壊は、象徴的な形で一九一四年〜一九一八年の第一次大戦と十月革命から開始された歴史的サイクルの終焉を画すもの」となった(八八頁)。だから、「今ではわれわれは、一九八九年が、非常に長きにわたって作用しつづけてきた反革命を完成させる年になった、と判断している。……この反革命は、一九二〇年代末以降から始まり、一九八九年から一九九一年までの時期の出来事が勃発する瞬間にほぼ完成されたのであり、この時点での出来事は長い反革命の大団円にすぎなかった」のである(三五六〜三五七頁)。
このようにしてベンサイドは、スターリニズムが、歴史的必然によってではなく、非和解的対立関係の中での官僚的反革命として発生し成立したこと、それは「理論的逸脱」ではなく、「恐るべき社会的反動」であることを強調している(一八四〜一八七頁)。
党・階級の区別とプロレタリアートの独裁
「レーニン主義」なる用語は、一九二四年の共産主義インターナショナル第五回大会で初めて登場した。そこでは、各国共産党の「ボリシェヴィキ化」すなわちスターリニズム化に対応して、「一枚岩の党」「集権主義にもとづく鉄の規律」が、あたかもレーニンのものであるかのようにされた。「レーニン主義」を、このようなスターリニズムの影の中で理解している人は、いまなお少なくない。
これに対してベンサイドは、「レーニンの政治思想は、戦略としての政治の思想、好機と弱い環の思想である」(一一五頁)とし、「レーニンにとって、党はもはや、蓄積された経験の結果でも、暗い無知のもとにあるプロレタリアートを理性の光にまで引き上げる役割を持つ穏健な教育者でもない。それは、戦略の操縦者、階級闘争のある種のギヤーボックスや転轍機になる」とする(一一七頁)。
さらに、よくいわれる「外部注入」論に関して、カウツキーとレーニンを見事に対照させる。「カウツキーは『科学』は『階級闘争の外部から、ブルジョア知識人によってもたらされるという形をとって』プロレタリアートのもとに到来すると書いた。レーニンは、並外れた筆の滑りで、『政治意識』(もはや『科学』ではない)が、『経済闘争の外部から』(そして、この点でもまた政治的でもあり社会的でもある『階級闘争の外部から』ということでもない!)、社会学的カテゴリーとしての知識人によってではなく、政治の場を具体的に構造化した主体としての党によってもたらされる形で到来する、と言い表した。その違いは非常に重要である」(一二二頁)。
ここからベンサイドは、「(革命)党と(労働者)階級とのあいだの区別」こそが、「『何をなすべきか』と『一歩前進、二歩後退』の中で論争の中心的位置を占めている」とする(一五四頁)。そして、「党がもはや階級と混同されなくなれば、階級は多様な代表を持つこととなる」(二七六頁)。しかも、「プロレタリアートがその前衛を通じてしか権力に到達できないということ、このことがもし前衛への権力の委託を通じてプロレタリアートが権力を行使するということを意味するとすれば、それは別のことになる」と言う(九八頁)。この考えは、ローザ・ルクセンブルクからの次の引用によって補強される。「もしプロレタリアートが権力を維持しうるとすれば、それは、その階級の思想の支配を実現し、社会主義を実現するであろう。……少数派による社会主義の実現という考えは無条件に排除される」(一四二頁)。
したがって、政治的民主主義の課題が大きな比重を占めることになる。その観点からベンサイドは、一九二一年の「ネップへの転換が新しい民主的コースとは結びつけられていなかった」ことを指摘する(一四八頁)。同様に、レーニンの『国家と革命』についても、「議会主義的幻想と決別したのだが、それと同時に、国家の過渡的政治形態を考察するのを自らは控えた」と総括している(一四一頁)。
また、グラムシのヘゲモニー概念を、次のようにまとめる。「権力の獲得は、前もってヘゲモニーを獲得することなしには、すなわち、ある特定の階級の同業組合主義的利益を防衛するだけでなく、社会関係の全般的危機に対する全面的な解答をもたらすことができる新しい歴史ブロック内部における支配的/指導的役割を確立することなしには、考えられない」(二六九頁)。
以上のうえに立って、ベンサイドは「われわれにとって、権力を握るとは、権力を変革することであり、権力を変革するためには、根本的に所有関係を変革し、世界の私有化(民営化)へ向かう現在の傾向を覆さなければならないのだ」としている(二九二頁)。
プロレタリアート、さまざまな社会運動、そして資本と全般化された商品化
一九八〇年代と一九九〇年代半ばあたりまで、革命派には苦しい局面がつづいていた。日本では、総評解体に象徴される階級情勢の激変の局面であり、今にして思えば、われわれは雪崩に巻き込まれながら必死にもがいていたような感さえある。
フランスのLCRも同様の状況の中で、大衆運動の内部で闘っていた。こうしたことを、ベンサイドは、次のように語る。「一九八〇年代から一九九〇年代初めまでの時期には、……われわれは何よりも抵抗について語っていたのであって、戦略問題をめぐる論争は実践的に消えていた。当然にもこの守勢的状況からいかにして抜け出すべきかを考えなければならなかった」(二八六頁)。そして、「LCRは、基本的に大衆運動……内での自らの活動のおかげで一九八〇年代と九〇年代の敗北に抵抗することができた」のである(一六一頁)。
こうしたことの背景にある労働者の抵抗の弱体化は、暗黙のうちに第二インターナショナル以来の産業労働者を前提にしてきた労働者階級についての見方の再検討に結びついていく。関連するベンサイドの発言に耳を傾けてみよう。
「おそらく『プロレタリアート』という用語の方が、労働者階級という用語よりも理論的に望ましいだろう」(一九五〜一九六頁)。「われわれはしばしば、政治的・社会的敗北の結果として階級の組織化と意識性とが弱体化していくことを、階級闘争のとどまるところを知らぬ衰退と混同する」(二七頁)。だが、「マルクスにあっては、階級の実証主義的な社会学が問題なのではなく、諸階級は自らの闘争においてのみ存在するのだという、動的な社会関係が問題なのである」(二六頁)。同様に、「ある階級に所属するという感情は、社会学的決定の結果と同じだけ政治的形成過程の結果でもある」(一九六頁)。
そのうえで、労働者階級の「組織化と意識性を今日において妨げているものに最大限の注意を払う必要がある。社会生活の私有化と個人化、労働市場の柔軟化、労働時間と報酬形態の個人化、失業と不安定雇用の圧力、産業の分散化と生産組織の変化などがそれである」(二七頁)。
「それでも、労資関係は現代社会において中心的なものでありつづけている」(二七頁)。「さまざまな諸矛盾を大きく統一するものが資本それ自身であり、さらには社会関係の全体に浸透する全般化された商品化である」(二八頁)。「社会的・道徳的危機によって激化させられているさまざまな対立は、……世界の病弊、全般化した商品化の無秩序、価値法則の無軌道ぶりを指し示しているのだ。さまざまな運動を社会フォーラムや反戦運動に収斂させたり、結集させたりしている一大要因は、もしそれが資本自身でないとすれば、何なのだろうか?」(二八一頁)。
「開かれたドグマティズム」の精神で立ち向かう
ベンサイドは言う。「われわれは、古いものが完全に消滅させられてはいないままに消えつつある一方、他方では新しいものが何とか登場しようと試みているという不確実な過渡期の真っ只中にいるのであって、過去はまだ乗り越えられていないが、眼前に開けつつある新しい世界に向けて自らの路線を定めることを可能にする自立的な探求のプロジェクトがわれわれにますます緊急に必要になっている」(一七三頁)。
そして、「(しばしば大きな犠牲が払われた)過去の敗北の教訓と過去の敗北の否定的証拠を忘れ去ってよいわけではけっしてない」(二三七頁)。「蓄積されたさまざまな敗北の完全な重みの下に埋もれてきた戦略的論争の糸をもう一度たぐり寄せるためには、われわれは、あえてイデオロギーを超えて、歴史的経験の深みへと飛び込んでいかなければならないだろう。ある意味、われわれにとってまったく新しい世界、新しいものが古いものの上に広がっている世界の入口にわれわれは立っているので、前に立ちはだかる障害を過小評価することによってわれわれの無力さを理論化するよりも、われわれが知らないことを認め、来るべき新しい経験に対して開かれた状態のままでいる方がよいのである」(二四九頁)。
このような状況のもとで、「私は、自らが『開かれたドグマティズム』と形容する精神でもってこの試練に立ち向かいたいと思う。なぜなら、たとえ『ドグマティズム』という言葉が悪評にさらされているとしても、……あらゆる理論分野において、一時的流行に対する抵抗は価値があるからである。一時的気まぐれのような印象やファッション的流行の影響からもたらされる挑戦に対しては、まずパラダイムを転換する前にそれに対する真剣な論破が試みられなければならない。この教条主義は開かれていなければならない。なぜなら、教条的な言説を宗教的とも言える形で保持すべきではなく、むしろ新たな現実に対してその世界観をテストすることによって世界観を豊かにし、変革すべきだからである」(一七四頁)。
「開かれたドグマティズム」とは、なんとも弁証法的な響きを帯びた呼びかけではないか。これこそ、本書全体に響きわたるテーマである。
以上、四三二頁におよぶ本の全体像を限られた紙幅で伝えたいと思うあまり、説明不足や、いささか単純化したところがあるかもしれない。そのあたりは、読者自身が本書に取り組むことで容易に解決されるだろう。一人でも多くの人に読んで討論してほしい刺激的な本である。
(一一月一一日)
(岩田敏行)
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