認知度のある人物で陣営を
組み政党支持率3%を超える
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次期代表へ有力なホン・セファ進歩新党候補インタビュー
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先号では国民参与党を「革新」統合の対象として合党を進めるチョ・スンス前・進歩新党代表へのインタビューを掲載したが、今号では同じように統合をめざしながらも、チョ・スンスなどを批判し、革新勢力の統合と革新の独自性の発展を主張するホン・セファン進歩新党次期代表候補へのインタビューを紹介する。(「かけはし」編集部)
亡命客、タクシー労働者、進歩政党平党員、言論人、「ホン・セファ」の名前に付いている修飾語がもう1つ増えた。「政治人」だ。異変がなければ彼は11月25日の党大会で進歩新党の4番目の代表として確定する。「老いたる兵士」は、なぜ旗を掲げて隊列の先頭に立つことを決心したのだろうか。それよりも、「政治人ホン・セファ」は進歩新党の混乱を収拾し、進歩政治の底辺を拡大する政治力を発揮することができるだろうか。11月8日、ソウル・汝矣島の進歩新党本部でホン・セファ進歩新党代表候補に会った。「(進歩新党から)離れた者」たちに向けた怒りをあえて隠さなかったけれども、進歩新党への希望を語ることにも何のちゅうちょもなかった。
なぜ、党代表に立候補したのか
――政治人として新たな人生を始めることになった思いはどうか。党代表への出馬宣言では「昇りたくない舞台」だと表現していたが。
(フランスから2002年に)帰国して民主労働党に加入し、(民労党との)分党状況にあっては私のアイデンティティに基づいて進歩新党を選択した。私にとって韓国社会における労働者の政治勢力化という大義は極めて重要な課題だ。従って平党員として一生懸命にその役割分担を果たした。ところが、基本的な枠が崩壊する状況がやってきた。私自身の問題であると同時に、私と共に韓国社会の大義を共有していた党員たちが動揺しているのが現実だ。党員たちは、この基盤の薄い地で30年に及ぶ進歩政党運動、進歩政治、労働者の政治勢力化の過程を踏みながら出てきた大切な果実だ。ただ平党員精神で残っているのは無責任だと思った。何としても党員たちをまとめあげ、新たな出発を手助けしなければ、と考えた。
――一般的に、言論人が政治人へと変身するのを批判する人も少なくないが。
〈ハンギョレ〉に身を置きながら党員というのが問題になったが、教師の政治参加を阻む未成熟な現実のせいだと思う。権力をけん制し批判していた知識人、言論人が権力を志向する政党人、政治人になることに大きな矛盾を感じてはいない。保守政党や今日強い政党であるならば、そういう批判が可能になり得るだろうけれども、進歩新党に参加することは資本権力、政治権力をけん制する現実的な政治的力を大きくするのだ。
総選挙にも出馬するのか
――来年の総選挙にも出馬するのか。
「昇りたくない舞台」だけれども、(いったん)昇れば熾烈に、キチンと、積極的にやりたい。比例代表も、地域区出馬の可能性もすべて考えてある。〈私はパリのタクシー運転手〉で知られた私の虚名が、私が考えている進歩的価値と理念を盛り込んだ進歩新党の力量を強化することに燃やし尽くすことができれば、たとえ燃え尽きたとしてもOKだ。(笑い)
――進歩新党は新たな進歩、進歩の再構成を主張しながら創党した。けれども成果を出せず、再び危機に陥った。これまでやらなかったり、できなかったことを、今ならできるということか。
韓国の進歩政治の力量を長期的な眼目によって見なければならない。短い期間に効果的な結果を期待するに値する政治的風土ではない。3年6カ月の間にできなかったことを今はできるだろうかということではなく、3年6カ月の間やらなかったがゆえに、今からできるということだ。我々のアイデンティティを土台として長期的展望を持ってやっていかざるをえない。今日まで何事もやってみもしないままに、影響力がないからとして統合を語るのは、アイデンティティを揺さぶることだ。万一、長期的展望によってアイデンティティを維持しつつキチンとやったにもかかわらず韓国社会の進歩の力量が不足するのであれば、散開して下放し、それぞれの地域や場所で活動しながら次を期す覚悟をしなければならない。そのような覚悟や姿勢によって我々の原則を守りながら、ちゃんと闘ってみよう、ということだ。
「行動グループ」になること
――党員らが運動を繰り広げると語ったが、我々はヨーロッパと違って労組の組織率が低く、社会的基盤も異なる。特に現在、20〜30代は反ハンナラ(党)、非民主(党)傾向の第3勢力に熱い支持を与える。
今、我々に必要なのは意見グループではなく実践グループ、行動グループだ。例えば、(無労組を標ぼうしている)サムスン・グループといかに闘うのか、という「言葉」ではなく、具体的な姿を見せなければならない。我々のアイデンティティを土台として価値や理念を具体的な行動によって示してやれば、ある程度の果実を実らせることができるのではないだろうか。万一、反響を得られないならば、それが我々の力量なのだから下放でもする覚悟が必要だ、ということだ。代表団が編成されれば党員たちと論議するけれども「存在を裏切る意識」とならないように人文学、社会科学を党員と国民が共に学び、疎通する場を作ることも必要だ。「民衆の家」のような地域・草の根活動や教育も強化しなければならない。
――ノ・フェチャン、シム・サンジョン、チョ・スンス元代表の3人などの統合連帯が脱党して民主労働党、国民参与党と統合の手続きを踏んでいるが。
(進歩政党の統合案が否決された)9月4日の党大会までの会議録を調べてみた。我々が統合しなければ民主労働党は国民参与党と統合するはずだから、進歩政治の右傾化を阻もうとするならば統合しなければならない、との論理がしょっちゅう出てきていた。統合連帯に参加した方々が言っていた話だ。自らに忠実であったなら、と願いたい。この短い間に繰り広げられた状況は、実にいろいろ理解しがたい。こうではないと思うのであれば、自分の行動に責任をとる勇気を持ったならば、と願いたい。党の要職を担ってきて、民主労働党と統合しようと説得した人々だ。それが否決されると、「党の決定を尊重する」と語っておいて脱党したのは、それが仮に未必のものであったとしても進歩新党の消滅を望んでいる方向だという点において到底、納得しがたい。
――ノ、シム、チョ元代表らと人間的に近しい間柄だ。特にシム元代表は後援会長も担当したし、運動の精神を守る政治人だとして称賛したこともあるが。
国内で活動した方々とは違って、私は外国にあって体を張らなかったという負債意識の表現だった。(いずれにせよ)私は、指導部として説得したのに党が付いてこなかった場合にやらなければならないことは、脱党ではなく下放だと考えた。これは破局だ。私が傷ついたのは事実だ。こんなことがあるものか。(けれども)今後、我々が歩まなければならない道が遠く、あくまで水が低きに流れるのであれば、結局はこれも因縁だと思う。
野圏統合問題をどうするか
――野圏統合の問題は、どうするのか。
選挙工学、政治工学によって(無条件に)1つの囲いに入って来い、ということには同意できない。自由主義政党や保守主義の政党と共に歩むことはできないというのは余りにも当然なのに、統合せよというのは暴力だ。進歩新党がこのようになったこと自体が、その問題の性だ。「現実」という表現に改めていかなければならない現実と、仕方なく受け入れなければならない現実があるとするならば、韓国では進歩的政治人さえ現実を後者で受け止める傾向がある。このためにしばしば原則をないがしろにし、そのような言動を合理化することになる。我々の基調や綱領が一緒であれば民主労総であれ、進歩教連(進歩政治勢力の連帯のための教授・研究者の会)であれ、社会党であれ、統合しなければならない。こちら側とは大きな困難もなしに歩んでいけるようだ。
――候補の単一化など選挙連合はどうなるのか。
柔軟に対応することになるだろう。統合の話が出てくるのは、私と他の政治勢力を敵対的関係としてのみ考えるからだ。違っても共存しつつ競争し、連帯もするのが、政治が成熟しているというものだ。党のアイデンティティに基盤を置いて、状況と事案によって積極的に連帯することもできるし、うらみを抱くこともあり得るのが政治の当然の姿だ。孔子が「君子は和して同せず、小人は同じで和せず」と言った。小人の政治から君子の政治へと成熟するようにならなければならない。
来年の総選挙の目標は
――来年の総選挙の目標は。
政党支持率3%は突破できると思う。パク・ノジャ・オスロ大教授も入党したし、最近は脱党よりも入党がより多い日もある。非正規職の問題解決、サムスンとの闘いなどと真正面から立ち向かう、認知度のある人物によって最大限の陣営を組み立てることになるだろう。
――最後に言いたいことは。
進歩新党が現実的には力量が弱いのではないのかと言うが、いつメディアが現実的な力を育んでくれたことがあるのか、と問いたい。言論も(進歩政党が力を培うのに)ある程度、寄与できるのでなければならないのに、そう聞くだけなのは無責任な姿勢ではないのか。(「ハンギョレ21」第886号、11年11月21日付、チョ・ヘジョン記者)
【訂正】本紙前号(12月5日号)2面「東峰芋ほり&収穫祭ツアー」の下から3段目左から6行目の「横堀鉄塔中断」を「横堀鉄塔中段」に訂正します。 コラム
師走の一日
二月四日。東京・新大久保のアールズアートコートで、恒例の「レイバーフェスタ2011」が開かれ、約二〇〇人の参加者が、労働者の祭典を楽しんだ。
今年で一〇回目を迎える同企画。例年と大きく異なるのは、東日本大震災とそれによる原発事故で、社会が大きく揺さぶられていることだ。そこで「原発と闘う文化」をテーマに掲げた。力いっぱい表現された構成劇や音楽、そして映像などの作品群は、どれも見ごたえ、聞きごたえ十分だ。
会員になってから毎年展示にかかわり、丸一日を会場で過ごしてきた。だがここ二年ほど仕事の都合で会議に出られず、本番当日を迎えていた。さらに今年は、開催日を前後する職場の多忙期に、他の写真展、地域の集会、同僚の休暇などの予定がすべて重なった。深夜の帰宅に直前の準備、そして本稿執筆。
すべては無理だ。いっそのこと、すべて投げ出してしまおうか。そんなことは、前からわかっているのだろう。計画的に、早め早めに準備していれば済むことじゃないか。自業自得、ただの言い訳だ。もう一人の自分がささやく。
揺れる心中を察してか、音信不通を心配してか、「無理せずに今年はスルーしてもいい」というスタッフからのメールが、直前に届いた。
階段の踊り場では、風刺漫画や「報道写真展」が掲示されていた。壱花花さんのシンプルかつ痛烈なイラストは、さまざまな運動媒体はもちろん、商業紙にも載る。サイトから重要ニュースを選び、プリントして掲示する「報道写真展」。今年一年の闘いを振り返るきっかけになる。
ビデオ作品を三分にまとめて投稿する「3分ビデオ」も、人気のプログラムだ。ベテランから初心者まで、どれも甲乙つけがたい。やはり被災地を取材したシリアスな作品が多い。労働組合運動を取り上げたものは、ストレートな記録が感動的だった。
原発の取材で知られる樋口健二氏のトークを、私はこの日初めて聞いた。この分野の著名人ゆえ、さぞかし気高く寡黙かと思いきや、予想はみごと裏切られた。気風のいい、気取らない語り口。飛び出す言葉は、農民と労働者としての自覚と誇りに満ちていた。底辺に生きる人々の目線で、喜怒哀楽を隠さない。正直な人だ。
事故以降にわかに注目され、主に海外のメディアから写真の提供依頼が絶えないという。それを彼は心底喜んでいた。儲かるからではない。ウソと利権で固められた原発の真実と、闇から闇へと葬られてきた被曝労働の実態に、ようやく光が当たるからだ。
「不可能が可能になった」とは大げさか。結局やりきった。惰性とマンネリとは言えない。いつもどこからか、新しい風が吹きこんでくる。若い人たちとの、出会いが待っている。
(隆) |