進歩から少しずれても有意味
な政治勢力として位置すべき
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来年の総選挙、大統領選挙を前にして統合「革新政党」建設をめぐる論議が混迷している。論議の核心は国民参与党をも「革新」統合の対象とし合党を進めようとする民主労働党主流と、同問題を契機として革新新党を脱党した同党元代表らへの評価をめぐってだ。今号と次号に革新新党を脱党し、現状の合党路線を推進しているチョ・スンス前・進歩新党代表と、それを批判し革新勢力の統合と革新の独自性の維持・発展を主張するホン・セファン進歩新党次期代表候補へのインタビュー記事(次号)を紹介する。(「かけはし」編集部)
主導権なき現実を認めるべき
わずか1カ月前だ。チョ・スンス前・進歩新党代表は〈ハンギョレ21〉とのインタビューで進歩新党からの脱党を明らかにしつつ、「非国民参与(党)の進歩統合」を組織体の形態で作り、そこで進歩の革新を考えなければならないと語った。ところが、変わった。彼とノ・フェチャン、シム・サンジョン元・進歩新党代表らが主導している統合連帯は、民主労働党はもちろんのこと国民参与党とも統合することに結論を下した。11月9日午後、国会議員会館で再び彼に会った。「発言を変えた理由」をたださなければならなかった。
――統合連帯が国民参与党とも統合すると決定したのは、脱党発言に劣らず衝撃だった。どうしたのか。
10月18日、広域(ソウル特別市、釜山などの広域市および道)単位の代表団を含む統合連帯の研修会を大田で開いた。30〜40人が集まり今後の進路問題に関して、すべてを原点から論議した。これまでは「国民参与党は進歩政党ではないので統合の対象ではない。民主労働党と解消されていない問題があるけれども、進歩統合は時代的な大勢だ」という大きな枠組みの中で論議を進めてきた。
ところが(統合連帯が進歩新党を)脱党したという条件にあって、我々がいかなる選択をし、いかなる方向に進むべきか、逃してはならない部分や現実に柔軟に対応すべき部分は何か、すべてを洗い出して話をしようとした。意外にも国民参与党に(統合の門戸を)開くべきだという方向で意見がまとまった。一部は以前から共に行動すべきだと主張していたし、多数は望ましいことではないけれども、そうする以外にないとの判断だった。
以後、共同代表ら(ノ・フェチャン、シム・サンジョン、チョ・スンス)が3回議論して下した最大の結論は、国民参与党に門戸が開かれるべきだというものだった。私の基準で言えば、私は依然として国民参与党と統合することが最も望ましいことだとは考えていない。国民参与党が進歩政党であるかは今後の実践によって検証されるべきだと思う。けれども我々が状況を主導できない現実を認めなければならない。統合の対象である民主労働党主流、多数が国民参与党の参与なしには、むしろ彼らとのみ統合することで進歩統合をまとめあげようという動きも見える。
国民参与党内には「革新と統合」の方へ行くことを望んでいるグループもある。彼らの参与が言わば完全な進歩政治勢力の統合ではないという問題意識はあるものの、進歩の統合を希釈させはしないだろうと思う。国民的目線から見れば、国民参与党が進歩なのか、そうでないのかよりは、韓国社会の制度政治圏内にいる諸政治勢力の中で、少なくともこの3グループが1つの党として軸を形成すれば、おおむね進歩の代表性を認める。
来年の総選挙と大統領選挙を前にして保守、進歩とを問わず韓国のすべての政派が有意味な勢力として位置づこうとして、さまざまな方法を模索している。これを我々が受動的に避けて行く方法は存在しない。進歩の整合性からいささかはみ出したとしても、この過程で有意味な政治勢力として位置づくことが課題であり、一層積極的な自らの役割を果たさなければならない時期だ。従って(国民参与党を含む)今日のような進歩統合は不可避であり、今こそさらに積極的に推進すべきだという結論に至ったのだ。
迂回路をつくり統合へ
――それならば民主党や「革新と統合」に合流できない理由もないのではないか。
どのみち完全なる進歩政治勢力、検証された進歩政治勢力同士の統合ではないのであれば、残るは迂回路だ。国民参与党もそうだし、「革新と統合」、あるいは民主党とも共に行動する迂回路だ。確かに研修会で私がその話をした。進歩政治勢力が論理的に一貫しなければならないのではないのか、国民参与党がいいのであれば、民主党などの迂回路も討論対象として考え、さまざまな可能性を満遍なく検討しなければならない、と語った。
その以降の論議で、論理的にはそうだけれども現実問題がそう単純なものではないという方向で整理された。ある方が、こう語っていた。「民主党との統合を人々にどう説明するのか。キチンとした独立のために不可避に同居しているが、国民参与党は勢力が小さくとも進歩統合を語るべき勢力が存在する。地域でも国民参与党の党員らは進歩新党と友好的であり、話が通じる。けれども民主党は全く異なった人々だ。あまりにも大きな勢力であり、地域主義も頑固で、議員の3分の1はハンナラ党にいても不思議ではない人々なのに、彼らと共に行動するということを大衆的な言葉で何と説明するのか」。その方の言葉のように、進歩政治の論理で見れば全く同じ迂回路ではあるものの、現実にあってはその違いが極めて大きい。また政治は論理だけによってできるものではない。2012年の総選挙、大統領選挙を経ながら進歩の独自的成長や発展、進歩政治の独自性を維持することが目標なのだが、民主党や「革新と統合」などと共に行動すれば、我々の核心的支持層の支持理由がハッキリしなくなりかねない。
――昨年の地方選挙の際、京畿知事選挙でシム・サンジョン元(進歩新党)代表が突然、ユ・シミン国民参与党代表と候補単一化をした時から相当に出回っている話が現実になった訳だ。その時から既に準備されていたのか。
その問題は私が当事者ではないので正確には分からない。そのような悩みを持っていた痕跡は見えるけれども、その問題意識が今日の、国民参与党と共に行動しようということと直接、結びついているのかどうかは分からない。
来年の総選挙の目標は
――今後の統合論議の日程は。
今は統合の水門を開けるための実務交渉の段階だ。新しい党が何をやり、どのように運営するのか、来年の総選挙、大統領選までの過渡期をどう経過するのか、などの意見を打診している過程だ。統合連帯は11月12日、創党準備委員会(創準委)へと転換する。正式の党ではないけれども、民主労働党、国民参与党と共に新設合党へと進む手続きだ。創準委で任意の形態で受任機構を作り、新設合党に必要な手続きを踏むことになるだろう。「新たな統合進歩政党推進委員会」(新統推)への参加組織のうちで「福祉国家と進歩大統合のための市民会議」は我々と共に行動することにした。民主労総と貧困団体、進歩教連(進歩政治勢力の連帯のための教授・研究者の会)側も疎通・説得している。12月13日の総選挙予備候補登録日までに統合政党を完了することが1次の目標だ。他の2党も迅速に進めばよいとの意見を確認したので、実務ラインでの合意が大きな枠組みで目途が立てば、3つの主体が早晩、会って統合を公式化することになるだろう。
――来年の総選挙の目標は。
野圏の連帯と関連するだろうが、院内交渉団体の構成を目標としなければならないだろう。もちろん現在のように民主党中心で野圏の連帯が引き続き進められるようであれば、なかなか容易ではない。
――ホン・セファン進歩新党代表候補が11月8日の記者懇談会で、統合連帯の国民参与党との合併問題を批判した。引き返せ、というニュアンスで読みとれたが。
彼をはじめとして、さまざまな方々に人間的な傷を与えたことは胸の痛むことだ。小さな違いが組織的な分離として現出したこの過程が、楽だとか良いだとか、うれしいだとかいうことでないのは当たり前のことだ。しかし進歩政治が自己完結性、自己の純粋性でのみ限定され得ない条件におかれているがゆえに避けられないと思う。キム・ヘギョン非常対策委員長からも「今からでも判断をもう一度すればよい」というニュアンスの提案を受けた。
今が2000年の民主労働党創党以前であれば、そうすることもできる。けれども既に我々は認めるにせよ、そうでないにせよ進歩政治勢力として制度政治の中に入ってきているし、現実を変化させる政治勢力だとして国民は見ているし、また評価もする。ここで再び進歩の純粋性、独自性だけに固執すれば歴史を後戻りさせる結果をもたらす。進歩新党との関係は当面は難しいだろうけれども進歩政治勢力が独自的に成長・発展する戦略的目標、有意味な政治勢力として総選挙・大統領選を経過する戦略の中で再び出会わなければならない。
――付け加えて言いたいことは。
進歩新党の党員たちが持っている(背信感)、個人的にはまだ解決されない部分は全くのところ私が抱えて行かなければならない領域だと思う。何事もなかっただとか、私がよくやったとかいう話ではない。(「ハンギョレ21」第886号、11年11月21日付、チョ・ヘジョン記者)
投書 労働者国家の核武装を考える
SM
@「芝」さんの「右島一朗(高島義一)氏の文章によせて 労働者国家の核武装と反核・反原発運動」(『かけはし』2011年11月7日号)を読んだ。それを読んで、私が思ったことを述べさせていただきたい。
A核兵器は、無差別大量殺りくのための兵器だ。核兵器は、いざという時には、使われることを前提にしている。持つだけで絶対に使わないことを前提にしていたら、抑止力としての意味がなくなってしまう。ヒューマニズムと労働者国家擁護が対立するような状況に立たされた場合に、共産主義者は、どのような選択をするべきか。ヒューマニズムの否定を選択するべきか、それとも労働者国家の敗北を受け入れるべきか。トロツキストの労働者国家無条件擁護のスローガンは、間違っていたのではないか。労働者国家無条件擁護のスローガンは、「スターリン主義国家」無条件擁護(スターリン主義体制無条件擁護)に変質する危険性も持っていたのではないか。「スターリン主義国家」を無条件に擁護する(スターリン主義体制を無条件に擁護する)ことがトロツキズムだと錯覚するスパルタシストのような傾向が生まれたのは、トロツキストにも責任があったのではないか。トロツキストは、「帝国主義打倒、労働者国家再生」「ブルジョア国家復活反対」のようなスローガンを掲げるべきだったのではないか。せめて、「労働者国家の核武装については、その国の『国民』投票で決めるべきだ」ぐらいのことは、トロツキストにも主張することは出来なかったのか。間違っているかも知れないが、「芝」さんの投稿を読んで、私はそれらのことを考えた。
B私は、かつて労働者国家の核軍拡さえ支持していた。私は、この点では、「親トロツキスト的」ではなく、「親スパルタシスト的」だったかも知れない。私は、間違っていたかも知れない。労働者国家の原発はもちろん、労働者国家の核武装にも、現在の私は反対する。暴力に暴力で対抗することが常に正しい、とは限らない。私は、そう思う。
Cそれぞれの「共産主義国家」を、現在どのように規定するべきか、今の私にはそれは良く分からない。(2011年11月13日)
コラム
TPPとISD条項
野田首相は「活力ある社会を発展させていくためには、アジア太平洋地域の成長力を取り入れていかなければならない」とTPP交渉への参加をぶち上げ、その一方で「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そうしたものは断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築を実現する決意」だと美辞麗句を並べ反対派に対して配慮する姿勢をみせた。
だが、この二つの主旨は明らかに対立する。成長力を強調するが、経済成長が著しい中国も韓国もブラジルも入ってはいない、ましてTPPはEPA(経済連携協定)と違い除外条項はなく、全品目、全分野が対象。
一一月一一日、参議院予算委員会がテレビ中継された。質問に立ったのは自民党の佐藤ゆかり。彼女は質問の最後に「紛争解決の手続き問題」を政府に問いただした。驚いたことに答弁に立った野田首相は「ISD条項(投資者―国家訴訟制)についてのお尋ねかと思いますが、私はよく承知しておりませんので……」とシドロモドロで数度にわたり議事が中断した。ISD条項は、関税、規制緩和と並びFTAやTPPの根幹をなし、一国の首相が「承知していない」では済まされない。
本紙前号(11月28日号)の八面「韓国はいま」に「国家とは私たちにとって何か? ――FTAは民主主義の根幹を棄損する危険性を持っている」という見出しで、ISD条項は「韓国の司法権を米国に捧げるもの」だと指摘している。条約は国内法より優位にある。つまりISD条項は日本の種々の規制より上位に位置し、一種の治外法権を認めるに等しい。仮に日本に進出してきた米国企業が、日本が定めた規制(国内法)に対して不都合だと思えば、ISD条項を持ち出し政府を訴え、損害賠償を請求できる。すでにISD条項でメキシコは一六〇〇万ドル、カナダ、アルゼンチンも高額の賠償金を取られ、ターゲットにされた業種は解体の危機にさらされている。調べてみるとISD条項をめぐる裁判は、世界銀行傘下の仲裁機関が裁定し、審議も一回限りの非公開で上訴はできない。その上、仲裁機関のトップは一貫してすべてアメリカ出身者で占められている。ここに「韓国はいま」が主張するグローバル・スタンダードとは、アメリカ基準だという根拠がある。
韓米FTAを最初に押し進める決定をしたのは現在のイ・ミョンバク政権ではなくノ・ムヒョン前政権であったために、韓国では民衆の抗議の声に比して国会内における野党の抵抗は弱かった。しかし先日、韓米FTAの強行採決に対して少数野党である民主労働党のキム・ソドン議員が議場で催涙剤をまき、再び新たな大衆運動が発展する契機をつくり出した。 『週刊現代』で民主党幹部が「TPPは普天間問題とのバーターであり、交渉への参加は仕方ない」と発言したと伝えているが、そうであればある程沖縄県民と連帯した闘いが必要である。 (武)
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