寄稿
南アジア社会フォーラムに参加して @
初めてのバングラデシュ
寺本 勉(ATTAC関西グループ) |
一一月一八日から二二日までバングラデシュの首都ダッカで南アジア社会フォーラム(SASF)が開催された。この社会フォーラムに参加したATTAC関西グループの寺本勉さんにフォーラムの内容・討論・バングラデシュの印象について寄稿を依頼した。(「かけはし」編集部)
すごしやすい
11月のダッカ
一一月一八日、バングラデシュの首都ダッカに到着した。日本からは、乗り換え時間を含めると、約一五時間。南アジア社会フォーラム(SASF)に参加するためで、南アジアは、インドのハイデラバード、ムンバイ、パキスタンのカラチに続いて、四回目の訪問である。ダッカ国際空港に着陸する前の印象は、水の多いところだな、ということだった。着陸寸前に窓から見えた景色には、川や池、水たまりなど、水の占める面積が大きいのだ。空港の中にも川や池があちらこちらにある。バングラデシュは洪水の多いことでも知られているが、なるほどと思う。
一一月は、「暑すぎず、涼しすぎず、雨も降らない」ので、バングラデシュを訪れるにはベストシーズンだとのこと。確かに滞在中、歩いているとじわっと汗は出てくるが、それほどでもなく、朝夕は結構涼しい風が吹いていたりした。ホテルでもクーラーをかけっ放しにすると寒いくらいで、夜はクーラーを切って充分に眠ることができた。
空港での入国審査に結構時間がかかったが、通過するとすぐに両替と携帯電話のSIMMカード購入に走る。両替は、一万円が八六〇〇タカだった。『地球の歩き方』によると、二〇〇九年のレートが、一タカ=約一・三円、つまり一万円が七七〇〇タカほどなので、ここでも円高が実感できた。
バングラデシュ
の携帯電話事情
携帯のSIMMカードはグラミン・ネットのものを選ぶ。マイクロクレジットで有名なグラミン銀行の系列である。これまで世界社会フォーラム(WSF)に参加したときは、参加者の誰かは現地で使える携帯を持っていたので、わざわざ携帯を用意しなかったのだが、今回は一人だけの参加で、プレフォーラムの準備もあるので、何をおいても携帯が必要だった。そこでATTACのメンバーからSIMMフリーの携帯を借りてきたのだ。SIMMカードの手続きに、父親と母親の名前を書かされたのには驚いた。ビザを取るときにも、税関の申告書を書くときも、両親の名前を書く欄があり、死亡していれば後ろに(late)と書くようになっている。SIMMカードは一五〇タカで、他に通話料金をプリペイドで支払う。足らなくなれば、街角のショップでチャージしてもらう仕組みだ。今回は、日本と連絡する機会も多いので、一〇〇〇タカ分を用意した(結局使い切らないまま、帰国することになった)。日本への国際電話は、携帯から携帯で五分一六タカだそうだ。
空港からタクシーでホテルに向かう。最初でもあるし、安全を考えて空港内のタクシー紹介で頼んでみた。八五〇タカを請求され、明らかに高いと思ったが、とにかくホテルに無事に着くことを優先して、タクシーに乗り込んだ。空港からしばらくは片側四車線ある快適なハイウエーが続き、その両側にはショッピングモールやレストランなどが建ち並んでいる。しかし、市街地に近づくととたんに道路は狭くなり、渋滞に巻き込まれる。ドライバーはどうもホテルの位置を把握していなかったようで、途中で何回か道を尋ねて、何とかたどり着いた。 会場となった
ダッカ大学
ホテルはダッカ市街地でも北側に位置するグルシャン地区にあり、グルシャン1サークルという交差点の近くだ。この地区は、新たに発展してきた街だそうで、オフィスやレストラン、ホテルなども多い地域だと聞いていたが、一歩表通りから裏道に入ると、夜になると街灯もなく暗い道が続く。ホテルはその一角にあった。しかし、このグルシャン地区は高級アパートや邸宅が多い高級住宅地である。裏道の両側に、警備員がいて周りを塀で囲んだ高級アパートがずらっと並んでいる。建築中の建物もある。
ホテルに着くと、シャワーを浴びる間もなく、グルシャン1サークルに向かう。オープニングマーチの出発時間が迫っているためだ。交差点近くで待機しているCNGをつかまえる。CNGはオート三輪の軽タクシーで、圧縮天然ガスで動くという。運転席の後ろに三人程度が座れる座席がついている。ダッカのCNGは、運転席や客席のドアに金網が張ってある。タクシー強盗対策だろうか、と思っていたが、何回か乗っているうちに接触事故の際の安全対策でもあると気づいた。運転席と客席との間の金網は犯罪対策だろう。
マーチの出発地点はあらかじめネットで地図を調べておいたのだが、今一つ正確な場所がわからない。早速、今回のフォーラムでインターネット中継を担当してくれる現地のスタッフに電話をかけてみた。ドライバーに道順を教えてくれるという。ドライバーに電話に出てもらい、道順を確かめてもらう。運賃は基本的に交渉で決まる。一応メーターはついていて、走行中は動かしてはいるが、それとは関係なく乗る前に交渉しなくてはいけない。行き先のダッカ大学まで二〇〇タカと言われ、これも少し高いな、と思いつつ、急いでいたのでCNGに乗り込んだ。結局、途中でもう一度スタッフに電話して、やっとマーチの出発地点に到着した。 賑やかなオープ
ニング・マーチ
ダッカ大学周辺には、旗やのぼり、横断幕、そして楽器を持った多くの人々が集まっていて、すでにマーチは動き始めていた。ここで、スタッフであるプロディットさん、ピエールさんに無事対面できた。向こうから声をかけてきてくれた。自分たちと一緒に来るように言われ、私もATTACの%旗を立てて、マーチに加わった。
プロディットさんは、今回のフォーラムのエクステンデッド企画、つまりインターネットを通じてバングラデシュ以外の国々と交流する企画のサポートグループのメンバーである。ピエールさんは、その企画の仕掛け人で、昨年のパレスチナで行われた世界教育フォーラムとのインターネット中継の際にもお世話になった人である。
私が一緒に歩くことになったのは、CSRL(持続可能な農村生活のためのキャンペーン)というグループ。五〇人ほどのメンバーが、CSRLと書かれたハチマキをして、一〇本ほどの幟を立てて行進した。彼らのグループは、国際的なNGOのオックスファムの支援を受けているようだった。
マーチの参加者数は、翌日の現地の新聞を見ると、数千人と書かれていた。別の現地紙には一万人と出ていたそうだ。一緒に歩いたCSRLのスタッフは少なくとも四〇〇〇人と言っていた。CSRLの行進はとにかくにぎやかで、ひっきりなしに音楽が鳴り響く。太鼓や笛、その他の楽器を演奏しながら、メンバーはリズムに合わせて身体を動かし、町を練り歩く。女性メンバーは、色鮮やかな民族衣装で歩いている。私も、その隊列の中でずっと行進したので、全体の様子は今一つわからない。マーチは最高裁判所横を通って、最終地点のショヒド・ミナールまで約一時間。 もう一つのア
ジアは可能だ
私たちが着いたときには、SASFの開会セレモニーがすでに始まっていた。開会セレモニーが開かれたショヒド・ミナールは、ベンガル言語運動(パキスタン独立後、西パキスタン主導の政府が、当時の東パキスタンにもウルドゥー語を公用語として強制したことに対して、反対運動が起こり、学生らが弾圧で殺された)の記念碑がある場所で、会場には数千人の人々が集まり、スピーカーの発言に耳を傾けていた。
私は、翌日のプレフォーラムの打ち合わせもあって、ピエールさんらと一緒にダッカ大学TSC(教員・学生センター)に向かったので、開会セレモニーを聞くことができなかった。以下の発言内容は現地の新聞「デイリー・サン」からの引用である。
SASFの共同主催者であるダッカ大学のアレフェイン・シディク副学長は「われわれが団結してとりくめば、もう一つのアジアは可能だ。搾取・貧困・飢餓のない南アジアを樹立するために団結して、われわれの声をあげよう」と呼びかけた。SASF総評議会のコーディネーターであるヒラル・ウディンさんは「今日の資本主義社会は、一%の人々に奉仕するものだ。しかし、われわれは残りの九九%に奉仕する体制を作りたいのだ」と訴えた。インドの著名なジャーナリスト、クルディップ・ナヤールは参加者全員に対して「すべての人々が南アジア人と認められる一つの地域を作るために闘おう」と呼びかけた。また彼はイスラム原理主義との闘いを訴え、「もう一つのアジアを創るためには貧困の克服とイスラム原理主義の排除が重要である」と主張した。開会セレモニーは、バングラデシュ音楽などが披露されて終了した。 宿泊したホテル
のレストラン
この打ち合わせで、ラフールさんという一八歳の学生と知り合った。彼をはじめとして、若いスタッフがSASFの運営に参加していることは、日本の運動の現状からすると、うらやましい限りだった。彼には、次の日、プレフォーラムのダッカ側会場に行く際、大いに助けてもらった。
打ち合わせ終了後、ダッカ大学近くでCNGを拾って、ホテルに向かう。ドライバーはやはり二〇〇タカを要求してくるが、それでは駄目と離れていくと、向こうから値段を下げてくる。とりあえず一五〇タカまでは値切って、乗車した。メーターでは七〇タカくらいなので、やはり外国人ということもあって、倍近くは払うことになってしまう。
地図は持っていたのだが、ホテルの位置がうまく把握できず、何とかホテルにたどり着いた時には、疲れ果ててしまい、街に出てレストランを探す気力が失せていたので、バスタブにつかった後、ホテルのレストランで夕食をとった。
夕食は、ポルトガル風の魚のフライ、ミックス・ベジタブル(中国スタイルとメニューに書いてあったが、八宝菜だった)、ミックス・フライド・ライス(これも要するに焼き飯)の豪華版。飲み物として、フレッシュ・ライム・ジュースを注文すると、ライムを搾った生ジュースとソーダ、シロップが出てきた。自分で好きなように作れ、ということで、これはこれで美味しいものだった。
ホテルの部屋では、有線でインターネットに接続できる。しかし、端子がテレビと共通なため、パソコンでインターネット接続している間はテレビが見れないことになる。いちいち付け替えるのも面倒なので、結局ホテルでは全くテレビを見ることなく過ごした。
(つづく)
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