公安政治警察を解体せよ
読書案内
河崎健一郎、梓澤和幸、青木理 編著/現代書館/二二〇〇円+税
『国家と情報 警視庁公安部 「イスラム捜査」流出資料を読む』
|
公安内部で深
まる疑心暗鬼
グローバル派兵国家建設と連動した治安弾圧体制構築の一環として作られた警視庁公安部外事3課の公安テロ情報流出事件(二〇一〇年一〇月二八日)が発生してから約一年。公安政治警察の幹部も含めて四〇〇人以上のパソコン、携帯電話、口座記録なども調査したが、いまだに実行犯と流出ルートを特定できないでいる。
幹部らの保身を根拠にして腐敗・堕落の欠陥組織を温存し続けているが、公安内は疑心暗鬼が深まり、「団結」の危機が進行している。一一年の「警察白書」で「国際テロ対策に係るデータのインターネット上への掲出事案」の項を設けて「本件データには、警察職員が取り扱った蓋然性が高い情報が含まれていると認められ、このようなデータがインターネット上に掲出されたことにより、不安や迷惑を感じる方々が現にいるという事態に立ち至ったことは極めて遺憾である。警察では、引き続き、個人情報が掲出された者に対する保護その他の警察措置や本件に対する捜査、調査に組織の総力を挙げて取り組み、事実を究明していく」などと触れざるをえないほど追い込まれている。ただし被害者に対する真摯な謝罪と必要な措置は棚上げのまま居直りつづけているのが実態だ。
さらに公安の危機の現われとして、この一〇月に警察庁長官に就任した片桐裕の記者会見が決定的だ。
片桐は、わざわざ流出事件を取りあげ、「全容解明しないと責任を果たしたことにならない」と述べ、公安系列に回し蹴りするほどだ。もちろん被害者に対する謝罪はなく、組織温存を前提とした居直り会見であることは言うまでもない。とりわけ取調べの可視化に敵対し、新たな捜査手法の導入として「通信傍受の範囲を相当広範囲に認めるとか、DNA型データベースの対象者を相当広げるとか、司法取引を行うとか、何らかの別の捜査手法」が必要だと強調し、その反動性を前面に押し出してきた。
これまで警察庁長官は公安畑出身が就任するケースが多かったが片桐は生活安全部出身であり、対暴力団を通した治安強化の構築をねらっている。片桐の長官就任は、公安テロ情報流出事件に「決着」をつけることができない公安系列の劣勢を反映した警察庁人事力学の現状である。
いずれにしても公安政治警察の人権侵害、腐敗・堕落の体質は、まったく変わっていないことは、これまでの公安事件によって明白だ。とりわけ反原発運動の高揚に対する支配階級の危機をバックに、公安と機動隊の連携プレーによるデモ弾圧、公安条例違反、公務執行妨害罪などのデッチ上げの弾圧を強化しつつある。警察権力の敵対を許さないために、さらなる民衆の追撃を強化していかなければならない。その一環として警察権力に深く刺さった棘である公安テロ情報流出事件の検証は、公安の決壊を拡大していくためにも重要な作業である。
多角的で鋭い
批判を展開
『国家と情報』は、公安テロ情報流出被害弁護団(http://k-bengodan.jugem.jp/)の団長である梓澤和幸弁護士を中心に以下のような執筆人とテーマだけでわかるように公安警察批判を鋭角的に、かつ厳しく展開していることがわかるだろう。
「第T章『流出資料をめぐって』/青木理(ジャーナリスト) 『公安警察の隠微な歴史と外事3課の新設』『流出資料からみる公安警察の馬鹿げた実態』/古屋哲(大谷大学教員)『警備情報活動と出入国管理行政との関係について』/岩井信(弁護士)『ムスリムの狙い撃ち―公安警察の違法捜査』/上柳敏郎(弁護士)『金融機関の公安警察に対する個人情報提供』/田原牧(新聞記者)『在日ムスリムを襲った無知と偏見』『日本政府のムスリム敵視政策・歴史と変遷』/西中誠一郎(ジャーナリスト) 『デュモン事件と公安テロ情報流出事件』/前野直樹(イスラミック・サークル・オブ・ジャパン日本人部代表)『日本のムスリムとその課題』」
「第U章シンポジウム『検証・公安テロ情報流出事件』/第V章資料集『公安テロ情報流出資料』」。
警察と出版元
への損賠訴訟
公安テロ情報流出被害弁護団と原告(一四人、国内在住のイスラム教徒)は、五月一六日、東京地方裁判所に対し国と都を相手に国家賠償請求訴訟を提起し裁判闘争中だ。提訴は、「警視庁、警察庁及び国家公安委員会が、人権を侵害する態様で被害者らの個人情報を収集し、収集した個人情報を正当な理由無く保管し、かかる個人情報を漏洩させ、さらに、漏洩後に適切な損害拡大防止措置を執らなかった」ことを理由として総額一億五四〇〇万円(一人あたり一一〇〇万円)の損害賠償を請求した。
また、流出情報を無編集のまま『流出「公安テロ情報」全データ イスラム教徒=「テロリスト」なのか?』として出版した第三書館を相手に流出公安情報出版被害回復請求訴訟も闘われている。
イスラム教徒を
テロリスト扱い
本書の冒頭で弁護団の河崎健一郎弁護士は、「なにが問題なのか―事件の見取り図」でこの事件の三段階の問題構造を明らかにしている。
公安は、イスラム教徒をテロ犯予備軍として捜査、訊問を繰り返し、国籍、氏名、電話番号、旅券番号、職業、家族構成、交友関係などを一人一人調べ上げ、人権侵害、差別・排外主義に貫かれた報告書をデッチ上げた。その情報流出と違法出版によってプライバシー情報、名誉毀損が拡散した。第二が情報流出を警察権力は、自らの犯罪であることを否定し続け、放置による被害を拡大させた。
そして、「より根深い本当の問題(第3の問題)―被害者を苦しめる三重の被害」についてクローズアップし「イスラム教徒であるというだけで、テロリスト扱いされ、モスクを監視され、一人ひとり尾行され、その個人情報を丸裸にされていたということの屈辱と恐怖である。また、銀行やホテル、レンタカー会社や大学など、社会生活を行う上で信頼して利用している多くの機関が、彼らの個人情報を、令状もないままに、惜しげもなく公安当局に提供し、また、ときには別件逮捕などの違法な手段を用いて、強制的にかれらの情報が収集、分析、そして利用されてきた」ことを痛烈に糾弾し、公安捜査が憲法二〇条の信教の自由の侵害だと断言する。
そのうえで「公安警察の活動実態を明らかにし、被害者たちの受けた『三重の被害』の根本に届く議論に資する部分に関しての資料を改めて公表し、解説や多角的な論考をあわせることで、『国家と情報』についての本質的な議論を喚起したい」と呼びかけている。
もちろんだ!私たちは、一〇・二四免状等不実記載弾圧を許さない!国賠裁判の勝利判決(〇九年九月九日)をかちとり、神奈川県警公安政治警察の権力犯罪を暴き出してきた地平のもとに公安テロ情報流出被害弁護団と原告の闘いに連帯していく決意だ。
「一〇・二四免状等不実記載弾圧を許さない!国賠裁判 9・9東京高裁 微罪弾圧国賠裁判勝利判決」については、「かけはし」二〇〇九年九月二一号を参照していただきたい。
http://www.jrcl.net/web/frame090921c.html
被害者への不誠
実な対応に終始
国賠裁判は、八月二四日、第一回口頭弁論が行われ、原告の意見陳述があり、「偏見に基づく違法な捜査で名誉を汚されたままで、捜査当局から謝罪もなく捨て置かれている」現状を浮き彫りにさせ、警察権力を断罪した。本書では「コラム 被害者の証言」のコーナーを設けて、@一〇年以上前から続いていた公安調査の被害A情報流出を警察権力が認めた後でも公安の監視・訪問が続いている実態B公安警察の「事件化」工作と恫喝する検察と警察―を暴露している。
ところが無反省の公安を防衛するために国賠裁判では国と都は居直り続け、請求棄却を求めた。
この不当な姿勢は、弁護団が公安テロ情報流出事件に関し、照屋寛徳衆議院議員が内閣に提出していた質問主意書に対する回答(七月一日)にも現われている。
流出情報が警察のものであったのかどうかという確認に対して「個別に明らかにするのは適当でない」などと拒否回答だ。さらに、「被害者らに対し、警察庁としての謝罪は行ったのか」という質問に対し、「警察において、個人情報が掲出された者で連絡することが可能なものに対し、諸事情を勘案しつつ、個別に面会するなどして必要な措置を確認するなどしているところである」などと回答してきたが、弁護団によれば「被害者に対して直接謝罪した例はなく、必要な措置を確認した例もない」ことを確認している。つまり、まったくの嘘、でたらめなのである。
弁護団は、「実質的な回答を拒否するというのでは、立法府は公安警察活動に対して一切の監視・監督を行うことができないことになる。このこと自体が、公安警察活動が民主的統制に服さない活動であることの証左と言える。情報流出や信教の自由侵害について責任を逃れようとするものであり、このような被害者に対する不誠実な態度は、情報流出発生以降一貫した政府の態度であると言わざるを得ない」と批判している。政府・警察権力の開き直りを許してはならない。公安政治警察は、解体しかない! (遠山裕樹)
投書
「おじいさんと草原の小学校」を観て
SM
「おじいさんと草原の小学校」(ジャスティン・チャドウィック監督作品/二〇一〇年/イギリス映画/原題 THE FIRST
GRADER)を観た。
アフリカ大陸のケニアは、イギリスの植民地支配から独立を勝ち取る。三九年後の二〇〇三年に、政府が無償教育制度(小学校教育の無料化)をスタートさせる。マルゲは、八四歳だ。彼は、マウマウ団の戦士だった。彼は、今まで教育を受けられなかった。教育を受けるためのマルゲらの闘いが展開される。この映画では、そういった話が描かれている。
日本の保守政権は、朝鮮学校を高校無償化政策から除外した。マルゲらは、高校無償化からの朝鮮学校の除外に反対して闘う人びとのようだ。また、夜間学校などで勉強する人びとのようだ。この映画を観て、私はそれらのことを考えた。
キューバでは、医療と教育は無料だ。そういう話を聞いたことがある。本当なら、素晴らしい。キューバのすべてを支持するわけではないが、私はそう思う。東大生には、親が金持ちである生徒が多い。そういう話を聞いたことがある。本当なら、ナンセンスだ。日本には、たくさんの「教育難民」が存在するのではないか。「教育を受けられなかった人」も「教育難民」だが、私のような「教育を受けたが、教育が身に付かなかった人」も「教育難民」と呼ばれるべきなのではないか。すべての「教育難民」のための教育が必要なのではないか。この映画を観て、私はそれらのことも考えた。
この映画は、面白かった。だが、バラク・オバマ(アメリカ大統領)を美化しているようなところと「いかれている」などの表現が、私には気になった。(2011年9月4日)
|