学生運動の新世代リーダーへのインタビュー
理論的、倫理的教育に加え社会
的介入の任務も果す組織に挑戦
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ピノチェト反革命によって徹底的に破壊されたチリの自立的民衆運動の回復が進行している。特に今年年明け以降、劣悪化された教育の回復を求める闘いは、何度も巨万のデモを作り出し、現政権との鋭い対決点となっている。以下は、民衆運動のこの回復を背景に進み始めた反資本主義左翼の新しい形成の歩みについて伝えている。(「かけはし」編集部)
このインタビューは、スイスの隔週刊誌「ソリダリテS」のために行われたもので、一〇月一三日にジャン・バトゥとファン・トルトーザによって行われた。セバスチャン・ファルファン・サリナスは、二三歳、バルパライソ大学学生連合の委員長で、学生運動の全国執行部の一員である。彼はチリ学生連合(Confech)の急進派に属する。貧しい家庭の出身で、大学に進学したのは彼が最初であった。大学では歴史を学んでいる。(「インターナショナルビューポイント」編集部)
新しい世代の再組織化が進行中
Q(ソリダリテS): 今日のチリにおける反資本主義左翼の状況はどのようなものですか。
A(セバスチャン・ファルファン・セリナス): 一九六〇年代と一九七〇年代のチリの反資本主義的左翼は、ほとんど姿を消しました。それは独裁政権の弾圧のためだけでなく、一九八〇年代の闘い、特にマニュエル・ロドリゲス愛国戦線(注一)の闘いの後の、コンセルタシオン(注二)の後継政府による非常に厳しい弾圧のためでした。これに加えて、一九九〇年代の勝ち誇った新自由主義の社会的イデオロギー的結果が、将来の成長を描き出す「対話」に有利に作用しました。一九九〇年代以降、革命的左翼は、大学で小さなサークルを組織する限界的存在として自己を維持しました。しかし、二〇〇〇年代後半から、状況は徐々に変わりました。一定の勢力が蓄積され、内部的再組織化が行われ、これによって二〇〇六年の「ペンギン革命」(注三)により良い位置でアプローチすることが可能になり、反資本主義的展望に関する討論を開始することが可能になりました。
Q: 新しい急進的左翼と、MIR(注四)やマニュエル・ロドリゲス愛国戦線のような以前の組織との間には、どんな関係がありますか。
A: これらの組織は依然として存在していますが、複数の潮流に分裂しており、多くの場合彼ら自身の間での論争が続いています。しかし、二〇〇六年以降に登場した新しい世代はこれらの組織との組織的関係は持っていません。ただし、彼らの経験について学び、検討しようとしているだけでなく、彼らの政治的成果や指導的人物を再発見しようとしています。この世代は、政治的組織化と介入の独自の形態を発展させています。最初はさまざまな方法で、地域的レベルで組織化され、その後、複数の闘いの経験の中で集中化していきました。特に二〇〇七年の森林労働者や銅山労働者の闘い、二〇〇七年の学生運動の中で集中が進みました。その後、私たちの一部は、これまでコンセルタシオン勢力やチリ共産党が占めていた運動内の責任ある位置を得たいと考えるようになりました。これによって動員のただなかで圧倒的聴衆とともに急進的要求を発展させることが可能になりました。コンセルタシオンも共産党も関心を持たなかった要求、すなわちあらゆるレベルの教育の無料化、銅山の再国有化、憲法の改正、などです。この極めて豊かな経験の上に、チリ反資本主義左翼の新しい世代の再組織化が進んでいます。
学生運動、共産党支配から脱却
Q: この新しい反資本主義左翼の政治的基準はどのようなものですか。
A: 現在発展している集団は、さまざまな政治的基準によって特徴づけられます。一般的には、トニー・ネグリの影響を受けた自立的部分とマルクス主義的部分を区別することができます。私自身、マルクス主義的部分に属します。しかし、私たちのマルクス主義的、レーニン主義的、あるいはゲバラ主義的基準は、小さなイデオロギー的組織を形成するように導くものではなく、大衆的反資本主義政党を建設しようとするものです。この同じような過程が、チリの複数の地域で独立して繰り返されてきました。たとえば、バルパライソの私たちは、チリのいたるところで、私たちと同じタイプの集団を見つけました。私たちはこれらの集団と組織的つながりを持っていたわけではありません。今年から来年にかけて、私たちはこれらの革命的学生左翼を全国レベルで結合し、マルクス主義的性格を持った単一組織、すなわち全国学生ユニオンを作りあげたいと考えています。私たちの間で活発な討論が行われており、互いを良く知るための学習が行われていますが、私たちは過去の亡霊を受け入れるつもりはありません。際限なく繰り返された口論や分派は、これまでの数十年の間の敗北に根源があり、組織化を再開する上で多くの障害をもたらしてきました。この学生運動の経験を通じて、私たちは短期集中コースを学ぶようにして、わが国の体制や支配階級の仕組みについて、弾圧とそれに対して闘う方法について、大衆運動の民主的組織について理解しました。私たちは自分自身の意志で進むことができます。
Q: 学生運動の現在の指導部内部では、反資本主義左翼は何を代表していますか。
A: 私たちは、反資本主義集団から出発して、Confech(チリ学生連合)内部に独立ブロックを形成することに成功しました。これまで指導部は伝統的に共産党によって支配されていましたが、今年は、全国執行部の八人の代表に残っているのは共産青年同盟のメンバーであるカミラ・バジェホとコンセルタシオン勢力の代表であるヒオルヒオ・ハクソンだけです。他の六人は独立ブロックに属しています。三人は革命的左翼に属し、他の三人は革命的左翼と接触があります。言い換えると、私たちは、彼らを私たちの全国学生ユニオンのプロジェクトに獲得しようと努力中です。私たちは共産党とは非常に緊張した関係にあります。共産党は私たちを、彼らよりはるかに急進的な方向に進み続けている危険な競争相手と見ています。共産党はコンセルタシオンの不評に悩まされていますが、彼らは政治的にまた選挙においてコンセルタシオンに従属しています。しかし、私たちにとっては、コンセルタシオンに協力する者は、敵に協力する者です。彼らは、これは戦術的選択の問題であるとして自己を正当化しています。ブルジョア新聞では、学生運動の穏健で理性的な翼はヒオルヒオ・ハクソンとカミラ・バジェホ、「過激派」はコンセプシオン大学の代表であるギリェルモ・ペレルセン、私および何人かの人々とされています。私たちは常に支配的メディアの非難を受けています(注五)。
戦闘的労働組合との接触を維持
Q: 今日のチリにおいて、統一した反資本主義左翼を組織する過程はどのような段階にありますか。
A: 私たちは形成の過程にあります。それはマルクス主義の全般的基準を持つグループを結集することです。彼らは、バルパライソの私たちのようにチェ・ゲバラを読んでいるかもしれないし、コンセプシオンの学生たちのようにミゲル・エンリケス(注六)を読んでいるかもしれないし、北部の学生のようにレーニンを読んでいるかもしれない。いずれにせよ、対象となる集団は非常に広範で、無数に存在します。また、私たちはみな、今日の社会変革の反資本主義的方向性と革命的展望を防衛します。しかし、前進するためには、国全体に対処する、青年学生の枠組みを越えた、労働者、貧しい近隣住民、などなどを対象にした、政治的プロジェクトを発展させなければなりません。私たちは方向性を定義し、綱領を作成し、戦術的選択を行わなければなりません。
Q: 現在の運動の枠組みの中で、職場の戦闘的労働組合部分との関係を確立していますか。もし関係を確立しているとすれば、どのような関係ですか。
A: 戦闘的な、実際、革命的ですらある指導部を持つ労働組合との接触を持っています。それによって私たちは、あらゆるレベルの教育の無料化の要求を、銅鉱山の再国有化の目的と結びつけることに成功しました。住民のニーズを満たすためにわが国の天然資源の支配を取り戻し、多国籍企業を追い出すことによって、チリの無償教育と無償医療をまかなうことができます。この要求をめぐって、チリの主要銅鉱山の一つであるエル・テニエンテ鉱山(注七)のSITECO労働組合とともに動員を組織しました。この労働組合の指導者は、若い非常に戦闘的な労働組合主義者であるホルヘ・ペナです。六月一六日には、銅鉱山労働者と学生が肩を並べてサンチアゴを行進しました。この結合は、私たちにとって非常に重要です。なぜなら、チリは原料を輸出している、資源輸出経済に支配されている国です。銅鉱山労働者がストライキをすれば、チリの経済は停止します。SITECOのような労働組合は(SITECOが唯一ではない)、コンセルタシオンの指導層と結びついたCUT(チリ労働者連合)の指導部の官僚的方向性を非難しています。
真の大衆運動に位置づく組織へ
Q: チリにおける革命的反資本主義組織の形成に向かって進むために行わなければならない不可欠の討論は何ですか。
A: ごく最近、チリは「労働者と人民の運動」(MPT)の不幸な経験をしました。この運動は二〇〇九年に登場し、反資本主義的左翼と非常に多様な種類の連合の多くの潮流を結集しました。問題は、これらの組織に由来する古い論争が持ち込まれたことでした。したがって、私たちは、多少時間がかかるとしても、動員された若者から出発して、全国的レベルにおいて反資本主義左翼の組織を確立するプロジェクトを再び取り上げることが必要であると考えています。この新しい政治的世代は、理論的に形成され、一貫した綱領を作りあげ、組織を構成する多くのグループ間に必要な信頼のきずなを作りあげなければなりません。私たちの任務は、二〇世紀初頭の社会主義的、共産主義的労働運動の最初の組織者であったルイス・エミリオ・レカバレンの任務に似ています。私たちが行おうとしている討論は、資本主義の現在の危機に関する、二一世紀の社会主義に関する、選挙の役割に関する、国際的レベルで行われている討論に匹敵します。なぜなら、私たちは選挙勢力であるコンセルタシオンや共産党から勧誘されているからです。
私たちの望みは、真の大衆運動の構築、発展、組織化の中に私たちの組織を位置づけることです。私たちはマルクス主義の古典を読み、討論し、考えますが、同時に、資本主義的秩序との妥協を支持する人々と、大衆運動の指導のあらゆる空間を争います。したがって、私たちが建設しようとする反資本主義的組織は、二つの役割を果たさなければならないでしょう。すなわち、メンバーの理論的、倫理的教育だけでなく、社会的介入の任務です。私たちは、一九九〇年代の急進的左翼の取るに足らない存在の段階を越えて進むことを望んでいます。当時、急進的左翼の集団はほとんどの時間を自分たちの中での討論に費やしました。個人的には、私は学生連合内のバルパライソのすべての学生集団を結集するために闘いました。私が全国的レベルのConfech内でバルパライソを代表しているのは、このことが基礎になっています。私たちの学生集団は非常に数が多いです。たとえば、バルパライソ大学だけでも、約六〇のよく組織された活動家を頼りにすることができます。
先住民、女性、エコロジー
Q: マプチェの人々の活動家とどんな関係を持っていますか。
A: 彼らは非常に重要です。マプチェ大学というのは存在しませんが、Confechはマプチェ学生連合を受け入れています。マプチェの学生は、自分たちの権利、特に文化的権利のために闘っています。コンセルタシオンと共産党の反対にもかかわらず、マプチェ学生連合の統合は、制度的レベルにおいて、Confechの全国執行部の八分の一の権限がこの連合に自動的に帰属することをもたらしました。
Q: あなたの運動とその指導部内での女性の役割はどのようなものですか。
A: チリは、社会における女性の地位に関しては、非常に保守的で伝統主義的な国です。他のラテンアメリカ諸国と同じように、男が社会的生活のあらゆる面で支配的位置を持ち続けています。ミシェル・バチェレが大統領に就任したとき、平等について多くのことが語られましたが、大多数の女性にとって物事はほとんど変わりませんでした。ある研究によれば、チリでは女性の賃金は男性の半分以下です。とは言え、学生運動の内部では、私たちは非常に重要な変化の過程を経験しています。女は男と同等の役割を担っています。私の大学では、複数の女性リーダーが存在します。ただし、均等の問題が公式に討論されたことはありません。私の前にバルパライソ大学の学生連合のリーダーだったのは、ヒメナ・ムノスでした(現在、彼女はバルパライソの民衆大学の開発を指導しています)。バルパライソのカトリック大学においては、やはり女性のカリア・アムトゥマンが運動の代表を務めています。
Q: 特にパタゴニアに関して、あなたの考えおよびあなた方の運動においてエコロジー問題はどのような位置を占めていますか。
A: チリにおいては、チリ南部のアイセン水力発電プロジェクトが、しばらくの間、議論を二分する問題となりました。これは複数のダムからなる巨大プロジェクトで、特にスペイン資本の資金供給を受け、国全体に電気を供給するというものです。大きなエコロジー的惨劇であるだけでなく、極度に重要な経済的社会的問題を引き起こします。実際、これらのダムの規模は、チリ人民の基本的必要のための電気を作り出すように設計されたものではなく、鉱山多国籍企業のためのものです。鉱山多国籍企業は、支配的諸国の大株主の利益のために資源を略奪し環境を破壊しています。この動員は、現在の学生運動の登場を準備することに大いに貢献したと言うべきです。(プンタアレナスの西一〇〇`b以上にある)リエスコ島の石炭開発プロジェクトの目的は、またもや環境コストがどうあろうとエネルギー・コストを減らすために石炭鉱山を開こうというもので、アイセン水力発電プロジェクト以上に強力な反対の高まりをもたらしました。
対決は国際的広がりでのみ可能
Q: チリのあなた方の運動と、ラテンアメリカの既成の秩序と争っている勢力との関係は、どのようですか。
A: 私たちの闘いを基礎にして、私たちはラテンアメリカの他の勢力との連絡を確立することに成功しました。最近、アルゼンチンのダリオ・サンティリャン民衆戦線(二〇〇四年に設立された反資本主義的、反帝国主義的運動で、すでに数千人のメンバーを持っている)と連絡ができました。広い意味では、ALBA(米州ボリバル代替構想)をめぐって、特にベネズエラのもっとも急進的な政治的、社会的部分と連絡が取れました。彼らは、大陸的規模で革命家の新しい世代を結集することができる運動を形成するプロジェクト(アメリカ・アン・ピエ[自立したアメリカ])を持っています。これは来年一一月にポルトアレグレで開催される予定です。私たちにとって、ベネズエラ、ボリビア、エクアドルなどにおいて勝ち取られている改良主義的性格の制度的成功について考えることは重要です。これらは矛盾を抱えているにもかかわらず、重要な進歩を示しています。国際的レベルでは、私たちの運動は「アラブの春」の革命、スペインの「怒れる者たち」の運動、もっと最近では米国ウォールストリートで始まった占拠運動に非常に注目しています。チリでは、教育に関する闘いは資本主義の本質的論理への挑戦であると私たちは理解しており、国際的レベルでのみ彼らと真に対決することができると考えています。一九九〇年代の「歴史の終焉」に関する論争に背を向けた新しい世代にとって、勝利への道は非常に長く障害に満ちているとしても、革命の問題がふたたび提起されています。
原注
(一)軍事独裁政権時代のチリ共産党の武装組織が自立化したもの。
(二)中道左派の政党連合(「民主主義のための政党盟約」)。民主主義のための政党(PD)、社会党(SP)、キリスト教民主党(PDC)、急進社会民主党(PRSD)を含む。この政党連合は、ピノチェト政権の継続を問う一九八八年の国民投票時に結成された。この国民投票で五七・八%の票によってピノチェト独裁が終了した。一九九〇年から二〇一〇年までに、この政治連合から連続して四人の大統領が生まれた。パトリシオ・エイルウィン(PDC、一九九〇〜一九九四年)、エドゥアルド・フレイ・ルイスタグレ(PDC、一九九四〜二〇〇〇年)、リカルド・ラゴス(二〇〇〇〜二〇〇六年)、ミシェル・バチェレ(PS、二〇〇六〜二〇一〇年)である。
(三)社会党員ミシェル・バチェレの政府に対する高校生の全国的運動。高校生の制服のイメージから「ペンギン革命」と呼ばれた。
(四)革命的左翼運動。一九七三年九月一一日の(ピノチェトによる)クーデター以前のチリ極左派の主要組織。
(五)この問題については、特に一〇月八日付け「ラ・テルセラ」紙に掲載された「Confechを支配している強硬派はだれか」と題するレポート(http://diario.latercera.com)を参照。
(六)一九七四年に独裁政権によって暗殺されたMIRの歴史的指導者。
(七)サンティアゴの南一二〇`bのランカグアにある。
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