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    かけはし2011.11.7号

労働者国家の核武装と反核・反原発運動

投稿

右島一朗(高島義一)氏の文章によせて

「かけはし」の一読者「芝」


(1)

 反原発運動の中で、核問題、核兵器について私達はどう向き合うのかという問題が、「トロツキストと原子力エネルギー」(11年10月24日付、2195号)で提起された。
 私自身も、過去、第四インター日本支部の学生組織のメンバーであり、中国の核実験支持、労働者国家の核武装支持をスローガンとして容認していたのである。今、私が反原発運動を闘う時、過去のこととして、核兵器の問題をほっかぶりして前に進めことは出来ない。
 高島義一氏は「中国、新彊ウイグルの核実験反対デモと民族自決権」(1986年1月20日「世界革命」)の中で、中国の核武装について、「必要悪」としながらも、苦悩の論理を展開している。
 「外交家、大学教授、ジャーナリストの平和主義と、大工、農業労働者、雑役婦の平和主義、を厳に区別する事が必要である」(トロツキー選集、第10巻)。
 トロツキーも語るように、すべての平和主義運動を「絶対平和主義」と片づけてはいけない。中国労働者国家(過去のことであるが)の核実験に対し、実験場となったウイグル自治区の学生、大衆一万人が核実験の反対デモを行う時、労働者大衆の平和主義は支持されなければならない。民族差別問題だけに限定してはならない。もちろん、高島氏も、そのような立場をとっている。

(2)

 「原子力と社会主義」(1985年11月「第四インターナショナル」理論機関誌)は高島氏が新左翼や当時のJRCL同盟内の原発に対する無理解を徹底的に批判、整理する立場から書かれたすばらしい論文である。それまでの「ブルジョア権力者は原発の安全性は維持出来ないが、革命的労働者権力になれば、『安全な原発』が出来る」かのような、幻想があるとして、批判を展開している。
 もちろん当時の労働者国家の原発をも完全に否定し、核と放射能が人間の存在と共存出来ないことを明確に探求している。
 ここまでは、私も氏の主張を感動しながら読み進んでいった。しかし、我々(もちろん私もである)も、一九六〇年代からの階級闘争の中で“労働者国家無条件擁護”を主張し、一九六四年以後の中国核実験を支持し、「われわれは、労働者国家の核武装の権利を防衛せざるを得ない」(「原子力と社会主義」)と主張した。
 この主張は「世界革命」(1964年10月30日付、112号)の「中国核実験の成功、それは帝国主義と、ソ連官僚への痛烈な打撃である」(山田実雄論文)より一貫して変わらぬ第四インター日本支部の立場であった。ただし、この文章の中では、高島氏の「必要悪」論ではなく、積極的支持論であったのだが。
 「原子力と社会主義」の中で高島氏は、原発や放射能の反人民性と労働者国家中国の核武装の「必要悪」との関係は明確に提示していない。
 「アメリカ帝国主義に核使用のフリーハンドを与えてはならない。この一点において、われわれは労働者国家の核武装を防衛せざるを得ないのである。しかしそれはきわめて痛苦な選択である」。「われわれが、労働者国家の核武装を防衛せざるを得なかったとしても、労働者国家の原発を防衛する必要は全くない。それは……労働者国家の人民を傷つけ、労働者国家の資源を浪費し、労働者国家を弱体化させるからである」。
 このような状況にせまりながらも「必要悪」を氏は防衛する。労働者国家の核武装のために、労働者国家の労働者人民が多数被曝し、傷ついているにもかかわらずである。“労働者国家の弱体化”とは人民の弱体化であり、人民の団結の弱体化以外にあるのだろうか。
 
(3)

 「中国、新彊ウイグルの核実験反対デモと民族自決権」の中での高島氏の文章を追っていきたい。
 一九六四年以来、中国はウイグル族自治区のロプノールで核実験を続けてきた。労働者国家の核武装のためである。これに対し、ウイグル族の学生を中心に、核実験反対デモが起こる。一九八五年一二月、ウイグル自治区の省都ウルムチで一万人のデモ、北京、上海で学生デモが発生する。
 これに対し高島氏は「われわれは、ウイグル族学生たちの闘いを支持する。中国政府は、ロプノールでの核実験を中止し、少数民族に対する差別を一掃するための政策を強力に推進すべきである」と主張したのである。中国核実験が、少数民族ウイグル自治区で行われたことに対し、高島氏は、少数民族差別の問題としてとらえているのであった。
 「民族問題は階級問題にほかならない」としての展開である。しかし、高島氏は、これだけで片づけようとはしていない。「労働者国家の核武装について、いかなる態度をとるのかという極めて重大な綱領的問題にかかわっている」として、この問題に「我々は、労働者国家の核武装の権利を防衛する」と主張するのである。
 しかしここでは「核武装の権利を防衛する」のであり、「核武装を防衛する」とは書いていない。「労働者国家の核武装は、帝国主義の核使用に制動をかけるための必要悪であった」。「しかし、それは必要悪としても、それ自身巨大な悪であり、現に人民を傷つけている」。
 ここまで苦悩しながらも「必要悪」の核爆弾の保有を認めなければならないのだろうか?

(4)

 アメリカは核武装のために、ウランの採掘から核兵器の製造、実験までの核被曝者が一〇〇万人であったと述べている。同じように、中国やソ連でも多くの労働者、兵士が被曝していることを高島氏は推察しているのである。
 こうして、ガンや白血病にかかる晩発性放射線被害にも目を向けている。自国の労働者、兵士など一〇〇万人を被曝させながら、維持しなければならない「労働者国家の防衛」とは何であろうか。
 「すべての核兵器廃絶」のスローガンは「絶対平和主義」であり、市民主義的平和主義であり、国際階級闘争の前進にはならない、ということなのだろうか。しかし、当時労働者国家のスターリニスト官僚どもが手にした核兵器は、帝国主義者だけに向けられていたのであろうか。スターリニスト官僚どもは強大な核武装をすることにより、ますます自国労働者を抑圧し、「国家」の威信を高めていったのではないだろうか。それが現在の中国の姿ではないのだろうか。
 しかし、高島氏の主張は、ここまでにとどまってはいない。
 「今、中国官僚が……ロプノールでの核実験を停止し、それにとどまらず全世界の人民にすべての核実験の全面的停止とSDI(宇宙核戦争計画)の阻止を呼びかければ、それは反核闘争への、このうえない励ましとなるだろう」。「いまや、問われているのは国際反核運動である」。「中国政府は、ロプノールでの核実験を中止せよ」。
 最後の主張は明らかに、すべての国家の核実験、核武装への弾劾である。「必要悪」は保留されているが。私はそのように解釈している。
 私は高島氏の文章を一つ、一つたどりながら、氏がいかに苦悩しながら「必要悪」を主張しながら、労働者国家の核武装への批判を高めていったのか、かみしめている。

(5)

 今、私たちが崩壊した労働者国家の核武装の問題を語らなければならないのはつらいことである。それが、国際階級闘争とアジアの植民地革命の前進にどのような影響があったのかは、計り知ることが出来ない。
 ことわっておくが、「世界的二重権力の時代であった。革命と反革命の時代であった」などと言っても、何も語ったことにならない。“労働者国家の原発は善であり、帝国主義の原発は悪である。何故なら、労働者国家の原発は、労働者国家の生産性を豊かにするために必要である”。
 このような論理を高島氏は完全に論破したのである。(日本共産党は、つい最近まで「安全優先の原子力行政を!」をスローガンにしていたのであるが)。
 そうであるならば、労働者国家の核兵器は「必要悪」であるという論理に正当性はあるのだろうか。
 一九二〇年代からのドイツ、フランス革命の失敗と戦後革命の失敗が、スターリニストの裏切りによるものだとすれば、そのスターリニストにすべての人民を破壊する「必要悪」を手にさせることが、国際階級闘争の前進や植民地革命の前進につながったのだろうか。
 労働者国家の核兵器が、アメリカ帝国主義国家の頭上で爆発した時、誰を殺すのであろうか。戦闘員だけを殺すのではないことは、広島、長崎が示している。自国労働者を大量に被曝させながら、その労働者人民の大衆的反対を押しつぶしながらも所有しなければならない「必要悪」の武器とは何であろうか。それによって守られる国際階級闘争や植民地革命の防衛とは何であったのだろうか。労働者国家の核爆弾によって被爆した帝国主義国家内の労働者は誰を糾弾するのだろうか。自国帝国主義を打倒出来なかったから、その罰として「必要悪」の核爆発の被害者になることを容認せざるを得ないのだろうか。
 私にはこれらのことを解明する能力はない。しかし、私も当時「中国の核実験支持!」のスローガンを容認した事実を消すことは出来ない。しかし、この事実の上で、私は現在、反原発・反核運動を進めていくことになるのである。マイナスからの出発である。
 「トロツキストと原子力エネルギー」(11年10月24日付)は、私たち一人一人に何かを語れ! と呼びかけている。私たちは高島氏の二つの論文を基礎として、この水準を確認し、これらの文章に潜む過去と現在の連続する課題に今すぐ挑戦しなければならない。最後に原子物理学者であり、六〇年代〜七〇年代の救援連絡センター代表であった水戸巌氏(芝浦工大教授)の言葉をお借りする。
 「石油がなくなったからといって、人類は絶滅しなければならないのか。原子力が無かったら人類は絶滅しなくてはならないのか。そんなことはないはずです。それこそ現代の科学技術を、我々はがむしゃらに推進してきた。いままでの科学技術のあり方というのは、あまりにも自然に反している。あたかも自然から遠ざかれば遠ざかる程、それが技術であるかのように錯覚してきたけれども、それは科学技術の時代史の最も原始的な時代であるのです。アトミックという意味ではなく、最もプリミティブな時代であると思います。これらの科学技術というのはもっと自然と調和した科学技術、これこそが科学技術の黄金時代であると私は思います」(1979年6月16日、芝工大大宮校舎「原発はいらない」講演より)。
 この「科学技術の黄金時代」こそ、私たちがめざす「もうひとつの世界」の需要と供給、生産と消費のすべてに貫徹されているのでなければならない。

【訂正】本紙前号(10月31日号)1面TPP批判論文5段1行目「資産」を「試算」に、7段中見出しから12行目「減少する、」を「減少すると発表した。」に、同8段30行目「TPPは、」を削除、同紙面案内「憲法集会」を「憲法審査会」に訂正します。


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