10.27〜29「福島の女たち」が経産省前座り込み
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心からの叫びに背を向けるな
私たちのふるさとを返せ
すべての原発をすぐ止めよ |
一〇月二七日から二九日まで東京・霞が関の経産省前で「原発いらない福島の女たち」は三日間にわたる座り込み行動を行った。九月一一日の「経産省包囲『人間の鎖』アクション」からすでに五〇日近くも経産省敷地の中で「二四時間体制」を堅持しつつ続けられている座り込みテントに並んで、新しく二つのテントが建てられ「経産省前テント広場」が作り出された。
福島からやってきた女性たち、福島から避難していた女性たち、福島県出身の女性たちを中心に、思いを共有する全国の女性や支援の男性も駆けつけ、経産省前は三日間にわたり原発被災者の声を聞こうとしない政府・経産省に対する怒りの声に包まれた。
一〇月二七日午前一〇時、座り込み開始時刻には早朝からかけつけた福島の女性たちを中心に経産省前には五〇〇人以上が結集した。
「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の佐藤幸子さんが振り絞るような声で語る「ずっとこの日を待っていた。この思いを三日間の座り込みで果たしたい。私たちの願いが日本全国、世界に広がることを願っています。ぜひ私たちの思いを遂げさせてください」との切実な訴えに、参加者は力一杯の共感の拍手で応えた。この日、福島の女たちの参加者は七〇人を超え、名簿に署名した支援者は八〇〇人近くに達した。
三日間にわたる行動は、午前一〇時から午後三時までの座り込み、連日の記者会見、経産省への申し入れ、議員会館での女性議員への要請、院内集会参加など精力的に展開された。一〇月二八日には代表が首相官邸を訪れ、四〇分間にわたる要請を補佐官に行った。
人間と毛糸の
ロープで包囲
最終日の一〇月二九日には日比谷公園からのデモの後、再び経産省前に戻り、女性たちが座り込みの間に毛糸で手編みしたロープを使って、人間と毛糸ロープでの経産省包囲を実現。
日比谷公園「かもめの広場」で行った「クロージング集会」では、三日間にわたる行動の成功を確認し、一〇月三〇日から一一月五日まで同じ経産省前テントひろばで行われる「全国の女たちの座り込み」に毛糸のロープを同行動のアイリーン・スミスさんに手渡した。最後は全体で「ふるさと」を合唱した。「夢は今もめぐりて、わすれがたき福島」のフレーズには涙を浮かべる人も少なくなかった。 (K)
10.29
クロージングアクションに600人
のべ二千人以上が座り込む
全国の女たちも福島に続く
絶望を希望に
変えるために
経産省前で「原発いらない福島の女たち、一〇〇人の座り込み」が一〇月二七日から三日続けられ二九日は最終日であった。経産省正門横のテントを中心に六〇〇人を超す人たちが座り込んだ。たくさんの女性たちが福島の女たちをサポートし、熱気に包まれていた。
午前一〇時半、記者会見が行われた。佐藤幸子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)が参院院内集会の報告を行った。
「福島市の県庁から一`bの所に放射線量が高い渡利地区があり、そこの二軒から避難勧奨する以上の線量が検出された。避難するかしないかと聞いたところ、一軒はお寺で避難しないと答えた。そうすると国は避難勧奨地域に指定しないとしている。南相馬市では避難勧奨地区になっているのに福島市ではそうした扱いにしないのはおかしい。説明を求めても明確な回答がない。国は除染の時に測るとしているが、それも仮置場が決まらないと除染できないとしている。まず、放射線量をきちんと測ってほしい」。
「汚染地域に子どもたちがいる。この状況を変えて欲しい。避難の権利は汚染地域でおびえて子育てしなくてもよいという生存権の問題だ。政治の中枢に危機感が伝わっていない」。
次に、三春町の工藤朝子さん。「放射能をすべて測って生活はできない。子どもたちはマスクをつけ、積算計をぶら下げている。甲状腺の健康検査を受けた。子どもたちは引き裂かれている」。「自分で除染したがその土は自分で処分するしかないので、結局自分の土地に置くしかない。住民たちで除染をやったが台風が来て、山から水が流れて元に戻ってしまった」。
宇野朗子さん。「昨日、福島の五人を含め一一人で、官邸に入り内閣補佐官と四〇分間話し合いをもった。これは福島みずほ社民党党首のはからいがあったから実現できた。私たちは第一にすべての原発の停止、廃炉を求めた。大熊町から命からがら会津に逃げた。もう一度原発事故が起きたら生きる道がないと訴えた。補佐官は『すぐに止めたい気持ちは自分たちも同じだが政治家の中には延ばしたい人たちもいて、いませめぎあいになっている。脱原発をめざしてがんばりたい』と語った」。「どこにも持っていきようがない恐怖と悲しみと怒り。夢と希望を奪われ、絶望感を持って生きている。私たちの苦しみは仕方がないのか、日本中が福島のように汚染されるのを許すのか。原発を止めて、原発をゆるせない」。
三春町の武藤類子さん。「閉塞した気持ちになる。もう黙っていられない。経産省に行って訴えたい。私が元気になりたい、女たちが集まると元気になる。昨日までに座り込みにのべ一三四一人が参加してくれた。支えてくれた人々に感謝したい。日本が原発を輸出しようとしているトルコの人たちが連帯の一万一二一七筆の署名をあつめて送ってくれた。ドイツとも中継がつながっている。福島から世界へつながろう」。
武藤さんは行動呼びかけのパンフレットに書かれた以下の詩を読み上げた。
ようこそ 勇気ある女たち!
遠くから、近くから
自分の時間とエネルギーとお金を割いて
集まってくれた一人ひとりにありがとう!
女たちの限りなく深い愛
聡明な思考
非暴力の力強さが
新しい世界を創っていくよ!
三日間ともに座り、語り、歌いましょう!
次に京都のアイリーン・スミスさんが、一〇月三〇日〜一一月五日(九〜一八時)まで、「全国緊急アクション―福島の女たちに続け、『もう、黙ってはいられない!』全国の女たちは立ち上がり、そして座り込む」との行動提起を行い、「福島の女たちの行動に共感し連帯するメッセージが日本、世界から届いている。福島の女たちに続き、全国の女たちもがんばる」と決意を語った。郡山市議の駒崎ゆき子さんがふくしま集団疎開訴訟について説明した。
記者会見の後、全体で日比谷公園の中幸門に移り、東京電力前を通り銀座・東京駅を通り常盤橋まで、「原発はいらない、福島にきれいな空、海、土地を返せ」とシュプレヒコールしながら、元気よくパレードをした。9・19六万人大結集に引き続く重大なアクションであった。福島の被災者たちの怒りの声を霞が関にとどろかせ、政治の中枢を変えさせることが脱原発への大きな道へのひとつだ。さらに、福島のさまざまな被災者の訴えをとどろかせよう。
(M)
「原発いらない福島
の女たち」呼びかけ
私たちは、福島県に住む女性たちのグループ(とその支援者たち)です。福島原発事故以来、日常を奪われ、放射能に脅える日々を送っております。安全なはずの原発が、このような取り返しのつかない事故を起こした以上、全ての原発は廃炉へと向かい、再生可能エネルギーへ転換が行われ、原発に依存しない安心な未来に向けて、日本のエネルギー政策が大きな舵を取るであろうことを、私たちは固く信じておりました。しかし聞こえてくるのは『原発再稼働』という、従来のエネルギー政策に固執する話ばかりです。原発事故から得た教訓は『安全な原発などありえない』だったはずです。なぜ頭の切り替えができないのか、なぜ崩れ去った『原発安全神話』を未だに信じろというのか、私たちには、まったく理解できません。もう黙っているわけには参りません! 福島県民として声を上げます。
「原発いらない福島の女たち」の要望書
1 すべての原子力発電所を直ちに停止させ、廃炉にすること。
2 定期点検・トラブル等により停止中の原子力発電所の再稼働を行わないこと。
3 子どもたちを直ちに、国の責任において避難・疎開させること。また、すでに避難し、又これから避難する住民に完全な補償を行うこと。
4 原発立地自治体を補助金漬けにし、自立を妨げる原因となっている電源三法(電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法)を廃止すること。
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