アメリカ
「ウォールストリートを占拠せよ」に連帯を
民主主義のために闘う自立した
運動が今も日々築かれつつある
ソリダリティー政治委員会 |
ニューヨークの「ウォールストリートを占拠せよ」運動から米国中に広がる占拠運動に世界の注目が集まっている。主流メディアも盛んに取り上げているが、『インターナショナルビューポイント』にも、アメリカの同志からの生々しい情報が矢継ぎ早に掲載されている。そこには、この運動が何であるのか、今後に向けどのような可能性を秘めているのか、それらを考える上で貴重な情報と観点が数多い。以下に初期に届けられた報告を二つ紹介する。(「かけはし」編集部)
「ウォールストリートを占拠せよ」は、経済危機が初めて爆発したとき以来アメリカで起きたことの中では、ほぼ最良のものである。占拠は広がっている。われわれは立ち上がり反撃を続けている。そしてわれわれは、共に生きるもう一つの方法が可能であることを示し続けている。
われわれの運動はいわば負け組の運動である。運動を共にしている人びとは、失業者であり、ホームレスであり、元犯罪者であり、零落した人びと、また虐げられた人びとである。われわれは、差別された人びと、見捨てられた人びとを迎え入れる。この運動は民主主義がまさに生きている場である。そしてわれわれは、民主主義のために闘う自立した運動を今築きつつある。
あらゆる種類の人々がいる
※七月、公式失業率は、白人の場合八・二%だった。しかし黒人では一六・八%、ラティーノでは一一・三%だった。
※二〇〇九年、家計の純資産の中央値は白人で一一万三一四九ドルだった。しかし黒人では、五六七七ドル、ラティーノでは六三二五ドルだった。
※二〇〇九年、白人家計の一五%は、財産が〇かマイナスだった。しかしそうなのは、黒人家計では三五%、ラティーノ家計では三一%だった。
※米国の人口構成では黒人の占める割合は一〇%に満たない――しかし、獄中人口全体の中では三五・四%を占めている。
しかしここにはあらゆる種類の人びとがいる。すべての人種、すべての宗教の人びと、男と女、LGBTとそうでない人びと、それらあらゆる年代の人びとが、ウォールストリートとワシントンの貪欲と腐敗に反対する力強い勢力を築き上げるために共に出かけてきている。
われわれが始めたのは昨日ではない。もっと早くにあった労働組合や共同体の抗議、またブルーグバーグビレのような占拠は無視された。今やわれわれは日毎に強力になりつつある。全世界が見つめている。そして、ニューヨーク市の労働組合と社会的公正を求める諸組織がやってきた。今日行進したすべての人びとにわれわれは、占拠に加わるよう、あるいはできるときに復帰するよう要請する。
今日銀行と企業がアメリカを支配していることをわれわれは知っている。企業のCEOと金融の内々の仲間が国民的な問題を決定するために共和党および民主党と結託していることを、われわれは知っている。彼らはみんな一緒にルールを作っている――そして利益も作り出している。われわれはその対価を支払っている。それを終わらせるときである。
この国で富の新しい配分をわれわれは必要としている。すべての人びとに生きていける賃金で職を提供することをわれわれは必要としている。全員に対する無料の教育と医療の保障をわれわれは必要としている。そしてそれは十分に可能だ。イラクとアフガニスタンでの戦争を終わらせること、全部隊を家に戻すこと、何百という世界中の米軍基地を閉鎖すること、これらによって始めることをわれわれは必要としている。最も重要なことだが、われわれはシステムを変えなければならない。
より進み、公正な社会築く力へ
九月三〇日に採択されたニューヨーク市の占拠の声明は、職の破壊、居住の破壊、環境破壊、そして帝国主義に責任を負うべきとして、企業を告発している。その声明は、米国並びに世界の残りの資本主義システムによって加えられた打撃を描き出している。
ウォールストリートは、グローバル資本主義の神経が集まる中心である。われわれはここで蜘蛛に注意を集中することになる。しかしわれわれは、問題は蜘蛛ではないことを知っている――問題は巣の方なのだ。
われわれはまさに今象徴的に、ここウォールストリートのシステムの心臓部に襲いかかっている。来る日々われわれは、このシステムを真の平等と民主主義に基づくそれに転換できる運動を築き上げるために、さらに進まなければならない。われわれの国の――この問題においては世界の――すべての者は、尊厳のある生を受けるに足る者である。その可能性をさえぎるものはここウォールストリートに群がる金融諸機関だ。その邪魔をしているものは蜘蛛の巣であり、つまり資本主義なのだ。
われわれは運動を強化する必要がある。この運動の力は個人の参加にばかりではなく、われわれの家族や友人、われわれの共同体や職場、われわれの労働組合や学校、また宗教上の仲間とのつながりにもある。われわれはこれらのグループを社会的勢力として、また労働者階級と被抑圧諸階層の間の連帯に基づく一つの政治運動として、一体的に結集する必要がある。あの者たちの政治に反対を。銀行や経営者たちに反対を。民主党と共和党に反対を。
われわれの政治は、何かが変わらなければならないことを認識している人びとの政治だ。われわれの運動は、学校に行くことのできない職のない若者たちから成り立っている。それは、職を奪われた勤労民衆、家を奪われた家族、さらにこれまで一度として十分に機会を分かちもったことのない有色人種の人びと、これらの人びとの運動でなければならない。われわれは、新しい民主的なシステムを生み出し、われわれの社会に公正さをもたらす力を築き上げるために、今共に努力している。
ここにあることでわれわれはどれほど晴れやかでわくわくしているだろうか。われわれは、タハリール広場のエジプト人、スペインの広場の怒れる者たち、またウィスコンシンの労働者たちから学ばなければならない。「ウォールストリートを占拠せよ」運動は国中の占拠運動に行き着いた。われわれは、世界中の民主主義と社会的公正を求める国際的運動の部分である。われわれは、歴史そして世界が向けられている方向を変えることのできる新しい運動の部分である。それは、異なったシステムをもたらすことで、地球とそこに住む人びとを救うことができる運動である。
二〇一一年一〇月五日
(「インターナショナルビューポイント」二〇一一年一〇月号)
アメリカ さまざまな見方に対し
「ウォールストリートを占拠せ
よ」は多くのことを伝えている
ステファニー・ルース
9・11の断絶を超え今再び グラウンドゼロのすぐ近くのツコッティー公園(昔はリバティー広場公園と呼ばれていた)にいることは不思議な感覚だった。私は数千人の人びとと共に、「人民のマイクロフォン」(マイク使用禁止という抑圧をかいくぐるために、発言を逐語的に復唱し全体に伝える方法――訳者)を通したスピーチに聞き入っていた。そこでの群集はまさに、一九九〇年代末から二〇〇〇年代始めの「反グローバリゼーション」運動の人びとに似ているように見えた――そしてわれわれは当時もまた、そのような方法を伝達のために使った。
二〇〇〇年四月、ものごとは大きな影響を残すことなく過ぎ去った。それは、商店街の他の端で何千人もの若者たちが、IMFと世界銀行の会合を阻止しようと通りを封鎖していたその時に、中国に対する恒久的通常貿易関係(PNTR)資格容認に反対する闘いにおいて、大労組のほとんどが議員を通した議会への働きかけに方針を定めたときだった。シアトル(一九九九年末、この地で開催されたWTO閣僚会合は、抗議に立ち上がり世界中から結集した巨万の民衆が包囲する中で中止に追い込まれた――訳者)において何らかの共通の土台が作り上げられたにもかかわらず、われわれは、労働運動と萌え出つつあった環境や学生や反帝国主義の他の運動との間の実質ある連携とは隔たった慣行の中にあった。
しかしながら、ものごとは変化し始めているように見えた。二〇〇一年夏AFL―CIOは、予定されていたIMF/世界銀行会合に向け、その開催地を占拠する行動への労働者の参加を組織するための職務に何カ月かある者を配置した。新自由主義と「構造調整」に反対する共同の運動を築き上げようと、人びとは国中で、世界中で動員されつつあった。二〇〇一年九月六―九日の週末、「公正ある職」評議会のために、一〇〇〇人を超える労働者活動家と共同体運動活動家がクリーブランドに会した。精神は高揚していた。そして、世界は変化に向かおうとしているとの真の感覚があった。
変化はどの程度あり得たか、それはわれわれにはほとんど分からない。そのわずか二日後、九・一一の攻撃があった。そして突然、われわれが築きつつあった運動は崩壊した。
一〇年がたった。しかし、「ウォールストリートを占拠せよ」(OWS)の光景は、当時建設されつつあったものをわれわれは再建した、ということを示唆しているように見える。表面上は目標が定まっていないように見える、表面上はほとんどが白人の、表面上はまったく戦略などないように見える、ほとんどが若者の一グループによって、OWSは始められた。しかし彼らが何であろうと彼らは、他の人びとがいることを可能とする十分に柔軟な空間を生み出した。いずれにしろそれは難なく起きたわけではない。そして確かに、まだ不十分だ。しかしツコッティー公園に出かける人は誰も、同じことを感じているように見える。つまり、大胆さに向けた浮き立つような気分、自由と可能性の感情だ。
TWU(運輸労働者労組)第一〇〇支部は、OWSを受け容れた最初の労働組合だった。個々の組合員はすでにツコッティー公園のできごとに参加を続けていたが、組合としては姿を見せていなかった。第一〇〇支部は、まだメディアによってほとんど取り上げられていず、過激派の空騒ぎとしてほとんど非難されていた一つの運動への支持に、早くから踏み出すという大胆な動きに出た。いったん第一〇〇支部が容認するや、洪水防止扉が開き、諸労組と共同体運動諸グループがその舞台に躍り上がった。多くがニューヨークにおける大規模な共同体/労働者行進を承認した。ニューヨークを足場としない他の運動体は、占拠に対する全般的な支持を示した(鉄鋼労働者のように)。
「五月一二日の先に連合」はすぐさま、占拠支持の共同体/労働者行進をまとめることを援助した。そして一週間足らずの通知期間だけで、この都市の最大労組のほとんどを舞台にそろえ、ここしばらくでこの都市で見ることのできた中では最大の行進の一つを、みごとにやってのけた。
これはどこからやってきたのか
何人かの書き手は、OWSはどこからということなく完全に自然発生的に生まれた、と示唆した。それは幾分かは本当だが誤解を招くものだ。私が述べたように、この運動は何らかの形で九月一一日以前にわれわれが止めたところからまた始まっている。しかし他の流れで見たときこの運動はまさに、ここしばらく、特に経済後退が襲いかかって以来続いてきた一連の反攻の中にある一つの結節点だ。主流メディアを情報源とするだけでは人はそれを分からないかもしれない。しかし過去数年、多数の人びとを巻き込んだ途方もない数の抗議が存在してきた。もちろんウィスコンシンがあった(本紙二〇一一年六月六日号参照)。しかしまた、大規模なストライキ(たとえばヴェリゾン、看護士、港湾労働者)、ハンガーストライキと刑務所での組織行動(たとえばペリカンベイ、ジョージア)、環境的公正を求める抗議(たとえばタールサンド)、抵当流れに対する反攻、銀行への抗議(ニューボトムライン)、経済的公正を求める行進(ワンネーション)、移民権キャンペーン(ドリーム法)、米国社会フォーラム、それらがあった。そして最後のものは、一万五〇〇〇人の人びとと数多くの大規模デモその他で彩られた。
次いで国際的抗議――アラブの春、ギリシャ、ポルトガル、スペイン、中国、ロンドン、南アフリカ、ベナン、ブラジル、その他――がある。米国ではしばしば国内だけに焦点を絞られるとはいえ、他のところでの抗議がここの多くに刺激を与え駆動力を与えたことに疑いはない。抵抗は可能だという、また反攻は勝利可能だという考えは、より多くの民衆を行動に押しやる助けとなっている。
社会運動研究者が示すように、これらの抗議のどれがより大きな運動に火をつける一つとなるかについてわれわれは分からない。われわれは飽くことなく試し続け、そしてそれが突き抜けるいっときまでは何度も敗北する。OWSははっきりと、過去数年世界中で、またこの国で見られた抵抗の推進力を増強しつつある。そして、われわれが一〇年前にいた地点の記憶にモールス信号を送っている。
死刑執行への怒りが火花に
OWSは小さく出発し、ほとんど注意を引かなかった。それは、人びとが家に帰るにしたがい、線香花火に終わってしまったかもしれない。しかし占拠四日目、トロイ・デービスがジョージア州によって死刑を執行された。これは国中の憤激を巻き起こしたが、そこにはOWSに結集していた多くの中に起きた憤りも含まれていた。そしてこの後者は、死刑執行に抗議して街頭に出た他の者に合流した。多くの人々が憤りを感じ、人種主義的な司法システムによって権限を奪われていると感じていたが故に、これは新たなエネルギーをもたらした。
ニューヨークではその結びつきは強かった。そこでは、抗議に立ち上がった人びとが長い間警察によって乱暴に扱われてきたのだ。この都市でデモ行進の経験のある人は誰もが、少なくとも九・一一以来、おそらくはシアトル以来、抗議行動への統制を維持するために、ニューヨーク市警が攻撃的戦術を行使してきたことを知っている。行進を支持者から引き離し、時には行進を小集団に分断しつつ、人びとを狭い空間に流し込むために、バリケードが使われている。私はそのような状況に何度も会わされたことがある。二〇〇二年われわれは、ニューヨークで世界経済フォーラムに抗議していた。警察はバリケードを手段に途切れることなくデモ行進の隊列の中に踏み込み、われわれをバラバラにし、乱暴に取り扱った。ある一点で彼らは街区の両端からわれわれを取り囲み押し始めた。私は前面にいたが、ニューヨーク市警の隊列は突然、私の腹部めがけてバリケードを突っ込んだ。イラク戦争前夜私が大衆的な反戦抗議行動を実現しようと試みたとき、私と他の数千人の人びとは、その試みを実際の行進にすることはついにできなかった。なぜならば警察が、行進が開催される通りにわれわれが入ることを邪魔したからだった。彼らはこの都市の重要な部分に非常線を張り、どうすれば通りに入れるのかの、混乱に満ち時には偽の情報を、抗議の人びとに伝えたのだった。
これらの戦術は、人びとを遠ざけ無力化するものだが、われわれの憲法上の権利に対する完全な侵犯と言える。しかしもちろん、この都市の有色人種の人びとに対する日常的な嫌がらせに比べれば、それも何ほどのことでもない。その嫌がらせは、恥ずべき「止まれ、持ち物検査」から、暴力的逮捕、時には死にまで広がっている。ニューヨークには、警察の暴力と闘うグループがすでにいくつかある。そしてOWSの早い日々に、またトロイ・デービスが死刑執行された後、OWSに結集する何人かは、「われわれすべてはシーン・ベル、ニューヨーク市警は地獄に行け」と復唱しながら通りを行進した。九月二四日の土曜日、この勢力が自然発生的なデモ行進に融合した。そしてこれこそが、警察が行動を起こし、人びとを殴打し逮捕したときだ。平和的な抗議に対する警察の攻撃についてニュースが伝えると、より多くの人々が大挙してOWSに注意を払い始めた。小さないつものような抗議からこのもっと大きな現象へとOWSを移行させた大きな火花は、この分岐点のものだった。トロイ・デービスの死刑執行はわれわれの多くに、まさにわれわれがいかに無力であるかをはっきりさせた。
要求の不在にこそ意味がある
左翼の多くは、OWSから登場する具体的な要求が不在であることにいらだちを示してきた。これは私には少しばかり驚きだ。なぜならばそれは、そこに私が解放性を見出しているものごとの一つだからだ。われわれが闘争の中で要求を作るときには多くの場合、それらはすぐさま、短期的かつ勝利可能という方向にわれわれを制限する。われわれの要求は確かに、最低の共通分母と実効性、という方向になる傾向がある。それが現実である理由を私は理解している。すなわちそれは、より幅広い基盤を作り上げ、われわれが勝つ可能性のある何ものかをふさわしい位置に置く。しかしそれでもそれはわれわれを限定するのだ。
ある人びとは、エジプトにおける蜂起は一つの具体的要求をもって始まった、と指摘する。それは本当だ。しかし、「ムバラクは去るべきだ」という要求は、「システムを変えよう」という要求とそれほど変わるわけではない。わたしは、「ムバラクは去るべきだ」がその時と場に対して間違った要求だった、との含みを言っているわけではない。そしてこの勝利は途方もないものだった。しかしここで、われわれは大きな夢を見る機会に遭遇しているのだ。
ウィスコンシンにおいてすら、要求の多くは「合理的」という枠にはめられた。あなたがわれわれに団体協約を維持することを認めるのであれば、われわれはあなたの特権に同意するだろう。この「メッセージ」は十分な支持を得た。しかしくり返すが、それはわれわれの想像力に限界を画したのだ。
資本主義、人種主義、家父長制、そして帝国主義の作用は広く深く行き渡っている。それはわれわれの生活のまさにあらゆる側面にまとわりついてその邪魔をする。働き方、経済の動き方、家族をどうつくるべきか、市民権と諸権利、警察の暴力性、環境破壊、人間の寿命、何を食べるべきか、それらすべてだ。OWSはわれわれすべてに対して、われわれが運動の一部であると感じる一つの空間を開放した。諸要求がすでに設定されていたとしたら、われわれの多くはその外部にある――われわれのための場はない、われわれの諸問題について夢を見ることはできない、われわれは「メッセージ」を届けるだけにすべきだ――と感じたかもしれない。
よくあることとしてわれわれの反攻は、あまりにバルカン化されバラバラにされている。OWSは、一部分はそれがわれわれに選択を、何を優先するかを強要しないが故に、わくわくする感じを与える。われわれは、われわれの夢をチラシ上のスローガンに切り縮める必要のない数週間を過ごしている。「われわれすべてはシーン・ベル」、「金持ちに課税を」、「質流れを止めろ」、「民主主義を今こそ」、そして「われわれは見捨てられ、銀行は財政援助で助け出された」と、これら全部を同じ午後に復唱するようになるような場所は、他のどこにあるだろうか。
その間われわれは、われわれが所属する組織を駆り立て、それらの要求を鮮明にしさらに高める。それらのすべてはまずどうやら、OWSの精神に結びついている。そして、われわれが通常の基盤でもっぱら仕事を続けている分野にそれらを続けて押し進めることはできない、などという理由はまったくない。OWSは、われわれがすでに努力を続けているわれわれの諸要求において、つまりそれが学生のローン免除であろうと、百万長者に対する課税、普遍的な医療保障、戦争停止、死刑廃止、移民の権利の拡張、さらに労働者が組織する権利の保護であろうと、より大胆になり、より戦闘的になる余地をわれわれに与えている。
まったくのところわれわれは、より大きな変化のために前進する実体的な力をもっていない。つまり、連邦準備基金の公的な所有権と民主的な説明責任であり、もっと多くの教員や医療保健労働者を雇用する連邦規模の職の創出計画であり、NAFTAと他の貿易協定の廃止であり、そして政治システムの真剣な改革だ。それらをわれわれは必要としている。うまくいけばOWSは、真のオルタナティブを構築するために求められる諸組織を成長させる何らかの政治空間を、最後にはつくり出すだろう。(二〇一一年一〇月七日)
▼初出はソリダリティーウェブサイト
(『インターナショナルビューポイント』二〇一一年一〇月号)
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