もどる

    かけはし2011.10.17号

放射能被曝の中でどう生きる

いわきアクションママの会・対談講演会

鎌仲ひとみさんと肥田俊太郎さんが汚染・被曝の実態語る

 【いわき】九月二五日、鎌仲ひとみさんと肥田俊太郎さんの対談講演会が、司会進行係にいわきアクションママの会の鈴木さんを選び、社会保健センターにおいて午後五時半から一〇〇人が参加して行われた。講演会は、いわきアクションママの会が主催し、これからどう生きていったらよいか、という問いに対して「私たちのこれからを考える〜福島の子供たちへのメッセージ」と題して行われた。
 座談会は日本の被曝者そして世界中に存在する被曝者について被害の実情及び被曝させられた状況、一部分かりつつある内部被曝のメカニズム、被曝医療の現状について話し、被曝と向き合い今後どう生きるかについてメッセージを発した。

広島・長崎、そ
して世界から
 世界の被曝者については日本の被曝者とアメリカの被曝者、イラクの被曝者、そしてチェルノブイリの被曝者について、被曝の状況と被害の実情について話し合われた。日本の被爆者については広島・長崎に原爆が落とされた時に、医者たちはそれまで診たことがない患者に遭遇したが、被害状況の一切がアメリカの軍事機密とされ、研究や話すことが禁止されたために原因の究明が遅れたことが報告された。当時被爆者を診た医者のうち存命なのは肥田さん一人であり被爆者でもある肥田さんは被爆者と一緒に苦しみ治療を続けてきたことも話された。
 福島原発の被曝者については、福島原発がプルトニウムとウランを混ぜて燃料として燃やしており、その原発が事故を起こし、そこから発生した放射線に汚染された空気を吸い、水を飲み、食物を食べ内部被曝をした。だから広島・長崎と同じ症状が発生する、と報告した。

イラク帰還兵
が抱える苦悩
 アメリカの被爆者についてはハンフォードに存在する核兵器工場の風下に住む農民に工場が意図的に風船を使いヨウ素をバラ撒いたために被爆させられた。核兵器を完成させるまでアメリカは実験を繰り返し、かなりの農民を被爆させた。
 鎌仲さんは自分が出会った米軍の女性兵士の例をあげ、イラクに従軍した兵士の被曝とその後の状態について話をした。彼女が知り合った女性兵士はイラクで戦車を洗浄し修理する仕事で被曝したが、医者に診察してもらっても異常なしとされた。身体に起きた異常(下痢・発熱・痛み・怠さなど)について、被曝を原因として訴えると軍人年金の支給から外されるため悩んでいる。こうした悩みのためイラク帰還兵に自殺者が多発していることを指摘した。
 そしてチェルノブイリの被曝者については、肥田さんは、ガンが多発しており、最近セシウム137が心筋梗塞を起こしやすくすることを発見したと説明した。イラクについては、鎌仲さんが一九九八年に訪ねた時、白血病や細胞芽種になっている多くの子どもに会い、イラクの医者は一九九一年の湾岸戦争の時、アメリカ軍が使用した劣化ウラン弾が原因であることを指摘していたと話した。

日本政府・電力
企業のひどさ
 汚染状況については、鎌仲さんは一九九八年にイラクに取材に行く時、持って行った高性能の放射線計測器で測った。バクダッドが〇・〇八、バスラが〇・一、劣化ウラン弾の近くが三・八、行く前に新宿の事務所が〇・〇四、先日会津若松で上映会があり軒下で測ったら八・八だった(単位は何れもマイクロシーベルト/時)。そして放射能汚染予測地図によると、関東圏にも福島県の都市と同じ位、線量の高い地区が存在していると指摘した。
 放射能汚染に対する防御に対して、鎌仲さんがスウェーデンとイギリス政府の対応を紹介し、日本政府と電力会社の酷さを浮彫にした。スウェーデン政府はチェルノブイリ原発事故以降、放射能汚染研究所を国内に三カ所設立した。一九八六年その内の一カ所が異常に高い値の放射線を観測し、ホットスポットの存在と位置を確定した、その時の値は七〇ベクレルだった。
 またイギリスのセラフィールドに存在する再処理工場が労働者と結ぶ労働契約書には二五種類の病気にかかりやすくなることが明記してあり(その中にはもちろんガンも入っているとのこと)、発病した際には補償の適用になるが、日本の場合には放射線の線量管理をしているので、罹病しないとして切り捨てにされていることが指摘された。


補償切り捨て
を許さない!
 汚染された中で今後どう生きるかについて、鎌仲さんはスウェーデンが放射能汚染を作物が吸収しない耕作の方法を二五年かけて研究し、データを蓄積し保存しており、これを利用することを提言した。肥田さんは対策は住民自身が主体となって行うことを推奨し、政府、県知事そして行政が、県の生産物の売れ行き不振の解消を目標として掲げるべきであると語った。また「原発事故による放射能拡散による健康破壊の恐れが終息したことを宣伝し、異議を唱えることを許さないような言説」が存在することを厳しく指弾し、汚染対策に付いては住民自身が主体となって実行することが最善であると提言した。
 またなるべく汚染源から遠く離れることと汚染された物を口に入れないことが奨励されているが、対策は一部の人たちだけが出来ることではなく、皆が出来ることを推奨すべきであると指摘し、広島・長崎において被爆者は六〇万人いたが、存命中の者もいることを指摘し、人間の身体には免疫力が備わっており、これを下げない生き方をすることを推奨した。
 しかし子どもについては小学生と中学生は放射線が出ている間は強制疎開させることも講演会の後の参加者からの質問に対して答えとして提言した。
 この集会は福島で生き、生活して行く方法について一定の灯りを示す役割を果たした。しかし国・東京電力に対して原発事故の責任を取らせる課題は依然として残っている。福島県民は被曝者となった。閾値(しきいち)導入による補償の切り捨てを許してはならない。
 当日行われた対談は論点が多岐にわたるためこの報告はその一部に過ぎない。
         (海原)

 


もどる

Back