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    かけはし2011.9.19号

沖縄はもうだまされない

戦争あかん!基地いらん!2011関西のつどい・前段学習講演会

由井晶子さん・真喜志好一さんが講演


 【大阪】八月二七日エルおおさかで、戦争あかん!基地いらん!2011関西のつどい(一〇月三〇日予定)の前段の学習会が開かれ、由井晶子さん(フリー・ジャーナリスト)・真喜志好一さん(建築家、沖縄ジュゴン訴訟の原告)が講演した。
 初めに共同代表の中北龍太郎さんが、「一九九五年から沖縄との連帯の闘いを始めて一六年になる。これまでの闘いを総括し、これからの展望をつかむ上で、由井さんの本は絶好の著書だ。アリが象を倒すまでともに闘おう」とあいさつした。

由井さんが語る
新著のエッセンス
続いて、由井晶子さんが講演。由井さんは元沖縄タイムス東京支局勤務の後、編集局長・論説委員を歴任。九七年に退社し、フリーのジャーナリストとして沖縄の闘いの現場に参加してきた。由井さんのドキュメンタリーレポートは、九七年から「労働情報」誌に連載されてきた。
 この度、九八年一二月(三期目の選挙で大田昌秀知事が稲嶺氏に敗北)から二〇一一年五月までのその文章が、「労働情報」の浅井真由美編集長の編集で『沖縄 アリは象に挑む』(七ツ森書館)として出版された。沖縄のその局面ごとの闘いのありさまが描かれていて、普天間基地移設や辺野古での基地建設や高江のヘリパット建設問題が、その出発点から詳しくわかる。そのような意味で、「編年史として、事典的に引く本」(浅井真由美さんの編集後記より)として最適である(講演要旨別掲)。
講演に続いて浅井真由美さんが登壇、「一時、『労働情報』は『沖縄情報』ではないかと言われたこともあるが、いまでは沖縄でも評価されている。由井さんの本を本土の人に一人でも多く読んでほしい」とあいさつ。中里秀明さん(七つ森書館社長)は、「原発以降、個別課題が見えづらい時代になったが、沖縄は絶対に勝つ」とあいさつをした。

日本政府のウソ
を見ぬき闘う
 続いて、真喜志さんが講演した。真喜志さんは「沖縄 アリは象に挑む」につけた地図と年表づくりを分担した。地図には、防衛局のつくったものや観光地図と違って、基地の内容や訓練水域まで明記されている。
 真喜志さんは、「これを見ただけで、米軍基地にテロ攻撃ができるようにできている」と冗談を言った。「沖縄はもうだまされない 日本政府のウソを見抜いて普天間は閉鎖 辺野古・高江を守ろう」というテーマの講演は、米国政府や米軍の原資料を取り寄せて事実を究明し、真喜志さん得意のプレゼンテーションを使って行われた。講演要旨は以下の通り。
 @普天間基地は、一九四五年に住民がいない間に米軍が勝手につくったもの。住民に原状復帰し返還されるべきで、代替を要求するのは盗人の論理だ。
 A辺野古基地建設計画は一九六六年につくられていた。一九九七年九月のSACOの海上基地に関する最終報告の内容は、一九六六年の計画と同じで、一五〇〇メートル滑走路二本と大型トラック三〇〇台が乗れる桟橋、戦闘機(砲弾)装備場がついており、その横に軍港が建設されることになっている。一九七一年復帰前の米軍幹部の会議録では、施政権返還後に返還したら復元義務はない、という部分がある。
 B東村高江のヘリパッド建設のねらいは、ヘリパッドの大きさからMV22オスプレイ配備である。高江地区と海への谷、宇賀川河口の地形は、米軍が公開しているオスプレイの写真の背景とそっくりだ。今年六月一六日、オスプレイ配備を米軍が知らせてきたと日本政府は連絡してきたが、すでに一九九六年に日本政府には知らされていた。オスプレイは辺野古から久米島などに飛んで実弾訓練する計画になっている。
 Cジュゴン訴訟は、米国の国家遺産歴史保護法に基づいて提訴した。米国が基地を置いている国の法律で保護されている生物は米国の保護法の対象になる。米国政府は、一九七二年以降は日本政府が使っているから米国政府は責任がないとの詭弁をろうして逃げようとしているが、裁判は我々に有利に進行している。この裁判を通じて、軍関係の重要資料が書証として裁判所に提出され、辺野古基地建設反対運動に役立っている。
 海兵隊は抑止力だと言うが、イラク戦争でも最初に空爆をやり、その次に陸軍を上陸させた。上陸するのに海兵隊は要らなかった。海兵隊は抑止力にはならない。大阪堺市の信太山にももとは米海兵隊がいた。是非呼び戻してほしい。
講演の後若干の質疑があった。    (T・T)

由井晶子さん講演から

「本土」への不信が増大
つながる市民の運動

 

辺野古の闘いと
環境保護運動
 闘いのレポートは本土の「朝日」など大新聞にも書いたが長続きしなかった。そのような中で「労働情報」がずっと連載してくれた。
 名護市辺野古のヘリポート基地をつくるとして、環境アセスをする、櫓をたてる。予定された日は二〇〇四年四月一九日だったが、それを事前にキャッチして座り込みで阻止をした。辺野古の「命を守る会」の金城祐治さんは、市民をアリにたとえ、そのアリが象のような日本政府と闘うのだと言っていた。権力の方が常に住民より先に先手を打っていたので、もうダメかなと言われていた時もあるが、この頃から少しずつ住民の方が強くなっていった。
 私はその過程をつぶさに見てきた。市民運動のネットワークはすごい。それまでは連携できていなかったいろいろな運動、従来からの反戦平和運動、平和市民連絡会の運動、環境運動、女性の人権擁護運動(行動する女たちの会)などの運動が沖縄国際大への米軍ヘリ墜落事故の後、すさまじい勢いでつながっていった。
 米国でのジュゴン訴訟もすごい力になった。この訴訟には生物学者も参加した。環境保護運動も国際的なつながりを持っている。パッチワークがつながって一枚の大きな布・ネットワークになった。県議会が環境問題でヤンバルを守るのは子孫への責務だと決議したのにはそのような背景がある。

権力が押し切る
ことはできない
 それまで沖縄の考えの基本は、本土並の経済生活だった。環境問題に最初にかかわったのは大田知事の頃からで、現在辺野古や高江の闘いの最前線には環境問題の専門家がいる。市民は、初めは運動を支持はするが参加はしなかった。それが、現在は参加している。初めは、結局権力が押し切ると思われていたが、現在は権力が押し切ることはできなくなっている。
 沖縄の振興策は原発三法にならった三つの交付金で、町村財政の六〇%を占めていた。沖縄サミットの頃は、これではもうダメだと思われていた。沖縄の平和行進で沖縄が落ち込んでいるときは本土から勇気をもらった。その後市民が組織を動かすようになり、構造が少しずつ変わっていった。

カネのバラまき
では屈しない
 本土に対する不信も大きくなっていった。本土マスメディアには波がある。嘉手納包囲のとき鎖がわずかにつながらない年があった。本土のマスメディアはそれを報道し、反基地運動も弱くなってきているというような印象を本土の人に与える。
 沖縄はあれだけたくさん金をもらったのだからいいではないか、という本土の世論が広がった。運動が沈むと権力が金を撒く。それをマスコミが伝える。お金は麻薬中毒だからそれを断ち切る運動が必要だという認識がある一方、鳩山首相に期待する面もあった。でもここまで来たら、県外移設でまとまらなければ沖縄の未来はないという考えになっている。たゆみなく闘っている人たち、それを仲介する知識人、新しい人々が至る所でつながっている。原発事故で、被害は沖縄だけではなかったことが沖縄でもわかった。沖縄の闘いは沈むが必ず持ち直す。(講演要旨、文責編集部)

沖縄靖国合祀取消訴訟判決に対する声明

 福岡高等裁判所那覇支部は、本日、原審と同様、遺族らの請求をいずれも棄却する不当な判決を下した。
 靖国神社は単なる一宗教団体ではなく、天皇のために死んだ戦死者を、戦争賛美宗教の「祭神」として祀るという、きわめで特異な政治的な性格をもつ宗教団体である。
 そのような靖国神社が、遺族に無断で沖縄戦の戦没者を合祀することは、一度戦争の被害に遭った者を、死後も靖国神社のために利用するものであって、遺族にとって許し難い怒りと苦痛を与えるものである。
 また、そもそも宗教団体が、遺族に無断で死者を自己の宗教の祭神に祀り上げ、遺族の要求があってもこれを取りやめないこと自体、異常極まりない行為であって、到底是認できるものではない。
 しかるに、本日の判決は、原審判決と同様、沖縄を犠牲にすることが前提となっていた、沖縄戦に至るまでの経過、沖縄戦の惨状、深刻な被害、戦争で家族を失った遺族らの深い悲しみ、そして家族が靖国に祀られることによる著しい精神的苦痛を理解しないものであって、極めて不当な判決である。
 わたしたちは、今後も、靖国神社による無断合祀の問題を広く世論に訴え、かかる不当な無断合祀が一日も早く解消されるよう、尽力する所存である。
 二〇一一年九月六日
沖縄靖国合祀ガッティンナラン訴訟団
沖縄靖国合祀取消訴訟弁護団

読書案内

由井晶子著/七つ森書館刊/一八〇〇円プラス税

『沖縄 アリは象に挑む?

現在進行中の歴史を
理解するための事典


辺野古基地建
設めぐる攻防
 「労働情報」誌に一九九
七年一月以来連載されている由井晶子さんの沖縄からのレポートが一冊の本になった。「アリは象に挑む」という副題は、本書を貫く大きな柱ともいえる辺野古新基地建設阻止の住民運動において、現地の「命を守る会」の代表だった故・金城祐治さんが、海上基地建設のためのボーリング調査を阻止する闘いの中で語った言葉だと言う。
 一九九七年は前年のSACO合意に基づく「普天間代替基地」の建設先が「沖縄東海岸沖」と記されたことによって、新基地建設の候補地に浮上した名護市で住民の反対運動が広がり、一二月には住民投票で「新基地建設反対」の意思が鮮明に示された年である。またこの年は、沖縄米軍用地特措法改悪によって差別的な在沖米軍基地の固定化が強行され、一九九六年の日米の新安保宣言に基づく新ガイドラインが策定され、アジア太平洋における日米の共同作戦態勢の構築が開始された年でもあった。
 一九九五年の米軍兵士による少女レイプ事件を契機にした、米軍基地撤去に向けた新たな島ぐるみの闘いは、日米両政府のこうした巻き返しによって重大な転換点を迎えた。今日に至る沖縄の闘いの構図がはっきりと浮上したこの一九九七年に、由井さんは四二年間勤めた「沖縄タイムス」社を退職し、フリーの立場から沖縄現地の運動の現場に身を置き、精力的な発信を続けていった。
 本書にまとめられた由井さんの「労働情報」連載記事は全体の五分の一程度であり、本書に掲載が見送られた文章の中にも多くの貴重な内容が含まれていることは言うまでもないだろう。しかしこの一冊を読むだけでも、巨大な権力によって押しつぶされそうになりながらも、その都度、歴史と現実に裏打ちされた知恵と闘志を振り絞って「象」に挑む「アリ」の姿が虚飾を排した簡潔な文体の中で表現されている。

ほころびから
対抗軸の形成
 「沖縄では、圧倒的な力による日米政府の進める政策が成功したかに見え、もう動かしがたいと思われる地点から、ふと垣間見ることのできたほころびが大きな対抗軸を生み出すことがままある」。
 由井さんのこの言葉が最も具体的に表現されているのは、辺野古新基地建設反対運動だった。市長が基地の条件付き受け入れを表明し、大田県政が保守県政に替わっても、住民たちの座り込み行動、海上阻止行動は、県政と日米両政府との矛盾・確執を引き出す大きな要因となった。海上基地建設は破綻し、「移設」候補地も二転三転した。辺野古や高江のねばり強い闘いは、「本土復帰」闘争以来の「反米軍基地」の枠組みを超えて、環境・生物多様性の問題から基地を撃つ新たな質的広がりを見せるようになった。
 「基地・軍隊を許さない行動する女性たちの会」を先頭にするプエルトリコ、ハワイ、グアムなどの女性たちとの国際連帯が作り上げた軍隊そのものを拒否する運動の思想的深まり、薩摩の琉球侵略、明治国家の琉球処分、沖縄戦、沖縄を切り捨てたサンフランシスコ条約・日米安保体制として貫かれるヤマトによる植民地主義的支配と差別の構造に根差した沖縄の自己決定権の主張……。こうした沖縄の人々が身をもって体験した現代史を由井さんはさらりとした叙述の中で、浮かび上がらせている。民衆の闘いの、対極にあるのが沖縄基地にしがみつく日米両政府のいらだちと迷走である。とりわけ民主党政権の無残な混乱と、「辺野古沿岸案」への舞い戻りは、沖縄の保守陣営をも「基地の県外移設」にまとめあげることとなってしまった。

現在にいたる
闘いのあゆみ
 本書を読んでから、かの「沖縄はゆすりの名人」「沖縄県民は怠惰でゴーヤも作れない」発言で米国側の「本音」をさらけだした元米沖縄総領事ケビン・メアの『決断できない日本』(文春新書)を読んだ。ここではいかに米国が植民地支配者として沖縄の闘いにいらだっているのかがあけすけに語られている。
 真喜志好一さんとともに本書出版に編集者として力を注いだ「労働情報」編集長の浅井真由美さんは「あとがき」の中で「この本が編年史として、事典的に『引く』本になればと願う。特に本土の人に利用していただきたい」という由井さんの言葉を紹介している。実際、本書を通読して、めまぐるしい沖縄をめぐる情勢の転換の中で、ともすれば記憶があいまいになっていることがらを改めて整理し、今の問題との関連でとらえ返す上で、とても「便利」な本だと思った。その意味でかつて私たちは新崎盛暉さんの一連の沖縄戦後史・現代史の著作から多くを学んだが、由井さんのこの著作も直近の情勢や現場での論議との関連で同様の役割を果たすものだと思う。注記もていねいだ。
 八月二六日に東京で、沖縄から由井さんと真喜志好一さんを招いて本書の出版記念トークとレセプションが行われ一〇〇人以上の人が参加した。いま「中国の脅威」が喧伝される中で、沖縄民衆の闘いにどう呼応しようとするのかがますます重要性を帯びている。この闘いに取り組む上で、本書は共通の前提を提供するものとなるだろう。
(国富建治)


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