長崎爆心地公園で市民集会
「人類と核は共存できない」
今だからこそ長崎から強く
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さまざまな市
民集会の中で
八月九日、二五回目の長崎のピースウィークの締めとして爆心地公園での「市民集会」が行われた。集会の前に、前日一〇〇人以上の参加で、韓国の被爆者郭貴勲(カク・キフン)さんの話を聞く「被爆体験を語り継ぐ会」を開いた高校生一万人署名の高校生たちが同じ爆心地公園で今年はじめて早朝六時三〇分から集会を開いた。また、その後、例年通り爆心地公園の隣の朝鮮人原爆犠牲者追悼の碑の前では二〇〇人以上の参加で「長崎原爆被害者追悼早朝集会」が開かれた。参加者それぞれが献花し、朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者への被爆者援護法の適用を求めるなどの要求も込めたメッセージが読み上げられた。この集会には田上富久長崎市長もメッセージを寄せた。
市民集会の準備が始まるころから爆心地周辺は土砂降りの雨が降り始めたが、集会は豪雨の中開催された。
長崎・広島と
福島をつなぐ
集会の最初にピース・ウィーク実行委員会を代表して舟越耿一さんが開会の挨拶をした。船越さんは福島原発事故に触れ「反原発も反原爆も同じ闘いだ。生命と電気のどちらが大切なのか。原発がなくても人間は生きられる」と述べ、長崎・広島の反核兵器運動が反原発を闘うことの大切さを訴えた。
玄海原発も廻ってきたピースサイクルの仲間は、「玄海原発では申し入れ行動に対して、九州電力が開口一番に謝罪した。こんなことは今までなかったことだ」と報告した。広島の「8・6ヒロシマ平和へのつどい」の久野さんは今年の広島は、福島現地からいわき市議で脱原発福島ネットワークの佐藤和良さんの参加を得て集会が持たれたことを報告し、今年の原爆ドーム前から中国電力までの上関原発反対・脱原発のデモに取り組んだ岡田和樹さんを紹介した。岡田さんは「広島・長崎が福島のために何ができるかを考えて『8・6
1万人デモ』を呼びかけたが一五〇〇人の参加だった。今後も取り組みを強める」と述べた。
恒例の星座保育園の園児たち二〇人の手話をまじえた「青い空」の合唱の後、関西共同行動の根本さん、松本さん(愛知からの参加)、笹部さん、星川さんがそれぞれ大阪、名古屋、尼崎などの運動を紹介し反核兵器運動と反原発運動を統一して闘う決意を述べた。
原子力学者の藤田裕幸さんは、「東京にいるとき必ず浜岡原発で事故が起こると訴えてきたが、政府だけでなく大衆の反応も引き出せず、一番遠い長崎に逃げてきたのだ」と悔しい思いを述べ、これからの取り組みの決意を述べた。大阪からは歌手の藤田留美さんも「ある晴れた日に」の歌で参加した。この頃から雨が止み青空も見え始めた。
合流した力で
人間の鎖実行
原爆投下の一一時二分に、集会参加者だけでなく、周囲の人も含めて黙祷を行ったあと、「長崎市民平和宣言」がピースウィークの山口さんによって読み上げられた。集会宣言では「放射能の脅威を誰よりも深く知っている原爆被爆地長崎から、私たちは『人類と核は共存できない』と強く訴えます」と述べ「ノーモア
ナガサキ!ノーモア フクシマ!ノーモア ヒバクシャ!」と締めくくった。 その後、東京の山本英男さんが発言したころ、水辺の森公園で集会をした「レインボーパレード」の二〇〇人が集会に合流し、アフリカの太鼓に併せて「すべての生き物たち、幸せであれ」と唄った。
この合流した力で「人間のくさり」が実行され、原爆落下中心碑が大きな輪で取り囲まれた。 (H)
“内部ヒバク”から問い直す
フクシマを核の時代の終わりの始まりに
被爆者の経験
が今後の頼り
八月六日午後一時半から、広島市まちづくり市民交流プラザで「被爆66年8・6ヒロシマ集会 “内部ヒバク”から問いなおす核/原子力体制〜ヒロシマ・イラク・フクシマ〜」が開催された。共催したのは核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)、ウラン兵器禁止を求める国際連合・ジャパン(ICBUW―Japan)、原発・核兵器なしで暮らしたい人々、ECRR市民研究会・広島の各団体。
嘉指信雄さん(ICBUWヒロシマ・オフィス代表、神戸大学教授)が司会した集会は最初に、原爆投下直後から被爆者の治療活動にあたった肥田舜太郎さんがあいさつ。九四歳の肥田さんは、「広島の被ばく者の三分の一は内部被ばくによるものだった。福島ではまだまだこれから放射能による内部被ばく者が増えるだろう。どうしたらいいのか。遠くに逃げる、汚染された食べ物は食わない、というしかない。しかしそれが出来る人は限られており、被ばくした人が生きられるか否かは本人の健康次第ということになる。自分が努力して放射能と闘うことが必要だ」「政府は何にも知らないし、子どもの内部被ばくも認めていない。政府は子どもの健康と被ばくとは関係ないと身構えている。今後頼りになるのは広島の被爆者の経験だ」と語った。
振津かつみさん(医師、チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西、ICBUW運営委員)は、「ヒバク問題を考える」というテーマで報告。振津さんは原発下請労働者の被ばく問題を知って以後、原発問題に関わるようになったという経過を語り、「緊急時」の名の下に作業員や住民たちの「被曝基準」を大幅に引き上げた政府の対応を厳しく批判した。
振津さんは加害者(原子力産業と政府)の責任を明確にさせ被害者の立場に立った「除染」、今後発生する健康被害への補償の必要を強調し、「原子力推進を容認することと、『緊急時被ばく』の押しつけを受け入れることは表裏一体だ」と批判した。そして「フクシマを核時代の終わりの始まりにしよう」と訴えた。
原発も核兵器も
人道に対する罪
佐藤和良さん(いわき市議、脱原発福島ネットワーク)は「高校時代以来、四一年ぶりに広島に来た」と自己紹介し、福島においては被ばくと汚染という現実と向き合って生きていくしかないことを語るとともに、本当に復興を考えるのであれば、子どもたちを一時避難させることが最優先の課題とならざるをえない、と述べた。
丸屋博さん(被爆者、医師)の「残留放射能と今」と題した報告の後、アーサー・ビナードさん(詩人、翻訳家)が「原爆と原発のマジックを読み解く」というテーマで発言。
ビナードさんは、「原爆」と「原発」の利権構造が一致したものであることを一九五三年のアイゼンハワー米大統領による「アトムズ・フォー・ピース(原子力平和利用)」演説を起点として語り、その宣伝の文化的尖兵の役割を果たしたウォルト・ディズニーの「わが友原子力」などについても言及した。
最後に田中利幸さん(広島市立大学広島平和研究所教授)が、戦後の核兵器開発と原発との関連について説明し、核兵器が「人道に対する罪」であると同時に原発もまた「非意図的になされた人道に対する罪」であると喝破した。そして広島・長崎の「特殊性」だけを強調するのではなく、日本軍による重慶爆撃や連合軍のドレスデン爆撃、さらに今日の戦争にも共通する「無差別爆撃による大量虐殺」、さらに太平洋諸島、チェルノブイリや福島にもつながる「さまざまな形での放射能被ばく」という普遍性において捉えるべきことを訴えた。田中さんはそうした観点から、被爆七〇年の二〇一五年に「核被害者世界大会」を開催する構想を提起した。 (K)
東北大震災復興の現場を問う市民集会
誰ものいのちを守る機能は
期待に応えるものだったか 八月二一日、「東北大震災復旧・復興の現場を問う8・21市民集会」が東京・麹町区民会館で開かれた。主催は「郵政民営化を監視する市民ネットワーク」。同ネットワークの第七回総会も兼ねたものだったが、同総会はごく簡略に済まされ、ほとんどの時間は先の集会にあてられた。
集会では、三月一一日の大震災直後から復旧の現場で最前線をになったNTT、自治体、水道、郵便の労働者が、復旧活動の実情とそこで突き付けられている課題を報告、その上で会場も交えたパネルディスカッションで、公共サービスの役割の決定的重要性を再確認すると共に、今なお続く公共サービス解体攻撃にどのような対抗的発信を行うべきかを探った。報告と問題提起は、電通労組の佐藤貞男さん、練馬区職労の横山哲也さん、全水道の岡一広さん、郵政労働者ユニオンの下見徳章さん。
住民は期待、し
かし機能は劣化
明らかにされた第一点は、公共サービスに対する住民の期待の高さ。命を支えるサービスを誰にでも差別なく、という公共サービスの特質がいざというときにこそ求められるがゆえの期待であり、復旧作業に携わった労働者にも並々ならぬ感謝が寄せられたという。多くの労働者が公共サービスの使命を自覚しつつ復旧作業に力をつくしているが、先のような住民の反応は労働者を力づけてもいる、と報告された。
にもかかわらず現実の公共サービス事業は、いざというときに肝心の機能を果たす力を大きくそこなっていた。これが、各報告者が共通にえぐり出した大問題だ。そして、そこに九〇年代以来強行されてきた「構造改革」、民営化・営利事業化が決定的に作用していることも、共通に指摘された。
第一に、事業そのものがいざというときに対してもろくされている。NTTでは電話通信の遮断が大規模に生じ、水も広範囲に断水、各自治体は、地域を具体的に掌握する能力を著しく弱めていた。起きたのは大震災であり、サービス供給機能に大きな障害が出ることは不可避だったとしても、その障害が本来阻止できたはずの部分にまで拡大したことは否定できないという。
NTTでは営利部門への投資偏重は明らかだった。災害対応能力は一定限度にとどめられ、優先接続の公衆電話も極端に減らされている。水道では、財源が絞られる中、耐震菅への更新が遅れる一方、バイパス回路も用意されていなかった。大規模合併、そして業務の野放図な民間委託と職員の非正規化が自治体のいざというときの能力を削いでいた。
分社化や民営化
が復旧をも阻害
そして第二に、前述した「民営化」の弊害が、復旧作業にも障害を作り出す。NTT、自治体行政、水道、郵便問わず、分社化や個別事業毎の民営化・民間委託が、どうしても必要とされる連携した復旧作業に困難をつくりだしていた。郵便の場合、仮設の局舎までもが、会社毎に別の場所につくられているという。
加えてスキルの空洞化も無視できない。実務が細切れ的に営利事業者に渡されることによって、実務を公共事業体が掌握できない状況が広がっているという。しかし渡された側の営利事業会社の事業継続も、実はその存続を保障されたものではないのだ。たとえば問題の会社が倒産した場合、そこでのスキルは途絶しかねない。いざというときに必要なスキルが社会の中にない、という恐るべき事態は杞憂ではなくなっている。
岡さんは、今回の復旧作業で、水道局に管路敷設図面が一枚も残っていなかった事例があったと明かした。水道管がどこにあるか分からなければ復旧にも取りかかれない。八方探し回り、小さなコンサルタント会社に辛うじて一部残っているのを見つけ出し胸をなで下ろしたという。しかし、それはあくまで僥倖にすぎないのだ。
先に概括的に紹介した各々の問題提起は、レジュメやプロジェクターを用い具体的かつ詳細に行われた。そしてそれらに基づいた意見交換を通して、公共サービスはいざというときにこそ真価が問われ、それゆえにこそまさに公共として社会の中に確保されなければならないことが、会場を含めあらためて実感を伴って共有された。そして、震災が突き付けた公共サービスの問題を今後引き続きさらに広く点検し議論を広げつつ、賃金切り下げ攻撃を始め公務員バッシングが今なおゆるめられていない状況に反撃していくことが確認された。
なお当日は、放射線被曝の問題も一つの論点となった。福島県民を支える課題、広範に広がりつつある労働被曝への対応、実に重大な問題がまさに具体的な問題として突き付けられている。ただ時間の制約の中、議論は基本的に、各自が直面している状況についての情報交換と、手探りでも取り組みを始める必要の確認にとどまった。 (神谷)
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