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    かけはし2011.8.8号

EUとユーロからの自立こそが未来を開く

EU解体から反資本主義統一欧州へ

もう一つの世界は可能だ、だが
新自由主義の道具では不可能だ

ラファイエ・デサントス/デイビッド・パッカー

 EUで深まる危機、つまりユーロとEUそれ自体の存続が深刻に揺さぶられている状況に対して、反資本主義左翼は人々にどのような闘いを呼びかけ具体的に組織すべきか、この重大問題をめぐり、欧州の反資本主義左翼勢力内部で実践的な分岐につながる論争が行われている。結論的に言えば、闘いをEUとユーロの改革としてつくるのか、それともその両者の解体としてつくるのか、の論争だ。この間本紙上では前者の立場に立つ論考を紹介してきた。今号では後者の立場の論考を紹介する。この論争には、読み比べてみると過渡的綱領の理解の仕方も関わっていると思われ、われわれにとっても考えるべき論点が多く含まれている。(「かけはし」編集部)

ユーロに留まる立場の主張


 ミシェル・ユソンはより全般的な広い領域で(注一)、オズレム・オナランはより具体的な領域で(注二)ヨーロッパの危機の解決に向けた戦略を提起している。ミシェルの提起は、二〇〇七年夏の世界的な信用危機から展開したヨーロッパ規模の危機にいかに取り組むかをめぐる、最初の警告だ。オズレムによる掘り下げは、ミシェルが示した概括的骨組みに一定の実質を加えることで、ミシェルが示唆した戦略に対する批判の一つ、コスタス・ラパビツァス(注三)、に回答しようと試みている。
 危機の根源に関するミシェルとオズレムの分析については、敬服と同意に価するものが多くある。そしてわれわれはこれまで、同様の分析を提起してきた(注四)。同時にまた、危機に対する解決策に関しても一致するものが多い。つまり、銀行システムに対する全面的な公的統制と公的所有、富裕層、資産家、企業に対する累進税制、ヨーロッパ支配階級が労働者階級、学生、この大陸の貧困層に課そうとしているあらゆる緊縮政策への反対、そして、債務の原因とその正統性、また債権がどこに保有されているかを明確にするための債務監査、などだ。
 しかしそこでわれわれが同意できないものは、政治的前提だ。その前提は、ユーロに留まりつつ全般的な反資本主義的方向にEUを改革することが可能であるだけではなく望ましい、と示唆している。それはまた、反ヨーロッパ的、右翼的、民族主義的な動きに同調的となってしまうよりも、ユーロに留まることがより「ヨーロッパ的一体性をもち」、国際主義を強化すると主張してもいる。
 さらに彼らの主張では、ユーロにとどまることが、金融投機をかわしつつ、後退と敗北から労働者階級を守る。そこにはさらに加えて、デフォルトのような普遍的包括的要求がヨーロッパのすべての国で提起されるべきだ、との含みがある。この全体的な構想をより説得力があると見せるために、いくつかの環境社会主義的なスローガンが加えられてきた。

全域的デフォルトは幻想

 この取り組み方にはいくつか問題がある。
 まず、彼らが提起している反資本主義的な諸要求は、EUのような本質的に新自由主義的な制度であるもののメンバー資格と両立できない。どんな国でも、そのような綱領にしたがうならばそこから放り出されるだろう。
 自ら離脱するよりも、ユーロ圏から放り出される方が戦術的理由からはよりよい、ある人びとはこのように主張してきた。その理由は、左翼は、離脱のために同じく運動している反動的な民族主義勢力と自ら歩を合わせるべきではない、ということだ。われわれはもちろん、右翼民族主義を厳しく批判する。また、労働者階級がそれらからの独立を保つことを主張する。しかし先のように主張する人びとの立場は、ユーロとEUにとどまることが何かしら中立的なことであると、当然のように決めてかかっている。われわれはこの点に同意できない。なぜならばEUは、新自由主義的資本主義のクラブであり、ヨーロッパのより弱体な経済に厳しい緊縮策をやりやすくし強制するだけではなく、フランスと特にドイツ資本主義の利害に沿う形で、大きな経済と小さな経済の不平等性を深めてもいるからだ。
 ユーロ圏のメンバー国であることは、時代を画する敗北から労働者を守るわけではない。むしろまったく逆だ。ユーロは、危機の対価を労働者に支払わせる目的で、ヨーロッパ労働者階級に厳しい緊縮攻撃をかけるために、支配階級がIMFと一体となってヨーロッパ中で使っている覆いだ。それがもし成功するならば、ヨーロッパ労働者階級はまさに歴史的な敗北をこうむることとなるだろう。われわれが以前から指摘してきたことだが、彼らが直視していない事実は、ユーロ圏の諸矛盾は、それが改革不可能であり解体される必要があるということを意味している、ということだ(注五)。マルクス主義経済研究者のエルネスト・マンデルは一九九二年に、これらに対してあり得る諸対立と結末を示した(注六)。
 その上債務デフォルトを求める全域的要求は、ヨーロッパ全域では諸事情の組み合わせが多様であることを認識してもいない。破綻に近いより小さな経済の中これが信頼できる要求であるところでは、つまりギリシャ、アイルランド、ポルトガルでは、われわれはそれを支持できる。しかし、ヨーロッパの主要な経済国のほとんどでは、豊かな企業の内部に、また銀行システムを通して、それを避けるために十分な富がある以上、デフォルトは何を差し置いても必要というものではない。第二にその要求は、デフォルトの全域的要求が引き連れると思われる、実施された場合に世界金融システムに及ぼすあり得る作用――一九三〇年代に起きたような第二の信用収縮と恐慌――を認識し損なっている。その歴史上の危機は主に、ヨーロッパ諸政権のそれらの債務に対する支払い停止に起因していた(注七)。
 また、急速な大量失業を生み出すという形の、デフォルトが職に及ぼすと思われる作用についての、さらに労働者の年金資産が束になって政府の借り入れに投資されている以上、彼らの年金に及ぶこととなる作用についても、認識がまったく示されていない。債務監査が決定的であるのはまさにこのためなのだ。トゥサンが提起するヨーロッパのための六つの要求(注八)は実際、公的機関が抱える債務の免除に一体化しているこれらの欠点に取り組んでいる。しかしその提起も、ヨーロッパ全域に及ぶ全域的債務デフォルトが金融システムに及ぼすはずの効果を見損なっている。

労働者階級が受ける打撃を軽視


 われわれの観点では、労働者階級に対するこのように深刻かつ即効的な結末をはらんだ要求に左翼をかかわらせるべきではない。労働者階級の生活諸条件をさらに壊すと思われるやり方で資本主義の危機をすぐさま深める要求を押し出すことは、マルクス主義者の仕事ではない。一つの主要経済国のデフォルトから帰結するものは、結果的な世界信用の凍結と不況への転落であり、それは反抗のための最良の条件を生み出すものではないだろう。一九三〇年代の破局はわれわれにそれを示している。われわれの任務は、職やサービスや生活基準を守り、危機に対する革命的解決の方向に導く過渡的要求を含んだ、反資本主義要求を前進させることだ。これだけが、労働者階級の利益に沿うだろう。
 それは、エルネスト・マンデルが述べていることだ。つまり、「革命的マルクス主義者にとってこの対立は、典型的な互いに競合し合う帝国主義間の闘争だ。労働者階級には、そこで他方に対して一方を支持する理由など何もない。彼らは両者の政治に対して、ヨーロッパ社会主義合衆国のための、資本主義的競走が餌を与える敵対を有効に乗り越えることを可能とする真に統一されたヨーロッパのための、その闘争を対置しなければならない。そしてそれは、資本主義的財産とブルジョア国家双方を廃絶した一つのヨーロッパでしかあり得ない。さらに言えば、(ヨーロッパ)共同市場にある現在の危機は、全資本主義ヨーロッパで幕を開けつつある景気後退の予備的な兆候となり得る経済拡張の成長率低下と密接不可分であり、それは偶然ではない(注九)」と。

ユーロ離脱こそ投機を終らせる

 さらにまたオズレムは、主要経済国における全域的デフォルト要求の支持の大きさを過大評価している。この要求を掲げたフランスのNPAは重要な組織であるが、高々数千人の党員しかいない組織であり、大衆的影響力を持つ大衆的党ではない。債務支払い停止は、フランス、ドイツ、イギリスのような豊かな国では理解されないだろう。
 もっと重要なことだが、ユーロのメンバー国であることは、金融投機から国を守ることにはつながらなかった。実際はまさに逆だった。金融市場は、ユーロの内部にあるわれわれがこれまで指摘してきた諸矛盾を分かっている。彼らは、周辺諸国が企業への財政投入を必要とすることを理解し、そして、財政投入の主な骨格が公表されるまで、それらの政府債券や社債や株式市場に賭け金を投入してきた。彼らは来るべきデフォルトをまた知ることもでき、それゆえ今それらが起こることに賭けつつある。ギリシャは、ユーロ圏に入る予算条件を満たすためにその財政赤字を隠すという、デリバティブ操作の対象だった。これらのデリバティブに責任がある投資銀行は、ヘッジファンドの大口顧客に保険となる避難場所をこっそり教え、そしてこの顧客たちはギリシャの債務に対し投機を仕掛けた(注一〇)。投機を終わらせる方法は、ユーロを離脱すること、そして債務を迅速に処理することだ。後者への道は、周辺国の場合はデフォルトであり、主要経済国の場合は富裕層への課税、銀行システムの支配と所有権の取り上げ、そして債務処理に向けた整然とした計画の理路整然とした提示、このどちらかとなる。
 銀行システムに対する全面的な支配と所有権がなければ、ギリシャのような一国によるデフォルトであってさえ、より深い景気後退と労働者の年金の大損害に導くと思われる。なぜならば一国の債権の大多数は、国内銀行と国内の年金基金によって保有されているからだ。
 ヨーロッパ支配階級の諸部分(注一一)は事実上、周辺諸国によるデフォルトに準備を整えつつある。なぜならば彼らは、損失は主にこれら諸国自身によって負担され、ヨーロッパの銀行部門全体へのその作用は最小限となるものと、実感しているからだ。彼らは、突然のデフォルトで市場に驚愕が走るよりも、整然としたデフォルトを迎える方がよりよいと考えている。多くの資本主義エコノミストは、ユーロの分解は避けがたく、ギリシャのような諸国はその外部にある方がよりよい、と考えている(注一二)。
 EUの改良という提案を推し進めようとの試みは、オズレムを危険な領域に導いている。そこには社会化についての多くの言及があり、それは、完全な公的所有と支配というよりも、金融システムの損失を公的に支えることにある種関係づけられた用語なのだ。

通貨の自立は貿易を阻害しない

 オズレムは一つの解決策として、周辺諸国における生産性の改善を主張する。しかしそれは、十分に力をふるって働いていないとして、支配階級がそれら周辺諸国の労働者階級に危機の責任という科を何度も加えようとしている以上、支配階級と共有することになる解決策なのだ。ポルトガルの問題は、競争力がないという問題ではなく、弱すぎる通貨を基にユーロ圏に入ったことにある。ユーロ圏に入って以降ポルトガルは、その経済が主要ヨーロッパ経済国と比べ従属的に機能し、失業率が上昇することを経験してきた(注一三)。ユーロ離脱は、その経済がより競争力をもつようになり、その食料生産の潜在力を十分に利用できるようになる状態を生み出すと思われる。食料の自給国となること、そして競争力を改善することは、輸出を押し上げ、輸入インフレに対してもろさをより小さくしつつ輸入総計を減じるだろう。これはもちろん、労働者階級にとって、それだけで長期的な解決となるわけではないだろう。
 しかし、ユーロ離脱はEUの関税設定による経済の孤立化に身を任せることとなろうと言う者は、この手段の使用を誤解している。これらの関税は概して、他の主要な貿易ブロック、つまりヨーロッパの交易に障壁を設けている米国や中国に対する対抗としてある(注一四)。先の主張はまた、イギリスのような諸国が、ユーロを採用しないとしてもユーロ圏を依然として主要な貿易相手としている、という事実を無視している。とは言え、ユーロから離脱するある国は、反資本主義の方向に動きつつ、基本的な必要を満たすための商品交換を基礎として、似た方向に動いている他の諸国を相手とする異なった貿易関係を発展させようとすることもあり得るのだ。
 最後にオズレムは年金支払いの増額を主張するが、その一方で、代わりとなる退職支給を支えとすることのないままのデフォルト要求を通して、年金削減を暗黙の内に主張する結果となっている。

闘争条件の改善こそめざすもの


 ここまで見てきたことは、ユーロとEUからの自立が先に見た諸問題を解決すると主張するものではなく、それがよりよい諸条件、つまり自分自身の支配階級への対処を始めたこれら諸国の労働者階級にとっての、ヨーロッパをおおう資本主義の一定の弱体化、より高い明確さと透明性、それらを生み出すと主張するものだ。ユーロからの離脱とEUとの断絶は、孤立主義政策というよりも、急進的な反資本主義的解決を推し進めつつ、ヨーロッパを貫くより小さくはない国際的連帯へと導くだろう。実質のある国際連帯にとって自己決定は本質的である。それは他の諸国の労働者を、後に続き、世界の主な新自由主義ブロックであるものの解体へと導くよう、励ますだろう。
 社会主義者としてわれわれは、スコットランドとウェールズの独立要求を支持することによってイギリスの解体を歓迎するだろう。なぜならばわれわれは、それをイギリス資本主義国家を打ち破る第一歩として理解しているからだ。同じことは、「スペイン国家」の解体に関しても真実である。そして両者は、代わりとなるものすなわち、ヨーロッパ環境社会主義連邦をつくり出すための鍵的な数歩となる。イギリス、ドイツ、さらにフランスの労働者は、ヨーロッパ資本とその支配階級の締め付けを打ち破る一つの道があることを理解し、反資本主義の方向へ進むだろう。
 EUとユーロに留まろうとすれば、特に周辺諸国は、緊縮政策の責任を移住労働者が負わされること、そして極めて高い失業率に遭遇するだろう。しかもそれはすでに起き、進みつつある。その一方主要経済国でわれわれは、そこでの民衆が周辺諸国への財政支援に資金拠出するための緊縮に直面するにつれ、政治的右翼の強化を見ることとなる。これらはもはや持続不可能となったユーロの諸矛盾だ。
 EUとユーロは、資本の利益に沿う形で危機を何とかやり繰りするための、そして銀行を彼らの帳簿上の負債が基で崩壊することから守るための道具だ。それらは、進歩的な政策ややり遂げられるべき環境社会主義にとっての枠組みではない。
 債務は、周辺諸国における課題であるだけではなく、ヨーロッパの大国すべてにとってもまた課題だ。EUは今、利率の引き上げを手段に、インフレとの闘いに移ろうとしている。その動きはまず、主要な成熟経済国の間で始まっている。EUはドイツ、大製造業経済国であることからこれまで利益を得てきたこの国の要求によって、そしてインフラ計画に使用される技術関連商品に対する中国の需要によって、支配されている。ドイツ支配階級は、ドイツ労働者の賃金と諸条件に対する攻撃によって利潤率を改善してきた。
 賃金並びに諸条件に対する攻撃と歳出抑制(大規模な歳出削減)は、ヨーロッパの他の国では同じようにたやすいわけではない。しかしそれこそが、周辺諸国に対する財政支援の条件として、EUがその実行を渇望するものなのだ。オズレムが求めるものはそれなのか。つまり、周辺諸国に罰を与え、借り入れ利率を引き上げ、経済を減速させ、より大きな債務と赤字を生み出す、そのようなことなのか。そのようなことは、変動利率付き住宅ローンの高度な割合が明らかになっているスペインには、大きな影響を与えるだろう。二一%に達する失業率と利率引き上げを引き連れたスペインは、より大きな住宅価格下落とカヤス(スペイン建築業連合会)のより大きい実質損失にさらされるだろう。そしてそれは事実上、それらに対するより大きな国家財政支援へと導き、さらにスペインを財政支援の対象に近づけるだろう。そこには、スペイン労働者階級にとって、あらゆる結末がつきまとう。

欧州を貫く中心的統一要求

 むしろわれわれは、ヨーロッパを貫いて労働者階級を統一できる中心的な要求に焦点を当て、緊縮政策に今終止符を打つべきだ。そこでは以下のような要求が含まれなければならない。

?EUの解体に導く助けとなると思われる、ユーロ離脱、そして、EU/IMFが強制する緊縮政策が迫っている周辺諸国での、持続不可能な債務のデフォルト。これは、各々の国の労働者階級が彼ら自身の国内のかつ相対的に弱い支配階級に迫ることを、可能とするだろう。これは資本主義を救う動きではなく、ヨーロッパ規模で機能する資本主義を弱め、周辺というその最弱の環でそれを破壊する動きとなるだろう。そしてそれは、社会主義経済と社会の建設に導くことを可能とする、以下に詳述する一連の反資本主義的諸要求の一部となるだろう。
?責任が誰にあり債権を保有するものが誰であるかをあからさまにするための、民主的な監視を受ける全面的な債務監査。
?銀行を公的所有と公的支配の下に置くこと。それは、デフォルトを行う諸国における信用危機を無にすること、および主要経済国における債務の大きな部分を取り消し清算するための財源を生み出すことを可能とする。次いで金融資産は、有益で緑の計画的投資に振り向けられ得るだろう。
?労働者にとっての損失なしに年金基金の債務が取り消され得ることを意味する、代わりとなる――退職中、基本的な必要を完全に無料で満たす――退職給付。ここで言う基本的必要とは、住宅、水光熱利用、公共交通、基本食料、教育、医療介護、文化、スポーツなどだ。
?超富裕層に対する財産税、豊かな階層に対する累進税、法人税の引き上げ、また脱税に対する取り締まり。
?緑の持続可能経済の建設。つまり、無料の公共交通、再生可能エネルギー、原発の停止、これらの産業を公的所有と公的支配の下に置いた上での自給的食料生産と分配、持続可能かつ快適な住宅供給。
?新自由主義的な貿易ではなく、ヨーロッパを貫く商品とサービスの交換を力づけ、利潤ではなく必要のための内国生産を通して、自給度とグリーン度をより高めること。

 これは、EUの新自由主義的緊縮政策とユーロに対決する闘争を通して労働者階級とその連携層によって生み出される諸制度と諸関係を基礎とした、真に国際主義的な統一ヨーロッパ環境社会主義連邦創出をわれわれが開始できる道である。それは、ヨーロッパの金融資本と多国籍企業の支配に基礎をもつものではなく、新たな平等な諸関係と権力形態を基礎とするだろう。

▼ラファイエ・デサントスは、スコットランド社会党のメンバーであるとともに、ファンドマネージメント業界におけるデリバティブストラテジスト。ここ三年半、金融・経済危機に関して精力的に書いてきた。ブログでも発信している。彼は、投資銀行業界に一四年間身を置き、その内四年は、ゴールドマンサックスインターナショナルで、エクイティデリバティブ戦略調査の主任を務めた。また、経済と金融の戦略に関して世界的な銀行が発表した調査にも、精力的に従事してきた。過去にはさらに、多くの世界的な大手金融機関に対しては助言者でもあり、世界中の大学だけではなくノーベル基金年次評議会では金融について、さらに年次リスク評議会でも講演した。
▼デイビッド・パッカーは、イギリスにおけるトロツキズム運動の長年のメンバーであり、国際主義社会主義グループ、ソーシャリストレジスタンス、並びに第四インターナショナルで、いくつかの指導的任務についてきた。元「ソーシャリストアウトルック」編集委員。

原注
一)「左翼のためのヨーロッパ戦略」。本紙二〇一一年二月一四日号掲載。
二)「欧州反資本主義左翼の過渡的綱領のために」。本紙二〇一一年五月三〇日、六月六日号掲載。
三)「ヨーロッパのための左翼の戦略」。コスタス・ラパビツァス、二〇一一年四月。
四)「サブプライム、不況を駆り立てる、まもなくあなたの近くまで」。ラファイエ・デサントス、二〇〇八年五月。
五)「ユーロは生き延びるか」。ラファイエ・デサントス、二〇一〇年一〇月。「ブームから破滅へ」。デイビッド・パッカー/フレッド・ラプラート、二〇一一年三月。
六)「ケインズが回答ではないのはなぜか」。
七)E・ボーレンツタイン/ウーゴ・パニッツァ。――「国家債務デフォルトのコスト、IMF調査報告」(二〇〇八年一〇月)は、国家債務デフォルトは、銀行危機が引き起こすというよりも、むしろ銀行危機を引き起こす傾向があった、と結論づけた。現在の状況は異なっている。三〇年代のように、われわれはすでに銀行危機の状況にいる。しかし今回デフォルトの危機は、銀行危機並びにその財政支援によって引き起こされた。一方三〇年代には、負債は第一次世界大戦のコストによって蓄積された。今日われわれは二重の致命的な打撃の危険を冒している。それは、アメリカの銀行だけでなく、世界中の銀行に影響するだろう。既にわれわれはサブプライム危機とリーマン危機を通して、世界的にかつ緊密に結び合った世界金融システムが世界経済にどれほどより大きくすぐさまの影響を伴うか、そのことを見た。
注八)「ヨーロッパのための六つの要求」。エリック・トゥサン、二〇一一年四月。
九)エルネスト・マンデル、「危機は共同市場にある」。
一〇)ゴールドマンサックスは、うさんくさいスワップを整えた後にギリシャの債務問題から身を遠ざけた、二〇一〇年二月(ウェブサイトのへの発信――訳者)。
一一)「ギリシャは債務再編を必要とするだろう」。
一二)「ギリシャの取引は崩壊するかもしれない」、および「ギリシャは債務を再構築する」。
一三)「ポルトガル:全面的な財政支援とより厳しい緊縮政策という見通しが二〇一一年に浮かび上がってくる」。ラファイエ・デサントス、二〇一一年一月。
一四)「選択の一般化されたシステム」。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一一年五月号

 


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