政府・与党の「税と社会保障の一体改革案」
10年代半ばに消費税10%に社会保障の自己負担増は進行 |
六月三〇日、政府・与党が「税と社会保障の一体改革案」を決定したのに対して、時期があいまいになり、条件がつき、その上閣議決定ができなかったとして、マスコミは一斉に「改革を先送りするな」「消費税増税を逃げず、与野党協議を」「この程度の負担増は必要だ」と力説した。他方、日本経団連は「期待していたので残念」とコメントし、菅首相のもとで中心となって一体改革案を作成してきた与謝野経財相は「一歩前進、近いうちに再び機会がくる」とあえて楽観的な主張を繰り返している。それぞれが相対立するような態度を取りながらも、決定から一週間もたたないのに一見すると「一体改革案」はすでに過去のものとなり政治的争点ではないかのような状況がつくり出されている。だが事態は原発と復興をめぐる攻防によって一時棚上げされ後景に退いたに過ぎない。税と社会保障問題は国家財政の危機が続く限り、常に政治の表舞台に戻ってくる課題である。(編集部)
菅政権の新自由主義への回帰
六月三〇日、政府・与党は「税と社会保障の一体改革案」を決定した。この改革案は菅政権にとって社会保障制度の維持・拡充と財政再建を進める「柱」となるはずであり、本格的長期政権のための出発点のはずであった。なぜなら国家財政の赤字をどう解決するのかという政策なしに「長期政権」の展望が立たなくなっているからだ。
今日、国と地方を合わせた長期債務は八九二兆円にも達し、日本の国債残高は約一〇年間で倍増し、現在は元利払いだけで税収の約半分に当たる二〇兆円を超えるに至っている。さらにこの一〇年間、労働者人民に犠牲を押し付けるだけの社会保障費の削減だけを繰り返し何ら根本的で有効な政策を持ち得なかった結果、高齢化などの進行によって社会保障費は毎年一兆円ずつ増え続けている。長期債務の拡大、社会保障費の増大の二つが万力のように国家財政を締めあげ、歴代政権を揺さ振り続けてきた。
小泉政権は「自らの政権下で増税はしない」と豪語し新自由主義的政策を押し進めたが低成長を脱することができず、逆に格差を増大させ、就業労働者の三分の一を非正規雇用によって不安定労働者に陥れ入れた。続く安倍、福田政権は「景気が悪い」「デフレだ」といって財政再建問題を棚上げし、〇八年のリーマン・ショックで逃げられなくなった麻生政権は、消費税増税を含む財政の抜本改革をぶち上げたが必要な法制上の措置を講ずる前に自民党内の「増税反対」で崩壊した。だが自公政権に対する不信の広がりを背景に「政権交代」を実現した民主党もまた、歳出が歳入を大きく上回る「ばらまき型」の予算編成しかできず、鳩山政権は成立直後からマニフェストの変更を余儀なくされた。
二〇一〇年六月に成立した菅政権はそれまで鳩山内閣が距離を置こうとしたアメリカや財界の新自由主義と「仲直り」をし、二〇一〇年の参議院選では公然と消費税増税を掲げて正面突破をはかろうとした。しかし当然にも見事に参院選で敗北した。この一〇年間、労働者人民を疲弊させ、それをテコに二〇〇兆円を超える内部留保金を貯えた企業・財界を一層肥え太らす法人税減税の原資のための消費税増税を労働者人民は容認しなかった。だが菅政権は参院選の敗北を省みることはなく、直後の内閣改造では麻生内閣で「一一年度より消費税を含む税制の抜本改革=中期プログラム」を作成した「立ち上がれ日本」の共同代表である与謝野馨を一本釣りし、税と社会保障改革を担当する経済財政相にすえた。首相就任以来、一体改革に「政治生命をかける」と公言してきた菅首相の強い願望の現れである。その上、今年一月の年頭記者会見では再び「税と社会保障の一体改革」を「平成の開国」と並ぶ内閣の重要課題であると力説した。「平成の開国」とはいわずもかな新幹線や原発などの輸出を政府が企業・財界と一体となって押し進める「新成長戦略」であり、新自由主義的政策への回帰そのものだ。小泉改革の新自由主義と小泉改革が「拒否」した消費税増税を接木し、ひとつの政策にまとめあげたのだ。 政府原案の後退と政治的背景
だが六月三〇日の菅首相の肝いりだったはずの「一体改革案」は、マスコミの表現を借りると「腰砕け」「全面的譲歩」とやゆされた。その根拠として指摘されたのが、「二〇一五年度までに消費税率を一〇%に引き上げる」とする政府原案が「一〇年代半ばごろまでにおおむね一〇%」といった幅を待たせた表現に修正されたという点である。さらに〈税一体改革スケジュール〉の項では、「経済状況を好転させることを条件とし、名目・実質成長率など種々の経済指標の数値の改善状況を確認しつつ、総合的に判断」するという文案が追加されているという点だ。
つまり、増税の時期や引き上げ幅があいまいになり、政府原案に比較すると大幅に後退し「増税が遠のいた」と理解されたのだ。さらに亀井静香に副総理要請を断られ連立を組む国民新党が増税に反対し、閣議決定を見送ったことも付け加わった。しかし注意しなければならないのは、マスコミの「腰砕け」「全面的譲歩、後退」という主張は、財界の意図を代弁する産経・読売新聞にとどまらず、朝日・毎日・日経新聞までが財政再建の切り札は「消費税増税」とする菅政権の一体改革案を支持していたからの主張である。
政府・与党の社会改革検討本部の六月二九日の会議で「二〇一〇年半ば」という時期、「経済の好転」という条件をつけることに対して最後まで抵抗したのは菅首相ではなく、与謝野経済財政相ただひとりであったと報じられている。菅首相は六月二日の内閣不信任決議案の否決に際し「一定のめど」での退陣を表明した時に、すでに「本格的・長期政権」の柱である「一体改革案」で民主党・政府をまとめることを諦め、放棄したのであり、より延命のために「浜岡原発の停止」「再生可能エネルギーの推進」「脱原発」の方向に政策的関心を移したのだ。それは今日の福島第一原発の事故が持っている影響を無視して、野党も民主党内も簡単に「解散」には追い込めないというしたたかな計算がなされている。与謝野にとって「一体改革案」の放棄は「お役ご免」必至であり、野田財務相には先月のIMF総会で「一五%への消費税増税を求める提言」が突きつけられており、党税政調査会長であり、復興財政を握る仙谷由人官房副長官には社会保障や復興財源を手当てする増税の議論を先送りすれば、国債の市場金利が上昇し、財政破綻の引き金になりかねないという恐怖がとりついている。菅首相が熱意を失おうとも「ポスト菅」を考慮せざるを得ない与謝野、野田、仙石の三人はなんとしても六月三〇日に「換骨堕胎」されたものであっても「一体改革案」を決定しなければならない理由が存在した。また「責任野党として消費税の一〇%引き上げ」を主張してきた自民党も「閣議決定がない限り、協議はできない。だれを相手に話せばいいかわからないし、お受けできない」と六月三〇日に自民党の石破政調会長は発言している。自民党もまた与党の三人と同様に「換骨堕胎」の改革案で救われたのである。
そして一体改革に「政治生命をかける」と公言してきた菅首相は、一方では「歴史的な決定」と言いながら、他方では「野党との話し合いがうまくスタートできればいいと思っているが、大変大きな課題だから、私がどうこうというよりも党と党との間でしっかり準備をしてもらいたい」とまるで他人事である。こうして歴史的に繰り返されてきた「実行のともなわない消費税増税決定」が行われ、菅政権の下で押し進められた税と社会保障の一体改革は土俵から引きおろされた。 消費税増税と法人税減税
「税と社会保障の一体改革案」が実質的に棚上げされ、先送りされたのは、これを推進してきた菅政権の求心力の急速な後退と内部からの政治的瓦解によるものである。六月二日の内閣不信任案の否決と引き替えによる「退任」宣言によって、民主党内部に渦巻く消費税反対の声を押し止めることはできなくなった。その結果、菅首相は「長期政権」の戦略を捨て、延命のための「脱原発」に方向転換した。これによって「一体改革案」の担い手が不在となり一時的に棚上げされたというのが今日までの経過である。だが、資本と大企業は、国家財政の破綻を背負うつもりは毛頭ないだけではなく、あらゆる機会を通じて、新たに「一体改革案」の担い手を探し出し、より労働者人民に一層犠牲を押しつけることでこの局面の突破をはかることを絶えずねらっている。
菅首相に「はしごを外された」与謝野経財相は七月に入ってから次のようにマスコミ各社にコメントしている。「二大政党がともに消費税率一〇%を唱え、具体案を持つという過去になかった状況が生まれた。(弱肉強食の)新自由主義経済から離脱し、非正規雇用などの格差問題に取り組む社会的公正こそが大切なのだとの思想は、政党・政権を超えて受け継がれている。レールができたのだから、与野党はその上を走っていけるはずだ」。われわれがしっかりととらえておかなければならないのは、与謝野が力説するように六月三〇日の改革案にはすでに「消費税一〇%の引き上げが明記され、決定された」という事実である。原発関連企業に就職した過去を持ち、今なお公然たる原発推進派の与謝野は続ける。「(今回は復興のための増税と社会保障の一体的改革のための消費税増税が重なっただけであり)、復興需要が本格化する二〇一二年度以降は、再び新たな機会(チャンス)が来る」「自公も民主党も、そして財界も消費税があらゆる世代が広く公平に分かち合う税金であり、社会保障の財源にふさわしいと考える限り機会はあるし絶対に消費税増税を避ける必要はない」。
だが資本や大企業は「消費税は社会保障の財源にふさわしい」というが、その本音は法人実効税率の引き下げの原資としてみている。さらに大企業の輸出部分の消費税は免除され、さらに価格に転嫁できる。その意味で消費税は税の中で重圧から最も逃れやすく、最も大企業に都合のいいものなのだ。逆に中小零細にとって消費税は価格に転嫁できず、利益を減らし身銭を切って納税せざるを得ない。大企業と中小零細を比較すると消費税の持つ意味は雲沼の差である。消費税は社会保障によって所得の再配分する財源となるのでなく反対に、その機能と役割まで最終的に破壊してしまうのだ。つまり消費税増税は社会保障の財源には絶対にならないばかりか、一層格差を増大させ一方的に労働者人民に犠牲を押し付ける政策に他ならないのだ。 進む社会保障の改悪 当初、政府が提出していた「一体改革案」では社会保障の「充実」のために約三・八兆円が必要であると試算され、増税幅五%のうち一%分にあたる二・七兆円を社会保障費にあてるとなっている。不足分の約一・二兆円は節約によってまかなうと記されている。「節約」とは国民の新たな負担増だ。改革案には二・七兆円の内訳が分野ごとに子ども・子育て〇・七兆円、医療・介護一・六兆円、年金〇・六兆円と明示し、「改革の優先順位と個別分野における具体的改革方向」では、〈子ども・子育て〉〈医療・介護〉〈年金〉〈就労促進〉〈そのほかの充実・重点化・効率化〉〈地方単独事業〉と七つの項目に沿って具体案を述べている。そしてその多くの方策は、いかに国民に負担を引き受けてもらうかに重点が置かれている。
この政府の攻撃が最も理解し易い医療問題でみてみると、外来患者が医療機関にかかった際に、原則の窓口負担以外に一律一〇〇円を上乗せすると年間一三〇〇億円が新たに患者負担増となる。これを二〇〇円、三〇〇円となるとさらに財源が増えるので、これを長期療養者の負担軽減を図るために使用するとなっている。この間問題となっている長期療養患者の高額な医療費を増税という形で全額国民に負担させるという案である。
また年金の問題をみると年金予算の不足分を年金支給開始年齢の引き上げによって穴埋めするとなっている。二度にわたる改悪によって、現在の支給開始年齢は段階的に六〇歳から六五歳に引き上げられ、数年後には男女とも厚生年金の報酬比例部分も含めて完全に六五歳支給となる。これを再び七〇歳まで引き上げると提案している。また「制度を一元化し、月額七万円の最低保障年金」をつくることを民主党は公約してきたが、この新制度も結局全額消費税増税という形で国民に負担させることを財源にしているのだ。
湯浅誠が明らかにしているように、今日労働者の三分の一が非正規雇用で占め、その多くは国民年金や市町村の国民健康保険に押し込まれている。だがこの社会保険には事業家負担はなく、給付は全く充実していないばかりか、「国民階保険」のはずなのに保険料を払えず、無保険の人が増大し続けている。決定された「一体改革案」はこのひずみを是正する「充実」した方策には全く触れず、逆に消費税増税が法人税の減税という本質をおおいかくす役割を担わされているだけといえる。増税分五%のうち一%しか社会保障に振り向けないのは、ただひたすら社会保障の最終的破産を回避するためであり、どこにも社会保障の改革は存在しないし、あってもアリバイ的なものに過ぎない。
われわれが今注意しなければならないのは六月三〇日で「一体化法案」は棚上げされたと思って武装解除してしまうことである。棚上げされたのは消費税の増税であり、社会保障を抑制し改悪する攻撃は全く棚上げされてはいない。事実六月三〇日に経産省の産業構造審議会は、風邪などの軽い病気には医療保険を適用せず、全額自己負担とする「保険免責制の導入」を検討することを発表している。明らかな保険制度の改悪である。こうした攻撃を許してしまうなら、増税と社会保障の削減が一層大きな攻撃となって立ち現れることは明白だ。問われているのは増税と社会保障費の削減を運動と闘いによって突破することである。
(松原雄二)
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