映画が覚醒させた歴史の真実
「恥ずかしい」過去を垣間見る
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6月10日午後、東京・靖国神社境内の戦争博物館「遊就館」。慶尚南道・洒川出身の1人の若者の英霊が、親切なハングルの説明とともに祀られている。光山博文の命(みこと)と称されたこの男性の本名は卓庚鉉(タク・キョンヒョン)。1945年5月11日、自殺特攻隊である第51鎮撫隊として出撃し、沖縄付近で戦死した。
日王(天皇を指す)のために戦死したこれらの人々を神として祀っている靖国には、このように戦争で亡くなった朝鮮人2万人余の英霊が合祀されている。その中には神風特攻隊だけではなく、強制徴用によって引っ張られて行って亡くなった朝鮮人たちも含まれている。靖国神社の朝鮮人合祀問題は韓日関係の現状況を如実に示してくれるもう1つの象徴だ。日王のために鉄砲玉となって死んで行った若者たちを軍国主義の名によってほめたたえている遊就館の展示物において、日本の過去はそっくりそのまま今日へと引き継がれている。このような現実にあって韓日関係が予測可能な時期に変化するのを予想するのは困難なように思えた。
上映された2本の映画
6月11日、東北アジア歴史財団と在日韓人歴史資料館の共同主催で、東京・韓国文化院で開かれた「歴史映像シンポジウム」は、日本の市民たちと共に新たな韓日関係を模索するという点において希望の端緒をかいま見せた。今年で3回目を迎えた今回の学術会議のテーマは「映画が語る同和政策と創始改名」。
行事はイム・クォンテク監督の1978年作〈族譜〉と今井正監督の1943年作〈望楼の決死隊〉を観覧した後、両国の歴史学者と評論家たちが発表するという方式で進められた。映画を見てシンポジウムを開く形式の学術会議は国内で東北アジア歴史財団が初めて試みた。
実話を基にした梶山季之の同名小説が原作である〈族譜〉は、1940年の創始改名政策に伴った朝鮮人の対応と挫折をイム・クォンテク監督特有の「ハン(恨)の情緒」によって形象化した作品だ。
京畿道庁総力1課所属の日本人青年・谷は、創始改名の実績が低調だという課長の叱責に伴い、水原地域で創始改名を拒否していた富農ソル・ジニョンの家を訪問し、彼を説得する。宗孫(宗家の長孫)であるソル・ジニョンが、700年余り続いてきた家門のために創始改名だけはすることができないと抵抗すると、谷はルーツに対するソル・ジニョンの並々ならぬ信念と彼の娘オクプンの美貌に心が揺らぐ。懐柔や脅迫にもかかわらずソル・ジニョンはあくまで創始改名を拒み、日帝の官吏たちは憲兵隊を用いてオクプンの婚約者を不純分子として仕立てあげて捕らえ、監禁する。幼い孫たちまでが学校で「いじめ」「しかと」などの差別を受けているという事実を知るに至ったソル・ジニョンは自分以外の家族たちの名前を創始改名した後、自ら命を絶った。抗日人士である実話の中でのソル・ジニョンとは違って、映画で彼は親日の地主として描かれる。日本軍に軍糧費2万石を寄付し、総督府の施策に積極的に順応したソル氏でさえ創始改名に反対したという理由で自殺にまで至ったという点は、日帝の同和政策の暴力性を際立たせた。
朝鮮総督府の後援によって制作された〈望楼の決死隊〉は1935年の、新義州と満州の接境地帯である鴨緑江辺を背景として、いわゆる「匪賊」から住民を守る国境守備隊の活躍と犠牲とを描いた御用映画だ。浅野巡査が国境守備隊に新たに赴任する日、駐在所の中庭でささやかな歓迎会が開かれる。駐在所長をはじめとする日本人と朝鮮人巡査たちは気兼ねなく和気あいあいと、1つの家族のように交わる。
ある日、巡察に回ったキム巡査が正体不明の青年を連行する途中で銃に撃たれて死に、匪賊の一員であるワンホが、中国料理店を経営しているアボジ(父)ワンリョンを訪ねてくる。アボジは、匪賊の大規模な襲撃があるはずだから避難しろという息子の勧めを払いのけ結局、匪賊の銃によって絶命する。国境守備隊は住民たちと共に匪賊の襲撃に対応するけれども苦戦を免れない。朝鮮人婦女たちや日本の女性たちまで武器を持って闘う中、支援勢力が到着して匪賊たちはかろうじて討伐される。映画の中で朝鮮人と日本人は互いに助け合い日々を過ごす。これに比べて抗日武装闘争勢力を意味する匪賊は極悪非道な存在として描かれる。平和をぶち壊す者たち、というわけだ。このように〈望楼の決死隊〉は、内鮮一体となった朝鮮人と日本人が心を合わせて匪賊を撃退しようと扇動する映画だ。
支配者が持つ強者の微笑
創始改名の研究で学界の注目を受けた水野直樹教授(日本・京都大人文学研究所)は映画〈族譜〉に関する発表文で、「創始改名政策は単純に朝鮮人の名前を日本式に変えさせた政策ではなかった」とし「朝鮮の家族制度を変え、朝鮮社会を根本的に改編しようとする政策」だった、と説明した。「家族・家庭を基礎と考え、家族の構成員に天皇に対する忠誠心を持つようにした近代日本の家族政策を、植民地朝鮮にも導入しようとした」というのだ。初めは申告制によって運営されていた創始改名制度は、参与率が低調と見るや、すぐに強制性を帯び始まった。
水野教授は「地域同士で申告率を競争させることによって一層、強い圧力が加えられた」し、「新聞には各地域の申告率を報道する記事が何度も掲載された」と指摘した。また「このような強圧性によって、親日派として分類されたユン・チホでさえ息子が反日分子とみなされる恐怖心から創始改名を行った」し、「大多数の朝鮮人はこのように沈黙したけれども、一部の人々は批判と抵抗の言動である流言飛語を流布し抗いもした」と付け加えた。
一方、流言飛語に現れた朝鮮民衆をテーマとして〈望楼の決死隊〉を分析したナム・サング博士(東北アジア歴史財団)は、「日常での朝鮮人に対する差別と不信感、朝鮮人の自覚が流言飛語を生んだ」のであり「日本の戦争は日本の戦争であるにすぎないとしていた初期の流言飛語は、結局は日本の敗北と朝鮮の独立を念願するところにまで及んだ」とかたった。波及力を恐れた朝鮮総督府は流言飛語を徹底して取り締まり、処罰した。
佐藤千広講師(恵泉女学園大学)は発表文で「以前に〈族譜〉でソル・ジニョンが歌ったトラジ(ききょう)打令(ターリョン、民族音楽の1つ、日本でもアリランなどが知られる)を聴いて、〈望楼の決死隊〉の中で朝鮮人たちが歌ったトラジ打令が思い浮かんだ」とし「親日映画に分類される〈望楼の決死隊〉はヒューマニズムによって包装された強者の微笑」であり、「力が根底にある支配者の論理にすぎない」と批判した。
キム顧問は「〈望楼の決死隊〉は、ゲリラを良民から金品を搾取する匪賊とし、日本人警備隊は命をかけて朝鮮人を守ってくれる崇高で勇敢な存在として描いた」のであり、「日本人たちは支配者の観点から弱い朝鮮人を保護する国境警備隊員たちのヒューマニズムに意味を付与した」と主張した。朝鮮人が民謡を歌う場面は内鮮一体の具現のための装置だったと指摘したキム顧問は、「〈望楼の決死隊〉は厳密に言って親日映画ではなく、御用映画」だと語った。日本人監督が日本のために作った映画を親日映画として分類するのは適切ではない、ということだ。〈族譜〉に対してキム顧問は「ソル・ジニョンを親日地主として設定した点が映画の現実性を高めた」し、「日本主義的事由と韓国の美しさを盛り込んでいるテクニックによって、失われてしまった時代に挫折した人間像を形象化した」と評価した。
変化を掘り起こす小さな努力
発表者たちの討論が終わるとすぐに300人以上の聴衆で足の踏み場もない客席から質問や意見がどっと出された。父親が〈望楼の決死隊〉の背景となった鴨緑江辺の国境警備隊に実際に勤務していたというキタオカ・キヨコさん(75)は「父親への想いから〈望楼の決死隊〉を見にやってきた」「映画を通じて日本と韓国の歴史をより多く学んだ」と語った。演劇俳優オハタ・ヨサコさん(65)は「映画を見て日本人として恥ずかしさを禁じえなかった」し「日本人たちが正しい歴史認識を持たなければならないということを改めて切実に感じた」と語り聴衆の拍手を浴びた。
率直で真剣な謝罪と賠償を土台とした望ましい韓日関係は、はたして道はるかなことなのだろうか。日本政府の態度の変化を促し求めつつ、同時に日本の市民社会の変化に希望を託してみるのはどうだろうか。今回のシンポジウムは、その変化を掘り起こす努力の一環だったというわけだ。(「ハンギョレ21」第866号、11年6月27日付、東京=オ・スンフン記者)
韓国の未来に黒い雲
「少なく産み、早くに老いて行
く」人口すう勢が暗示する先
臨界値に近づく
大学授業料問題
産み、育て、教育すること。1つの社会が持続する上で、ぜひとも必要なことだ。当然にも政府が公的機能を最大値で発揮しなければならない政策の領域だ。ところが韓国は「産み、育て、教育すること」に関する限り、重症患者に近い。韓国は2010年の合計出産率(女性1人が一生のうちに産むだろうと予想される子ども)が1・22人だ。先進国グループと呼ばれる経済協力開発機構(OECD)34加盟国のうち最も低い。唯一の「超低出産社会」(合計出産率1・3以下)だ。韓国の人々が特別に子どもが嫌いなわけではない。「育て、教育すること」は負担が多くて、「産むこと」を避けているのだ。反面、韓国は高齢化の流れが世界で最も急カーブな国に属する。「少なく産み、早くに老いて行く」人口のすう勢は韓国の未来に黒い雲を垂れこめる。
2011年6月、「大学授業料半額」問題が韓国社会のホットな課題として浮上した。「教えること(学ぶこと)」の難しさをさらけ出している代表的なケースだ。1988年9月、ノ・テウ政府の「大学授業料の自律化措置」以降、毎年新学期の初めごとに声があげられては大した反響もなしに静まり、(咲いたと思ったら、ほどなく散ってしまう)「ケナリ(れんぎょう)闘争」とけなされていた以前の授業料闘争とは様相が異なる。大学授業料の問題がもはや放置できないほどの臨界値に近づいていることを傍証する。
何が、なぜ、問題なのか。第1に、あまりにも高い。OECDが昨年9月に発表した「教育一覧」を見ると、韓国は国公立大と私立大のいずれもの授業料が米国以外ではOECD加盟国の中で最も高かった。OECD加盟国の平均授業料は年間家計所得の10%内外だ。韓国では上位10%の家計だけが年間所得に占める授業料の割合が7・4%でOECDの平均より低いのにすぎず、残る90%はその平均値をはるかに上回った。
大学進学率は
OECDトップ
第2に、授業料のほとんど全部を学生とその父母が耐えなければならないという現実は、より深刻な問題だ。大学教育の公共性の欠如が肝心な点だ。(大学以上の)高等教育費の負担の主体を見ると、韓国は公共の財源23・1%、民間76・9%だ。公共財源の負担率が72・6%であるOECDの平均とは劇的に対比される。韓国家計の大学授業料負担率は、世界で授業料が最も高いという米国よりも多い。この10年間、大学の授業料は物価上昇率の2〜3倍も上がったうえに、2001年と2010年を除いた国立大授業料の引き上げ率は私立大よりも高かった。政府は教育の公共性を強化するどころか、受益者負担の原則と市場原理を押し出して授業料問題を、むしろ煽っている形だ。政府が推進しているソウル大などの国立大法人化は、「私立大学化」ということの別の表現にすぎない。
第3に、韓国において大学は需要の弾力性がない「商品」だ。授業料をどんなに引き上げようとも、また大学が提供するサービスが旧態依然であっても大学に入ろうとする学生はあふれている。統計庁が発表した「2010年韓国の社会指標」を見ると、2010年高校卒業者の大学進学率は79%だ。OECD加盟国での最高水準だ。
元気をなくす
4放世代の若者
なぜ、これほどまでにみんながみんな大学に入ろうとしているのだろうか。少なくとも2つの側面が重要だ。第1に、2008年を基準として高卒者の賃金を100とした時、相対賃金を見ると中卒は69、大卒以上は179だ。反面でOECDの平均は中卒78、大卒以上が164だ。要するに韓国はOECD平均よりも学歴に伴った賃金格差がはるかに大きい。
第2に、いま韓国では大卒者でなければ人間は扱いを受けることも、結婚の相手を求めることも難しい。制度も、そして社会の認識もが非大卒者に致命的に不利だ。事情がこうであってみれば、誰かが誰かに向かって「大学に行く必要はない」と言えるだろうか。大学生(大卒者)にせよ、そうでないにせよ、大韓民国の若者たちは求職難と借金に負われ、恋愛・結婚・出産・マイホームを放棄する、いわゆる「4放世代」として元気をなくしている。
今、大韓民国において「産み、育て、教育すること」は恐怖と心配そのものだ。こんな中で大統領は「高望みをするな、下を見よ」と青年らを叱り、「子どもをたくさん産め」と若い女性たちを督励する。これがまともなことなのか。(「ハンギョレ21」第865号、11年6月20日付、イ・ジェフン/編集長)
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