バングラデシュ
あの「高潔な」グラミン銀行に何が起きたのか
超小口金融も貧しい人々を
結局は搾り取るものだった
パトリック・ボンド
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マイクロファイナンス、つまり貧困層を相手とする超小口金融がこの間華々しく持ち上げられてきた。途上諸国において零細自営業者層を大量に作りだし、新しい経済発展モデルを生み出すという。新自由主義の市場万能経済の中を生き抜く回路が貧者にも提供され得る、つまり新自由主義にも持続可能な道がある、という話だ。この業態の成功例として、バングラデシュのグラミン銀行が世界的にしきりに取り上げられ、その考案者にして創立者のムハンマド・ユヌスは、二〇〇六年のノーベル平和賞に輝いた。しかしそのグラミン銀行は今「不祥事」に揺れ、ユヌスはこの銀行を追われた。うますぎる話には罠があった。極貧者にまで伸びるむしり取りの構図だ。そこには、アメリカのサブプライムローンと同様、「極貧層」にまで搾取の領域を広げないと利潤源が枯渇するという、現代資本主義が陥った深い危機が映し出されてもいる。グラミン銀行問題は何を明らかにしているのか、以下はその問題を追っている。(「かけはし」編集部)
不当な抑圧か、それとも不正か
一度は伝説的となったバングラデシュの銀行業を取り巻く環境は、今致命的に汚染されている。腐敗は深く急速に広がっている。それは、全地球規模でマイクロファイナンス産業が脅かされるほどだ。悪化するばかりのグラミン銀行危機に落胆した人びとがもっともしばしば取り上げる要素は、ひどく不快な当該地域の政治という問題だが、論争は、それを超えて広がっている。
確かに一瞥する限り、われわれは次のことを見ることとなる。すなわち、起業家に転身した一人の勇気ある学者、二〇〇六年のノーベル平和賞受賞者、無担保融資と集団的借り入れを通して貧しい女性の社会的・経済的地位の引き上げに情熱を傾けた男、そのムハンマド・ユヌスに対する抑圧的な国家による迫害、という構図だ。四月五日、バングラデシュ最高裁は、アジアの最貧国のひとつに対して彼が触媒作用を及ぼして実現した援助の巨額流入――世界の先頭を行く二五%という、バングラデシュのマイクロファイナンス市場浸透率を基礎に――にもかかわらず、ユヌスはグラミン銀行指導部から追放されるべき、と裁定した。
しかしもう一度見れば、われわれは、悪名とどろく企業、バーソン・マーステーラー(B―M、世界で五番目の規模を誇る広告会社)がユヌスの側に立って情報操作にいそしんでいる、ということを知る。そして、MSNBCテレビの社会批評家であるレイチェル・マドウが述べたことがあるように、「悪が社会的交渉を必要とするとき、悪は手っ取り早くB―Mを確保する」。そしてそのB―Mは、スリーマイル島の原発がメルトダウンした後電力会社のために、またアメリカたばこ産業(全米喫煙者連盟の組織化のために)、三万五〇〇〇人を殺害したアルゼンチン軍事独裁体制、東チモールでの虐殺に関与したインドネシア政権、ナイジェリアの軍事政権、ボパール住民に敵対するユニオンカーバイド社、末期のルーマニア大統領、ニコラエ・チャウシェスク、そしてサウジの王家、これらの者のために働いたのだった。
権力闘争としての構図
二月、アイルランドの最初の女性大統領であり「グラミンの友」の主要な社会的顔であるメアリー・ロビンソンが、ユヌスを防衛するB―Mの手助けを始めた。しかしそれはうまく行かなかった。三月始めユヌスは、シェイク・ハシナ・ワゼドの政府によって解雇された。彼女の政党、アワミ連盟は、二〇〇八年総選挙で地滑り的勝利を得ていた。昨年末ノルウェー国営テレビのひとつのドキュメンタリーが「グラミンにおける巨額の金融不正」を暴いたとき、ハシナの息子であるサジェーブ・ワゼドによれば、銀行と国家の間で現在の権力闘争が始まった。「小口借り入れに捕らわれて」と題されたフィルムが映し出したものは、一五年前、援助された一億ドルが(非営利の)銀行からグラミンの生みの親のユヌスが支配する何十とある営利企業のひとつへと、いかにして不法に移されたか、ということだった。
ノルウェー援助機関の官僚は激しい怒りを示し、三〇〇〇万ドルは返還されるべきと要求した。問題に関するユヌス自身の私信は当惑させるようなものであり、むしろ破滅的なものだ。「いくつかの場合には」彼の振るまいは「完全に違法であり、横領となる」、ワゼドはこう告発している。
ワゼドはさらに高利貸しをも断言する。「グラミン銀行は社会の最貧困層に向け、貸し出し金利を三〇%まで引き上げ、『強制預金』という形で追加的に一〇%を課している。その回収手段は過酷であり、回収し損なった回収担当者は、未回収額を彼らの賃金から控除された。文書に記録された多くの事件がある。それらは、バングラデシュの法の下では虐待と『いじめ』という、犯罪的攻撃にあたる」と。
この国の中央銀行と法廷は、不条理にも、些末な年齢差別的法解釈に基づいて、ユヌスはグラミン銀行を即刻去らなければならない、と裁定した。彼は六〇を超え、したがって銀行経営の資格を失っていたのだ(それ以前一一年間は無視されていた問題だが)。より深刻なことに、四月二五日、国家の公式調査委員会の九〇ページにのぼる報告が、「【調査された】すべての活動において……法とグラミン銀行の規則を侵犯するひとつの傾向があった。事実上この組織は、法と規則に従わず、むしろ完全に一人の個人の裁量の下で成長した」と認めた。
何年か前ハシナは世界銀行評議会において、グラミンの仕事を確固として是認していた。しかしその間にユヌスは、彼自身の党を発足させようという短命に終わった二〇〇七年の試みという形で、現存の政治階級に攻撃を仕掛けた。そして昨年一二月ハシナは、「貧者にたかる吸血動物」というラベルをユヌスに貼った。
利害の同床異夢的錯綜と混乱
ロビンソン、「グラミンの友」で彼女と共に共同議長を務めるジェイムス・ウォルフェンソン(一九九五〜二〇〇五年、もっとも抗議が頻発した一〇年に世界銀行の代表に着いていた)、B―M、アメリカ国務省、そしてバングラデシュ政府の役割は、同床異夢の形で活動している国家、資本、市民社会が生み出す混乱を象徴している。
例を挙げれば、ウォルフェンソンは三月にハシナを訪問した。彼の要求があからさまに拒絶されると、世界銀行とIMFは突然、ハシナが期待していた借り入れから五億ドルを削減した。その決定におけるもう一つの要素は、一五年間の認可と引き換えにハシナがグラミンホーンに課そうとしていた七億五六〇〇万ドルだった。それは、市場シェアで案分比例した場合、他の移動電話会社に対するものと似たり寄ったりのものだった。ニューエイジ紙が伝えるように、世界銀行はこの課金を「極度に高すぎる」と考えた――この機関の親企業、国家関与の縮小という偏向を示す、まさにもう一つの事例――。
バングラデシュは世界でもっとも腐敗した国家、「透明度インターナショナル」がこのように見なした一九九六〜二〇〇一年、この時期にもハシナは首相だった。一九七五年、当該地域でネルソン・マンデラに対応する人物と見なされた彼女の父親、並びに彼女の母親と三人の兄弟を、軍は暗殺した。ハシナとアワミ連盟の高位の指導者はその時以来別々の理由で攻撃されてきた――何人かは殺害された――。
もう一人の女性の政治的偶像、ヒラリー・クリントンがこの争いに参入することとなった。彼女は、彼女のバングラデシュの「ヒラリーの村」がマイクロファイナンス失敗の主な事例と見なされているにもかかわらず、攻撃を停止するようハシナに求めた。先月、米国務省次席秘書官のロバート・ブレイクは、ユヌスが解雇されるならばアメリカ―バングラデシュ二国間関係は「衝撃を受ける」こととなる、と脅しをかけた。
ウィキリークスは最近になって、四年前ブッシュ政権の下で米国務省は、明白に政治的なひとつの構想をもっていたと明かした。それによるとユヌスは、「バングラデシュの民主化プロセスを台無しにするハシナとジア間で行われている現在のゼロサムゲームからの、あり得る脱出口を提供する可能性をもっている」と見られていた。同じくリークされた外電は、ユヌスの熱望を暴露した。それは彼の、ビルマを含む地域間貿易を推進するためにバングラデシュの「大港湾」にグラミンが融資する、という望みだ。それでもユヌスはロビンソン同様、ビルマの民主主義活動家(そしてノーベル賞受賞者仲間)のアウン・サン・スー・チーによって、マンデラの「長老」という名士列伝に入れられている。ところが彼女は、貿易制裁の強力な主唱者であり続けてきたのだ。
「クレジットは人権」ではない
ユヌスの金融上の遺産について、ロビンソン、ハシナ、クリントンといった政治の術策を越えて、真にフェミニズム的な見通しを評価するために、オレゴン大学の人類学者、ラミア・カリムによって行われた、グラミンに関する重要な新しい学術的な労作、『マイクロファイナンスとその不満、バングラデシュの債務を負った女性』を深く検討しよう。
筆者の同僚であるカディジャ・シャリフェが行った最近のインタビューの中で、カリムは以下のように指摘した。すなわち、「バングラデシュの女性は、受けたローンを彼女たちの夫に与えている。女性は地方社会の資本循環にとっては導管となっている。これが結果として生み出したものは、家計と共同体の両側面における、個々の女性にとっての支配と暴力の増加だ」。結果として彼女は、女性は「地方社会において恥と名誉の守衛」となってきたが、「これらの慣例を道具化することによって、いくつかのNGOは、債務不履行となった彼らの金額を取り戻そうとすることで地方の女性に恥をかかせている」と強調している。
この危機には世界的重要性がある。なぜならばそれは、マイクロファイナンスの限界を映し出し、南アジアの他の場所の貸し手が課している自殺を呼び起こすような高利率(誇張なしに)に引き続いて起きているからだ。ロンドンのガーディアン紙が先月伝えたが、一九九〇年代半ば以降三〇〇〇万のインドの家計は、マイクロクレジットの形で三〇億ドル以上を借り入れた。そして「ここ数カ月、この産業は危機に投げ入れられた。というのも、借り手のかなりの数――ある評価によれば、十分の一から三分の一の間の――が彼らの借り入れを返済する余裕がないからだ」と書いた。
この略奪的な貸し出しは、アメリカにおける二〇〇七〜二〇〇九年のサブプライムローン(住宅を担保とする)危機と平行している。ガーディアン紙によれば、「過去五年は、しばしば読み書きのできない村人たちに向けた猛烈な貸し出しの売り込みを、そしてその後に続く同じく猛烈な債権取り立てを経験してきた」。結果としてインドでは、過去一〇年二〇万以上にのぼる農家の自殺を目撃した。インドの指導的な地方問題ジャーナリストである「ヒンドゥー」紙のP・サイナスは、「命を犠牲にした人びとは借金で首が回らなくなっていた」と伝えている。
もう一つのバングラデシュのNGO、「ローン売り込み」に取りかかったBRACの管理者、そのマイクロファイナンス責任者のシャメラン・アーベドは、これらを事実と認めている。これは、「過剰流動性」と「貸し手間の情報交換の欠落」に起因していた、そして結果として、「二〇〇〇年代半ば、マイクロファイナンス産業の成長はあまりに急速すぎた」と。
「これらの多くの組織は、ローン鮫のように活動している! 貧しい人びとは信用でき、彼らは九八%の確率で彼らのローンを返済するとの考えは、資金の拠出者と大企業の耳には音楽のように響いている。グラミン銀行は、発展に関する新自由主義思想のよい例証だ。つまり、個人の起業家精神と競走がそれだ」、カリムはこのように、バングラデシュの主なマイクロクレジットNGOについてすら描いている。
カリムの結論は「クレジットという言葉を負債と置き換えてみよう。人権としての負債? それはどのように響くだろうか? 負債とは、貸し出し機関と借り手の間の、不平等と力の関係のことなのだ」というものだ。
貧困削減には別の道がある
「持続可能な貧困削減と底上げ的発展は非公式な零細企業部門がもつ才覚の内部に実際に見出される、マイクロファイナンス産業は、このように信じることで致命的な間違いを犯している」、海外開発研究所のミルフォード・ベイトマンはこのように、ユヌス並びにペルーの経済学者のヘルマンド・デサトを批判している。後者は、『資本の謎』を著した。
ノルウェーのドキュメンタリーを陰で支えた映像作家のトム・ハイネマンは、マイクロクレジットの福音主義に反対し、よく似た主張を行っている。ハイネマンは、二〇〇七年と二〇〇九年に、デンマークの指導的な調査報道ジャーナリストとの称号を受けた。また彼の初期の作品は、いくつかの国際映像コンテストで受賞した。
彼は今続編を準備している最中だ。なぜならば、「グラミンの友」の反論がグラミンの最初の借り手について問題の映像作品が誤った名前で呼んだこと(元々はユヌスがしたことだが)に、またかなりの高利率とユヌスに対するノルウェー政府の支援継続に焦点を当てていたからだ。それでもこの後者の防御は、国際的な野心に燃えるノルウェーの国際開発・環境大臣、エリック・ソルハイムについて、グラミンの件の功績について語るよりもかなり多くのことを語っている。なおソルハイムは、世界銀行への出資を引き下げるという彼の党が二〇〇六年に行った固い約束を破った。
ソルハイム、クリントン、ウォルフェンソン、そしてロビンソンにとって、グラミンを防衛することは適切なことだと、それどころかむしろ緊急を要すると見えるのかもしれない。しかしもっと綿密に調べてみれば、貧困を真に削減し女性の力を高めるポストマイクロファイナンス戦略へと移る方がよりよいと思われる。このような戦略は、通常は社会運動並びに組織された労働者運動と連携関係をもった集団的活動の中に基礎をもつときに、典型的に最強となる。
過去一〇年、最良の例のひとつは、ブラジル、タイ、インド、また特に南アフリカで、米国務省の自称「全面的な司法圧力」と対決して勝ち取られた、エイズ治療薬の入手だ。ここで触れたアメリカの対応は、アメリカの知的所有権が保護する薬品を使用する特許切れ薬品のマンデラ政権による提供を阻止するために、ビル・クリントンの下で展開された。この勝利の秘密は、起業家主導主義ではなかった。そうではなくその代わりになったものは、民衆の大衆的活動、民主的組織、そして、マンデラ後の南アフリカ政権によるエイズ否認、知的所有権と医療独占企業、WTOの「知的所有権の貿易関連システム(TRIPS)」、ワシントンのWTO代表であったロバート・ゼーリック(現世界銀行代表)、大製薬企業の暴利あさり、これらに対する疲れを知らない批判だった。
印象深い結果がある。要するに、マンデラの後継者であったタボ・ムベキは彼自身の党によってその座を追われ、TRIPSには今や当該国による医薬品製造(そして米政府はここに資金拠出する手助けをしつつある)を許可する除外規定が設けられ、そして、エイズ治療を必要とする人びとに対しては、かつては年に一万ドル以上の費用を要したのだが、今日医薬品は無料だ。それと対照的に、南アフリカにあるマイクロファイナンス部門は、悪名が知れ渡るほどに破綻している。
虚構へのすがりつきは依然続く
高利貸しという告発と自殺の波を前提とすれば、この産業の評価は、ニューエイジ紙による先頃のインタビューでユヌスが公然と意見を撤回したほどに汚されている。彼は、「不幸なことに、『マイクロクレジット』という言葉を使用する人すべてが貧しい人びとの必要に役立とうと献身的なわけではない。これは私が心がけていたマイクロクレジットではない」と語っている。
「人が三〇〜四〇〜五〇%を、時には一〇〇%の利率を払わなければならない条件がある時、そうであれば、それらが貧困を取り除くことなど決してないだろう。このような類の利潤を生み出すビジネスとは何だろうか?」、ケンブリッジ大学の経済学者、ハー・ジョーン・チャンは、ハイネマンにこう請け合った。
しかし、ワシントンを本部とするグラミン基金主席執行役員のアレックス・カウンツは、彼のナイジェリア支部であるLAPOの利率一〇〇%を防衛する。「よろしい、しかしあいにく、地方で活動する多くのナイジェリアの銀行は、LAPOの倍の利率を課している……。博愛を旨とする部分からのほとんどあるかなしかの助成金をもとにマイクロファイナンスがやろうと試みていることは、ひとつのサービスの提供――彼らにいわばよりよい取引を提供するというビジネスの基盤に立った商業ベースの――だ」と。
それでもマイクロファイナンスを通した利潤追求は、ユヌスすら認めることだが、「恐るべき間違った転進」を意味している。しかしユヌスは依然として、最後には彼自身の果たした役割を防衛し、ノルウェーのドキュメンタリーが主張することに対し、「これらの攻撃には実体のある基礎がない」と語っている。彼は、グラミンの利率――バングラデシュの経済学者であるQ・K・アーマドによれば手数料を含んで三〇%以上――は理にかなったものだと主張しつつ、「手頃なクレジットを利用できることは一種の人権だ」との力説を続けている。
それでも、利潤を求める貸し手だけではなく、女性の貧困に対するある種の銀の銃弾という麻薬としてマイクロファイナンスを推進する非営利のNGOもまた、しばしば役立つどころかかえって有害となっているという、この圧倒的な証拠を無視することは難しい。女性の立場の引き上げのために努力しているメアリー・ロビンソンのような人びとすらもが、米国務省、世界銀行、さらにB―Mとの同盟という形で、崩壊しつつあるグラミンの創立者、およびマイクロクレジットの急速に腐りかけている評判という両者の轍を追って、現実に道を踏み外そうとしている。
▼筆者は、ダーバンにある「市民社会のためのクワズールー・ナタール大学(UKZN)センター」を本拠としている。新刊本『ジンバブエの急落――枯渇した民族主義、新自由主義、そして社会的公正のための探求』の共著者。
(「インターナショナル・ビューポイント」二〇一一年六月号)
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