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    かけはし2011.7.18号

漁民を切り捨てる「特区」計画

東日本大震災

復興構想会議「提言」を批判する

「脱原発」に言及せず資本の論理貫く


 政府の復興方針を支えるべくこの度公表された東日本大震災復興構想会議の提言は、一日も早いくらしの復興を願う被災者の思いに応えるものだったのだろうか。結論から言えば、まったく逆である。
 被災者の声はかき消され、貫かれたものはまたしても「東京の論理」だった。ことさらの美文調で始まる前文は、「文明の性格そのものが問われているのではないか」と呼びかけ、「つなぐ」行為と「共生」から希望は生じるとうたいあげる。しかしその先に具体的に提言されたものは、TPP農業であり(さすがにあからさまにTPPとは言わないが)、水産業特区であり、そして、原発からの脱却は巧妙に回避される。しかし原発もTPPも水産業特区も、地域をつなぐどころか、ずたずたに切り裂くあるいは切り裂いてきたものではないのか。提言は自らうたい上げた「文明的転換」も「希望」も、返す刀で切り捨てるのだ。
 現地は反撃に向かおうとしている。宮城全労協は七月三日即座に、その論議過程をも含めた提言への批判を宮城全労協ニュースに明らかにした。以下にそれを転載する。(資料部分省略、見出しは「かけはし」編集部/宮城全労協http://www.ne.jp/asahi/miyagi/zenroukyou/)

中身よりも関心は政局?

 六月二五日、政府の復興構想会議(第一二回会合)は「復興への提言」を公表した。構想会議は四月一一日に閣議決定され、四月一四日の第一回会合からスタートした。当初は年内の最終提言にいたる「第一次」のはずだったが、五百旗頭議長はこの位置づけを撤回(拒否)した。政局の先行きが見通せず、構想会議の作業が継続する保証はないからだ。五百旗頭は「先の展開は予知できない」「後は政治の場に委ねられる」と述べた。
 そして菅首相は二七日「復興対策本部」をスタートさせ、七月中の基本方針策定を指示した。
 「提言」の内容よりも実現性に関心が集まっている。提言と基本方針は次の補正予算編成に直結し、菅首相の「延命」問題とからむ。「復興財源」では「基幹税の増税」が盛り込まれているが、消費税増税や民主党マニフェストの見直しをめぐる党内外の対立が立ちふさがっている。会見した構想会議の議員たちは口々に政治の実行力を求めた。
 被災地に応えることのできない政治の現状を打開する策を、民主党も自民党も見出していない。延長国会の会期末である八月三一日までの二カ月間、「何が起きてもおかしくない」政局の混乱が予想されている。

語られない「悲惨の中の希望」


 「復興への提言」には「悲惨のなかの希望」という副タイトルが付いている。
 「『希望』は、原発事故に遭遇したフクシマの人々には、まだ及びもつかぬ言葉かもしれぬ」(第三章「原子力災害からの復興に向けて」序)。人ごとのような美文を、わざわざカタカナで表記された福島県民は受け入れないだろう。隣県住民や「風評被害」にあっている人々も同じだろう。
 故郷への帰還と生活の再開、原発廃棄の上に作られる新たな地域社会。それを提示せずに「希望」を語ることはできない。
 「今回の地震と津波被害を起こり得ないものとして、考慮の外に追いやっていたのと同様の思考」、つまり「原発事故を起こり得ないものとした考え方は、その意味では地震や津波災害の場合よりも、何か外の力が加わることによって一層閉ざされた構造になっていた」(前掲序)。その構造を打破する意思が「提言」にはない。
 「悲惨のなかの希望」は福島に対してこそ提示されねばならない。「脱原発」を提言できないで、どのような「文明的」意味があるのか。
 福島県は復興基本方針に「脱原発」を盛り込む考えだと報じられている。地元と「提言」の隔たりは明らかだ。

きわだつ「東京の視点」


 政策課題の羅列や両論併記的な記述が多く見られる。これでは改革が進まないとの批判も強い。所管官庁の抵抗を指摘する人たちもいる。「提言」は妥協の産物であるが、既存の体制や制度が大震災と原発事故に対処できていないことの表われでもある。
 いくつか検討課題をあげてみる。

?「防災から減災へ」が大きな政策転換として提起され、ここから高台移転などの「新しい町づくり」の構想が描かれている。
 二六日には内閣の中央防災会議(専門調査会)の中間報告が公表された。防災政策の前提となってきた地震・津波の想定が現実と異なっていたことを「反省」し、「抜本的な見直し」を行うという。
 大震災以降、過去の調査・研究や意見が再評価されている。首都圏直下型地震はいうに及ばす、東海・東南海・南海地震への対策が問われている。北海道太平洋域と沖縄に関する指摘も最近なされている。「日本海」側の対岸からの津波は対象外となってきたが、検討が迫られる。
?提言には復古調の論調と「経済特区」「規制緩和」などの政策が混然一体と同居している(たとえば「自助の精神」と、「共助」を強調する「新しい公共」とが並列されているように)。美文と政策課題の羅列が繰り返されている。議論が構想会議と検討部会の両建てだったことの反映でもある。個々の政策は主要に検討部会が主導したものだ。
?構造改革によって震災復興を実現せよ。あるいは、震災はTPP参加の絶好のチャンスだ。そのような主張が震災直後から経済団体、経営者、新自由主義者たちによってなされてきた。そこまで露骨な表現はされていないが、視点は随所に見られる。
?被災民衆の意見が反映されているのか。復興会議は五月上旬の三日間、被災三県を視察した。参加者名と日程が公表されているが、このような視察では被災者に分け入って現場の声を聞くことはできなかっただろう。「しょせんは東京の議論だ」との批判が出たのは当然だ。
 「復興の主体を住民に身近な市町村と明記したうえ、被災地の要望を生かした提言になった点は評価したい。例えば、特区制度の創設では地元の漁協が優先的に取得できる漁業権の法人への開放などを盛り込んだ。宮城県が強く求めていた内容だ」(日経新聞社説/六月二六日)。地元での強い反発は無視されている。このようにして民衆の声が消されていく。
?「エネルギー戦略の見直し」を提言しながら、原子力発電にはふれていない。「再生可能エネルギーの導入促進、省エネルギー対策、電力の安定供給、温室効果ガス削減といった視点で総合的に推進する」(第四章)。このような羅列は欺瞞である。「再生可能エネルギー推進による、日本のエネルギー構造の新たな方向を提唱した」(「結び」)とは到底、言えない。
?なお民主党は四月三〇日、政府に第一次提言(「課題の整理」)を提出している。提言にあたって学者、経済界など「有識者ヒアリング」が行われた。「東日本の潜在力を生かして産業を強化し、社会構造を転換する」ことが課題に取り上げられている。「民間の役割を正面に位置づける」「大胆な規制・制度の改革も含む特区制度、民間資金のノウハウ、PFI/PPP等の活用」「農業再生特区」「ハブ漁港化」など、経済界の要望が並んでいる。「新しいエネルギー社会」では「原子力発電」に触れられていない。

村井宮城県知事の突出

 復興構想会議では岩手・宮城・福島の各県知事の中で、村井知事の突出ぶりが目立った。マスコミも村井知事を岩手県知事や仙台市長と対比して報じた。村井はトップダウン的な政治スタイルを貫き、政策面でも「増税による復興財源の確保」「高台移転による職住分離」そして「水産業特区構想」などを強く主張した。村井知事は時事通信アンケートで、復興財源に消費税と回答している。
 「水産業復興特区」は宮城県漁協が撤回を求めて反対したため、復興会議のとりまとめが注目された。規制緩和や特区は「提言」議論の中で合意されている。問題は、養殖水産業という特定分野の方針として記述するのか、という点にしぼりこまれていった。
 五月二九日、第七回構想会議は論点整理を行った。そこでは水産業特区への賛否両論が併記された。検討部会による報告(六月四日、第八回構想会議)では、既存の枠組みでも企業が参入することは可能であるとの現状評価の上で「地元漁業者と民間企業との様々な形での連携を図るため仲介・マッチングを進めていく」とまとめられた。水産庁の意向が働いたと言われている。
 村井知事は六月一〇日、震災三カ月の記者会見で、このような構想会議の議論を批判した。水産業特区の言葉が入らなかったことについて「納得できない、遺憾だ」と述べ、さらに「特区が前提に盛り込まれても政府がやらないなら、委員を務めている意味はない」と辞任カードまでちらつかせた。翌日(六月一一日)第九回構想会議に提出された「提言骨子」には従来どおり「仲介・マッチングを進め、民間資本のより積極的な導入を誘導」と記されていた。
 そのような経緯を経て、最終的に「提言」では水産業に関して「特区手法の活用」が次のように追加された。
 「必要な地域では、以下の取組を『特区』手法の活用により実現すべきである。具体的には、地元漁業者が主体となった法人が漁協に劣後しないで漁業権を取得できる仕組みとする。ただし、民間企業が単独で免許を求める場合にはそのようにせず地元漁業者の生業の保全に留意した仕組みとする。その際、関係者間の協議・調整を行う第三者機関を設置するなど、所要の対応を行うべきである」。
 知事は記者会見で「満足だ。特区、高台移転などが受け入れられた。すべてといっていい」と高揚した面持ちで語った(条件付きの水産業特区の記述は知事を救った面も否定できないにせよ)。
 御厨貴議長代理は次のように振り返っている。「漁業の特区は村井知事が強く主張した。地元に反対の意見があるが、最終的には村井さんの、とにかく新しいことをやるという主張が大きかった」(二七日、NHKラジオ「夕方ニュース」)。

道州制の先行モデル推進圧力

 「水産業特区」の言葉は第四回構想会議(五月一〇日)に提出した宮城県の緊急提言の中で登場した。続いて第七回会議(五月二九日)では「東日本復興特区の創設」を提案した。そこには八分野にわたる特区構想が示されており、水産業特区は宮城県の「東北復興戦略」の一環であり、突破口であると構想会議に突きつけた。
 「(仮称)東日本復興特区」で宮城県が取り上げたのは、次の八つの「特区」だった。
?復興まちづくり推進
?民間投資促進
?水産業復興
?農業・農村モデル創出
?交流ネットワーク復興・強化
?クリーンエネルギー活用促進
?医療・福祉復興
?教育復興
 経済同友会は第三回復興会議(四月三〇日)に提出した意見書のなかで、「道州制の先行モデルをめざし、東北地域全体を総合的に考える視点」を「復興の基本理念」の三つの柱の一つとした。同じく経団連意見書は「道州制の導入も視野に入れた自治体間協議の促進」を提起した。「道州制」は経済団体のかねてからの主張である。
 同友会は産業活性化策として、「規制緩和、特区制度、投資減税、各種企業誘致策などあらゆる手段」「農地の大規模化、他地域の耕作放棄地を活用した集団移転、法人経営の推進、漁港の拠点化など大胆な構造改革」などを求めた。
 宮城県の提言は、経団連や経済同友会の主張と合致している。
 「復興議論」のなかで、規制緩和や特区の主張が大手を振ってまかり通ってきた。
 実は震災のなかで、法律に従っていては救援や支援ができないという事態が多く生じた。たとえば医薬品を他の病院から「融通」することは規制違反となる。だが、治療のために、現場の判断で緊急の支援体制が組織された。貯金残高を確認しないで一律支払いを実行した郵便局もあった。被災民衆が当然のごとくとった行動の事例はいくつもある。経済界や知事が主張している規制緩和や特区はもちろん、そのようなものではない。
 規制緩和や特区は近年、小泉政権が構造改革路線のために持ち出したものだった。小泉以降の自民党政権は、その「行き過ぎ」を「負の側面」として慎重姿勢に転じた。小泉改革を否定していた民主党は、政権交代を果たして後、「事業仕分け」などを通して構造改革的な視点を復活させ、そのことが党内対立の要因ともなった。復興構想会議の議論ではこのような経緯がまったく無視されている。

「痛みは不可避」―― 漁民攻撃


 「時に痛みを伴うことは避けられない」「今が大胆な改革を行える最大のチャンス」。六月一〇日、震災三か月の村井宮城県知事の記者会見はさながら小泉流パフォーマンスだった。
 津波は沿岸漁業に壊滅的な被害を与えた。県は次のように報告している。

?沿岸漁業、生産高三七万トン(二〇〇九年、全国二位)、七九一億円(全国四位)。
?震災による被害、六五二八億円。〇九年ベースで八年分の生産額に相当。

 宮城県漁協が四月中に実施したアンケート調査では「三割が廃業予定」と回答した(宮城県漁業協同組合三三支所、正組合員五二〇〇人、準組合員五二〇〇人の一万四〇〇人。回答者九五〇〇人)。とくに比率が高かったのは、石巻市旧雄勝町地区で八〇〇人中六三二人、七ケ浜町で六五二人中二八八人、女川町で五五五人中一七三人など、と報道されている。
 知事が「三割」という数値を多用したのは、沿岸養殖業は従来のあり方では絶望的と強調するためだった。
 漁業従事者と浜を励まし、就業復帰が可能となるように必要な財政的・制度的支援を実行すること、それが行政の責務であり、漁協との協力は必要不可欠である。
 県は当初「新しい経営方式の導入」という表現を使っていた。知事は漁協への説明もなく「特区」という言葉を一方的に持ち出し、「新しい経営方式」が漁業権の従来のあり方の改変を意味することを明らかにした。漁協が怒ったのは当然だ。
 漁協は、過去に大手企業が銀サケ養殖の中途で撤退した事例を上げ、「企業は利益がでなければ勝手に撤退する。雇用も失われ、豊かな海も破壊される」と主張して撤回を求めた。
 「特区導入は浜に混乱をもたらすだけだ」「海には海の伝統と生活がある」「サラリーマンになれといきなり言われても無理だ」。漁協の抗議に対して知事は「撤回しない」と拒絶した。さらに知事は「必要なら(企業と漁協を)仲介する」と言い出し、企業への打診が具体的に進められていたことを匂わせた。漁協はいっそう反発を強めた。
 知事は全国紙等の支持を利用しながら、漁協との対立構造を意識的に作り出していった。小泉政権による「郵政民営化」攻撃の再演だった。漁協は漁業権にしがみつく既得権益団体であり、改革に背を向ける抵抗勢力だと印象付けられた。
 新聞やテレビやネットでは「単なる復旧ではだめだ」「選択と集中が必要」などの言葉が飛び交った。「TPPに対応した東北の農林水産業」という主張が極めつけだ。
 震災直前までの半年、東北の農業・漁業の現場からTPP反対の声が強く上がっていた。TPP推進論者にとって、震災は東北の抵抗を弱体化させる「絶好のチャンス」となった。壊滅的打撃をおった養殖業や仙台平野沿岸部などの農業は格好の「集約」対象である。
 積極推進派だった前原前外務大臣は昨秋、「一・五%のために九八・五%を犠牲にすべきではない」と発言し、怒りと失笑を買った。その一・五%も、生き残るためには国際競争に勝たねばならないという。勝利者となるのは、ごく一部の生産者と産品に限定される。まして大企業が参入すれば、加工・流通・販売網を駆使した大規模経営によって圧倒的多数の生産者が「淘汰」されるだろう。

被災漁業者とともに闘おう

 「提言」の三日後、水産庁は「水産復興マスタープラン」を発表した。そこには早くも「特区」の文言が記され、「必要な地域では地元漁業者が主体となった法人が漁協に劣後しないで漁業権を取得できる取組等を具体化」と構想会議「提言」の内容が盛り込まれた。
 水産庁は翌二九日、被災地域の水産業への参入希望に関する「緊急調査」の結果を公表した。それによれば、回答した四一企業のうち、被災三県への参入希望は一四社、検討予定が二二社だった。水産庁は「生産面への参入のみならず、加工分野や販売流通分野なども含めた一貫の事業として参入することを希望する意見」があったとコメントしている。
 村井知事は二八日の会見で「提言を重く受け止めたもの」と水産庁の方針転換を歓迎した。知事はまた、「特区を使わず企業参入が実現できるなら、それが最も望ましい」、漁協、企業、漁業者の三者が「納得する形」があれば「あえて特区を活用する必要はない」とも述べた。「落としどころ」という知事発言が憶測を呼んでいる。七月の宮城県復興会議が次の焦点となり、県と国は工作を進めるだろう。
 国と県は何よりも地元漁業者の声を聞かねばならない。知事の独断専行の政治姿勢は認められない。
 もちろん高齢化と後継者難は深刻であり、食生活での魚離れも歯止めがかからない。生産、流通、消費に新基軸を求めようとする漁業者たちも多い。オーナー制など様々な取り組みも始まっている。
 三陸の養殖漁業は挑戦と努力を重ねてブランドを築いてきた。エコロジーへの関心も並大抵ではない。略奪型では長続きしないことは漁業者が一番知っている。「職住分離」「高台への集団移転」に対して「地元を知らない者の計画」との批判や慎重意見が出ている。それは「海が職場」という理由だけではない。高台の森林を破壊することによって豊かな海を失う危険性を、漁業者たちが深く憂慮しているからだ。
 被災漁業者たちの困難と苦闘が続くなか、六月五日、気仙沼の「森は海の恋人」植樹祭が、岩手県一関市室根町に場所を移して実施された。「犠牲者の鎮魂と海の復興」がテーマに掲げられた。例年を上回る一二〇〇人が全国からかけつけた、と報道された。
 「七七年前の大火の恩返し」として、函館から三陸へ漁船二二八隻が寄贈される、岩手県久慈港に向かっているとの報道もあった。宮城県のいくつかの浜では漁が再開された。気仙沼ではカツオの競りが始まった。これらこそ復興への確かな一歩であり、被災民衆を勇気づけるものだ。
 被災漁業者たち、港と浜で働く労働者たちは、政治への怒りと行政対応への批判を抱えながら、文字通り創意工夫をこらして漁業再開と生活再建に向けて歩み始めている。水産業は農業・林業とならんで、精神的にも被災地復興の大きな鍵を握っている。県は農地集約化の特区を打ち出しており、水産業特区の行方が農業に与える影響も大きい。漁業者の分断と特区の推進に反対していこう。(二〇一一年七月三日)

 


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