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    かけはし2011.6.27号

停止原発の再運転を断念させよう

脱原発一〇〇万人アクションに全国で六万七千人

推進勢力の巻き返し許さず運動の強化を

一四〇カ所で
多彩な行動


 六月一一日、東日本大震災と福島第一原発災害からまる三カ月後に全国で行われた「脱原発一〇〇万人アクション」は、被災地の福島・宮城をはじめ北は北海道・旭川の「なのはなウォーク」から南は沖縄・与那国島で開催されたサウンドデモまで、ほぼすべての都道府県を網羅する一四〇カ所で開催された。暫定集約ではデモ、パレード、集会をはじめとするこの日の行動の参加者は約六万七〇〇〇人に達した。「フクシマ」に突き動かされた世界的な脱原発の流れを示すように、この日、台湾、フランスをはじめ世界一一カ国でも日本の原発災害被災者に連帯する行動が行われた。
 反原発運動を何十年もねばり強く担ってきた人びと、労働運動、反戦・平和運動やグローバル・ジャスティス運動、環境運動の活動家、地域の市民運動・住民運動やNGOの担い手に加えて、放射能汚染を日々の生活・子どもたちの生命と健康への深刻な脅威として捉える親子づれ、デモ初参加の若者、そして「全共闘世代」の人びとなど、実に多様な年齢、階層の参加者が政府・東電などの無責任・ウソに心底からの怒りをもって行動した。
 今回の「脱原発一〇〇万人アクション」の広がりと、一九八六年のチェルノブイリ原発爆発事故を契機にした一九八六〜八八年の反原発運動の高揚を対比した時、明らかに日本で起こった未曾有のレベルの地震・津波災害と原発事故の複合という被害の深刻さ、住み慣れた故郷を放棄せざるをえなかった住民の訴えに心を揺さぶられ、労働者・農漁民・小商工業者に襲いかかる失業と生業の破壊、「国策」としてカネや脅し、そしてデマゴギーで原発を推進してきた政府・財界・マスメディアへの批判が際立ったものになっている。被災者に心を寄せ、放射能汚染を自らの問題として捉え返し、そしてこれまでの無関心を反省しようとする思いが多くの人びとから語られた。
 それはまた、新自由主義の二〇年間がもたらした貧困と格差、差別、環境破壊が、生存そのものへの不安と絶望の中から、政治と社会を根本から変革しようとする意識を、より広範に生み出す契機ともなった。大量の「棄民」を生み出した大震災の実態、なすすべもない政府・官僚のあり方や与野党間、与党内の政権抗争、震災被害を「新しい経済成長戦略」と利潤獲得の好機にしようと色めき立つ大資本のための「復興プラン」が、まさに「反面教師」となって人びとの前に立ち現われている。
 「脱原発」の訴えは、大企業の成長と利潤のための政治・社会・経済システムに疑問を投げかけ、人びとの生活と環境を労働者・民衆自身の力で作り替えようとする運動の根幹に位置する課題となった。原発の廃止・再生可能エネルギーを軸にしたエネルギー政策の転換、エネルギー多消費の経済と社会からの脱却というテーマは、まさにグローバルな資本主義の危機の中で、労働者民衆の共通のものになりつつある。われわれを含めて、反資本主義左翼に向けた挑戦を自覚的に進めようとする人びとは、この課題を全面的に引き受ける。

危機感丸出しの
逆攻勢許すな


 イタリアでは六月一二、一三日の国民投票で「脱原発」が投票総数の九四%を占めた。ドイツ、スイスに続いてイタリアでも原発政策との決別が確定した。気候変動への対処を口実にした「原発ルネッサンス」の流れは明確に逆転した。
 しかしいずれも核兵器保有国でもある国連常任理事国の五カ国(米英仏露中)は原発を手放そうとはしていない。そして早期辞任に追い込まれた菅首相もまた、一方では二〇三〇年までにエネルギーに占める原発の比率を五〇%までに拡大するとした「エネルギー基本計画」の見直し、「再生可能エネルギー促進法案」の早期成立を打ちだしながら、「情報開示」や「安全性の徹底」を条件に、原発依存政策を継続する考えを五月のドービルG8サミットで明らかにした。
 六月一八日、海江田経産相は、六月七日に原子力安全・保安院が出した原発への緊急安全対策(水素爆発防止、事故対応措置の強化、事故時の放射線被曝対策強化、緊急時対応資材の管理など)について「現地の立ち入り検査などにより厳正に評価した結果、措置は適切に実施されていることを確認」とする大臣談話を発表し、翌一九日には菅首相も「私も考えは全く同じ」と語って、定期点検で運転停止中の原発の運転再開に合意した。この「安全宣言」は、六月二〇日のIAEA(国際原子力機関)の閣僚会議に合わせて日本の原発の「安全性」を訴えるために出されたものであり、原発立地の知事の意向にも反するものである。
 その背景には、現在運転中の原発は全五四基中一七基であり、夏には発電する原発が一四基に減少し、さらに事故や定期検査で運転停止中の原発が再稼働しなければ来春にはすべての原発が停止することになる、という強烈な危機感を政府・経産省、電力企業、財界が抱いていることがある。
 政府・財界・マスメディアなどは必死で「電力が足りない」キャンペーンで危機意識をあおり、運転停止中の原発再稼働を煽っている。経産省官僚の天下り先でもある財団法人日本エネルギー経済研究所は、全国で原発の運転が止まったならば家庭の電気料金が月一〇〇〇円以上引き上げになるとの試算を発表している。「原発止めたら皆さんの家計がピンチになりますよ」という脅しだ。
 さらに世界的な「脱原発」の流れに恐怖を感じている産経新聞は、イタリアの国民投票結果を受けた六月一五日の社説において、あろうことか「日本から流れを変えよう」という見出しで次のように主張している。
 「感性に流れる選択よりも、理性に基づく判断が必要だ。安全性を再確立して範を世界に垂れ、脱原発の流れを食い止めるのは、事故を起こした国として日本が国際社会に果たすべき責務であろう」「このままだと、日本は、諸外国の目に脱原発路線と映る。それが第四、第五のドイツ、イタリアを生みかねない。脱原発の電力不足は火力発電に委ねられ、原油や天然ガスの価格高騰を招く。エネルギー不足とコスト高は日本経済、ひいては世界経済にも悪影響を与えかねないのである」。
 こうした危機感に満ちた悪宣伝を打ち破り、「脱原発」のエネルギー政策転換による被災地の復興、そして新しい政治、社会、経済のあり方を積極的に討論しよう。

被災現地と結び
課題の明確化へ


 福島第一原発事故は、発生から三カ月以上たった現在も収束に向けた打つ手がすべて失敗する状況にある。切り札とされた放射能汚染水の浄化装置は六月一七日に本格稼働した五時間後に、トラブルの発生で停止に追い込まれた。このままでは原子炉建屋内の高温度の放射能汚染水が大量にあふれだす、という危機が迫っている。当然にも放射能被害を最小化し、事態を収束に向かわせるためにあらゆる措置をとらなければならない。
 しかしこの間の事態は、「安全性の徹底・再確立」という原発推進派の言辞が、まったくのたわごとであることを再び、三度立証している。「安全な原発」などありえないのだ。それは「安全であってほしい」という「期待」を「現実」であると思いこむことで成立する幻想にほかならない。
 当面する課題は、運転停止中の原発の再運転をさせないことである。玄海原発の再運転阻止が緊急の焦点となるだろう。調整運転中の北海道・泊原発3号機、福井県大飯原発1号機の停止を。さらに現在建設中・計画中のすべての原発(青森県大間、同東通、島根原発3号機、山口県上関原発)の建設中止、計画放棄を。それは「脱原発」の早期実現にとって避けて通れないスタートラインである。再稼働や建設続行はもっての他である。
 九月一九日には、大江健三郎、内橋克人、鎌田慧、坂本龍一、澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井喬の各氏を呼びかけ人として「原発にさようなら集会」(午後一時、東京・明治公園)も準備されている。
 東京で進められている福島原発事故緊急会議は、あらためて「国策」としての原発推進で浮かび上がった電力総連の原発推進路線の撤回を申し入れるプロジェクトや原発運転の被害を日常的に受け、劣悪・過酷な労働条件と低賃金を強制され、健康と生命を奪われてきた下請・孫請け・ひ孫請け……の「原発労働者」の問題を焦点にしたプロジェクトを発足させた。それは労働運動のあり方そのものを根底的に作り替えようとする課題でもある。
 このような課題を深化させながら、「脱原発」の社会的運動をさらに広げるために、知恵と力をともに振り絞ろう。
 (六月二〇日 平井純一)

 


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