中国 賃金の団体交渉に関する華南地方の立法
労働者の抵抗・集団争議行為の封じ込めを食い破る闘いを
秦 嶺
(2011年5月5日)
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昨年五月から六月にかけた、中国南部での農民工新世代によるストライキの頻発が世界の注目を集めた。民衆の自律性を徹底的に抑圧することで進められてきた中国の工業化は、官僚の腐敗や進む一方の貧富の格差に対する不満の蓄積ともあいまって、国内的緊張を抱え込みつつある。その中で中国指導部は、二〇〇六年の労働契約法制定を含め、労働問題への一定の対処を模索している。その延長上に、昨年のストライキを受け、労使紛争の法的処理手続きも具体化されようとしている。以下は、この政府の方策に対する批判的評価と労働者がとるべき対応を提起している。(「かけはし」編集部)
当初二〇一〇年年末にも制定される予定であった賃金の団体交渉に関する二つの条例――「深?経済特区集団協議条例」(以下、「集団協議」条例)と「広東省企業民主管理条例」(以下「民主管理」条例)は、脱稿時点で制定に至っていない。制定が困難な背景には、経営者、政府、学界の主流派などによる組織的な介入がある。だが労働者側の主張はまったく聞こえてこない。本稿の目的は華南地区の団体交渉に関する立法過程の簡単な紹介と分析をつうじて、労働者の権利の所在を明らかにすることにある。
抵抗の高まりへの官僚的対処
一九八二年憲法で「ストライキの自由」条項が削除された後、スト権に関する明文規定は長年にわたって欠如していた。とはいえ、労働者が深刻な権利侵害に遭遇した場合は、団結して労働を拒否し、資本家に譲歩を迫った。外国では、ストライキに関する法律が完備されており、手続きも厳格で、その条件も制限されており、人数、場所、方法なども規範化されている。翻って、現在の中国では、自由に、いつでも、どこでも、どのような方法でも(労働拒否、職場内集会、陳情デモ、街頭を歩くなど)ストライキがひき起こされる可能性がある。中国労働者の集団的な闘争は珍しくはなくなっているが、分散し、組織的ではなく、持続しないという特徴がある。国際的には、このような自発的な抵抗を「山猫スト」と呼んでいる。
中国における労働者の集団的闘争が増大するにつれ、労働者は経験を蓄積し、組織化の必要性についても意識しつつある。二〇一〇年の春から夏にかけて一連のストライキの嵐が発生し、注目を集めた。五月中旬から六月はじめに発生したホンダのストライキでは「労働組合の再編」という要求までが掲げられた。政府は、労働争議がビジネス秩序を混乱に落としいれ、投資家の意欲を削ぐであろうことを意識したし、それ以上に労働者の行動が資本に長期的な損失をもたらすことを心配した。暴力装置と行政機構の処理能力だけでは、「安定化」をもたらすことは難しく、逆に矛盾がさらに激化することもしばしばあった。労働組合が労使矛盾の調整に取り組めるようにするため、政府中央は労働組合の改革を決意し、労働者の抵抗を強制的に法制化、規範化のレールに結合させた。労使紛争において労働者は「過激な行動」をとってはならず、不満があるなら理路整然と主張せよ、というわけである。それは従来どおりにビジネスを継続したい資本家のためである。
争議行為禁圧と団交容認 具体的にはどうだったのか。二〇一〇年八月、「集団協議」条例(草案)と「民主管理」条例(草案)が前後して公表された。
「集団協議」条例(草案)は、団体交渉の原則、内容、代表の選出、協議の手順について詳細に規定したもので、重点は賃金に関する団体交渉と一括契約の推進である。関連する業務以外に、労働組合について、団体交渉の実施の指導及び支援、労働側の交渉代表に対する研修、一括契約の締結と履行に対する監督など、広範な職責を規定している。
この条例が、団体交渉を通じて闘争を行う労働者の助けになる改良的なものであるとすれば、もうひとつの「民主管理」条例(草案)のほうは、労働者に対する赤裸々な攻撃であると言えるだろう。
「民主管理」条例(草案)では、企業の五分の一以上の従業員が労働組合に対して賃金の団体交渉要求を提出した場合、労働組合は会社に対して団体交渉を要求しなければならないというものである(八月二六日に公表された第三次草案では「五分の一」から「三分の一」に修正されていた)。このほかに、この二つの条例では、労働組合が労働者を代表して交渉に参加すると規定されている。そして交渉中は「過激な行為」を制限する規定がある。政府は労働者の闘争の回路と方法を法律で限定しようとしている。つまり、労働者の権利が侵害されたり、待遇改善を求める場合、労働組合や職場代表大会を通した団体交渉という方法でしか問題を解決することができなくなる。そして団体交渉が行われている期間は、ストライキやサボタージュなどの過激な行為を行ってはならないというのである。
もう少しはっきり言えば、労働者による積極的な集団的行動は許さないということである。これまで労働者が権利を侵害された際に行ってきたストライキ、道路封鎖、工場ゲート封鎖および政府機関前での抗議などの方法は、明確に違法行為とされてしまうのである。これについて広東省総工会副主席の孔祥鴻は次のように述べている。「この規定は、ストライキを禁止するものではなく、まず労働者が理性的で正当な要求を提起したのち、労使双方の利害の衝突を法律のレールに沿って解決しようとするものである」。労働者による「過激な行為」は禁止されるが、経営者の交渉破壊に対しては何ら罰則はない。
労使交渉において、労働者は何をもって資本家から譲歩を勝ち取るのか。「理性的で正当な要求」のみでそれは実現できるのか。労働代表の交渉力の根拠となる職場の労働者たちが、ぶつぶつ文句を言いながらも業務を継続していて、果たして資本家の譲歩を勝ち取ることができるのか。
経営者が譲歩しなければ辞職することで圧力をかければいいという主張もある。しかし他の工場でも賃金は低く、労働条件もそう大差がないのであれば、そこを辞めようが残ろうが同じではないか。資本の本質は利潤の最大化であり、利潤の最大化はコストの抑制を要求する。どのように生産コストを抑制するのか。顧客に高値を吹っかけるのか。原材料価格を低く抑えるのか。用地リース料や設備費を引き下げるのか。それらの可能性はそう高くはないだろう。そのために経営者は他の経営者との駆け引きが必要になるからだ。資本家同士の駆け引きで達成されるコスト削減はそう大きくはない。
では労働コストはどうだろう。一人の労働者に対して経営者は殺生与奪の権力を持っている。雇用するかどうか、どのくらいの給料を支払うか等、経営者は絶対的な支配的地位にある。それだけではない。工場で働く労働者は、生産に携わる期間、すべての時間を資本によって厳格にコントロールされる。
それに対して労働者が持っている武器は何か。そう、われわれは社会的生産全体を掌握しているのであり、一人や二人の労働者が仕事を拒否したり、仕事を辞めたりするだけでは、経営者の利益にとっては微塵も影響はないだろう。だが、すべての労働者が低賃金と保障なき労働を拒否し、生産を停止すれば、経営者は驚き飛び上がって、一時的に労働者に屈服することを余儀なくされるだろう。それゆえ、集団的争議行為の権利は、団体交渉を成功させる前提である。しかるにこの二つの「条例」は、労働者の団交権を規定はしてはいるが、同時に労働者が要求を提起する以前あるいは団交の最中におけるストライキを禁止しているのであり、集団的争議行為の可能性を剥奪するものとなっている。
賃上げペースダウンはなぜか
二〇〇九年は世界金融危機を理由に、最低賃金の引き上げは行われなかった。二〇一〇年四〜五月に、広東省では最低賃金を二割以上引き上げるという宣伝がしきりになされたが、深?市は態度を表明しなかった。国内経済の回復によって工場の利潤は増加し、賃上げの余裕も出てきた。二年間も賃金が据え置かれた労働者たちは、経営者のふところがどんどん膨らんでいくのを目にして、賃上げに対する期待も膨らんでいった。労働者の多くが一カ月の最低賃金が一二〇〇元〜一五〇〇元に引き上げられることを望んでいた。深?市の水準なら一四四八元〜一九六三元の間が妥当であると提起した深?市人民代表〔日本の市議会議員に相当〕もいた。中国各地では五月一日に最低賃金引き上げが行われたが、深?市は六月一〇日になってやっと一カ月の最低賃金を一一〇〇元に引き上げるという発表がなされた。実施はさらに遅れて七月一日からだという。この水準は人々の予想を大幅に下回る不合理な水準であった。深?市の最低賃金は長年にわたって全国のトップを走ってきた。しかし今回の改訂によって、上海にトップを奪われ、広州、杭州、寧波などと同水準になった。
なぜ深?市の賃金改定のテンポがダウンしたのか。白昼夢を見ていた労働者に冷や水を浴びせるためだろうか。恐らくそんな単純な話ではないだろう。国家の考えは一経営者の思惑以上に深いものである。低い賃金水準にはいくつかの理由がある。
一つ目の理由は、危機から脱出したばかりの経営者は先を争って受注を奪い合っているが、かれらは労働コストの更なる圧縮を願っており、労働者の待遇改善を急いではいないからである。
二つ目の理由は、充分な賃上げ幅を今後のために保留しておくことで、団体交渉を握る総工会の活躍の場を確保し、総工会に対する大衆的支持の確立を容易にしようとしたためである。総工会が交渉によって「大幅な譲歩を勝ち取る」ことで、労働者は満足するだろう、ということだ。
三つ目の理由は、中央政府が産業の内陸部への移転を既定路線とするなかで、(深?など)沿海地区の賃金水準を高く引き上げることで内陸部移転に影響が出ることを避けるためである。
現場労働者の発言権封じ込め
近年、学界の主流派と「公僕」たちによる改良主義的旋律がけたたましい。それは、すっかり失ってしまった良心を突如発見したということではなく、労働者の闘争の組織化を恐れているからである。不安定要素を前もって抑えようとしているのである。資本主義による搾取は、常に赤裸々で無慈悲なものばかりというわけではない。階級社会がある程度発展し、プロレタリアートの抵抗と富の蓄積がある程度の水準に達すると、上流階層はペテン術策に着手しだす。系統的なペテン術策は国家の上流階層の支配テクニックの成熟度を表す。従来のように単純な暴力的弾圧にだけ頼るのではなく、「調和」的なコントロールの枠組みにすべての抵抗を押し込めようと画策する。
国家と資本家は労働者が団結して天下の大乱をひき起こすことを恐れてはいないのだろうか。そのような可能性はとっくに想定内なのである。工場労働者をはじめとする民衆は、現在までずっとアトム化させられてきた。労働者は自主的組織を持つことができず、充分な自衛闘争の経験を蓄積できておらず、真の団結を実現するには程遠い状態であり、階級的決意はいまだ低く、労使対立の根本矛盾にまで意識が達しておらず、闘争目標を深化させる事は容易ではない。経験不足は緻密なストライキの準備を妨げ、労働者代表制度を中心とする草の根組織は遅々として後景に退いている。これらがストライキの持続を困難にさせている。
それに比べ、国家と資本家は資金も力もメディアも持っている。世界第二位の工業国となった物質的基盤もある。国家の算段は、自発的に選出されたストライキ委員会の代表に代えて、組合専従幹部と団体交渉の専門家を団交の責任者にすることである。労働者にはわずかばかりのアメを与えて安心させようとしている。広東省と深?の二つの条例案の度重なる修正の重点は、組織化された労働者が団体交渉に臨むことを阻止することにある。総工会などは「上部が下部を代行する」交渉モデルを再三にわたって強調してきた。多くの「専門家」に周囲を固められた場合、現場の労働者の意向を代表する労働者代表であっても、交渉の場では脇役になることは避けられない。上部階層の人々は労働者が直接闘争に立ち上がるのではなく、依存・待機・自慰に慣れ親しむことを願っている。
いかに最大限利用するか
中国の労働者のアトム化状態がゆえに、団体交渉は労働者による最低限の公開討論と意見表明、そして経営者あるいはその代理人と同じテーブルについて交渉を行うことを可能にする。
労働者はいかにして団体交渉を最大限利用することができるのか。団体交渉だけを切り離して考えたり条文の一字一句の修正だけに拘泥し、労働者の闘争の根幹、つまり生産活動に対するコントロールを忘れてはならない。条例案はストライキに対してその門を閉ざしつつあるが、労働者は「就業時間中に会合を行う権利」のチャンスを利用して、生産活動の停止という目的を達成することもできる。つまり、資本家に手痛い打撃を与えることが、労使交渉に対する最良の保障なのである。
「就業時間中に会合を行う権利」の拡大を通じて事実上のストライキをかちとるということだけでなく、資本に対しては他の手段でも圧力をかけることができる。団体交渉中に行われる労働者同士の討論や交渉代表の選挙は、労働者間の一定の世論形成を可能にする。団体交渉の中身を労働者にすばやく伝える方法を研究し、資本側の挙動や労組側の対応、国家権力の動きなどを労働者に明確に理解させることは、労働者の権利意識の向上を手助けし、団体交渉のなかでペテン術策を弄する資本側への警告にもなるだろう。
(台湾「苦労網」から訳出。脚注などは省略した)
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