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    かけはし2011.5.23号

天皇一家の「お見舞」はいらない

4・29反「昭和の日」行動

戦争と植民地主義の象徴を
全面肯定する「記念日」反対


震災・原発事故
と「昭和の日」
 四月二九日、4・29反「昭和の日」行動がアジア連帯講座、国連・憲法問題研究会、立川自衛隊監視テント村、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、靖国・天皇制問題情報センター、連帯社、労働運動活動者評議会の呼びかけで行われ、一二〇人が参加した。行動は、「サンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印から60年植民地主義の歴史と現在を問う4・28、4・29連続行動」として取り組まれた。
 前段の集会は、当初、大久保地域センターで開催する予定だったが、会場がこの間の地震の影響で破損し使えなくなったので、急遽、センター付近の小泉八雲記念公園で行った。
 集会は、実行委の開催挨拶から始まり、「大地震、大津波、原発事故という最悪の事態のなかで五回目の『昭和の日』を迎えた。 昭和天皇ヒロヒトは、自らの名で植民地拡大の戦争を遂行し、敗戦後、天皇と天皇制を守るために沖縄を米軍に売り渡した。それは一九五二年四月二八日のサンフランシスコ講和条約で固定化された。継続する植民地主義と領土ナショナリズム、解決されない日米安保・米軍基地の問題。『昭和の日』とは、そういった近代日本の歴史と戦後体制の間違い、その結果の現在の矛盾を、天皇制ともども、まるごと肯定しようという記念日に抗議していこう」とアピール。
 彦坂諦さん(作家)は、「この間、天皇が避難所、被災地を慰問した。被災者は、菅首相が来た時は怒りをもって詰め寄ったが、天皇に対しては怒りを表さず『感動』していた。このシーンを見て私は、東京大空襲直後、天皇が車で被災地をまわった時、人々が土下座してひれ伏し、『もうしわけありません。私たちがいたらなかった』と『お詫び』をしているシーンを思い出した。つまり、私たちが個であることを忘れさせてしまうシンボルが天皇なんだ。こういう存在を象徴として置いておくことが日本の諸問題のすべての原因だ。私たちは自分自身で考え、行動ができるようになるためには、このような天皇制という障害物をなくさなければならない」と強調した。
 さらに、「共和制という制度は、例えば、米国でブッシュを生み出してしまう制度だ。しかし、それは選んだ人間の責任がはっきりしている。だから自分たちで変えなければならない。こういう思想が共和制だ。これに対して君主制、日本の天皇制は、権力側にとって一番都合がいい装置だ。ここに切り込まないかぎり私たちは解放されない」と訴えた。
 連帯発言が差別排外主義に反対する連絡会、反安保実、山谷労働者福祉会館活動委、フリーター全般労働組合、福島原発事故緊急会議、靖国・天皇制問題情報センター、共通番号制・コンピューター監視法を考える集会、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、労働運動活動者評議会、女性と天皇制研究会、ヘイトスピーチに反対する会から行われた。
 集会後、デモに移り新宿の沿道の人々に「『昭和の日』反対!」「反天皇制、安保・基地・戦争反対!」を呼びかけた。デモ終了後、集会宣言(別掲)が読み上げられ、参加者全体で確認した。       (Y)

反「昭和の日」集会宣言


 3月11日の東日本大震災の発生、そしてそれに続く東京 電力福島第一原発の事故は、経済成長優先の戦後日本社会の歪みを、 はっきりと浮かび上がらせた。
 天皇アキヒトは、3月16日に「皆がいたわりあって、こ の不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」というビデオ メッセージを出した。さらに天皇夫妻は3月30日の東京武 道館での「被災者慰問」を皮切りに、埼玉県や千葉県、茨城県の避難所 や被災地を訪問した。そして連休の時期には、東北3県の被災地 を歴訪することも計画されている。また、皇太子夫妻や秋篠宮夫妻も、 それぞれ避難所を訪問して回った。
 こうした天皇らの動きを、マスコミは、被災者に想いを寄せ、慰め、 祈り、元気づけるために奔走する「陛下の慈愛」として美しく描き出し ている。しかし私たちは、こうした動きは、被災した人びとを利用する ことで、常に「人びとに寄添うお優しい天皇」というイメージを演出し ていく天皇一族のパフォーマンスであると断じざるを得ない。これまで も天皇夫妻は、さまざまな災害の被災地や、戦争で多くの人命が失われ た地に赴き、そのような立ち振る舞いを続けてきた。
 被災者に対する慰問それ自体は、一概に否定できないのではないかという声も聞こえる。しかし、天皇が動くことで、それを受け入れる側の自治体は、大きな負担を強いられる。天皇警備も厳重だ。皇太子夫妻が都内の避難所を訪問した際、沿道から「来るな、帰れ」と叫んだ青年は、公務執行妨害罪で逮捕され、3日にわたって警察に拘束され た。天皇に対する批判的な声は、メディアには決して登場しない。天皇制は人びとを序列化し、排除と包摂によって選別するシステムであり続 けている。
 そればかりではない。天皇とは、憲法で規定された国家の一機構である。にもかかわらず、現実の政治とは無関係に存在しているというタテ マエに立つことによって、あらゆる政治責任から免れていく。したがって、政権は批判されても、天皇は批判されることがない。深い悲しみや喪失感に襲われているだろう人びとに対して、天皇は、「日本はあなたを忘れてはいない」というメッセージをそこで発するのである。それはまさしく、人びとの内面に、天皇をつうじた国家の政治が浸透するということなのだ。天皇が象徴する漠然としたニッポンという共同性の中に、人びとが包摂されていく。それは、「日の丸」をアイコンにした「がんばろう日本!」という「復興ナショナリズム」と歩調を合わせるものであり、当然あるべき責任者への追及や怒りの声を融和し、これまでとは違ったかたちでの生活と社会の再建を図っていこうとする試みをも、国家主導の方向に再び回収していく役割を果たすだろう。
 こうした天皇の動きに、私たちは昭和天皇ヒロヒトの「玉音放送」から「戦後巡幸」という一連の行動を重ね合わせないではいられない。それは戦後、象徴天皇制として天皇制を「国民」のなかに再確立していくための儀式でもあった。戦後天皇制の変容は、日本の敗戦帝国主義としての再編と軌を一にしている。アジアへの植民地支配と侵略戦争を通じてかたちづくられた大日本帝国は、冷戦=サンフランシスコ条約体制の確立をとおして、日米安保体制を柱とする、アメリカの支配体制に内属する戦後国家へと変容したのだ。そして、「沖縄メッセージ」に端的に表われているように、この戦後国家の確立に際して、天皇は重要な政治的役割を果たした。
 それは、現在も続いている。天皇が千葉の被災地を訪問した直後の 4月17日、来日したクリントン国務長官は、皇居で天皇夫妻と 「懇談」した。皇后ミチコは、クリントンと手をつないでみせた。「思 いやり予算」を見直し、それを被災者に回せといったあたりまえの議論 は、「トモダチ作戦」の賛美のなかで消し去られ、今後5年間に毎年一八八〇億円が支払われることが決まったが、天皇夫妻のこの行動は、このような「日米同盟」を追認する儀礼行為であり、その親密さを演出したものにほかならない。
 「危機」の時代に登場し、主体的にふるまう天皇の姿。それは徹頭徹尾、時どきの支配秩序に適合的なかたちで、「日本国家」を再建していくための行動にほかならない。継続する植民地主義と領土ナショナリズム、排外主義と日米安保・「沖縄問題」など、この間私たちも追及してきた運動課題とともに、今現在進みつつある新たな天皇制攻撃に対しても注目し、ともに批判の運動を強めていこう。

投書
リビア情勢を考える
SM

 「かけはし」二〇一一年四月四日号、四月二五日号に載ったジルベール・アシュカルさん(国際政治学者)の文章を読んだ。ジルベール・アシュカルさんは、「かけはし」二〇一一年四月二五日号に載った「インターナショナル・ビューポイント」二〇一一年三月号の翻訳で、私の理解が正しければ、以下のような意味のことを述べている。
 〈ナチズムは、非暴力的方法で打ち負かすことが出来ただろうか〉。〈ルワンダにおけるジェノサイドを阻止するためには、国際的介入がなされるべきだった〉。〈カダフィ後のリビアがどうなるかは明瞭ではないが、それはカダフィ政権下のリビアよりも悪くなるはずがない〉。〈他のもっともらしい解決策がないのであれば、左翼の側の誰にとっても飛行禁止区域に反対するのは、言い方を変えれば決起勢力による飛行禁止区域の要求に反対するのは、道義的・政治的誤りだ〉。〈自国が介入することに反対している米国のエスタブリッシュメントのメンバーは、次にはガザであろうと、レバノンであろうと近隣諸国へのイスラエル軍の爆撃に対して民衆が飛行禁止区域を要求するだろうと、正しくも警告を発している。私は、明確にそれを要求するだろう。私たちは、飛行禁止区域を要求するべきだ。ニューヨークの国連本部に向けてピケットが組織されるべきだ〉。
 ジルベール・アシュカルさんの文章には、私には難しくて良く分からない部分もある。だが、ジルベール・アシュカルさんが、リビアの反カダフィ派に対する国際社会の軍事支援を求めているなら、私はそれを支持する。ナチズムは、国際社会とその軍事力の力を借りて、打倒された。ベトナム人民は、国際世論とソ連の軍事力の力も借りて、勝利した。私は、憲法改悪には反対だ。自衛隊は、災害救助隊に作りかえられるべきだ。日米安保は、いらない。米軍に対する思いやり予算は、被災者支援にまわすべきだ。内ゲバ主義にも、私は反対だ。私は、非暴力主義を支持する。だが、リビアの人民に対する虐殺を阻止するための(カダフィ政権の打倒を支援するための)国際社会の軍事力の行使には、賛成する。
(二〇一一年五月一日)


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