もどる

    かけはし2011.5.23号

脱原発を掲げ各地でメーデー

労働者の団結で生活と権利を守ろう

日比谷メーデーに一万二〇〇〇人
全原発を停止させよう!差別をなくし雇用確保を

 五月一日、第82回日比谷メーデー。会場の日比谷野外音楽堂の正面ステージには、「働く者の団結で生活と権利、平和と民主主義を守ろう」のメインスローガン、そして「東日本大震災の被災者の救援・復興にともに連帯し全力を上げよう!」、「すべての原発を即時停止し廃炉へ、原発依存のエネルギー政策の転換を!」のサブスローガンを大書した大きな垂れ幕が高々と掲げられた。会場内にも脱原発を強烈に訴える大横断幕。集会途中に呼びかけられた東日本大震災被災者救援カンパは五五万円を超え、全国一般全国協の隊列は、集会後の銀座デモの後にも直ちに東電本社に対する抗議行動を展開した。次々に続く発言、そしてそれに応える会場、それらも貫いて、音楽堂の内外に一万二〇〇〇人が結集したこの日の行動は、まさにステージのスローガンと一体化していた。

沖縄から米軍
基地なくそう
 集会は田宮高紀民間労組懇代表の開会宣言と三月一一日の大地震の犠牲者に対する会場全体の黙祷で幕を開け、石上浩一国労東京地本委員長の主催者あいさつ、武藤弘道都労連委員長の連帯あいさつと続いた。いずれも、震災被災者への連帯を呼びかけると共に、原発事故を厳しく糾弾、この事故を含め、この間支配者が進めてきた人を切り捨て格差を拡大する政策が震災の犠牲をことさらに深刻にしていることを指摘し、労働者の団結でそれらの政策を覆そうと力説した。合わせて、沖縄の米軍基地固定化策動を許さず、日米の軍事的一体化を強化する動きに反撃する闘いが訴えられた。
 政党からは社民党の福島みずほ党首が来賓であいさつした。大阪の中之島メーデー、代々木公園の中央メーデー、韓国の民主労総からはメッセージが届き披露された。
 次いで昨年に引き続き多民族・多文化メーデー合唱団が登場、一層洗練を増した演奏と歌声で「power to the people」を力強く会場に届け、会場共々の大合唱を作り上げた。さらにブラジルサンバ隊も加わり会場を圧する強烈なリズムに乗せてサンバのエネルギッシュな踊りを披露、会場全体の喝采を浴びた。
 会場が一段と盛り上がる中、ホットな闘いを代表する四人が決意表明・訴えに登壇した。

被災地労働者の
訴えに熱い連帯
 最初は東京東部労組メトロコマース支部委員長の後呂良子さん。後呂さんは、一年契約の有期契約労働者の組合として労働条件の改善に一定の成果を上げた闘いを紹介、労働組合として団結して闘うことの重要性を強く訴えた。
 二人目は全統一労組のルスラット・アリさん。アリさんは、原発事故についての不透明さを厳しく問いただし、オープンな社会をつくるために闘わなければならないと力説した。
 三人目は大震災被災地からの訴えとして、東北全労協議長の大内忠雄電通労組委員長。大内さんは、会場の強い注目の中、支援に対するお礼を述べると共に、今回の震災が新自由主義の矛盾をすべて赤裸々にしたと力説、それを跳ね返し弱者を取り残さない復興のために闘う必要があり、今回のスローガンの実践こそがその道だと強調した。そして長い闘いを共に担おうと呼びかけ、会場から熱い拍手を受けた。
 最後の訴えは、多くの原告団と共に登壇したJAL不当解雇撤回裁判原告団の山口宏弥団長。山口さんは、JALが強行した整理解雇の不当性を、特に、航空の安全性や非正規雇用の規制を追求してきた労働組合に対する破壊攻撃として強調しつつ厳しく指弾した。そしてJAL再建が安全第一を批判する観点から強行されようとしていることに危機感が表明され、解雇撤回の闘いを安全と公共性を確保する再建につなげる決意が表明された。
 集会は最後に、これらの訴えを全体で確認するものとしてメーデーアピールを満場の拍手で確認、金澤壽全労協議長の音頭による団結ガンバロー三唱で銀座デモに移った。
 なお一言触れれば、ステージ正面に掲げられたメーデースローガンに脱原発が明記されたメーデーは、東京における主要なメーデーの中では、この日の日比谷メーデーだけだった。       (神谷)

 

大阪中之島メーデー

反貧困・反基地・反差別
競争ではなく共生社会を

 【大阪】中之島メーデー実行委員会による第八二回中之島メーデーが、大阪中之島公園剣先ひろばで開催された。五月一日大阪の天気は雨の予報だったが、メーデー集会が始まる前から天気は回復した。一時雨がぱらつく程度で、原発事故を反映してか参加者も例年になく多かった。

権利侵害に反撃
する共同戦線を
 中之島メーデーは、@命が大事!放射能を垂れ流す危険な原発を廃棄しよう!A反貧困!誰もが人間らしく生活できる社会を実現しよう!B均等待遇実現!派遣法撤廃、細切れ雇用をなくし、安定雇用を勝ち取ろう!C憲法改悪を阻止し、9条を世界に広めよう!D労働組合・市民団体に対する権力弾圧を粉砕し、闘う仲間の団結を強固にしよう! をメインスローガンに開催された。
 第八二回日比谷メーデー実行委員会、第二一回京都地域メーデー実行委員会、第八二回ヒロシマ闘うメーデー実行委員会、服部良一衆議院議員(社民党)、つじ恵衆議院議員(民主党)から連帯メッセージが届いた。
 集会は大阪全労協の上田さん(国労)、大椿さん(教育合同)の司会で進行し、主催者を代表して垣沼さん(全日建連帯労組近畿地本委員長)が開会のあいさつをし、「参議院選挙での民主党大敗により国会がねじれ国会になり、派遣法改正案をはじめほとんどの法案がとおらない。現場では非正規雇用が増え、彼らはいつ首を切られるかわからない状況の下で働いている。また大阪府議会では大阪維新の会が議会の過半数をにぎる、大阪市議会では第一党になるという事態が生まれた。この背景には既成政党に対する批判や不安があり、何か新しいものを国民が求めているように思う。ところが橋下知事は朝鮮学校に対しする援助を止めたり弱い者には徹底して差別をする一方で金持ち優遇政策をとっている。知事の大阪都構想が何をめざすのか、府民にわかるまでには時間がかかるだろうが、これから労働者への権利侵害も増えていくだろう。しっかりとした闘いを構築していくことが必要だ」と訴えた。
 そして、東日本大震災にふれ「東日本大震災の中で多くの労働者が解雇され、大阪でも解雇が増えている。労働相談できちんと対応していきたい。また陸の国鉄に対して空の日航といわれたJALの大量解雇は、国家的不当労働行為だ。指名解雇された労働者の闘いを全面的に支援していきたい」と述べた。

チッソと原発
本質は同じだ
 大川一夫弁護士(大阪労働者弁護団幹事)が連帯のあいさつをした。
 「東日本大震災で水俣のことを思った。水俣の事件が起きて二八年だが私は今も関わっている。水俣病は国策による被害だ。高度成長期の日本は国策として重化学工業政策を推進し、その中で企業による有害物質の垂れ流しを見逃してきた。これが事件の本質だ。この構造が今も全く変わっていない。今の原発事故を見てそう思った。事故が起きても御用学者がもっともらしい理由を挙げて原因隠しをする。国策を報道するマスコミの姿勢も全く変わっていない。水俣病が世間に知られたとき、チッソの第一組合は自分たちがとってきた態度を自己批判し、患者とともに闘うことを表明した。間違いは間違いと正直に言う、これは闘う労働組合の原点だ。東電労組は何をしているのか、といいたい。皆さんの少数組合運動は正しい。残念ながら少数派労働運動は困難も抱えている。でも今はインターネットの時代だ。どんどん自分たちの思想を広げることができる。今日の新聞に原発推進派と反対派の意見を平等に載せていた。今まで原発推進の記事しか載せていなかったし、反原発運動が全国で行われていてもマスコミは無視をしている。これで本当に平等と言えるのか。でも、公害反対運動が広がるとマスコミも反公害の側に立たざるを得なくなったように、圧倒的に反原発派が多数になれば無視はできない。労働者弁護団はこれからも皆さんとともに闘っていく」。
 このあと、服部衆議院議員の連帯アピールの紹介、自治体議員からの自己紹介と連帯のあいさつが続いた。
 
JAL不当解雇
撤回裁判支援を
 特別報告ではまず、JAL不当解雇撤回裁判原告団の西岡さんよりJAL争議についてのアピールがあった。JALは昨年一二月三一日、経営上全く根拠がないにもかかわらず一六五人(運行乗務員八一人、客室乗務員八四人)の指名解雇を強行した。これに対して国民支援共闘会議が組織されており、今年一月一九日一四六人が解雇撤回を求めて東京地裁に提訴した。西岡さんはこの争議に対する支援を訴えた。
 続いて、鶴丸さん(大阪教育合同:岩手県遠野市を経由し大槌町で被害者の支援活動)、佐々木さん(ホームレス支援全国ネット:仙台を拠点に物資配達の支援活動)、六人の犠牲者を出した全港湾(近畿地本からの義援金一〇〇〇万円と対策本部、大阪支部で組合員一人五〇〇〇円のカンパを呼びかけている)、関生支部(岩手県でボランティア活動、今年度の賃上げ一年間分と全組合員残業二時間分を義援金としてもっとも困難な地域に渡す、今後人材派遣・ミキサー車など派遣)、山崎さん(大阪電通合同:二次の支援物資を運ぶ活動)からの報告があった。
 次に、趙博さんとハルマ・ゲンさんによるライブの演奏。趙博さんは昨日韓国から帰ったそうだが、韓国の空港では放射能検査をされた。大阪からのゴルフツアー客が、大阪は被害がないのにと放射能チェックに対して不満をもらしていたそうだが、原発事故で狭い日本は全体が汚染されていると外国では見なされるのだという。
 そのあと、恒例の争議組合から争議報告があり、関西合同労組・管理職ユニオン・全日建連帯労組(石原産業分会・関生支部七件)・大阪教育合同(千里金襴短大、大阪産業大)全港湾大阪支部(ヨドバシカメラ配送部門:多摩流通、クボタ)・ゼネラルユニオンからそれぞれアピールがあった。ユニークだったのは、高野山の寺の住職がお寺で働いている人をみんな解雇したので解雇撤回を闘っている、という管理職ユニオンの報告だった。
 そして大野さん(全港湾大阪支部)の閉会のあいさつで集会を終えた。集会後は御堂筋、国道二号線を通り西梅田公園まで、組合旗のほかに中之島メーデーと書いた色とりどりの幟をなびかせ、シュプレヒコールをしながらデモ行進を行った。      (T・T)

野宿者・失業者・持たざる者のメーデー
排除に抗し生存権・居住権・
労働権をたたかいとるぞ!

 五月三日、野宿者・失業者・持たざる者のメーデーが行われた。
 会場の渋谷・神宮通り公園では一時半からの集会に先立ち、一時より共同炊事が行われた。
 集会では渋谷・のじれんの仲間が司会にたち、「東北大震災により被災したすべての人々や、労働者民衆にとって非常に困難な時代、危機の時代が来たが、そのような中で断固としてメーデーを闘っていこう」と訴えた。
 まず初めに山谷争議団の仲間より、東日本大震災、福島原発事故という中で「生存権・居住権・労働権のために声を上げていこう!」というメーデー宣言が提起された。

野宿者は避難所
にも入れない
 続いて各地の仲間からの発言。最初は三多摩から三多摩自由労組、府中派遣村、三多摩野宿者人権ネットワーク、夜回り三鷹がそれぞれの取り組みを報告。府中派遣村や、三多摩野宿者人権ネットの仲間は被災地への支援を行っていることを報告。罹災証明や住民票がないと被災者と認められず、野宿の仲間は避難所に入れないなど分断されていると発言。
 夜回り三鷹は行政の施設で食事作りを行っているが「無計画停電」の影響で、停電のないときでも施設の利用が制限され、食事作りができなくなったと糾弾した。
 次に山谷など東部圏の仲間が発言。江東区・竪川河川敷公園のテントの仲間たちは公園をスポーツ施設を中心としたものへと改造する工事のための追い出し攻撃との闘いを報告。
 また、墨田区が昨年一〇月よりアルミ缶や古紙の持ち去り禁止条例に二〇万円の罰金を科すなどの改悪を行い、他区でも追随する動きがある中でアルミ缶組合が立ち上げられたことが報告された。

宮下公園ナイキ
化抗議に弾圧
 次に渋谷、新宿など西部圏の仲間。四月三〇日に宮下公園が、ナイキ公園としてリニューアルオープンした。当日は抗議行動の中で二人が不当逮捕されている。反対運動の広がりの中で、ナイキ公園と名乗ることができず、宮下公園となっているが、正式名称は宮下ナイキパークである。現在は夜六時半には施錠され、閉鎖される。節電のためという名目だが、野宿者の閉め出しが目的ではないかと見られている。
 昨年九月、工事強行の際に早朝公園から暴力的に排除された仲間が発言。
 宮下公園のすぐ近くにある美竹公園はのじれんの炊きだし拠点であり、公園に隣接した児童館の軒下は多くの仲間が昔から荷物を置いたり、夜間に寝たりしていたところであるが、四月下旬に突然ロープが張られ、排除の動きが始まった。抗議行動に参加した仲間が発言した。「抗議して、謝らせ、今はもと通り寝られるようになっています」。

二二〇人で渋谷
一周のデモ貫徹
 ここでいったん集会を中断し、デモに出発。この頃には参加者は二二〇人ほどになっている。ガードを潜り、東京電力電力館の前で原発反対のシュプレヒコールをあげ、渋谷区役所前を通り、渋谷駅前、宮下公園の前を通り神宮通公園に戻る渋谷一周のコース。
 デモの後は集会を再開。自由と生存のメーデー実、東日本災害被害者支援山谷圏ネットワーク、いわき自由労組メーデーアピール(代読)、たんぽぽ舎、差別排外主義に反対する連絡会、みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会が発言。全体でシュプレヒコールをあげ解散した。(板)

自由と生存のメーデー2011
下請被曝労働者を切り捨てるな
新宿でにぎやかにサウンドデモ

 五月三日、「3・11 逃げる・つながる・追いつめる」を掲げて、自由と生存のメーデー2011」が開催された。主催はフリーター全般労組を中心にした同メーデー実行委員会。今年の「自由と生存のメーデー」は三・一一の東日本大震災が、差別・抑圧・貧困を加速させてきた社会構造を際立たせ、とりわけ切り捨てられた「弱者」を直撃したものであること、また福島原発震災の中で最も危険な被曝労働を強制されている下請・非正規の底辺労働者の存在に焦点があてられるべきことを、改めて訴えるものとなった。
 午後の集会では、早くから下請被曝労働者の問題を世に問うてきた写真家の樋口健二さんの「原子力産業と労働者――『フクシマ50』の真実」と題した講演をメインにした集会が行われた。そして午後六時半からは降りしきる雨の中、新宿中央公園をスタートし、新宿の繁華街を縦横に練り歩くサウンドデモ。
 デモ出発前の集会では、震災を理由に賃金カット、雇い止め解雇となった派遣労働者、反貧困の「インディーズ系」メーデーをともに全国で闘っている愛知や仙台の仲間、韓国の非正規労働者運動を担う労働者からの発言、野宿者メーデー実行委員会、渋谷・宮下公園のナイキ化・野宿者叩きだしに反対する仲間からの反弾圧アピール、女性と貧困ネットワーク、さらに震災被災者支援・反原発の運動から、震災ホットライン、eシフト、福島原発緊急会議、高円寺一万五〇〇〇人デモをかちとった若者たち、東電前アクションなどからの報告が行われた。
 アピール効果抜群のサウンドデモは警察の不当規制をはねのけ、元気ににぎやかにのびのびと二時間以上にわたってくりひろげられた。デモへの参加者は四〇〇人に達した。 (K)


もどる

Back