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    かけはし2011.5.2号

住民票を奪い投票を阻止

4・5釜ヶ崎大弾圧に抗議する

公務執行妨害容疑で7人逮捕、14カ所を家宅捜査



 【大阪】大阪府警は、四月五日釜ヶ崎医療連のSさんや行動する会働き人Mさんら六人を、大阪府・市議選投票日の四月一〇日に萩ノ茶屋投票所で逮捕し、さらに一人を不当逮捕した。この弾圧に対する緊急の抗議集会が四月一六日、釜ヶ崎の西成市民館講堂で開かれ、会場には一〇〇人をはるかに超す市民が参加した。
Mさんの弁護を担当する遠藤弁護士から事件の概略について報告があった。その後逮捕された七人の各所属団体の仲間から七人についての紹介があった。服部良一衆院議員、全日建連帯労組関生支部の西山さんらから連帯のあいさつがあった。

突然強制削除
された住民票
 報告等によると、大阪府警は二〇一〇年七月一一日の参議院選挙の際に、西成区萩ノ茶屋投票所においてSさんやMさんたちが住民票を奪われた労働者に「投票に行こう」と呼びかけたことが「公務執行妨害」だとしている。逮捕はそれから九カ月近くもたってから行われているのである。昨年七月一一日の事態の責任は大阪市にある。安定した住所がなく、釜ヶ崎解放会館などにあった二〇〇〇人を超す人の住民票を強制削除したのは大阪市だ。
 Mさんの勾留理由開示公判における意見陳述書によると、二〇〇六年福岡県警の警官が浮気をし新しい人生を歩もうとして、釜ヶ崎解放会館に置かれていた住民票を買ったという出来事があり、これをマスコミが大々的に報道したことを契機に、〇七年三月大阪市・西成区は釜ヶ崎解放会館、ふるさとの家、NPO釜ヶ崎に置かれていた釜ヶ崎労働者の住民票二〇八八人分と簡易宿泊所に置かれていた住民票を強制的に削除した。
住民票がない
とどうなるか
 住民票がないと本人確認の手段がなくなり、健康保険、運転免許、年金受け取り、携帯電話購入、日雇い雇用保険加入ができなくなり、建設現場への新規入場も断られる。釜ヶ崎解放会館を主催している稲垣さんの話によると、以前は「住所を解放会館に置かせてもらいなさい」と行政の方が斡旋していたとのことで、解放会館に寝泊まりできる人数の規模を知った上で、多いときは一万人もの労働者が住民票を置いていたという。
 住民票削除反対の闘いの中で、一人の労働者が起こした差し止め裁判があり、大阪市が住民票を削除した日から投票日までの住所が証明され、四カ月以上萩ノ茶屋投票所区内に住んでいることがわかれば、住民票を復活して投票できることを大阪市は約束した。大阪市・西成区の選管との交渉を記録したビデオが四月一六日に上映されたが、それを見ると、住民票のないものには選挙権がないという行政の説明に対し、選挙権は憲法で保障されている、住民票の有無と選挙権とは別の問題だ、と運動側から指摘があり、行政が発言を訂正する一幕もあった。
 大阪市選管の約束を二〇〇九年の衆議院選挙のときに西成区の選管にたずねたところ、この約束は今後も有効であるとのことであった。しかし、この約束は釜ヶ崎の労働者には周知されることはなかった。裁判所は、住民票をとるのは自立支援センターや生活保護の適用でできると言っているそうだが、釜ヶ崎では生活保護をとらなくていい人、日雇い労働をしている人、何らかの事情で生活保護が取れない人が現在でも二〇〇〇人以上もいて、これらの人は住民票を持っていない。彼らが定額給付金支給からはずされたことでそれが判明した。

投票可能性の周知徹底は行政の義務
 逮捕状には「大勢をたのみ、喧騒を起こして投票所の静謐を破り、投票所の門を塞いでいた事務官の公務を妨害した」とあるそうだ。門を塞いでいたのは三列にも並んでいた市の職員と横に立ちふさがっていた二〇人以上の制服警官だった。市の職員が門を塞ぎ、警官がその横でチェックしている中で、投票の可能性のある人が一人で来て中に入ることは非常に難しい。SさんやMさんたちは、「住民票が消されていても投票の可能性のある人は中に入りましょう」と呼びかけた。投票所の中の様子をガラス戸越しに確認しようとしたが、役人たちに阻まれ近づけなかったそうだ。わずかだが投票できた人もいたし、中に入ったけれど投票できなかった人もいたようだ。

公務員でないのに「公務執行妨害」?
遠藤弁護士は「選挙管理委員会が民間人に投票管理人を委託し、選挙管理委員会の職員は離れたところで、自主管理していた。SさんやMさんらに応対した人は民間人だった。これは公務執行妨害に当たらない、だから全員釈放になる以外にはない」との考えを明らかにした。本来ならば大阪市・西成区がしなければならないことをSさんやMさんたちがやったということだ。住民票を消された人でも投票の可能性があることを行政が周知させていたら何事もなかったのだ。
 仲間からの報告によると、大阪府警は二〇一〇年参議院選挙のときのことをその後数カ月近くも検討し、SさんやMさんらがいくつかの市民団体と投票所の「秩序破壊を共謀した」ことにし、事件をでっち上げようとしていると考えられる。家宅捜索では、パソコンなどが押収されたそうだ。
 仲間の報告では、Mさんはガンで二〇一〇年九月入院した。府警の刑事が来て逮捕しようとしたが、治療中を理由に医者に止められたことがあったそうだ。六回の抗癌剤治療が終わり、治療を終え、とりあえず退院することになっていた四月五日、Mさんは逮捕された。医者は本人には知らせずに警察に連絡したということだ。病人の拘留は人権問題である。釈放をめざし連帯して闘っていくことを確認し集会を終えた。
(T・T)

 

声明
福島原発事故、構造化された命の序列を支える天皇制社会を許すな!
反天皇制運動連絡会


 福島原発事故は、原発産業の危険性とそれが構造的にもつ矛盾を、最悪の事態のなかで改めて露わにした。だがこの危険性と矛盾の本質は、事実を明らかにせず「安全・安心・冷静に」を繰り返す報道によって、危機感の上昇とは裏腹に霧散しつつある。そして首都圏では今も原発支持者が半数を占めているという。
 私たちは福島原発の絶望的な状況に対して無防備を強いられている。流布する情報の見極めさえ難しく、信頼できる情報が開示されたところで、自分の身を守ることすらおぼつかない。だが、より深刻なことは、東電あるいは国家機関の中枢にいるほぼすべての者が、この事態に対して同様に無力・無策であろうということだ。そもそも原発事故において、安全で合理的な解決方法などないのだ。
 このような収拾不能な事態の可能性はこれまで幾度も指摘されてきた。それにもかかわらず政府・東電・メディアは「安全でクリーン」を謳い、多くの反対の声を押し切り、国策として原発産業を推し進めてきたのだ。制御不能なものを作りだし、これだけの大惨事を起こした政府、東電、メディアの責任は限りなく大きい。
 いま、危険極まりない現地で命を削りながら作業に従事する人びとがいる。だが、この命を削る労働は事故時に限らず必要とされてきた。原発とは、死に向かう者の存在なくしては動かない、いわば見捨てられる命が想定内のおぞましいシステムなのだ。
 原発現場の日常に伴うその危険度は、この事故という非日常のなかで究極に達している。外部から現地に入る自衛官や警察官、消防隊員は英雄視され、可視化された死に向かう人びとへの感謝と賛美にはかつての特攻隊と靖国神社が彷彿され、言葉を失う。一方で、日常の延長にあったこの事故現場で、文字通り死と直面した命、見捨てられようとする命は、放射性物質の危険性と同様に隠され続けている。
 三月一六日、天皇は「東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば」をビデオ発表した。原発事故現場や救援活動に従事する人々に感謝し、労をねぎらい、「この不幸な時期を乗り越えること」を願う。誰も天皇のためにやっているわけではない。また、一瞬にして生きる糧すべてを失った人びとに天皇のメッセージなど何の糧にもならない。だが天皇はこのようなときにこそ出てくる。超然と、傲慢に、すべてを代表して語るべき存在として。そして慈愛を装いながら、命を懸け、堪え忍ぶことを説く。
 想定内の見捨てられる命は、天皇を頂点とする社会には不可欠な存在として構造的に組み込まれている。天皇一族とそこに近い存在はすべての危機から遠く、天皇制ヒエラルキーの底辺にいくほどこの社会からは見捨てられる。地震・津波の被災者も、放射性物質に怯えるわれわれも、その「被害」に応じて序列化され、分断され、それぞれに見捨てられることを忘れてはならない。福島原発事故はそのような差別分断社会の上に成立する原発産業の矛盾を露わにした。だが、天皇は安全な場所から発する傲慢な「慈愛」と「感謝」「激励」で、そういった構造をあいまいにし、人びとの不安や不満を封じ込めようとする。天皇制こそがこの構造を維持する装置としてあるのだ。そんな天皇も天皇の言葉も許されるはずがない。
 制御不可能な化け物を作りだす政財界の権力者と、そこに豊かさを求める社会。見捨てられる命を食い物とする化け物に頼りきった社会。原発の迷路のなかで死と向き合いながら働くものと、命令し、あるいは超然と励ましの言葉を垂れるもの。天皇制ヒエラルキーに準じた命の序列。福島原発事故から見えたことはこれらのことだ。その原発産業をこれからも維持したいという政財界と、その思惑通りに動くマスメディアを許してはならない。
 私たちは政府・東電、そしてメディアに対し、抗議と反対の声を、多くの人々とともにあげ、反天皇制の運動のなかから、天皇発言の政治的役割を批判していく。そして、一刻もはやく福島県内と近隣の被災者の安全と生活を確保すること、福島原発で何が起こっているのか、労働者の被曝や被害状況、放射性物質の危険性など、すべての情報を開示すること、人の命を吸い上げ続ける原発を即刻止めていくことを、要求していきたい。ともに!
二〇一一年三月二六日
反天皇制運動連絡会

声明

「御心配」パフォーマンスは、もうやめ
てくれませんか。── 「天皇夫妻」へ
反天皇制運動連絡会


 三月一六日、天皇の「皆がいたわりあって、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」という国民向けのビデオ メッセージなるものが流された。
 三月一八日、宮内庁は定例記者会見で、皇太子一家の避難に関する質問について「答えるに及びません」と答えることで、天皇一 族が「京都御所」などに避難しているという、ネットなどで飛び交っている噂を否定してみせた。これに続いて、計画停電にあわせて「御所」 でも節電にこれつとめているというエピソードを公表した。
 そして三月三〇日には、足立区の東京武道館において、福島原発事故からの被災者たちへの「見舞い」を実行してみせた。
 別に関西(京都御所)だけでなく、いつでも、どこでも、ただちに避難が可能という、超特権的なこの一族は、発生して当然の「噂」におびえ、動き回っているように見える。ゾロゾロと警備を従えて、そうした 行為に批判的な人間は排除して、マスコミにクローズアップさせるために、都合のいいように被災者を選択し、その前に膝をついて、「暖かいお言葉」をかけてみせた。
 この東京武道館に避難者を受け入れた東京都は、避難してきた人たちが「避難指示地域」外の人たちであることを理由に、屋根を与えるだけで食事の支給など一切してこなかった。ボランティアで暖かい食事を提 供しようとしたキリスト者や野宿労働者支援グループなどは、「食中毒 のおそれ」などを理由に立ち入りを拒まれたりした。交渉の結果炊き出しを黙認させ、やがて行政もようやく弁当を配布することは始めたという。その東京都が、天皇の「お見舞い」に合わせて、防災服を着た職員による、炊き出しのパフォーマンスをしてみせたのだ。さらに、避難者のプライバシーを守るための区切りも、それまでの形ばかりのものに代えて、きちんとしたパーティションに取りかえられたようだ。これらは、避難者のためというより、天皇(とそれを報じるマスコミ)向けのものであり、行政もやっていますというアピールのための行為にほかならない。
 多くの人びとの不幸を利用した、天皇の「御心配」パフォーマンス。 そして、それを演出する行政やマスコミ。それは、多くの反対の声を押しつぶして国策としての原発エネルギー政策を推進し、この大人災をう みだした政府・自治体・東電・マスコミの歴史的責任を、隠蔽するためのものでしかありえない。
 天皇一族は、勝手に避難していいから、せめて、こうした政治的パフォーマンスはもうやめてくれませんか。

  二〇一一年四月六日
 反天皇制運動連絡会

 


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