労働者の団結で生活・雇用守れ
今こそ脱原発社会へ舵を切ろう
日本革命的共産主義者同盟(JRCL)
国際主義労働者全国協議会(NCIW)
|
第八二回メーデーに参加した労働者の皆さん。日本革命的共産主義者同盟(JRCL)と国際主義労働者全国協議会(NCIW)は全世界で戦争に反対し、搾取と抑圧に抗して闘っている人々に心から連帯のあいさつを送ります。そして先日の東日本大震災で亡くなられた人々に対し心から哀悼を捧げるとともに、多くの被災した人々とは「復興」までの長い日々をともに歩んでいくことを約束したいと思います。
(1)
三月一一日午後二時四六分。激しい揺れが長い間続いた大地震は、「観測史上最大」のマグニチュード9・0、阪神淡路大震災の約千倍といわれる規模で東北地方から関東地方に及ぶ広大な東日本一帯を襲った。そして直後、地震が引き起こした津波が青森県から千葉県にいたる太平洋沿岸の港と諸都市を見るも無残に壊滅させた。家も車も係留されていた船舶までも流され、道路・鉄道は跡形もなく、川や海は土砂や瓦礫で埋め尽くされた。とくに岩手県から宮城県にかけた三陸海岸と呼ばれる一帯では、この時押し寄せた津波の高さが三八〜九メートルという考えられないような高さに達し、はるか沖縄まで及んだと報告されている。震源地から遠く離れた東京でも埋立地の液状化で家が傾き、交通機関は止まり、多くの人が「帰宅困難者」となった。
さらに恐ろしいことに東京電力福島第一原発は、この地震と津波によって1号機から6号機のすべてが損傷した。とりわけ1号機〜4号機では冷却のための電力が送れなくなり制御不能に陥った。原子炉の温度が上昇し、火災と水蒸気爆発を繰り返し、炉心溶解と最悪の状況に突入した。この結果、放射能が飛散し、冷却のために注入された水は多量の放射能を含んだまま海に流れ出し、周辺三〇キロメートルの住民は避難を命じられ、そして圏外の飯舘村も避難の対象地区に指定されるに至っている。
震災から一カ月が経った今も被災の全貌が明らかになっていない。四月一六日現在、死者一万三五〇〇人、行方不明一万五〇〇人、避難者一三万三〇〇〇人にも達し、その数は今なお増え続け、家屋の流出数は未だ判然としない有様だ。明らかに今回の東日本大震災は戦後最大の災害と言わざるを得ない。
(2)
地震、津波、原発事故による三重の被災は戦後日本資本主義が築き上げてきた政治的・経済的システムを根底から揺さぶっている。絶対と思われた機械や技術は自然の猛威の前にひとたまりもなく打ち破られ、絶対安全と言われた原発は日本社会を「恐怖」のどん底にたたき込んでいる。そして民主党政権が掲げた政治主導は、多くの対策会議をつくり屋上屋を重ねるだけで全く機能せず、旧来の官僚機構も無責任きわまるシステムであることが原発事故対応であらためて明確になった。これは被災地支援でも同様で、旧来からの硬直した「縦割り行政」は機能せず、逆に被災地の前線で奮闘する自治体を孤立させる役割をしている。
震災から一カ月が経ち、東北自動車道が開通し仙台空港が部分的であれ再開し、さらに仮設住宅の建設が始まったことで政府やマスコミは次は「復興」だというキャンペーンを意図的に流している。だが多くの被災地では依然として水道、電力、ガスのライフラインの回復は遅れ、食料、医薬品などの物資は不足している。需要が七万〜一〇万戸といわれる仮設住宅も四月中旬で完成したのは三〇〇戸にも満たず、多くの所では建設用地さえ決まっていない。震災直後、着の身着のままで避難した五〇万人のうち、今なお一三万人を超す人たちが避難所生活を強いられ、なかには第二次避難所に移動することを強制された人もいる。かろうじて自宅に戻れても津波の爪跡が残り、不便な生活であることに変わりはない。そしてなによりも決定的なことは連日震度5〜6の余震が続き、事故を起こした福島第一原発は収束の見通しが全くたたず放射能汚染の恐怖が増大し続けていることである。
現在最も重要な課題は、被災地に食品・薬品・衣料などの緊急物資を集中して送り届けることであり、ライフライン、仮設住宅、港湾設備を復旧させる機械・要員を集中的に投入することである。
被災地では多くの病院や介護施設が被害を受け、残った病院や施設も個々の医師や介護士のがんばりでかろうじて支えられているに過ぎない。長期にわたる避難生活は病気・病人を増大させる。復旧の第一歩は緊急医療体制を全力でつくり上げることである。
(3)
第二の重要な課題は雇用と社会保障問題である。新自由主義政策は貧富の差を拡大させ、大量の非正規労働者をつくり出し不安定雇用を構造化させた。さらに地場産業を解体し、農漁村地域の衰退を促進し、医療・公共交通網を民営化し、地域・自治体の機能を寸断した。今回の東日本大震災は、この弱体化された社会構造を直撃し一挙に極限まで押し広げようとしている。
この一カ月の間に震災を口実に新卒採用の中止が出始め、自動車・電機の下請け企業では雇い止め、派遣切りの攻撃が起こり、工場を失った中小や地場産業でも雇用不安が広がり出している。さらに漁民は船舶などが流出し、農民は田畑を塩に侵され、それぞれ仕事ができない状況に立たされている。かろうじて収穫した作物や魚類も「風評被害」に合い、福島では放射能による新たな立ち退きを強制され、茨城でも漁民は漁の中止に追い込まれている。
「雇用なくして復興なし」は自明のことであり、働き場所・仕事、つまり地域経済を支える産業を育成しない限り地域の再生は絶対に不可能である。われわれは企業の解雇攻撃と断固として闘わなければならないし、中小企業や農・漁民の生産を再建するための資金獲得に向けて共にスクラムを組まなければならない。被災した人たちの生活を保障する生活資金を政府にただちに支給させよう。
第三の課題は、福島原発一〇基の廃炉と全原発をただちに停止させ、エネルギー政策の全面的見直しを図る闘いを押し進めることである。三月一八日、原子力安全委と保安院は福島第一原発の事故を「広範囲な影響を伴う事故」を示すスリーマイル島と同じ「レベル5」に引き上げた。それから三週間後、「最悪の事態」と評価されるチェルノブイリ事故と同じ「レベル7」とした。だがレベルを引き上げた理由は明らかにされなかった。
この一カ月間原発事故は悪化の一途をたどっていたにもかかわらず、放射能汚染についての正確な情報を隠していたのである。震災以後、東京電力や保安院はひたすら「想定外」という言葉で原因が東京電力側にあることを認めようとはしなかった。今一番重要なことは放射線測定値を全面的に明らかにする情報公開であり、避難の必要がある時の対策方針を告知することである。
三月三一日、政府は東日本大震災復旧復興対策基本法を発表した。そこでは「原型復旧ではなく『新たな地域社会の再生』」を述べ、「原発新増設を含んだエネルギー基本政策の見直し」と「東電の存続を含めた国内電力会社のあり方を論議する」と明言している。しかしこの考えについて、どの電力会社も同意していないばかりか東電に至っては福島第一原発の1〜4号機の廃炉だけを認めているだけで、5・6号機さえその枠からはずしている。今全世界で、そして日本の国内でも反原発の動きと運動が高揚し始めている。この闘いと合流しよう。原発を廃炉に追い込むのは労働者階級の闘いなしに実現しない。
連合は今年一月に「原発の推進」を決定したが、事故以降沈黙したままである。われわれは連合には決定の破棄を要求するとともに廃炉に向けて闘うよう要求しなければならない。
(4)
菅政権はそれまでの鳩山内閣が掲げた政策を一転させた。鳩山が一定程度「対米自立」的外交姿勢と新自由主義的政策を批判する「人間のための経済」を政策の軸にすえていたのに対し、菅政権はアメリカの世界戦略の一翼を積極的に担う日米同盟の深化の方向を選択した。それは沖縄・辺野古基地建設の推進をも明確にすることであった。そして経済政策では日本経団連の新自由主義的な「新成長戦略」を基本としてTPPへの参加を打ち出し、法人税の減税と消費税率のアップを宣言した。菅内閣はこの二つの内外政策をもとに自民・公明党との合意を模索しながら政権の維持をめざした。
だが政府内の不祥事や民主党内の対立で支持率を後退させ、政権浮揚と安定を見い出せないまま予算国会に突入した。予算成立の展望を持ち得ない中で起きたのが今回の東日本大震災であった。菅政権は政治的行き詰まりを打破するために一方では谷垣自民党総裁の入閣を要請して、自民党との大連立を画策し、他方では「東日本大震災復旧復興対策基本法」を発表し復興構想会議(議長・五白旗頭真防衛大学校長)を設置した。マスコミによると復興対策費は一六兆〜二五兆円の規模になるという。この復興特需で財界の支持を取りつけ、利権をちらつかせ自民・公明党の協力を引き出そうというのが菅政権のねらいである。被災地救援から復興過程をめぐる問題は、単なる震災問題ではなく、政権再編も含めた政治戦になり始めたといえる。だが福島第一原発への対応の遅れは、逆に支持率を後退させ統一地方選の前半戦で敗北した。それは民主党自身が人々から見捨てられたといっても過言ではない政治的後退である。
菅政権は一〇万七〇〇〇人もの自衛隊員を被災者救援に大量投入し、崩壊した被災地自治体の行政機能を肩代わりさせている。さらにアメリカも「オペレーション・トモダチ」と名づけ、第七艦隊や海兵隊の二万人近い兵員と艦艇・航空機を投入し救援活動にあたっている。これは日本政府にとっても米政府にとって有事に対応するための日米共同作戦の実践行動に他ならない。菅政権は「アメリカの世界戦略の一翼を担う」という政策をこの震災救援で実践したのである。
菅政権が打ち上げた「新たな地域社会の再生」は表面的には美辞麗句で語られている。しかし日本資本主義が陥ったシステム的危機を乗り切るために、被災した住民、そして労働者階級に「復興」という場と機会を使って攻撃してくることは必至である。その攻撃をはね返さなければならない。「復興」は何よりも、被災した人々と困難な中で当地のライフラインと公共サービスの持ち場を死守している労働者の要求にもとづき、人々の監視の下に置かれるものでなければならない。
(5)
今年一月、チュニジアでは反政府デモとゼネストが全国に広がりベンアリ独裁政権を崩壊させ、二月にはその熱気はエジプトに波及し三〇年も続いたムバラク独裁政権をも倒した。そして今、アラブの民衆革命の波はバーレーン、サウジアラビア、イエメン、シリアに広がり、リビアではカタフィの政府軍と激しい攻防が続いている。米国と欧州帝国主義が数十年にわたって支援してきた独裁体制を終わらせた民衆革命は、すべてのアラブ民衆に自信を取り戻させ、この地域の帝国主義とシオニストの秩序に破壊的打撃を与えている。
民衆の決起をうながしたものは、IMFや世界銀行が押し進めた新自由主義政策であった。貧富の格差は極限まで押し広げられ、公共サービスの切り捨て、学校を卒業しても若者は就職できず大量の失業者が生み出された。それに加えて世界中に広がっている食料価格の高騰である。ここで始まった新しい闘いの波はパレスチナとイスラエルの力関係を変化させるだけではなく、経済危機の渦中にあるEUを始め世界中に波及するであろう。
一九九〇年以降、世界を席巻した新自由主義の破綻は資本主義そのものの危機へと発展している。ラテンアメリカに始まり、アラブ、EUヨーロッパ、そして次の局面ではアジア、アメリカ本土でも民衆の反乱は吹き荒れるであろう。求められるのは資本主義に変わる二一世紀の新しい社会主義をめざす闘いであり、連帯である。「3・11 フクシマ」を合言葉に世界中で反原発闘争が広がっている。日本の闘いも今すぐ合流しよう。第八二回メーデーをその闘いの出発点としよう。
二〇一一年五月一日
|